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第2話

あれから二ヶ月が経った。

結論から言うと――日常は、劇的に、かつ不可逆的に塗り替えられてしまった。

「おはよ、誠」

「……」

「無視はよくないよ」

「聞こえてる」

「じゃあ返事して」

「しない」

朝。

教室に入った瞬間、当然のように隣の席に彼女がいる。

休み時間。

気づけば視界の端に、鮮やかなピンク色の長い髪が揺れている。

昼休み。

断りもなく、当然のような顔をして弁当を持って現れる。

そして、放課後。

「一緒に帰ろ」

「帰らない」

「帰るでしょ」

「一人で帰る」

「じゃあ私も一人で一緒に帰る」

「日本語おかしいだろ」

坂本咲良。

転校してきてからというもの、彼女は一度も距離感を「正しく」保ったことがない。

常に近く、常に自然体。

そして、何よりもタチが悪いのは――一度も諦めないことだ。

「いい加減にしろ」

「やめない」

「なんでだよ」

「やめる理由がないから」

「俺が嫌がってるだろ」

「そのうち好きになるよ」

「ならねえよ」

「なるよ」

断言。

その瞳には一抹の迷いすら存在しない。

「……はぁ」

誠は深くため息をつく。

正直、面倒極まりない。

だが、完全に無視できるほど彼女の存在感は薄くないのだ。

むしろ逆だ。

ただでさえ目を引くピンク髪の美少女が隣に張り付いているせいで、クラスの視線が痛いほどこちらに向いてくる。

「……見られてるぞ」

「うん」

「なんとも思わないのか」

「思うよ」

「なら離れろ」

「やだ。誠の隣がいい」

即答だった。

こういうところが一番厄介なのだ。

冗談っぽくもなく、かといって重苦しい本気でもない。

ただ、呼吸をするのと同じくらい当たり前に、彼女は好意を口にする。

「ねえ。まだ?」

「何が」

「惚れるの」

「なるわけないだろ」

「そっか。じゃあ、もっと頑張るね」

「頑張るな」

「無理」

終わらない。

この無限ループのようなやり取りは、どこまで行っても終わる気配がなかった。

――そして、その日の帰り道。

「……さむ」

不意に、膝の力が抜けた。

ふらり、と視界が大きく揺れる。

体の芯から熱がせり上がり、思考が急速に混濁していく。

「あ」

「おい、誠!」

倒れそうになった体を、柔らかな、けれど必死な力が支えた。

腕を掴まれ、肩を貸される形になる。

「ちょっと、誠! 熱あるよね」

「……気のせいだ」

「ないない。全然大丈夫じゃないでしょ」

即否定。

咲良の顔が、いつになく真剣な表情で間近に迫る。

「家、どこ」

「いいって、一人で帰れるから……」

「無理」

またしても、有無を言わせぬ断言。

誠は少しだけ目を閉じた。

正直、一歩を踏み出すのもしんどい。

今の彼女を押し切るだけの気力は、もう残っていなかった。

「……あっちだ」

観念して指を差すと、咲良は「ん、行こ」と当然のように歩き出した。

誠は彼女に引きずられるようにして、重い足取りで家へと向かった。

――数分後。

「ここ」

「入るよ」

「ちょっ……鍵を開ける前に言うな」

「もう遅い」

がちゃり、とドアが開く。

「お邪魔します」と、咲良はまるで自分の家のように靴を脱いで上がっていった。

「ベッド、どこ」

「奥の部屋……」

「ん」

再び肩を貸され、自室まで連行される。

そのまま抗う術もなく、ベッドへと押し倒された。

「……っ」

「はい、寝て」

「命令するな……」

「命令じゃない。お願い」

「……どっちでも同じだろ」

だが、体は正直だった。

吸い込まれるように布団に収まった瞬間、意識が少しだけ軽くなる。

「体温計、ある?」

「……引き出しの中だ」

ごそごそと、何かが動く音が聞こえる。

数秒後、強引に口の中へ体温計が突っ込まれた。

「んぐ……」

ピピッ、と無機質な電子音が室内に響く。

「……やっぱり」

咲良は小さく、安堵と心配が混ざったような息を吐いた。

「ちゃんと寝て」

「言われなくても寝る……」

意識が暗い底へと沈んでいく。

ぼやけていく視界の中で、最後に届いたのは、驚くほど優しい声だった。

「大丈夫。私がいるから」

その言葉だけが、熱に浮かされた頭の片隅に、いつまでも温かく残っていた。


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