―決戦前夜、勇者は聖剣に弱音を吐く―
針時計は午前2時をさしていた。
太陽はまだ昇っておらず、建物の中は暗がりの中にある。
ここはルミナリア王国、アルカナヴァンガード本部駐屯基地。
少女勇者カリナ・ウイングスが率いる魔法剣士騎士団の総本部だ。
そしてここはもう一つの顔がある。
家族のいないカリナの〝家〟としての役目だ。
決して小さくない住居区画。数人の住み込み侍女とともにカリナはそこに暮らしている。
深夜というのにカリナは目を覚ましてしまっていた。
ベッドの上で毛布にくるまりながら、ぼんやりと目を開けていた。
カリナのベッドの枕元には、金色に光る一振りの聖剣。彼女が常に行動を共にしているレギオンブレイドであり、彼女を支える力でもある。
だが、その聖剣には、もう一つ彼女を支えるものがあった。
精霊のエリュシオだ。
聖剣レギオンブレイドの中に宿り、過去の英霊との橋渡しをし、カリナに数多の助言をし、時には励まし、時には叱咤して、カリナの心を支える存在だった。
その日もいつもとは違う時間に目を覚ましたカリナに気づいたのかエリュシオから声をかけた。それはまるで母のように優しい声だった。
『どうしました? 眠れないのですか』
「うん――」
枕元に置いた聖剣に手を伸ばすと引き寄せて腕の中でしっかりと抱きしめる。
「エリュシオ――」
『はい』
「私、間違ってないよねこのままでいいんだよね?」
『急にどうなさったんですか? いつもの強いあなたはどうしたのですか?』
「だって――」
カリナはレギオンブレイドをまるで母の腕にすがるように強く抱きしめた。
「――私、貴族でも、軍属でもない、王家の人間でもない。ただの農家の娘だもん」
それは明らかな弱音だった。
『何かあったのですか?』
「――今日、ルミナリア王国の貴族の人たちと面談したでしょ?」
『ええ、アルカナヴァンガードの壮行会でしたね。今日の朝、いよいよ、ソウルスター自由連合軍の皆さんと一緒にプトラード広原における最後の戦いに望むのでしたね』
「うん――」
カリナは小さく頷いた。
「私聞いちゃったんだ」
『何をですか?』
「たまたま精霊に目をかけられてるだけの小娘が勇者だなんて――って」
カリナは小さく涙を流した。
「私だって好きでこの役目を始めたわけじゃない――、お父さんとお母さんと一緒に暮らせたらどれだけ良かったか――」
カリナに両親はいない。魔族と人間の戦争の中で戦災に巻き込まれて命を落としたのだ。カリナは両親の犠牲のもとに生き残ったのである。
『カリナ――、なぜ悪口というのは存在するか知っていますか?』
「え?」
エリュシオの思わぬ問いかけにカリナは言葉を失う。そんなカリナにエリュシオは優しく諭すように教えた。
『それは、相手にかなわないと負けを認めているから、悔しくて言葉をぶつけるのです』
「私に――かなわない? 一体何に?」
エリュシオは少し沈黙すると優しく告げた。
『あなたの〝勇気〟に』
「勇気――」
『ええ、あなたは幼い頃からどんなに辛い状況に落ちても強い心を失わなかった。
ネルガルの軍人たちに6歳でさらわれて過酷な訓練を受けさせられた時も、
聖剣の巫女の役目を負わせられた時も、
幼くして魔法剣士騎士団を率いる役目を仰せつかった時も、
魔族との戦いに広い大地の上を駆け巡った時も、
あなたは絶対に立ち止まらなかった』
「――――」
カリナはエリシュオの言葉をじっと聞いていた。
『あなたがここに至るまで流した涙の数も私は知っています。そして涙の数だけ何度も立ち上がった! その強さと勇気を私は知っています』
「エリュシオ――」
『あなたに悪口をぶつける者たちは、その強さも勇気も、何も知らないのです。あなたと違い、広い大地の上に飛び出したこともないのですから』
「うん――」
そしてレギオンブレイドの十字鍔の中心に埋め込まれているクリスタルがひときわ強く輝いた。まるでカリナを抱きしめるかのように。
『だからこそです、あなたという人を何も知らない人の言葉を負い目に感じる必要は何もないのですよ』
「うん――ありがとう――」
『カリナ……、たとえ貴族や軍人がどんなにあなたに心ない言葉を浴びせても、あなたと共に戦うアルカナヴァンガードの仲間たちや、ソルスター自由軍の同志たち、そしてあなたが救い続けた数多の人々――彼らがあなたを信じています。それだけは消して忘れないでください』
「うん、分かった」
『さ、まだ朝には早いです。ゆっくり体を休めましょう』
「うん、おやすみ」
『ええ、おやすみカリナ』
カリナはエリュシオとの会話を終えると枕元にレギオンブレイドを戻して再び眠りに着いたのだった。
そして翌朝、目を覚ますと、夜の泣き言はなかったかのようにスッキリした笑顔で侍女たちの前に姿を現した。
寝巻きを脱いで、勇者としての魔法剣士としての装束を身につける。
麗しくも凛々しい聖剣の巫女と呼ばれる勇者カリナの姿である。
鞘に納められたままのレギオンブレイドを左腰に下げる。
『カリナ――、もう大丈夫ですね?』
「ええ、下を向いてはいられない。まだ手を差し伸べるべき人々は世界にあふれて、倒すべき魔王軍は終わってはいないわ。私がここで立ち止まるわけにはいかないもの」
『それでこそ私が信じたあなたです。私はいつでもあなたと共にありますよ』
「ありがとうエリュシオ――これからも一緒に行きましょう」
『もちろんですとも』
「さあ行くわよ! プトラード広原最後の戦いへ!」
こうしてカリナは魔法剣士騎士団の団長として、戦場へと仲間たちと共に向かったのである。
――――――――――――
この物語の続きは
3月19日 19:00より公開される
『英霊戦線クロスロード』本編で描かれます。
少女勇者カリナが辿る運命の戦いを
ぜひご覧ください。




