第1話:拳が語る時
プロローグ:運命の一撃
無敗の王者。
観客がその名を叫ぶスタジアム。
嵐の中でも崩れない、自信に満ちた笑み。
星空ソウタは、すべてを手にしていた――はずだった。
だが、一撃で運命は覆される。
リングは消え、観衆の轟きは静寂へと変わる。
そして目を開けた時、彼はもう東京にはいなかった。
未知の世界で、彼の力と魂が試されることになる。
スタジアムは観客の咆哮で震えていた。
まばゆいライトが競技場を駆け巡り、四角いリングの張りつめたロープに反射してきらめく。
応援の声は止められない波のように押し寄せ、観客席の隅々まで打ちつけていた。
その頃、リングへ続くトンネルの奥、控室で一人の男が待っていた。
星空ソウタ。
二十四歳。
身長一七六センチ。
鍛え上げられた肉体。肩は引き締まり、余分のない筋肉は効率そのもの。
黒髪はサイドが短く、トップは無造作に伸びて前髪が反抗的に顔にかかる。
黒い瞳には生命力が宿り、口元には挑発的ですらある自信の笑みが浮かんでいた。
ソウタが鍛えているのは肉体だけではない。
精神そのものを鍛えていた。
毎日が、自分の限界との戦いだった。
「戦う準備は整っている。」
マネージャーが低い声でつぶやく。
だがソウタは緊張するどころか、ベンチに座り、両腕を後ろに回して頭を預けていた。
まるでこのタイトルマッチがただの遊びであるかのように。
その落ち着きと軽やかな笑いが彼を定義していた。
楽天的、気楽、そして無視できない存在。
やがて、場内に響き渡るアナウンサーの声がマイクから轟いた。
「レディー&ジェントルメン! 東京から参戦! 戦績二十戦二十勝無敗! KOアーティスト! 笑顔の王者! …星空ソウタ!」
観客が爆発した。
歓声とブーイングが入り混じり、誰もが彼の登場を待ち望んでいた。
ソウタは悠然と立ち上がった。
トンネルを進み、カーテンが開いた瞬間、スタジアムの光が彼を包み込んだ。
一歩ごとに前奏が響く。
一瞥ごとに火花が散る。
彼はポケットに手を入れたまま、気軽にロープを飛び越えた。
笑みはさらに広がる。
「さあ、勝ちに行くか。」
まるで運命に挑戦するように呟く。
赤コーナーで待っていたのは、武志リョウイン。
親友であり、最大のライバル。
燃えるような赤髪、身長一八〇センチ、そして炎のような眼差し。
ソウタよりも真面目で、冷静。
どんな戦いも決して侮らない、規律の戦士だった。
アナウンサーが再び叫ぶ。
「戦績二十戦十九勝一敗! 鉄壁の守り! 完璧なガードの男! …武志リョウイン!」
ライトが彼に集中する。
笑わず、挨拶もせず。
ただ拳を高く掲げると、スタジアムはまるで獣が目覚めたかのように轟いた。
二人の親友。 二つの道。 そして今夜、その運命が試される。
――カァン!
ゴングは銃声のように響いた。
リング全体が緊張で張りつめる。
ソウタはサウスポーで前進し、肩を突き出し、挑発的な笑みを浮かべる。
リョウインはオーソドックスで構え、鷹のような視線を突き刺す。
「またみんなの前で負ける準備はできてるか?」
ソウタが笑う。
「お前こそ、ふざけるのはやめる覚悟はあるのか?」
リョウインは冷ややかに答えた。
最初の交錯でリングが震えた。
リョウインのローキック、ソウタの完璧なチェック。
観客がどよめく。
素早いワンツー、閉ざされたガード。
ボディへのフック、鋭いスリップ。
一撃ごとに、息づかいごとに、緊張が張り裂けそうになる。
実況席から叫びが響く。
「これは巨人たちのぶつかり合いだ! 誰一人引かない!」
「ここは遊び場じゃねぇ!」
リョウインがうなり、放った右ストレートはソウタの頬をかすめる。
ソウタは優雅にスリップし、にやりと笑う。
「俺には子供の遊び場にしか聞こえねぇけどな!」
観客が揺れる。誰一人瞬きをしない。
ソウタは挑発的にガードを下げる。
「手を上げろ、このバカ!」
セコンドが怒鳴る。
リョウインが食いついた。ジャブ、ボディフック。
ソウタは受けて立ち、アッパーを返し、友の顎をかすめた。
「危ねぇ、今のは当たるところだったな。」
リョウインが真剣な目で笑う。
「次はアルバムに直行だ。」
ソウタが片目をつぶる。
二人の呼吸は荒い。
汗が頬を伝う。
観客は椅子の端に身を乗り出していた。
リョウインの猛攻――ジャブ、クロス、フック。
ソウタは後退し、最小限のガードで受け止め、ロープに弾かれる。
歓声はさらに大きくなる。
「行け、リョウイン!」
「耐えろ、ソウタ!」
リング中央に戻り、ソウタが再び仕掛ける。
「俺の方がイケメンだって認めろよ。今すぐ降参していいぞ!」
リョウインは鼻を鳴らす。
「本当にウザい奴だ。」
激しい攻防は続く。
ガードをかすめる肘。 ボディへの膝。 鞭のように響くローキック。
リングの床が二人の足で震える。
ソウタは後ろへ飛び、ガードを上げて強く笑った。
「リョウイン! 今日俺が負けたら…ラーメン奢れよ!」
「今日負けたら、ラーメンどころじゃねぇぞ!」
リョウインが破壊的な右ストレートを放つ。
拳はかすめ、空気が唸った。
観客が絶叫する。
ソウタが爆発的なジャブを返す。
拳が空気を裂き、まるで弾丸のように――
そして世界が消えた。
ライトも、ロープも、歓声も――
すべてがまばゆい閃光に呑まれた。
ソウタは虚無へ引きずり込まれる感覚に襲われる。
肺から空気が消える。
スタジアムの轟きは完全な静寂へと変わった。
そして目を開いたとき――
もうリングの上ではなかった。