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 ローゼリアの首の傷も癒えかけた頃、ヘンリックがローゼリアを王都の貴族街へお忍びでの外出に誘った。


 侍女によってローゼリアは商家の娘のような格好をさせられる。ヘンリックも裕福な平民といった出で立ちをしていて、彼は昔ローゼリアから贈られたタイピンとカフスを着けていた。


 行き先も何をするのかも内緒だと言われてしまい、それだけでも緊張をしているというのに、彼はサプライズだと言わんばかりにこれまでローゼリアが贈ったものを身に着けてきたのだった。


「そのような物、まだお持ちでしたのね」


「あの時、保管してくれた侍従には感謝に尽きないと思っている」


「まあ、でしたらお手当を弾んであげてはいかがかしら?」


 そう言ってローゼリアはヘンリックから目を逸らした。とっくに捨てられたと思っていたものを目の前にして、ローゼリアは落ち着かない気持ちになっていた。


 そしてどこに行くのかも教えられないまま、ローゼリアはヘンリックと共に馬車に乗せられて目的の場所へ向かう。


「着いたようだ」


 馬車は王都の貴族街の一角で止まった。王都の街を歩いた事が無いローゼリアは、自分がどこへ連れて来られたのかが分からないままに、ヘンリックにエスコートをされて馬車を降りる。


 ヘンリックはすぐ目の前に建っている、商店と思われる石造りの建物のドアを慣れた手つきで開ける。


 ドアの向こうには天井までの高さの大きな書棚があり、それが何列も並んでいた。店内の壁は全て造り付けの書棚で、全ての書棚に本が詰め込まれていた。


 ローゼリアの目には大きな書棚と、その中にぎっしりと収められたたくさんの本が目に入った。自分の部屋に置いていた書棚とは規模がまるで違う。王宮や生家の図書室は広くて蔵書数も多いが、あちらの蔵書は古い本ばかりなので、新しくて綺麗な本がこれだけ揃っているのをローゼリアは初めて見たのだった。


 たくさんの本を目の前にして、ローゼリアはここが書店だとすぐに気が付いた。


 実はローゼリアはエルランドの書店を外から見た事があった。留学時代に暮らしていた母の実家であるピオシュ家が懇意にしているドレスショップが書店の隣にあったからだった。


 ずっと店内へ入りたかったのだが、将来の王妃となるローゼリアを人の多い書店の中には入れられないと言われ、結局は一度も入った事はなかった。


 ランゲル国内では特にローゼリアの行動は厳しく管理されていたので、書籍を手に入れたい時は商人経由で本を手に入れていた。そして王家に嫁いでしまった以上、自分が書店の中に入る事は無いのだろうと諦めていたのだった。


「ここは王都で一番大きな書店なんだ。今日は特別に貸し切りにしてあるから、自由に見て回るといい」


 本を見るローゼリアの瞳はキラキラと輝いていた。店内の要所には騎士が立っていたが、そんな事は気にならなかった。


「すごいですわ!」


 ローゼリアは書棚に収められている本の背表紙を目で追いながら店内を歩いて回る。絵本から料理のレシピ本、過去の貴族が記した政治に関する本や過去の賢人の日記までもが置かれてあった。


 ゆっくりと歩いているうちにローゼリアは店の奥に辿り着いた。


「あら、階段がありますのね」


 一階の奥には、らせん状に作られた階段があり、二階へと繋がっているのだった。


「二階には専門書や外国語で書かれた本が置かれてあるんだ。一階よりも客が少ないから、私は二階の方が落ち着いて気に入ってるんだ。きてごらん、私が案内しよう」


 そう言ってヘンリックはローゼリアの手を取る。子供のような仕草に、ローゼリアはくすりと小さく笑ってしまう。


 書店の二階は窓が小さいので一階よりも幾分か薄暗く、広さも一階の半分程度しかなかった。


 ローゼリアは一階でしたのと同じように、本の背表紙を見ていく。農業技術や灌漑に関する本、造船技術の本まであった。そしてローゼリアはエルランド語で書かれた本が収められた書棚を発見したのだった。


「まあ!」


 ローゼリアは何冊かを選んで手に取り、夢中になってそれらの本をパラパラとめくっていく。


 ヘンリックも教養としてエルランドの言葉と文字を教わっていたので、ローゼリアが手に取った本の表紙に書かれた文字を読む事ができた。


本の表紙には『追放された悪役令嬢』、『辺境伯に嫁ぎました』、『王女の護衛騎士』と書かれてあった。


(やはりローゼリアは恋愛小説が好きなのだな)


 小説といえば冒険小説ばかり読んでいたヘンリックにとっては馴染みの無いタイトルばかりではあったが、書棚の前で表情をくるくる変えながら本を探す事に夢中な妻の姿を微笑ましく感じていた。ヘンリックは自分も本を探しに来たのを忘れて、しばらく彼女の様子をじっと見ていた。


 ローゼリアは王太子妃の予算をほとんど使ってはいなかった。実家から渡されている化粧代の残りにも余裕がある。これまで価格を考えて買い物をした事はなかったから本の値段は分からないが、今ならばこの書店にある恋愛小説を買い占める事は可能だろうと、大好きなものを目の前にしたローゼリアは頭の中で計算をしていたのだった。


 そんなローゼリアの横で、ヘンリックは書棚から恋愛小説と思われるタイトルの本を次々と取り出すと、平積みになった本の上へと積み上げていく。中には既にエルランドで読んだものもあったし、フォレスターの実家に置いてある本もあった。


「これを全て買おう」


 書棚から全ての恋愛小説を取り出したヘンリックは、侍従にそう告げたのだった。


「いいえ、殿下には先日ネックレスをいただいたばかりですもの。私が買いますわっ」


「今日は私からキミに贈らせて欲しいんだ。それとこの書店にはないが『大魔法使いと王妃』の続編と『男爵令嬢の幼馴染・後編』、個人的に気になったので『王子と婚約者』『公爵令嬢が選んだのは王子です』をエルランドから取り寄せているところだ」


「まあ! まあ!」


 ローゼリアの瞳が驚きのあまり大きく開かれる。


 ヘンリックが言った先の二冊の本はローゼリアのお気に入りの本の続きで、エルランドでの留学が終わった時にはまだ続きが発行されていなかった。後の二冊は話題作ではあったが、題名から読みたくないと思っていたので、まだ読んでいない本だった。


「実はピオシュ令息を通して、キミの伯母上にキミが好きそうな恋愛小説の題名をいくつか教えていただいたんだ」


「伯母さまと連絡をされていたのですか!?」


 本日のローゼリアは驚いてばかりだったが、これが今日の一番の驚きだったようで、普段はしない口を大きく開けたままヘンリックを見ていた。


 ヘンリックはそんなローゼリアを見て、ふふっと笑った。


「窓辺に席を設けたんだ、よかったら座らないか?」


 そう言ってヘンリックは窓辺に視線を送る。ローゼリアがヘンリックの視線を追っていくと、小さな窓辺にはそれに似合った小さな丸テーブルがひとつとイスが二脚置かれていた。まるでカフェのようにお茶の準備も整っていた。


 普段はこのようなテーブルも椅子も置かれてはいないのだが、初めて来たローゼリアはそれを知らなかった。


「書店にはカフェのようなスペースがありますのね。私、カフェにはまだ行った事がありませんの。可愛らしいですわ」


「いや、今日は特別に設置させてもらった。早く本を読みたいだろう? 貸し切りにしている時間はもう少しあるからゆっくりしていこう」


「ありがとうございます」


 差し出された手を取って、ローゼリアはヘンリックと歩き始めるのだった。


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