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22 これまでの贈り物②

 翌朝ヘンリックは王宮内にある自室で目が覚めた。


 結婚して王太子宮へ移るまで長年使っていたその部屋は、ヘンリックにとって馴染みが深い部屋で、落ち着く事の出来る場所でもあった。


 昨晩は早い時間に酔い潰れてしまった事と、近頃は鍛錬をするために毎朝早く起床していたので、空が白み始める頃に目が覚めてしまった。ヘンリックは掛け布に包まりながら昨晩の事を反芻していく。そしてエーヴェルトに自ら付いて行った先で酒を勧められるままに飲み、ローゼリアとの事を愚痴っていた事までを思い出した。


 自分たちが不仲なのは国内の貴族の間では有名な話だが、国外の貴族を相手に夫婦関係について王太子である自分が口を滑らせてしまったのは不味かったとヘンリックは一人で自己嫌悪に陥っていた。


 ローゼリアが留学していた三年の間、ヘンリックからは一度も手紙や贈り物が届いた事がなかったので、ローゼリアが話すまでもなくヘンリックがローゼリアを冷遇していた事はピオシュ家では使用人までもが知っている事だった。


 なので今さらルードヴィグが昨晩の事をエルランドのピオシュ家で話したとしても誰も驚くような事はなく、ヘンリックの自己嫌悪は完全に杞憂だった。


「……そういえばアレはまだあったか?」


 ヘンリックはふと、ある物たちの存在を思い出して寝台から抜け出すと、自分の衣装類が収められていたクロークへ繋がる扉を開いた。


 普段使っている物や気に入っている物は結婚の際に王太子宮へと移したので、クロークの中身は以前よりも大分減っている。


 この部屋は泊まり込みで執務をする際に、ヘンリックが眠る為の部屋として今も残されていて、この部屋のクロークの中には数着の服の他は、今は使っていないものばかりが行き場のないまま収められていた。


 ヘンリックが探そうとしていたそれらは、クロークの一番奥の一角に、置き忘れたかのように纏めて置かれてあった。ヘンリックがクロークに仕舞うようにとだけ指示をしたままのものなので、日の目を見ずに何年もクロークの奥に置かれていた物たちでもあった。


 日が昇り切っていない時間は部屋の中もまだ暗く、クロークの中ではそれらを検める事が難しいと感じたヘンリックは、置かれていた物のひとつである木箱を窓際まで運ぶ。


 これが自分とローゼリアとの十一年という重さなのだと思うと、木箱の大きさの割には思っていた以上に軽かった。


 木箱のそばには未開封の包みが四つあり、そのうちの三つは大きい上に重さもあった。


 ヘンリックはまず木箱の蓋を開けてみる。中には紐でまとめられた手紙の束と、いくつもの小さな包みが入っていた。手紙と包みは全て手を付けられずに未開封のままであった。


 侍従たちがきちんと保管をしてくれていたおかげで、木箱に入っていた手紙の束は送られた日付順に束ねられていた。


 ヘンリックは机の引き出しからペーパーナイフを取り出して、一番古い封筒を丁寧に開封した。


 その手紙には、たどたどしい幼い子供の文字が書かれている。


──へんりっくさま、はじめておてがみを、おおくりします。


 そう書き始められた手紙には、ヘンリックの婚約者になれた事が嬉しいという言葉や、会える事を楽しみにしている事、仲良くして欲しいという事、ヘンリックを名前呼びしてもいいかと尋ねる内容が書かれてあり、最後にヘンリックとずっといっしょにいたいとまで書かれてあった。


 それは十一年前に婚約したばかりの、まだ会った事がない婚約者へ宛てたローゼリアからの手紙だった。


 手紙を読む限り、当時の彼女は純粋にヘンリックに会う事を楽しみにしているようだった。


 顔も知らない婚約者への希望に満ちた内容の手紙は、送り主に読まれる事も無く、十一年もの長い間、クロークの隅に置かれた木箱の中で眠っていたのだった。


 ヘンリックは初めてローゼリアと会った時の自分の態度を思い返し、唇を強く噛みしめた。


 そして次に送られた手紙も同じように丁寧に開封をしてみると、便箋の他に同封されていた別の何かが出てきた。


 取り出してみたらそれはラベンダーの押し花だったもので、栞として作ったのか薄いブルーの厚紙に貼られていた。


「……あっ」


しかし十一年という年月を経た押し花は封筒の中で劣化してしまい、取り出した途端にラベンダーの部分がぽろぽろと崩れて床に落ちてしまった。


 この手紙はヘンリックと初めて会った後に出されたようで、初めて会った時はとても緊張していてあまりしゃべれなかった事や、本当はもっと色々な話がしたかった事、自分は青い花が好きで、家の庭に植えられていたラベンダーの花を押し花にして同封した事、今度会った時はヘンリックの好きな花を教えて欲しいと書かれてあった。


 幼いながらもローゼリアは一生懸命にヘンリックと交流を持とうと努力をしていた事が手紙を読むとよく分かった。


 次の手紙の日付は少し時間が開いていた。手紙には王太子妃教育は大変だけれど、ヘンリックのためにがんばるのだといった事が書かれてあった。


 そして兄に借りて読んだ本が面白かったからと、ヘンリックにこの本がお勧めだと子ども向けの冒険小説の題名と感想が書かれてあった。その本は当時の幼い令息たちの間で流行っていたので、ヘンリックも読んだ事のある本だった。


 もしも今の気持ちのまま、送られてすぐにこの手紙を読んでいたなら、自分とローゼリアは子供同士でお互いに読んだ本の話で大いに盛り上がったのかもしれない。読書が好きという共通点があったのに、その事を知ったのはほんのつい最近だった。


 今の自分は彼女の事をこんなにも知りたいと思っているのに、彼女はずっと昔に彼女自身の事を手紙でたくさん教えてくれようとしていたのだった。


 そうやってローゼリアからの一方通行の手紙が何通か続いた後に、誕生日の贈り物に対しての礼状があった。ヘンリックの侍従はローゼリアへの最初のプレゼントにベージュ色のウサギの人形と青い花の花束を選んで贈っていたらしく、ベージュ色はローゼリアの白金色の髪色に近い事、人形にはヘンリックの色でもある黒いリボンが結ばれていた事から、このウサギの人形を大切にすると書かれてあった。


 そしてローゼリアが以前の手紙で書いた青い花が好きだという事を覚えてくれていたのが嬉しいといった喜びの気持ちが綴られていた。手紙はこれまで誰にも読まれていなかったし、侍従は単にローゼリアの瞳の色が青だから同じ色の花を選んだのだろう。だから青い花の花束が贈られのはただの偶然で、その事を知らない幼かったローゼリアが喜んでいる姿を想像するだけで申し訳ない気持ちにさせられるのだった。


 会う時はいつも冷たくしていたのに、ローゼリアの手紙には毎回ヘンリックへの優しい思いで溢れていた。


 突然ヘンリックの黒い瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちてきた。小さなローゼリアがどんな気持ちでこの手紙を書いて、どんな気持ちで自分に会いに王宮へ来ていたのかと思うと胸が締め付けられ、自分は何も知らない馬鹿な人間だったのだと思う悔しさの混じった涙だった。


 誕生日プレゼントの礼状の後に送られた手紙には、季節の挨拶文の他にヘンリックの体調を気遣うもの、王太子妃教育でこういった事を学んでいる等の文章が続き、文面や文字が少しずつ大人びていき、手紙の中でもローゼリアが成長していくのが見えるようだった。


 そして、エーヴェルトも話していた三度目の誕生日の礼状からの手紙は定型文のような文面がずっと続いていくだけで、それまでマメに送られてきた手紙の送られる頻度も年に数えるほどとなっていった。


 これらの手紙はたった今開封したばかりなので、もちろんヘンリックは一度も返事を書いた事が無かった。しかし『お手紙ありがとうございます』といった文面が時々書かれていた事もあったので、もしかしたら時候の挨拶程度の手紙は侍従の誰かがヘンリックの名前で送っていたのかもしれない。


 手紙に目を通した後は、木箱の中にあったいくつもの小さな包みも全て開けてみる。


 ヘンリックのイニシャルの入った刺繍入りのハンカチや、書き物に使えそうなペン軸やペーパーウエイト、オキニスの嵌められたカフス、先ほどの手紙に出てきた冒険小説、黒曜石で飾られたクラバッドピンが出てきたのだった。


 おそらくこれらの品々が、これまでの彼女からヘンリックへの誕生日の贈り物だったのだろう。


 それらはヘンリックの色である黒色が使われているものが多く、ローゼリアの色である青い色が使われたものは最初に贈られたラベンダーの栞に使われていた台紙の紙だけだった。


 もしもあの栞を贈られた頃に感謝の気持ちを表していれば、彼女はもっと自分の色が使われた贈り物をしてくれたのかもしれないと思うとやるせない感情が湧き上がり、胸の苦しさを感じたヘンリックは眉根を寄せるのだった。


 自分の色のものを贈るという事は愛情の表現方法のひとつでもある。マリーナは黒い宝石が好きではなかったから、何回か買わされた宝飾品は彼女の赤い髪色に合わせたルビーを使ったものばかりだった。なので、これまでヘンリックは自分の色を誰にも贈った事はなかった。


 過去のローゼリアから贈られた、青い紙に貼られたラベンダーは年月と共に劣化して崩れてしまった。まるで彼女からの愛情は永遠に失われてしまい、もう自分たちは駄目なのだという事を暗示しているようだった。


 しかしヘンリックは、ラベンダーが取れてしまった青い色の栞を大切そうに自分の机の引き出しの中へ仕舞った。この部屋を使っていた時、この引き出しの中には自分の大切なものをいつも入れていた。


 今になって強く欲しいと思っている彼女からの優しさや好意といった気持ちは、年月をかけてどんどん無くなっていったのかと思うと、後悔してもし切れなかった。しかしこれが今まで自分自身がしてきた事の結果なのだ。


 小さな贈り物にはどれもローゼリアの字で『お誕生日おめでとうございます、殿下の益々のご活躍をお祈りしております』といった定型文ばかりではあったが、ヘンリックの事を思いやるような文面が綴られたカードが同封されていた。


 木箱のそばに置かれていた四つの未開封であった大きな包みもクロークから何とか出して開封をしてみる。中でも比較的小さな包みに入っていたのは服であったが、ひと目でサイズアウトしていていると分かる子供用の服だった。大きさ的にドレスを贈った後に届いたものなのだろう。


 大きな三つの包みには風景の描かれた絵画や、飾り用の模造刀や盾といった武門の家であるフォレスター家らしい品が入っていた。


 そういえば以前使っていた馬具のセットはフォレスター家から贈られた物だと聞いていた。あれもローゼリアからの誕生日プレゼントだったのかもしれなかった。ローゼリアからだと話すとヘンリックが嫌がると思い、気を遣った侍従がフォレスターの名前の方を出したのかもしれない。


 古くなったのであの馬具を今はもう使っていないから、きっとあれらはもう処分されてしまったのだろう。


 これらの品々を見たヘンリックは今、先ほどの酒の席での失言よりも遥かに深く後悔の念に苛まれていた。


(私は、何て事をしてしまっていたんだ)


 後悔しても時間は戻らない。たとえ戻れたとしても彼自身が変わらなければ同じ事を繰り返すだけなのだ。


 それに贈り物も最初の頃に送られたと思われる物は可愛らしい物や手の込んだ物、考え抜かれた物が多かったが、ここ二、三年の間に贈られたものは、通気性の悪い場所に年単位で放っておかれた為に所々が錆びてしまった実用性の無い盾や剣であったり、絵画に描かれているのは曇り空に鬱蒼とした森と湖で、見るからに陰鬱な気分にさせられそうなものだった。


 飾る事さえも敬遠したくなりそうなそれらの品々は、まるでヘンリックが贈り物の中身を見ているのかを試しているかのような品々だった。きっと当時の自分がこれらを見ていたら、嫌味のひとつでも言ってしまったかもしれない。


「……これは、それだけ私が嫌われている、という事なのだろうか?」


 ヘンリックは暗い雰囲気の絵画を手に取りながら、ぽつりとそう呟くのだった。


 これらの大きな品々が最近贈られたものだと知っていたのは、ローゼリアが留学してから贈られてくる誕生日の祝いの品が、これまでとは違って大きくて重いものなので、何処へ仕舞ったらいいのかを侍従に改めて相談されたからだった。


 その時のヘンリックは贈られたものを確認どころか一度も見ずに『他の物と同様にクロークへ』とだけ指示をしたのだった。ヘンリックがクロークに入る事はないし、一応相手は婚約者で公爵令嬢なのだから、贈られたものを捨てるわけにはいかないので、自分の目の届かない場所へと思い、クロークに仕舞う事を指示したのだった。


 実はローゼリアが留学していた頃のプレゼントの選定は実際にはエーヴェルトがしていたのだが、贈り物を選んでいた時のエーヴェルトが、にこにこと黒い笑みを浮かべながら選んでいた事をヘンリックは知らないまま、ローゼリアが選んだものだと思って一人で落ち込むのだった。


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