21 友からの忠告
【エーヴェルトside】
エーヴェルトは全く飲まずに終わった酒の席ではあったが、それなりに飲んでいたオレクに部屋の場所が分からないと言われたので、エーヴェルトは彼に割り当てられた部屋まで付き添ってやることにした。
「エーヴェルト、どこかメシ食えるところ知らない?」
少し歩いたところでオレクが立ち止まって突然そう言ったのだった。王太子宮での晩餐でオレクはルードヴィグの後ろに控えていたので、彼がまだ夕食を食べていない事をエーヴェルトは思い出した。
「この時間ならまだ食堂で軽食を提供しているな。残業をしている文官や夜勤の騎士が利用している場所でよければ案内する」
「あ、それでいい。何でもいいから腹に入れたい」
エーヴェルトがエルランドへ留学していた時、オレクとはクラスが同じだった。
剣術の授業の後にオレクから話し掛けてきて以来、何かとオレクがエーヴェルトを構うようになり、いつの間にか一緒にいる事が増えていった。
オレクは子爵令息だが身分に囚われずに動く事も多く、本来ならば公爵令息であるエーヴェルトとは住む世界が違っていたのだが、留学が終わってからも手紙のやり取りはしていたのだった。
「まさかお前がこの国に来るとは思わなかった。学生の頃は他国には興味を持っていなかっただろう?」
「まあ、こちらにも事情があったからなあ。……ウチって俺の母親は早くに死んですぐに後妻がきたのだけれど、五歳下に弟が出来て俺の婚約者も五歳下だったんだ。この意味、分かる?」
「年下過ぎてお前が浮気でもしたのか?」
「はっ? 俺こんなだけれど、一応そういうところは誠実なんだぜ」
「……わかってる、どうせお前の方が身を引いたのだろう? それで母親が違う弟に、婚約者と爵位も譲ってきたのか?」
「ああ、そう。やっぱりお前は話が分かるから話しやすいや。……お、この王宮ってバラ園があるんだ、綺麗だな。少し見てもいいか?」
客間から食堂へいくまでの間には中庭に面した回廊を通る。人通りの多い回廊に面した中庭なので庭師の力も入っていて、ちょうど今はバラが見ごろだった。そしてこのバラ園はちょうど先日、ヘンリックと元ヴィルタ公爵とでひと悶着あったいわく付きの場所でもあった。
満月に近い月の光の下で、夜のバラ園は昼間とは違う美しさを見せていた。
「……離れた場所で待っているからお前一人で見てこい。男二人であそこへは行きたくない」
「え、なんで? もしかして前の婚約者とここで何かあったのか?」
「違うが、あの中庭へ行くと今はろくでもない噂をたてられるぞ。僕はもう行く」
そう言ってエーヴェルトは早足で歩き出すと、さっさと中庭から離れるのだった。
「ちょっ、待てよっ」
オレクは中庭には入らずに慌ててエーヴェルトの後を追った。
◆◆◆
昼食時は王宮で働く者たちでいっぱいの食堂も、夜となれば食事をしている者はまばらだった。騎士たちは交代制で今のところ大きな事件もないから呑気そうだが、食堂にいる文官たちは残業組で、皆が青い顔をしている。ヘンリックの戴冠前後には自分もあの中に入るのかと思うと、エーヴェルトは今から気が重くなるのだった。
エーヴェルトは自分の名前で二人分のチキンのサンドイッチを頼むと、二皿共オレクの前に置いた。
「これで足りるか?」
「ああ、ありがとう。……それにしてもランゲルって本当に金色の髪がいないんだな。エルランドだと金髪だらけだから国外に来たって気がするなあ」
食堂にいる者を見る限り、皆茶色や黒色の髪色をしていて、髪色が金色なのはオレクとエーヴェルトだけだった。
「お前は自分が珍しがられるのは嫌か?」
「いや、よくわからん。しばらくこの国にいれば分かるかもしれないけどな」
「今、国の政策としてエルランドの貴族とランゲルの貴族との間でいくつかの政略結婚を取り持とうと考えている。エルランドで土木技術や灌漑技術に詳しい家の令嬢や令息をランゲルに迎え入れる事を目的として、どの家の令嬢や令息がいいのかをピオシュの伯父と相談をしながら婚約者のいない貴族家へ打診をしているところなんだ」
「……で?」
「北部にフォレスターと繋がりのある伯爵家がある。そこの伯爵領はライ麦の産地で子どもは令嬢しかいない。近頃そこの家の長女が他の伯爵家の嫡男と恋仲となってしまった事で、婚約者のいない次女に婿が必要となってしまった家があるんだ。そこにオレクが婿入りをすればオレクが伯爵家当主になれる。良かったらランゲルへの婿入りを考えてみないか? それにシャンデラ家の蒸留酒にはライ麦が必要だから、家同士として繋がりを持つ事は悪い話ではないと思うんだ」
オレクはサンドイッチを口に入れながら腕組をして、エーヴェルトを見つめる。
「俺が婚約解消したのは本当に最近の事なんだぜ。俺はお前みたいに政略だからってすぐに次にいけるほどタフじゃないんだ。それにここはお前だけの国か? お前を見ていると一人だけで背負おうとしているように見えるんだよな。そういのってあの殿下が考える事じゃないのか? あの人が呑気に自分とお前の妹ちゃんとの関係でぐちぐち言ってる裏でお前が色々動いてお膳立てしてやって、どれだけ甘やかしてるの?」
「でもエルランドとの融和政策は十年以上も止まったままなんだ。今進まないとこの国はどんどん取り残されてしまう。あの方の成長を待っている時間は無い」
「だから、自分で動こうってわけね。……まあ、お前も好きでやってる事なんだろうけれど、生き急ぎ過ぎだろう、お前は」
「……」
二人の間でしばらく沈黙が続いた。そしてその静寂は意外なところから破られた。
「こちらにいらっしゃいましたか、フォレスター様!」
突然二人の元に現れたのは王太子妃付きの文官の一人だった。文官の様子を見てエーヴェルトの表情がスッと変わる。
「どうした、何かあったのか?」
「じ、実は妃殿下にお目通り願いたいのですが、何分このような時間ですのでどうしようかと考えあぐねていたところだったのです」
「分かった、妃殿下への用件は私が聞こう」
「妃殿下がお客様との晩餐の為にお帰りなられた後のことです。残った者たちで三日後の夜会で使用する物品の確認をしていたのですが、発注をかけた食材の数字と実際に届いた食材の量が違うのです。それで気になって他の食材も確認をしましたところ、ワインの味が二流品の味でした。あれではとても王家主催の夜会には出せません。ワインの件に気付いたのはつい先ごろですので、代替のワインを探すとしても明日になってしまいます」
エーヴェルトは立ち上がった。
「妃殿下への報告は明日の朝にして、私も夜会で使う物品の確認を今からする。足りない食材の補充をするための仕入れ先も探さないといけない。……王宮に残っている者には悪いが今夜は泊まり込みになるな」
「わかりました、まだいる者に声を掛けてきます」
「よろしく頼む」
文官が去るとエーヴェルトはオレクへと声を掛けた。
「オレク、済まないが部屋の場所は誰か他の者に聞いてくれ。私に言われたと話せばすぐに案内してくれるだろう」
「エーヴェルト、ワインならフォレスター夫人への土産としてルードヴィグ様がかなりの量を持ってきている。それにシャンデラの蒸留酒もそれなりに用意してある。あれはストレートではキツイが水や果実水で薄めれば夜会用の酒にもなる。元々ランゲルで売るつもりで持ってきていたし、フォレスター家にランゲル国内の商会との繋ぎをお願いしようと思っていたんだ」
「そうか、助かる」
オレクにそれだけ言うとエーヴェルトは早足でどこかへ立ち去ってしまった。部外者でしかないオレクに出来る事は何もなかった。
そしてサンドイッチの最後のひと口を口の中へ放り込んでからオレクは立ち上がり、一人で部屋へと戻っていった。




