18 再構築?
休憩室でローゼリアが涙を見せた日の晩、夕食は部屋で食事を摂ると侍女経由で伝えてきたので、ローゼリアは食堂に姿を見せなかった。
結婚してからこれまでローゼリアはずっと食堂で食事を摂っていた。
エーヴェルトがいつも忙しそうにしているのは、王太子の執務室での仕事の他に宰相の補佐としての仕事とフォレスター家での仕事があるからで、ヘンリックの執務室には側近が二人と書類仕事を中心にこなしてくれる文官が四人もいる。
元々は二人の側近とこなしていた仕事ではあったが、結婚して戴冠がいよいよ近づいた事で文官も付くようになった。彼らが本格的に忙しくなるのは半年以上先の事で、今のところは夕食に間に合う時間には仕事を終える事ができているのでヘンリックはほぼ毎日ローゼリアと共に食事をしていた。
一人で食事を摂るのは久し振りの事で、ローゼリアがいないというだけで食堂がいつもより広く感じられる。
ローゼリアがいても会話らしい会話はあまりなく、たまに言葉を交わしても事務的な連絡事項ばかりではあったが、いつも正面に座っている席にローゼリアがいない事にヘンリックは寂しさを感じていた。
彼女はいつもヘンリックを気にすることはなく食事を進めていく。ヘンリックは考え事をする事もあったが、そうでない時はよくローゼリアに視線を向けながら食事をしていた。
彼女はいつも料理を味わうようにゆっくりと食べていた。ほとんど表情が動かないので何を美味しいと思っているのかわからなかったが、苦手な食材はないらしくほとんど残さずに食べ、量が多い時は完食した後に次回からは少なくして欲しいと食事の世話をする侍従に伝えてきた。
食事の時は伏し目がちにしているからか、表情はなくてもローゼリアの長い睫毛が憂いのある様子に見せる。小柄なせいか普段は年齢よりも幼く少女のように見える彼女がそういった仕草をすると、いつもより大人の女性のように見えてしまう。
そういった彼女を知る度にヘンリックの心は落ち着かなくなるのだった。そしてどんどんローゼリアから目が離せなくなってしまう。彼女が自分を見ていなくてもそれでもずっと見ていたかった。
食事の後、ヘンリックは応接室にローゼリアを呼び出した。
昼間の様子とは変わり、いつものローゼリアがそこにいた。
「昼間は気に障った事を言ってしまい済まなかった」
お茶を飲む前にヘンリックはローゼリアに謝った。
「あれは私自身の問題ですから、殿下はお気になさらないで下さい」
「先日のキミは私には自分がいるから王太子として退かなくていいと言ったね。それはつまりキミは王太子妃として在り続けるということと受け取ってもいいだろうか?」
「ええ、その通りですわ」
「私はこれまでキミに対して間違った事をしてきたと今は思う。だから今度はキミの考えている事を知りたい。ローゼリア、私はキミと再構築をしたい。私が頭を下げただけでは侘びとして足らない事は分かっているのだが、私はキミとやり直したいんだ」
「殿下がそう思われるのでしたら、私は受け入れるだけですわ」
ローゼリアは静かにそう言った。
以前ローゼリアに関係の改善を願った時は話すら聞いてもらえなったから、その時と比べればかなりの進展ではある。しかしローゼリアの言葉に彼女の意思は感じられなかった。
「そうか、ありがとう」
それでもヘンリックはローゼリアの言葉をかみしめながら彼女の気持ちを受け止める意味でも礼を言う。
「この間ローゼリアはこの国をどうしたいか話してくれたよね。私もキミの考えには共感するところが多いから王と王妃としては上手くやっていけると思う。では国よりももっと小さな単位である、家族や夫婦としてならばキミは私とどのような将来を考えている?」
ローゼリアは考えるようにゆっくりとお茶をひと口飲む。
「殿下には最愛様がいらっしゃいますから、私とは王太子妃としての仕事上での関係だけで充分だと思っていますの。でもそれでは駄目だと兄に言われてしまいましたわ」
「ローゼリア、キミも気付いているとは思うが、私とマリーナはもう終わっている。最後に会ったのは前シーズンのあの夜会だった。あの夜会の後に彼女から一度だけ手紙が届いたが、私は返事をしていない。私はキミに白い結婚を告げようとした夫で、キミは軽薄な男だと思うだろうが、今の私にはもうマリーナへの気持ちは無いんだ」
「だから、あの方の次は“私”ですか? それは殿下にとってご都合がよろし過ぎなのでは?」
「ああ、それは分かっている。だからキミの考えを知りたいんだ。これまでの十一年はずっと私の都合にキミを従わせてきた。だから次はキミの都合で私との関係を決めればいい。このまま公的な形だけの夫婦関係を望むのならそれでもいい。私はキミ以外の女性とは子どもは望まないから私たちの間に子どもがいなかったら、義兄上のお子を後継にすればいい。父親が誰であってもキミの産む子供には王子としての資格はあるが、……私以外の男と子どもを儲ける、私にそれを止める資格はないかもしれないが、……それだけは止めて欲しい」
最後は辛そうにそう言い、ヘンリックは俯いてしまった。出されたお茶はもうぬるくなってしまい、ローゼリアはどうすべきかの選択を迫られていた。
「……殿下は直情的過ぎですわ。騎士様でしたらそれでもよろしいのでしょうが、殿下はこの国を纏めていなかいといけませんの。相手が妃でもあっても従うなんて事はいけませんわ」
「ならばキミが女王で私が王配となればいい。それが正しい形だ」
「簡単そうにおっしゃらないで。私はこの国の女王になんてなりたくありません。女性官吏もいないこの国で女王だなんて、どれだけ風当たりが強くなるか考えただけでも恐ろしい事ですわ」
「わかった。ならば今後は女性官吏も少しずつ登用するように議会にかけ合おう。来年は王太子妃付きの文官の何人かを女性にして、最終的にはキミの周りは全て女性の文官にする」
「なっ……、ばっ……」
思わず『馬鹿じゃないの』と言おうとしてしまい、ローゼリアは慌てて口を噤んだ。
「……女性官吏の登用は賛成ですわ。エルランドには女性官吏もいますし、女性にも領主となる権利が認められていますの。女性官吏の登用は、ランゲルが変わりつつある事を他国に周知する事に繋がりますから良い事だと思います」
夫婦の問題からいつの間にか国政の話題へと変わってしまった。婚約者時代にはローゼリアからこの手の話をされるといつも不快感を覚えたのだが、今は不思議と彼女とこういった話をする事がとても楽しいとヘンリックは感じるようになっていた。




