二章【マキネッタ】2杯目
お待たせしました。2章の2杯目です。
なお、このお話しはあくまでフィクションであり登場する人物・団体・歴史は架空のものです。似たような団体名や歴史的事実は想像上のものです。
と書いておけば一安心(^^;)
「さ、着いたよ」
葉山の運転するカートが停車したのはひときわ高い建物だった。ここがキューの総本山にして葉山の館のようだ。
晴樹も天雫も無言で降車する。
天雫は歩く国家機密――葉山はそう言った。予想だにしない重い言葉に晴樹は不安にさいなまれていた。正直、これから聞かされるであろう真実を受け止める自信が無くなりかけている。
自分はまだ高校生だ。部活に汗を流し、天雫と試験勉強し、学校帰りに友人と遊んで帰る。そんなごく普通の高校生だ。国家の機密情報を共有する立場にあるわけが無い。何で俺が…
いや、違う。
被害者ぶるな。
本当に不遇なのは天雫だ。
天雫を国家機密に仕立て上げたのはほかでもない、俺だ。逃げてどうする!
「ええーい、迷うな、俺!」
天雫は未だに事態を把握していない。葉山の細説によっては心が押しつぶされるだろう。放っておく訳にはいかない。
迷いが晴れ、吹っ切れた晴樹は「よっしゃ!」と自分を奮い立たせた。
突然、自分で両頬をはたく晴樹に驚いた天雫は何ごとかと理由を尋ねる。
「晴樹ちゃん、どうしたの?」
「大丈夫だ!さあ、行くぜ!」
ここから先に入ったらもう引き返せない。まるでRPGに登場するラスボスの魔城を攻略する気分だった。
意を決した晴樹は葉山の後に続き、巨大な研究棟に入った。
エレベーターに乗ったが階数表示が無く〝エントランス〟〝ラボ〟としか書かれていなかった。どうやら直通する専用エレベーターのようだった。
長い廊下を進み、ひときわ大きなドアの前で葉山は立ち止まった。
品格のある木目調のドアだが、やたらと厚みがある。おそらく木製なのはダミーで鋼鉄の類いだろう。
葉山はドアの把手に手を掛け一瞬間を置いてから部屋側に押し込む。ガコンと鈍い金属音がしてドアが開いた。
晴樹は「鍵も掛けないで不用心だな」と思ったがそれを察した葉山は、
「ああ、このドアの把手がセンサーになっていてね。この部屋は限られた人物しか入られないんだ」
まだ市井には普及していないであろう超絶ハイテク製品だった。さすがキューの研究施設。晴樹は素直に感嘆した。
葉山に入室を促された部屋は研究室ではなく、応接間のような部屋だった。壁側に大きな窓がある。その窓から柔らかな日差しが室内を照らしている。窓の外は高層階ということもあり、晴樹たちの住まう街が一望できた。窓に駆け寄る晴樹と天雫はまるで展望室にいるかのように絶景を堪能した。
「まあ、適当に座ってくれ」
二人はあきらかに高級そうなソファーに着席し、葉山も反対側に腰を下ろした。
室内は品の良いイタリア調のインテリアでまとめられていた。シンプルかつ機能的で飽きのこないデザイン、コーディネートした人物はかなりのセンスの持ち主である。機械の類は置いて無く、せいぜい執務机のノートパソコンぐらいである。そのノートパソコンさえ閉じられていた。
「どうしたんだい?」
キョロキョロと室内を見回す晴樹に葉山が聞いた。。
「研究室ってもっと試験管やフラスコがあって、小汚いイメージがあったんだがな」
「晴樹ちゃん、失礼だよ」
思ったことをストレートに言う晴樹に天雫は窘めた。
「ここはただの接客に使う部屋だよ。もっとも客はほとんど来ないけどね。泊まり込むときの寝室にもなってるかな。ちなみに研究室はあのドアの向こうだよ」
葉山が指さした方向にはドアノブも把手もない扉があった。自動ドアなのだろう。
「でも、君の言うことは当たってるよ。僕一人だとたぶん君のイメージ通りだよ」
苦笑いしながら、葉山は同意した。
「優秀な助手がいてね、研究だけじゃなく身の回りの世話もやってくれるんだ。この部屋のインテリアも全部彼女が選んでくれたものだよ。僕じゃよくわからなくてね」
「彼女? 助手って女性なんですか?」
「うん、若いけれど聡明で博識な上、とても研究熱心なんだ。それに彼女は君と同じく……」
と、言いかけて葉山は小さく含み笑いをした。
その意味が分からず二人は葉山の言葉を待ったが「さて、さっそく本題に入ろうか」と言っただけで、答えは返ってこなかった。
「天雫君とは初対面になるかな。改めて自己紹介しておこう。僕は葉山雷人。ここキューのMT研で……」
「ちょっと待った、ずっと気になっていたんだが『MT』って何だ?」
「ああ、MTとはミリタリーテクノロジーの略、つまり軍事技術のことだよ。その研究開発をしている」
「軍事技術?」
軍事という物々しい響きの単語に晴樹は軽く衝撃を受けた。
「キューは軍需産業でも業界のトップシェアを誇っているんだ。知らなかったかい?」
「というか、キューがそんなのにまで手を出していたこと自体知らなかったぜ」
「企業イメージというのがあるからね」
実際晴樹の家でもテレビやスマホはキュー社の製品だった。CMや広告でもよく目にしており、馴染みのある家電メーカーのイメージしかなかった。
まさかそのキューが戦争のための兵器を生産しているとは夢にも思わず、兵器とキューのロゴがどうしても不釣り合いに思えた。
「あれ、でもおっさん、薬の開発者って言ってなかったか? 兵器と何の関係があるんだ?」
「うん、あのときは便宜上『薬の開発者』と言ったけど、元々の専攻は遺伝子工学なんだ。ただ軍需産業とは様々な分野の集合体だから色んな分野を研究していてね、。ざっと上げると情報工学・機械科学・薬剤学・応用化学・原子核物理学・航空宇宙学・軍事気象学……」
「……おっさん、もしかしてスゴイ人?」
「晴樹ちゃん、もしかしなくてもスゴイと思うよ」
天雫は背後にある本棚を見つめて言った。
壁と一体となっている本棚にはおびただしい数の書籍が整然と並んでいた。天井まである本棚は一切の隙間が無く本で埋め尽くされている。
タイトル自体が専門用語の羅列で意味がまるで分からなかったりするが、高校生の二人でも様々なジャンルの書籍があることだけは理解できた。
「はは、別にすごくはないよ。好きでやってることだからね」
少年のように微笑む葉山を見て晴樹は感嘆した。
背景にある本は恐らくひとつ残らず目を通しているのだろう。それどころか全て頭に入っているのかもしれない。
本来ならばこうやって気軽に会うことさえできない人物ではないか。そう思うと、晴樹は正門にいた守衛がなぜ狼狽したのか分かったような気がした。
「さて、軍の話が出たところで晴樹君に質問だ。軍事作戦を遂行するにあたり、一番の障害は何だと思う?」
「は?」
唐突に思いもよらぬ質問をされ、晴樹はたじろいだ。教室でわからない問題を当てられた気分になった。
「え、えーと……」
「それはね、天候だよ。どんなに綿密な作戦を立てても晴れの日と雨の日では大きくその成果は異なる。君たちは歴史の授業で『元寇』を習わなかったかい」
「元寇……? 何だっけ?」
今度は隣の天雫に助けを求めた。
「確か鎌倉時代に日本に攻めてきた元のことじゃなかった? けど台風がきて元の軍勢は壊滅したんでしょ」
「そう、昔の人はその台風を神風と呼んだ。自然の力の前で人間は無力なんだ。それは現代においてもなんら変わることはないんだ。綿密な軍事作戦であっても天候は大きく影響を与える。場合によっては作戦そのものが中止に追い込まれる。大自然の持つ力とはそれほどまでに大きいんだ」
なんとなく授業っぽくなってきたが二人は黙って耳を傾けた。
「けど逆に自然の力を、天候を自由に操れるとしたら、どうだろう……」
「!」
問いかけるような葉山の言葉に天雫がぴくんと反応し、頭のテルテル坊主を揺らした。
「ここから先は軍事機密に属する事柄なんだ、絶対口外しないように頼む」
晴樹と天雫は緊張した面もちで頷いた。
「自然の力を手に入れる。それは強力な兵器になる。防衛装備庁はそこに目をつけたんだ。現代の神風として自然の力を自在に操る究極の兵器を作ろうと、キューに共同開発を持ちかけてきた」
「できるかよ、天気を操るなんて。それよりさ、そろそろ本題に入ってくれないか。空想話なんかより天雫が飲んだ薬について聞きたいんだけどな」
どんどんずれてきている話に業を煮やした晴樹は本題に入るよう催促した。ここまで来たのは天雫が服用した得体のしれない薬についてであり軍事教練ではない。
「待って、晴樹ちゃん。あたしは葉山さんの話、聞きたい」
「天雫……?」
珍しく天雫が強い口調だったので晴樹は目を見張った。天雫は緊張と昂揚が混じった目をして真剣だった。
「悪ぃ、おっさん……」
「今の話は大いに関係ある、と言うより、答えそのものなんだけどね。申し訳ないがもうしばらく『前振り』に付き合ってくれないかい?」
本題に入る前の前説というわけか。晴樹は納得し話しを聞く態勢を整えた。
「天候を操るにはどうしたら良いか? 研究と実験の結果、僕らが導き出した答えが『衛星を使って空から操作する』だ」
「衛星? 衛星ってあの宇宙にある?」
そう言って晴樹は天井を指さした。葉山は首肯し話しを続ける。
「そして僕らは天候の操作を可能にする人工衛星を完成させた。それが軍事気象衛星『ミル』だ。ミルは意図的にあらゆる天候を作り出せる。実証実験も完了し、機能と性能に問題はないと確認された。既に日本の上空に配備済みだよ」
「おいおい、マジかよ。ちょっと信じられないぜ」
「もちろん、嘘じゃないさ。それとここからが本題だよ」
散々振り回されたが、今までのが前振りだったらしい。
「軍事気象衛星ミルは革新的なことがもう一つあってね、ミルは管理運用する施設をもたないんだ」
言葉の意味が分からなかった。『運用施設がない』どういう意味だ? 晴樹の疑問が顔に出ていたのか、葉山はその問いに答える。
「例えば気象衛星は『気象衛星管理センター』という施設で運用している。衛星に指令を出したりデータを受信したりとかね。つまり衛星をコントロールしている設備だね。だがこれが軍事施設だとしたらどうだろう? 真っ先に敵の攻撃対象となってしまうだろうね」
いわゆる『軍事拠点を叩く』ということだろう。戦術の基本であり、現在世界の各地で繰り広げられている紛争でも使われている手法である。
「しかも破壊されるだけならまだ良い方だ。逆に奪取される可能性もある。敵もこんな都合の良い兵器を放っておかないだろうからね。強力な兵器ほど、敵に奪われたときの脅威も大きくなる。だからそのような施設は作らないことに決めたんだ」
「じゃあどうやってその衛星を動かすんだ?」
運用施設が無いということは衛星も稼働できないということ。晴樹の指摘も至極当然だった。
「ミルは一人の人間そのものがコントロールするんだ」
「人間が? ああ、ドローンを操作する時のゲームのコントローラみたいなものを使うのか」
つまりそういう建造物内の設備で操作するのではなく、小型化したリモコンだけで操作するのでは、と晴樹は考えた。
「でもそのコントローラを紛失したり盗まれたら同じだよ」
即座に葉山のダメ出しを喰らった。
「答えはね、そういう外部的な機器や装置を一切用いず、人間自身がコントローラそのものになれば良いんだよ。言わば『人間コントローラ』だね。僕らはそれを『マスター』と呼んでいる」
「人間コントローラって、改造手術でもするのか?」
B級映画にありがちな設定に晴樹は冷笑し冗談を飛ばした。
「うん、正解だ。手術はしないけどね」
半笑いだった晴樹の顔がそのまま固まった。
「え…?」
「あるカプセル剤を使い、人体のDNAと融合し塩基配列を部分的に組み替え、その一部をハードウェア化し脳内でミルを操作・制御する」
「あるカプセル剤……? 融合……? って、まさか!」
一つ一つのピースが合わさって真相という名の具象画が露わになり、晴樹は電流が走ったような衝撃に襲われた。
「そう、それがカプチーノ。天雫君、君が飲んだ薬だよ」
ここまでお読み頂きありがとうございました。
かなり説明文になってしまいました。
今後のお話しでコメディ要素が出てきますのでお楽しみに。




