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二章【マキネッタ】1杯目

間髪入れずの投稿となりました。

では、どうぞ。

 今や世界的な大企業となった、株式会社CUE(キュー)

 独自のデザイン性や小型高性能を得意とする高い技術力は日本はもとより、海外においてもそのブランド力は市場を席巻し、そのロゴは巷にあふれている。

 元は小さな精密機器メーカーだったが徐々に販路を拡大し、守備範囲は家電にとどまらずパソコン、スマホ、タブレットなどのデジタル機器、果ては産業用機器まで、およそ電気が使われるもの全てに及んでいる。さらに最近では精密機器メーカーとしてのノウハウを生かし医療機器や製薬の分野までも進出している。

 その自社製品に関わるすべての研究開発を行なっているのが、ここキュー技術開発センターである。広大な敷地は世界における市場占有率を、そびえ立つ研究棟の設備と洗練されたデザインは技術力を誇示しているようだった。まさにキューの頭脳である。


 晴樹と天雫は授業が終わるとこのキュー技術開発センターまで足を運んでいた。理由はもちろん、天雫が飲んだカプセル剤――カプチーノについて葉山に説明を求めるためだった。

 今のところ、天雫に主だった変化は見られない。目覚めてからはいつもと変わらず午後の授業を受け、いつもと同じく帰りのホームルームが終わるや「部活、行こ」と晴樹の机まで迎えに来た。

 今朝目撃したあの紅斑が一瞬で全身を駆け巡ったことさえ見間違いだったのではないかと思えてくる。


 ただ、とりわけ苦労したのが主賓である天雫への説明であった。

 ――おまえは風邪薬ではなく得体の知れない物を服用した。

 などと無用な不安を抱かせることだけは避けたかったが他に方便は思いつかず、晴樹は言葉を慎重に選び事実を話した。もちろん葉山の言葉を信じ危険がないことは念入りに強調した。

 もっとも晴樹自身、天雫が飲んだものが何なのか、まるっきり理解できていなかった。葉山は〝カプチーノ〟と言っていたが、それは開発コード名であり、実態は知らされていない。天雫への説明にも「飲んだのはカプチーノというらしい」としか言えなかった。

 その発言だけ踏まえたら「コーヒーを飲んだ」という意味でしか捉えようがなく、当の天雫も???と頭にクエスチョンマークを盛大に生やしていた。

 しかも「でも風邪は治ったよ」と晴樹の説明を粉砕する一言を切り返した。

 がっくりうな垂れる晴樹だったが天雫の風邪が治ったのは本当だった。これがカプチーノとやらの効果なのか、単に午前中に睡眠を取ったおかげで自然治癒したのかは定かではない。

 とにかく今は葉山の元に赴き、事態の収拾をつけることが先決だった。

 なお、天雫の下着が露わになるほどワイシャツをひんむき、不覚にも女の子としてかなり意識してしまったことは名誉のため未来永劫秘匿とし、晴樹の心の内――深い階層にひっそり作られた青春フォルダに保存されている。


 晴樹と天雫は初めて見るキューの中枢に圧倒されていた。

 初高からは徒歩圏内でありその所在は広く知れ渡っていたが、晴樹も天雫も実際に訪れたのはこれが初めてだった。

 二人のいるこの門前から三つ巨大な建物が確認できたが、案内板によるとまさに氷山の一角であり、その奥にさらなる研究棟が林立していた。敷地内には二車線の道路があり、エンジン音のしない小型車が所々で行き来している。

 初高の正門より三倍はあろうかという広い間口は、午後の四時前という時間のためか人通りはほとんどなく閑散としていた。

 人通りがあれば多少紛れたかもしれないが、そこにポツンと立ち尽くすブレザーにスポーツバック、リボンに通学鞄はどう見ても場違いであり妙に目立っていた。


 門の側には守衛所があり、その前で若く筋骨隆々な守衛が『休め』の姿勢のまま目を光らせている。当然晴樹たちもそのマッチョな守衛の目にとまり、険しい顔つきで二人に近づいてきた。

 先に声をかけたのは守衛の方だった。

「何かね君たちは? ここは高校生の来るような所じゃないんだけどな」

 決して荒々しくはないが腕組みをした威圧的な態度であり、見下したような口調だった。

 その言い方から暗に「とっとと出て行け」と退場を急き立てる意味が込められている。

 天雫は思わず首をすくめ、晴樹の背中に隠れた。

「この人に来るように言われたんだけど」

 少々ムッとした晴樹は葉山の名刺を渡し、訪問理由を述べた。

 守衛は訝しげに名刺を受け取ったが、その氏名を見るなり顔色を激変させた。

「MT研の葉山博士? ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 マッチョな守衛は慌てて守衛室に戻り、入構者管理用の端末を操作し始めた。ありふれた電子音が守衛所から響いてくる。


「君たち、名前は?」

 守衛室の窓越しにマッチョ守衛が尋ねてきた。気のせいか口調から威圧感は消えている。

 晴樹達は守衛所に駆け寄り名乗り出る。

「小川晴樹」

「上島天雫です」

「オガワハルキ、ウエシマアマネ…… 確かに葉山博士の名で予定が入ってる…… 博士が高校生に……? そんなバカな!」

「いや、本当に僕のお客さんだよ」

 不意に晴樹の背後から声がした。慌てて振り向くと今朝見たあの人なつっこい顔の人物が立っていた。

「は、葉山博士!」

 どこから現れたのか定かでないが、葉山は今朝のヨレヨレのジャケットと違い白衣を着用している。

「おっさん!」

「君たちが見えたんでね。迎えに来た」

「博士が自ら迎えに……? この子らはいったい何なんですか?」

「彼らはただの社会科見学さ」

「社会科見学と言われましても博士の研究は……その……」

 マッチョ守衛はなぜか言いよどむ。

「あー、いーからいーから。責任は僕が取るよ」

「は、はあ……」

 最初の威勢はどこへやら。マッチョ守衛はすっかり小さくなり、晴樹達の入構を許可した。そしてビジター用の許可証を二人に手渡す。

「こちらの許可証を胸の見える位置に付けてください」

 葉山の威光なのか対応も丁寧になっている。


 入構手続きが終わると、案内係は葉山に引き継がれる。

「さあ、乗ってくれ」

 と、近くに止めてあったゴルフ場にある電動カートのような車両に乗車を促す。

 広大なこの研究センターを行き来するには徒歩での移動は酷なのだろう。葉山の運転するこのカート以外にも所々、敷地内を走行しているのが見て取れる。


 守衛所が見えなくなったところで晴樹は疑問をぶつける。

「社会科見学ってなんだ? 俺は天雫の飲んだ薬の……」

「わかっている、もちろん社会科見学は建前だよ」

 晴樹の抗議を遮り、葉山は即答した。

 建前が必要――つまりキューの守衛にすら本当のことを話せない。これから話されるであろう話しが極めて秘匿性が高いことを示している。

「なんせ今の君ら……特に天雫君は……」

 前を向いたまま、葉山は続けて言う。

「歩く国家機密なんだよ」

 その言葉は晴樹の想像を遙かに超えていた。

お読み頂きありがとうございました。

次回分はまた数日後になると思います……

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