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三章【サイフォン】3杯目

今回も長らくお待たせしてしまいました。3章の3杯目です。

叡智なシーンって加減が難しいですね。

 校舎内を足早に駆け抜け、天雫(あまね)は陸上部の部室に到着した。

 強豪校の部室らしく、なおかつ特に優秀な成績を納める陸上部は他の部より優遇され設備はさらに充実している。

 ドアを開けると他部より広めのミーティングルームがある。その部屋に二つのドアがあり、男女別の更衣室が隣接されている。

 天雫は女子部員の更衣室に入ると、自分のロッカーを顔認証で開けた。


 天雫は特段、潔癖症というわけではなく、本来このような緊急時に無理をしてまで下着を替える必要はないとも考えられるが、一度「替えてない」という事実があるとどうにも気になってしまう。

 天雫は改めて自分のいる更衣室に人気が無いことを確認すると、スカートを履いたままパンツを脱ぐ。そして常備してある予備のタオルの中に隠すように仕舞い込んだ。

 続けてすぐさまポケットの中にあった新しいパンツを取り出す。焦る気持ちを抑えつつ、片足を上げ、新しいパンツを履こうとしたときだった。

「あれー、誰かいるの?」

 不意にドアの外から声が聞こえてきた。

 天雫は狼狽した。

 別に悪事を働いてないが、なんとなく後ろめたさと羞恥心は働いたため、咄嗟に着衣の動作を中断し、手中のパンツをロッカーに隠した。その直後、更衣室のドアが開いた。

「なんだ、天雫じゃん」

「み、美雪(みゆき)!」

 そこに現れたのはクラスメイトにして天雫と同じく陸上部のマネージャーである、苅田(かりた)美雪であった。

「こんな時間に天雫が部室にいるなんて珍しいね」

 間一髪であられもない姿をクラスメイトに目撃されるところだったので、天雫は不審者のように慌てふためいてしまった。

「あ、あたしは…… えと、そう、ちょっと忘れ物があって…… 美雪は?」

「あたしはこれを取りにね」

 そう言って美雪は自分のロッカーからタブレットを取り出す。普段授業で使用するタブレットとは別物のようである。

 天雫の「どうして?」といった顔を見て美雪は説明する。

「佐々木センセ……、ああ、数学のじゃなくて、うちらの担任の方のね、今日休みだって。それで一時間目の現文は自習になるみたい」

「え、そうなの?」

 さすが情報通で知られる美雪である。登校してから僅かな時間で担任教師の勤怠状況を把握し、その後の予定までも情報収集をしていた。

「その自習時間に部員のデータまとめをやっちゃおうかなって。そんでタブレットを取りに来たの」

 ドヤ顔で自身の収集した情報を元にその有効活用を解説する美雪。

 その直後、予鈴のチャイムが鳴り響いた。

「あ、ヤバ! 天雫、教室に戻るわよ」

「あたしはもう少し残って……」

「何言ってるの、佐々木センセは休みだけど、他の先生がSHRには来るから。ほら行くよ!」

 美雪は強引に天雫の手を取り更衣室を後にする。

(美雪、ちょっと待って! あたし履いてない! パンツ履いてない!)

 心の中で声を張り上げ猛抗議するが、当然、美雪は知るよしも無い。早く早くと天雫を急き立てる。

 ほとんど人気の無い廊下を駆け巡り二人は一年三組、自分たちの教室を目指した。その道中、天雫は気が気でなかった。

(風通しが良すぎて凄くスースーする~)

 下半身の守備力が大幅にダウンしてるので無理もない。天雫は必死にスカートの裾を握りしめ、めくれないように細心の注意を払いながらひた走った。


「間に合ったー」

 美雪が教室の入り口に滑り込み開口一番そう言った。やや遅れながら天雫も続く。履いてない事実が体を萎縮させ思うように走れなかったが、かろうじて間に合ったようだ。

 未だにスカートの裾を握ったままの天雫はおずおずと自席にたどり着き、天雫は胸を撫で下ろした。

 とりあえず、このあとは自分の席で座ったまま動かなければ良い。そして次の休憩時間にまた部室に戻り、着替え直せば万事OKだ。そう考えると少し落ち着いた。

 キャストオフした下着一枚と言えど、守備力の高さを改めて認識する。今まで意識していなかったが斯様な薄布で守られていたことを天雫は深く実感した。


 本鈴が鳴り、担任の欠勤を知らぬ多数のクラスメイト達はSHRを前に自席で臨戦態勢となる。

 程なくして代わりの教師がやって来た。いつもの担任教師が現れないことにどよめきが起きる。

「あー、佐々木先生は都合でお休みとなった。それ以外の連絡事項はないのでSHRはこれで終了とする。いつもならこのクラスはSHRの後、そのまま佐々木先生の現代文だが、今回はオレが担当する」

 休みと聞いて自習と言う名の『自由時間』を期待した生徒からは落胆の色が窺える。その中の一人、美雪の落胆ぶりは激しい。自由時間、もとい自習にならなかったというより、ガセネタを掴まされた屈辱であからさまに顔をしかめている。

「実は佐々木先生から課題を預かっている。その課題だが…… みんなにはまずエッセイを配布する。これは何人かに音読してもらう。そのあとエッセイの感想文を書いて提出するように。

必須要件はタブレットのワープロを使い千二百文字以上書いて共有フォルダに送信してくれ、とのことだ」

 クラス内から「だる~」「面倒~」など、やる気の無い声が舞上がる。

「静かに! では題材のエッセイを送信する。タイトルは『私の恥ずかしい瞬間』だ」

 打って変わってクラス内に笑い声が満ちる。だが若干一名、動きが止まった生徒がいた。

「あと、補足がある。恥ずかしい体験は心に強く残りやすい。エッセイを読んで自分の恥ずかしい体験を交えつつ、その心情を文章にして欲しいそうだ」

(今まさに一番恥ずかしい体験してるよ! これたぶん一生忘れないくらい心に残るよ!)

 他の生徒とは反対に天雫は憤慨した。ある意味タイムリーなお題となったが提出文として書けるはずも無い。

「みんな、一つや二つ恥ずかしい体験はあるだろう? パンツを履かずに登校してしまった、なんてでも良いぞ」

 教室内からさらなる笑い声が漏れる。一部の女子からは「セクハラ~」と非難の声も上がるが苦笑しての声なのでその本気度は低い。おそらく代打の教師も冗談で言い放ったのだろうが、天雫はピンポイントで自分の事ではと勘ぐり、変な汗が滲み出る。

 だがここで動揺するわけにはいかない。天雫も周囲に合わせて笑みを浮かべる。だがその表情は硬く頬は引きつっている。


「さて、全員エッセイは開いたか? では、誰に読んでもらおうか?」

 代打の教師がそういうと、途端に多くの生徒は視線を合わせまいと目を伏せる。

 そんな中、憤りを感じていた天雫と教師の視線が合った。「しまった」と思ったときには既に遅し。

「よし、上島、読んでくれ」

「あの、立って読まなければだめですか?」

「? ああ、いつも通り立って読んでくれ」

「……はい」

 天雫はスカートを気にしつつ、渋々起立してエッセイを読み上げ始めた。

 多少のぎこちなさはあるものの無難に音読を続けていき、段落の終了まで残り数行と言うところだった。


 天雫から見て左後方(七時の方角)の席の男子がペンを床に落とした。「いけね」と慌てて拾おうと着席した態勢で床に手を伸ばす。必然的にその男子の頭部も床に近づく事となる。

 その男子はペンに手が届くと、他意は無く不意に顔を見上げてしまった。

 眼前には直立で音読している天雫の後姿。

「………………」

 その男子はその姿勢のまま固まった。


「よし、そこまで」

 代打教師が天雫に音読終了を命じる。

 音読を終えた天雫はようやく解放されたと安堵し着席しようとしたが、不意に背後からの視線を感じた。何気なしに振り返ると、ローアングルで床から覗き込むような体勢を取っている男子が視界に入った。

 瞬時に彼の頭の位置・角度・距離からある解を導き出す。

「!」

 人間、極度な心理的恐慌に襲われると一周回って冷静になるのか、今の天雫がその状態だった。そして間を置かずして件の彼と視線が合った。

 男子は固まった表情のままなぜか会釈をする。つられて天雫も会釈する。そして同時に自席に戻った。

 彼はまだ表情が固まっている。

 逆に天雫の体はプルプルと小刻みに震えている。

 自己防衛のため着席しているにもかかわらず反射的にスカートを押さえる。顔にも朱が帯びてくる。

「どうした、上島?」

 妙に大人しくなった天雫に微妙な差異を感じたのか、教師は声掛けをする。

「あ、いえ、な、何でもありません……」

「そうか? では次を田中、読んでくれ」

 天雫の返事を真に受け、授業は続行された。


(天雫!)

 突如、天雫の脳内に晴樹(はるき)の声が響いた。カプチーノシステムを利用した脳内通信だった。

(天雫、何かあったのか?)

(ううん、何でも無いよ!)

(さっきから見てたが様子がおかしいぞ?)

(ホント、何でもないの)

(嘘つけ、絶対何かあっただろ?)

(そ、それは……)

(天雫、何年お前と一緒にいると思っているんだ?)

 この発言だけ切り取ると『トゥクン』な少女マンガ的な展開に聞こえなくも無いが、今の天雫にそんな余裕は無かった。

(う、うぅ……)

 天雫は悩んだ。本当のことを伝えるか。だが内容が恥ずかしすぎる。

(安心しろ、絶対誰にも言わねえから)

 その晴樹の言葉を拠り所に天雫は意を決して打ち明ける。

(あ、あのね…… その…… 履いてないの…… パンツ……)

(……は? あ? え? なんて?)

 一瞬、晴樹の脳がバグった。想定外の答えに二度見ならぬ、二度聞きをする。

(だ、だから…… パンツ…… 履いてないの……)

 消え入りそうな声で天雫がつぶやく。天雫のライフがガリガリ削られている。

(…………ノーパンってことか?)

(言わないでよ~)

 履いていない、つまり『ノーパン』であるその事実を晴樹に改めて指摘された。

 天雫の恥ずかしさが本日の最大値を更新し、頭がフットーしそうである。


 晴樹は困惑しつつも疑問に思った。天雫はSHR前に部室へ着替えに行ったんじゃないのか。なぜ履いてないんだ? 

(さっき苅田と一緒に戻ってきたよな? 念のため確認するがイジメじゃないよな?)

(うん…… 美雪とは全然関係ないよ。それは本当)

 天雫は部室に向かったところから経緯を話した。

 ポケットにパンツが入っていたこと。

 着替えるため部室の更衣室に行ったこと。

 そこで美雪と会ったこと。

 そのため履くタイミングを失ったこと。

 そしてそのまま教室に行かざるを得なかったこと。


「そうか……」

 経緯を聞いた晴樹はいささかの責任を感じた。天雫の制服にパンツを忍ばせ、自身で着替えさせようと画策したのは晴樹である。タイミングが悪かったとしか言い様がないが、このような結果になるとは夢にも思わなかった。かと言って今の晴樹にできることは何も無い。

 不幸なことに、さらに追い打ちをかける事実を思い出す。

「そういえば次の時間は体育だろ? 着替え大丈夫か?」

「あ! 忘れてた!」

 体育での更衣室は部室と逆方向にある。部室に寄ってからでは間に合いそうにない。

「どうしよう、晴樹ちゃん……」

 天雫は泣きそうな顔で訴える。

 なんとかせねばと、晴樹は頭をフル回転させる。


 ふと、晴樹に閃くものがあった。

「天雫、青山を起動しろ」

ここまでお読み頂きありがとうございました。

今回もかなり悩みました。

叡智な展開は詳細に描き込むと生々しくなるかなと。

今回は特にストーリーを何回も書き直しました。

文章力があれば上手いこと書けるのでしょうが今の私はコレが限界です。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

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