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 仮に私が今6歳だとして、あの時起こった出来事――これから起こるであろう出来事を整理しよう。勝手知ったる自分の机の中から適当な紙とペンを引っ張り出し、箇条書きで簡単に書き出していく。そしてそれを私の年齢を参考にして時系列順に並べた。


 6歳

 私 第一王子と初めて出会う。


 8歳

 私 第一王子と婚約する。


 10歳

 宰相家 隣国の国宝が壊れ、それを隠蔽する。


 13歳

 宰相家 国宝破壊の隠蔽が隣国にバレる。


 14歳

 王国 隣国に国交断絶される。

 宰相家 一家全員が国外追放される。


 15歳

 私と聖女 学園に入学する。

 王国 国庫が徐々に怪しくなってくる。

 聖女 第一王子と恋仲になる。

 王国 第一王子の落馬事故が発生、おそらくこの頃から第二王子立太子の策略が始まる。

 聖女 第一王子を献身的に支える。

 王国 第二王子暗殺事件発生、関係した重役の処刑が相次ぐ。


 16歳

 侯爵家 父が事故死し、兄が家督を継ぐ。

 聖女 どこかへ逃亡、行方不明になる。

 研究施設 病原体が漏れ、近隣の動物が死に絶える。


 17歳

 研究施設 飢えた魔獣が出現、隣国を襲う。研究者が民に殺害され施設が機能停止。感染一帯が禁足地になる。

 王国 大規模な食糧難が始まる。

 王国 隣国との戦争が始まる。


 18歳

 王国 戦争が終わり隣国に領土を奪われる。食糧難がさらに加速する。

 侯爵家 領地内で大規模な暴動が起きる。その暴動で団長が亡くなった騎士団が崩壊する。侯爵家は取り潰しになる。

 私 貴族籍を失い婚約破棄、国に捕縛される。


 19歳

 王国 起こった事の全てについて私が原因と決定付ける。

 私 全ての責任を押し付けられ処刑される。


 先ほどの出来事に加え、さらに思い出せたことも多少追加した。知る限りの全てを書き終え、ふーっとため息を吐く。

(多すぎる……! そりゃあこれだけのことが立て続けに起これば国は大きく傾くに決まっているわよ)

 むしろギリギリだったとはいえよく滅びなかったものだ。だがこれは私1人を処刑した程度でどうにかなったのだろうか。その結末はもう分からないが。それにこれらはあくまであの時の私の目線から見た出来事だ。おそらく私の見ていない、知らなかった事実は他にもたくさんあっただろう。――あの時の私はあくまでも『第一王子の婚約者』という立場であったためこれら事件に深く関わったことはほとんどなく、水面下で何が起こっていたのか、そこに渦巻いていただろう思惑や真実の全てを知ることはできていない。


 ところで最後に全ての責任を押し付けられ処刑された私は、その惨劇の渦中で一体何をしていたのだろうか。少し記憶を辿ってみようと思う。


 まず、第一王子の事故と第二王子暗殺事件。私が関わったことといえば、婚約者として第一王子と接していたことくらいだ。当時学園に入学したばかりの私は2学年であった第一王子と共に行動することが多かった。勘違いされては困るが、私と第一王子との婚約は家同士で決めたもの。つまり政略結婚である。私自身は彼に強い執着があったというわけでもなく、長時間一緒にいたのは婚約者としての義務と考えてのことだった。しかし、もしかすると、私が常に近くにいることで気が付かないうちに彼は疲労を溜めていたのだろうか。典型的な貴族令嬢であった私は、相対した相手に無意識のうちに圧をかけていることがあると兄が言っていた。また自慢ではないが私がかなり優秀であったこともそれに拍車をかけたのではないか。侯爵家の厳しい教育と国による王妃教育をこなしてきたのだ。ほとんどのことは人並み以上に容易くこなせた。これにキツく見える外見や侯爵家という高い立場も含めると、そんな圧力のある存在の女がずっとそばに居たら息が詰まって気が休まらなかったのかもしれない。癒しを求めて聖女と恋仲になる程だったと思えば、それも納得できる。

 だが聖女との仲が周囲に知れてからは逆に派閥争いなどの様々な外圧が高まってしまった。その板挟みの解消のため、聖女を悪意から守るために彼は日頃から奔走していたと記憶している。――まさか、その疲労が限界に達した故の落馬事故だったのではなかろうか。


 宰相家の壺破壊事件についてはどうだろうか。実はこの時、壺を壊したのは誰か私は知っていた。宰相の息子である。10歳のある日、私は侯爵である父に連れられ宰相家に行った。その時に初めて会った2つ上の彼の息子と意気投合し、遊んでいたのだ。大人たちは皆仕事の話をしていたため別室におり、手持ち無沙汰であった私たちはこっそりと大広間に忍び込み2人だけで追いかけっこをしていた。それはかなり白熱し、子供だった私たちは夢中になって周りがよく見えなくなってしまったのだ。そして逃げる私に対してムキになった彼が足を滑らせ、その体が壺にぶつかった。大きな壺はその衝撃にぐらりと傾き、そのまま倒れてしまった。床にぶつかると同時に大きな音を立て、中腹から崩れるように多数の破片を撒き散らしそれは壊れてしまった。

 彼は顔面蒼白だった。彼はそれがどれだけ大切なものかを子供ながらに理解していたのだ。しかし、彼には自分がしてしまった事を伝える勇気はなく、私を連れて大広間から逃げ出したのである。壺が割れた音に気がついた使用人が大広間に入ってきた時には、既に私たちは別室に逃げ込んでいた。そして、何も知らぬふりをするよう、私は彼に言い含められたのだった。――今思えば、あの時誰かに伝えていたら何かが違っていたのだろうか。


 では父である侯爵が事故に遭ってしまったことについてはどうか。私はその日、父と喧嘩をしたのだ。内容は本当に些細なことで、そんな事で喧嘩をするなと思うほどのことだ。しかしその時はどちらも引かずに凄まじい言い合いになり、舌戦に負けそうになった私は咄嗟に家を飛び出してしまった。

 そして悲劇は起こった。私を心配して追いかけた父が道沿いの崖で足を滑らせ、そのまま転落してしまったのだ。かなり高さのある崖だったため、父は体を強く打ち、ほぼ即死だったであろうと検死を行った国属の医師は語った。私は軽率な行動を激しく後悔した。家族は誰も私を責めなかった。誰も悪くなかった、不幸な事故だったと。それが逆に酷く苦しかった。――私は最終的に父を暗殺したことにされていたが、ある意味それは真実だったのかもしれない。


 研究施設からの病原体漏れについて。父の死により突然家督を継ぐこととなった兄は何も分からないまま右往左往していた。あまりにも酷い状態を見かねた私たち侯爵家の者たちは周りから優秀な者を引き抜き、彼の補佐として当てがうことを考えた。そこで私は、地方にある家畜の伝染病の研究所から優秀な人員を引き抜いたのだ。彼は私が破格の報酬をチラつかせたらいとも簡単に引き抜けてしまった。彼はとても優秀であったため、兄の侯爵としての仕事は少し改善された。しかし、それは間違いだった。彼はその研究施設の管理監督を行なっていた人間だったのだ。管理の責任者がいなくなってしまった研究施設では病原体の扱いが杜撰になってしまった。そしてある日1匹のネズミの侵入を許してしまったらしいと人伝てに聞いた。笑い話で終わるくらいの小さな出来事だったが、それは大規模な伝染病災害並びに魔獣の被害、そして隣国との戦争を引き起こすこととなった。――人を1人引き抜いた。ただそれだけでここまでのことが起こるとは想像はできただろうか。


 最後に聖女絡みの出来事について。私は聖女が第一王子と恋仲になろうと、私を押し退けて婚約者になろうと、そのまま王妃になろうと構わないと思っていた。それが国のためになるのなら、私は身を引くことになっても良かったのだ。元より国益のための政略結婚であったこともあり、第一王子には婚約者として長年育んできた友情に近い情はあったが明確な恋愛感情はあまりなかった。もちろん、王妃になって彼と最後まで連れ添う覚悟はしていた。

 だが、周囲は違った。学園内にて彼女が第一王子と恋仲と知れた時、周囲の貴族令嬢たちは一斉に彼女を糾弾したのだ。身分の差について、婚約者がいる男性に色目を使ったことについて、大義名分を得た貴族令嬢たちからの執拗な悪意を彼女は1人で受けた。その中には暴力的なものもあったようだ。それは第一王子が事故で伏せってしまい、彼女が懸命に力を尽くしていた時も続いていたのだ。むしろ守る者がいなくなったため、より勢いが増していた。

 そして私は聖女を攻撃する周囲の人たち、そして追い詰められていく聖女に関して見て見ぬふりしたのだ。してしまったのだ。この時は自分の身にも災難が降り注いでいたため、他人に気を配る余裕はあまりなかった。しかし、その身に余る多数の悪意から少しだけでも彼女を遠ざけることはできたはずだ。侯爵家にはそれだけの権力があったのだ。――あの時彼女に声をかけ、手を伸ばすことができていたのなら。どうだったろうか。


 そしてそれらを回想し終えたところではたと思い当たる。

(あれ? ――もしかして本当の始まり、最初のきっかけは全部私だった?)

 第一王子が苦痛から聖女に逃げてしまうほどの圧をかけ、宰相家にあった壺が壊れるきっかけを生み出し、父が事故に遭ったり研究所から病原体が漏れた原因を作り、聖女への攻撃を黙認し彼女を追い詰めた。一度そう考えると、もう、そうとしか思えなくなってしまった。当然そこに悪意はこれっぽっちもなかったが、結果としては惨劇の種を蒔いたのは紛れもない私だったのかもしれない。ならば諸悪の根源として処刑されたのも自業自得だったのだろうか。――いや、例え種は蒔いたとしてもそれを『破滅』という実がなるまで大きく育てたのは別の人達だ。そしてその種も小さな一粒だった。これほどまで大きな事態になると誰が思ったか。その一つ一つの種に対しては深く懺悔したいと思う。しかし、その後に起きたこと『全て』を押し付けられ処刑されるほどの責任はあの時の私にはなかっただろう。そして、逆に私がきっかけであるとすれば、そこに関わらなければここまでの惨劇は起こらなかったのでは。とも考えられる。何故そうなったのかが判っているのなら、うまく立ち回ることで回避することもできるはずだ。

(――よし!)

 今後の活路が見えてきた。ここまで過去に戻っているのならできることもたくさんある。幸い、婚約の締結は8歳の時だった。おそらく6歳の今、まだ私と第一王子は婚約していないはずだ。彼に圧をかけずにいられれば、過労からの落馬は避けられるのではないか。そしてその後の悲劇さえも。考えをまとめる間、ずっと握っていたペンを机にそっと置く。傷一つない小さな手はじっとりと汗で濡れていた。――これは一度引き起こしてしまった惨劇への懺悔だ。

 最後に見た、大切なものを失い憎悪に燃えた瞳で私を睨み付けていた彼の顔を思い出す。


「……あなたのことは、私、嫌いじゃなかったのよ」

 まずは第一王子との婚約を回避する。それが彼を悲劇から救う1番簡単な方法だ。

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