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全てを押し付けられた悪役令嬢は逆行したのでこの国を救います!  作者: 折巻 絡


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23 第二王子視点

【第二王子 ルーカス視点】


 諦めと打算が俺の全てだった。


 俺が実の母親について知っていることはほとんどない。強いて言えば俺を産んだ後どこかへ行ってしまったことと、俺と同じ緋色の髪と金色の瞳を持っていたこと、それくらいだ。『母親の素性がわからないが国王の実子である』俺の王族内での立場は最初から決められていたようで、どう頑張ろうと国王やそれに近しい地位を得ることはないらしい。継承権自体が無いに等しく、兄に何かがあった場合の『スペア』にすらなれない。他の王族とかけ離れた容姿と魔術の特性を持つこと、王妃の子である兄とは半年程度しか年齢が離れていないことも相まってか、出自がよくわからない俺に対する周囲からの風当たりは強かった。それでも王族として生まれてしまったからにはその一員として然るべき努力をしていたが、ある日ふとそれは全て無意味なのではと思ってしまった。それからはただただ毎日をやり過ごすことだけを考えていた。

 大きな問題が起こらない程度に適当に教育を受け、後は人目に付かない静かな場所で自由に過ごす。俺の存在が万が一にでも争いの火種になっては堪らないため、全てにおいて間違っても兄を超えないよう、何事も努力をすることは辞めた。教育係からは少し問題児だと思われていたようだが、その方が何かと都合が良かった。周囲との関係も当たり障りのないように努めた。面倒ごとを避けるために仮面のように笑顔を貼り付けて、両親や兄を立てるようにして、それでも悪意を向けられたら傷を負わないように受け流す。

 そうしているうちに『良いもの』を得てもそれを周囲に悟られると奪われるということも学んだ。どんな大切なものも次期国王となるであろう兄の気を引くためだけにあっさりと掠め取られるのだ。自らの立場を高めたい者たちにとって俺は全く役に立たず、ただの踏み台でしかない。だから、いつも、俺の手には何も残らない。

(じゃあ俺は何のために生きているんだろう)

 そう考えて、考えて、怖くなって、また考えて。でも何もわからなかった。幼かったからだろうか。存在する意義を見つけられなかったがだからといってあっさり死ぬこともできずただただやり過ごすように生きていた。大切なものを作らず、自分を押し殺して。

 そしてあの日、彼女に出会った。

 城の中庭でのお茶会。名目上はお茶会だが、実際は兄の婚約者候補の選定を行う場だ。俺も出席するよう周囲から言われたが、適当な理由を付けて辞退した。俺1人いてもいなくても何も変わらないだろうと思ったし、兄しか見ていないような貴族子女たちと交流することはうんざりするほど億劫であった。いつものように人目を避けて森の中で時間を潰す、それでその日もやり過ごすつもりだった。

 でも、その日は違った。深い森の中、小枝を踏み折るような音と共に人の気配を感じて振り返ると、そこには1人の少女が立っていた。頭のてっぺんから足の先まで隙なく着飾った年頃の貴族令嬢、しかも衣服や装飾品の質からしておそらくかなり爵位が高い家の出だろう。その姿を見て一目で今日のお茶会の参加者だとわかったのだが、それがなぜこんな森の中に来ているのかは全くわからなかった。

(この子、兄上と交流しなくてもいいのかな?)

 彼女も他の貴族令嬢と同じように兄の婚約者候補、つまり次期王妃の座を求めてお茶会に来たのではないのだろうか。なぜここに来たのか問うとどうやら居心地の悪いお茶会を抜け出して散歩をしていたらしい。なんというか、自由だなと思った。

 ルーカスと名乗るのはなぜだかほんの少し気が引けたので代わりにルカと名乗ると、彼女はベルと名乗った。王族として有力な貴族の名前はある程度覚えているのだが、ベルという名前の貴族令嬢には心当たりがない――と思ったが、すぐにその愛称を持つだろう1人の貴族令嬢が思い当たった。

 ベルティール・ド・ヴァロトア。ヴァロトア侯爵家の令嬢で、俺の兄の友人ライオネルの妹。記憶が確かなら俺と同い年のはずだ。あの侯爵家の令嬢なら爵位も申し分なく兄の婚約者候補としてかなり有力なはずなのだが、そのチャンスを簡単に放り出してしまうなんて、もしかして結構変わった子なのだろうか。貴族令嬢の嗜みとして長く整えるべきとされている髪もバッサリと短く切られているし。

 話してみるとどうやら彼女は俺が何者なのかわかっていないようで(俺が人前にほとんど出ないせいなので仕方ないが)、俺のことをその辺の地方貴族の子供くらいに思っていそうだった。まさかこの国の第二王子がこんなところにいるなんて誰も思わないだろうし、それは別に良かったのだけれど。

 そのままなんとなく一緒に遊んで、気がついた時には2人で周りが見えないほど夢中になっていた。悪意が全く感じられない彼女とは話していても楽しかったし、気負うこともなかった。もしかしたら同じ年頃の子供とこんな風に遊んだことなんて生まれて初めてかもしれない。兄や、兄の友人たちに対してもどうしても心の中では一線を引いてしまう。会話をすることなどはよくあるが、どうしても自分の微妙な立場を意識してしまうのだ。彼らは俺に悪意も何も向けることはないとわかっていても、少しだけ、どこかに『もしかしたら』と思う気持ちがあった。

 だけどなぜだろうか、彼女には無意識のうちにその一線を取ってしまうような心地良さがあって。ずっとこの楽しい時間が続けばいいなと、そして彼女もそう思ってくれていたらもっといいなと心から思った。

 だが、そんな時間は急に終わりを告げた。俺たちの前に魔獣が出現したのだ。

(魔獣……!? でも、なんで、こんなところに魔獣が)

 魔獣は人間にはとても太刀打ちできないほどの力を持つ生態系の頂点捕食者であることは知っている。ただ、本来ならそれは普通に暮らしている人間がその一生の内に一度見ることすら珍しいほどの生き物だ。森の中とはいえ王都の中心部にある王城の敷地内に現れるなんてとても考えられないようなことだった。

 想定外のことで頭が混乱する。ひとつわかるとすれば『勝ち目はない』ということくらいだ。

 2人で近くの茂みに隠れたものの、おそらく俺の髪色のせいでやり過ごすことは失敗してしまった。すぐに俺たちは走って逃げだしたが、蛇のような姿をしたその魔獣は素早く俺たちを追い詰め、その太い尾が彼女を狙った。それを見て、もしそれが当たったら彼女は一溜りもないだろうと直感的にわかって。

 だから俺は振り下ろされる魔獣の尾の前に飛び出した。

「ッ……!」

 尾が当たった身体から何かが潰れたような砕けたような聞いたこともない音がする。内臓がやられたか骨が折れたか、あるいはそのどちらもか。俺ならばこの一発では死にはしないはずだが、今までに感じたことのないような強烈な苦痛が全身を襲い、すぐには動けないだろうことは理解した。

(ベル……)

 なぜかわからないが生まれつき普通の人間に比べて圧倒的に丈夫で回復力がある――ただそれだけ。死なないとしても痛くないわけじゃない。むしろ常人ならすぐに死んでしまうほどの激痛を伴う損傷を受けても簡単には死ねないという方が正しい。そんなことを下手に周囲に知られたら最悪何をされるかわからないこともあり、俺のこの体質を知っているのは今のところ両親と兄だけだ。

(……今のうちに、逃げて)

 例え今すぐに死にはしなくても、この魔獣に食べられでもしたら、その時は。でも、それなら彼女が逃げるだけの時間稼ぎにでもなってくれればそれで満足だな、どうか魔獣の意識がこちらに向いてくれればいいな、と打ち付けられた衝撃と痛みで急速に薄れゆく意識の中で思った。


「う……」

(あれ、生き、てる……?)

 多分、意識を失っていたのは時間にしてほんの数分だったと思うが、その短時間でもある程度は回復したようだ。痛みを堪えながら恐る恐る目を開くと、そこに映ったのは俄には信じられない光景だった。

(え……な、に、これ……)

 俺を守るように立った彼女が、なんらかの魔術を行使し、空中に巨大な氷の塊を生み出して例の魔獣にぶつけていたのだ。目が眩むほどの光を放ちながら炸裂した氷塊からの魔力を受けて、周囲の木々が放射状に変形し凍りついていた。そしてそれをまともに食らった魔獣は痛かったのか驚いたのかひっくり返ってもがいている。

 何が起こったのか。俺が倒れた後、彼女は逃げなかったのか、それとも逃げられなかったのか。いや、それよりも。あれは――おそらく禁術だ。でなければこんな幼い少女がこれほどの魔力を、魔術を、行使することなんてできるはずがない、ありえないのだ。そして仮に禁術だとしたら厳重に秘匿されているそれをなぜ彼女が知っているのか。なぜ、なぜ、なぜ――。たくさんの疑問が雪崩のように思考を埋め尽くしていく。ハッと気がついた時には彼女の身体は糸が切れた人形のように地面に崩れ落ち、魔獣は起き上がってどこかへ飛び去っていった。

「……ベルっ!」

 まだ回復し切っていないため身体中に痛みが走るがそれを押し殺し彼女の元へ駆け寄る。横たわる身体に声をかけると少しだけ目が合った気がしたがすぐに眠るように瞼を閉じてしまった。急いで脈と呼吸を確認したが特に問題が無さそうだったため多分疲れて眠ってしまったのだろう。ホッとして肩に入っていた力が抜ける。

(良かった……)

 ふと空を見上げると、彼女の魔力の残滓がまだ木々の隙間に残っている。氷の粒として光を反射しながらキラキラと風に舞う様はとても綺麗だなと場違いにも見惚れてしまった。


 あの後、異変を察知した兄とライオネルがすぐに駆けつけてくれたため、彼女を2人に託し王城まで運んでもらった。そしてすぐに彼女を医師に見せたところやはり魔力不足で眠っているだけだという。ライオネルが少し気の毒になるほどに心配そうにしていたが、それほどまでに妹が大切なのだろう。

 だが俺にはそれよりも気になることがあった。俺の兄の、眠る彼女を見る目にほんの少し愛おしさのようなものを感じたのだ。初めて見る兄のその表情に心の底にざらりとした嫌な予感が芽生える。

(――嫌だ)

 お茶会で何があったのかは知らないが、兄が彼女に一目置いていることくらいは俺でもわかった。この様子だとおそらく婚約者候補に彼女を入れることだろう。でも、彼女がそうなってしまったら周囲からの目もあり俺が接することなどできなくなる可能性が高い。それは絶対にダメだと、本当に嫌だと思った。兄の婚約者になること、それが彼女の人生において良いことだと理解していても。

 だから俺はすぐに動いた。兄が婚約者候補を正式に決定してしまう前に、俺は彼女に直接婚約の打診をして(保留にされてしまったが)、兄や両親にそのことを事後報告する。わかっていたのだ、こうすれば真面目な兄は簡単に手を引くと。俺から奪い取るような真似はできないと。

(まあ、俺がワザとそうしたなんて、兄上は気付いているんだろうけれど)

 俺と半年しか歳が変わらないが兄はとても聡い人間だ……それの意図を汲み取れないわけがない。だけど俺のその行動に関して彼は少し困ったような顔をしただけで、事後報告であったことを咎められただけで。俺に残ったのは大きな安堵と少しの罪悪感だった。

(……本当にできた人だよね)

 善良で、高潔で、他人のために自分を犠牲にして行動できる人。美点でもあり……ともすれば弱点にもなりかねないそれが、いつか彼にとって裏目に出ることがないようにと俺はそっと願った。


 俺からの婚約の打診はヴァロトア侯爵家、つまり彼女の両親には意外なほど歓迎されたものの、肝心の彼女本人には保留にされてしまっている。これから彼女が頷いてくれるようアプローチをしていく必要があるのだが、それを面倒ではなくむしろ楽しみだなと思う自分もいて……なんというか人生に色がついたような感覚だ。

 それから、魔術教育を受け始めた。彼女があの時おそらく禁術を使ったことは俺だけの秘密にしているが、あれだけの魔術を使えるのだ。きちんとした教育を受けた方が今後の彼女のためになるだろうというのは噂を聞きつけた国属魔術士からの提案である。俺もそれには賛成だし、せっかくだから一緒に教育を受けることにした。もちろん、彼女が頻繁に王城に来てくれるし会えるから嬉しいという気持ちもあるにはある。

 いくつか問題もあった。彼女は侯爵令嬢という立場だが、貴族令嬢の慣習として伸ばすべき髪が短いというたったそれだけのことで敬遠する古い意識の貴族もいて、特に年老いた王城の重役などはその傾向がある。俺が婚約の打診をしていることも風の噂として広まっているようで、遠回しに『貴族の嗜みもなっていないような令嬢に入れ込むなど第二王子は愚かだ』という旨の言葉を吐きかけられたこともあった。

 彼女が低く見られている――それは心底気に食わなかったが、その一方で俺にとって好都合でもあった。彼女が取るに足らない存在だと思ってもらえれば、奪われる可能性が低くなるから。それなりに楽しく過ごしていても打算的な性格は中々変わらないなと自嘲する。

(こんなことばっか考えて、すごく嫌なやつみたいだな、俺)

 だからといって手放すことなんて考えられなかった。


 それから数年間一緒に過ごして、相変わらず婚約の件は保留のままだが結構色々なことがあったと思う。大変なこともあったけれどその度に彼女は力を尽くして解決していた。路地裏に倒れていた子供の時もそうだし、ニコラの家の壺の時もそうだ。……でもニコラの件については彼の自業自得だと思う。こちらとしては正直妙なことに巻き込まれて大変だったというのが全て終わってからの感想だ。

 だけどこの時、想定外のことが起きた。ニコラが割ってしまった隣国の国宝の壺、それを魔術で修復したことによって彼女には聖女としての素質があるのではという疑惑が持ち上がったのだ。言われてみれば、彼女のその精神や行動は聖女と呼ばれるのに相応しいのかもしれないと思った。実際に彼女のお陰で窮地から救われた者もいる。俺はもちろん、ニコラもそうだろう。

 彼女が認められたようで嬉しい気持ちと共に、ざわざわと得体の知れない不安が渦巻く。本当に彼女が聖女ならば、国にとって宝のような存在ということになる。

(……それって、俺なんかが隣にいて良いのかな)

 今からでも兄の婚約者、そして後の王妃になったほうが良いのではないか。この国において聖女にはそれほどの価値があるのだから。そういった考えが段々と脳裏に浮かぶようになってしまった。その頃には王城内の役人たちにも俺にワザと聞こえるように『そういう』会話をされていて。ああやっぱり、結局は奪われてしまうのだろうか。

(そんなの、嫌だ……!)

 でも何もできない、俺にできることはない。例え泣こうが喚こうが周囲の意見は変わらないだろうし、そんなことはないと信じたいが、もし両親と兄が『そう』と決めてしまったらそれこそ覆すことは完全にできなくなる。

 どうにかしたいと考える度にどうにもできないことを思い知り、次々と湧いてくる無力感から何も手につかない。魔術教育ではいつもはしないような微妙なやらかしをしてしまったほどに。

 そしてそんな不安定な気持ちの中、彼女と一緒に兄と役人の会話を盗み聞きした……してしまった。それは想像通り、役人が兄と彼女の婚約を勧めるような内容で、兄は否定していたがそれでもどこか『もしかしたら』と思う心は消えない。

 ああ、今、兄の姿を見る彼女はどんな顔をしているのだろう。目を向ければ簡単にわかるのにどうしても見れない。もし、その表情が焦がれるようなものだったりしたら――。

(――怖い)

 目の前がどんどん暗くなるような感覚と溢れてきた澱んだ感情の濁流に耐えきれなくなった俺は彼女の制止を振り切って逃げ出した。


「はぁ、はぁ、ここ……」

 どこをどう走ってきたのか記憶にない。全力で走って、走って、息が切れた頃。ふと気がついたら俺と彼女が初めて出会った森の中、所謂思い出の場所に俺は立っていた。無意識のうちに来てしまったようだが、ああ、どうしてよりによってここに来てしまったのかと思った。そう思ったらなんだか目の前が滲んできた。

 誰が悪いとかじゃない。この件について関係者の心情を除いて国益のみを考えた場合、役人たちの考えはもっともなのだ。冷徹に利益のみ考えれば俺の意見だってきっとそうなるだろう。でも、だからこそ悔しい。誰も悪くないなら俺は誰を恨めばいいのか。誰を憎めばいいのか。兄か、両親か、それとも国か――もしくは自分の存在か。

「――やっと見つけましたわ、ルカ様」

 どれだけの時間こんな感傷に浸っていたのだろう、背後から俺を呼ぶ声が聞こえて思考が浮上する。ああ、彼女はこんなところまで探しに来てくれたのか。でも、どうやって。

(あ、もしかして、魔力を辿って来た?)

 かなり繊細で難しい魔術のはずだが、彼女が魔術の扱いに長けていることはよく知っている。それくらいのことはできるのかもしれない。

 再度名を呼ばれ、袖で涙を拭って意を決して振り返る。彼女は俺を案じてここまで来てくれたのだ。今までずっと隠してたけれど、全部話そう。俺の知っている俺のことを、全部。それが俺にできる精一杯のことだと思った。もしそれで俺たちの関係が終わるなら、きっとそれが運命だっただけ。それだけだ。

「……聞いてほしいんだ」

 彼女がしっかりと頷いたことを確認して、俺は全てを話した。この時のことは必死すぎてよく覚えていないが、彼女は落ち着いて話を聞いてくれていたと思う。そして彼女にも彼女の両親からそういった話があったという話をされた時は血の気が引くような感覚が全身を巡ったが、すぐに彼女はそれを断ったと、あっさりと、本当になんてこともないように言ったのだ。

 あまりにもあっけらかんと言うものだから最初は耳を疑ったし、本当にそうなんだと理解してからはずっと張っていた気が抜けて笑ってしまった。いつも彼女は俺にできないことを当然のような顔をしてやり遂げてしまう。

(ああ、俺、ベルのそういうところがすごく好きなのかもしれないな)

 そう改めて思った。


 それから彼女と一緒にこれからのことについて話し合った。俺には色々問題がある。そしてそれはこれからもたくさん出てくるかもしれない。でも彼女は全てひっくるめて俺が良いと言ってくれたのだ。例え兄から婚約の打診があっても、俺を選んでくれるというのだから。

 婚約の約束もした。本当はこんな遠回りではなくすぐにでも正式に婚約したかったが、タイミングがタイミングだ。周囲を下手に刺激するわけにもいかず、しばらく……少なくとも数年はかかるだろう。それでも今この時に『約束した』ということが重要なのだ。このことについては信頼できる身内にのみ明かすことになるだろう。

「ルカ様も、私が聖女でしょうと何でしょうと……国を滅ぼすような悪女でしょうと一緒にいてくださるんですよね?」

 放り出してしまった魔術教育の場に戻る道中、雑談の中で不意に彼女がそう言った。俺は「もちろん!」と勢いよく答えたが、正直疑問もあった。聖女だろうがそうでなかろうが俺にとってはもう関係はない。だけど国を滅ぼすような悪女とは、一体どうしてそのような言葉が出てきたのだろうか。

「……滅ぼす予定でもあるの?」と何気なく聞いてみたが曖昧に笑って否定されてしまった。彼女の言葉の真意は結局よくわからないが、もしそうなったとしたら俺がすることは1つ。

「あはは、じゃあもしもベルが悪女になったら、その時は一緒にどこかに逃げようか?」

「本当に?」

 彼女のどこか不安げな問いに俺は笑顔で頷く。例え彼女がそれほどのとんでもない悪女になったとしても、俺の気持ちは変わらないだろうなと、何の根拠もないけれど確かにそう思った。

「ありがとうございます、ルカ様。……約束ですわよ?」

「うん、約束だよ」

「ふふ、破ったら許しませんからね!」

 そういたずらっぽく言って、彼女は俺の手を取った。


 ただやり過ごすだけだった人生が色鮮やかで楽しいものになったのはひとえに彼女がいてくれたからだ。そんな彼女に報いることができるよう、これからも一緒にいられるよう、俺にできることはなんでもしよう。


 彼女の手を少しだけ強く握り、そう心に決めた。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

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