20
「魔力測定、ですか?」
「そうそう。表向きはね」
「表向き……?」
あれからルーカス殿下の派閥について自分なりに調べてみたものの何の情報も得られず(兄にも聞いたが何も知らないようだった)、かといって本人に直接聞くこともできず私は頭を抱えていた。そんなある日、私はルーカス殿下に王城内の一室に呼び出された。急に呼び出されることは今までなかったため何事かと思ったが、国属魔術士の研究部隊からの提案で何人かの子供たちについて魔力測定をしたいとのことであった。
(魔力測定は良いのだけれど、微妙に引っかかる言い方ね)
「測定はわかるのですが、その表向きというのは具体的になんでしょうか?」
「壺の件あったでしょ? あの時に直った理由がいくら壺を調べても全然わからないから、ベルの魔力に何か特徴がないか調べたいんだって。でも侯爵令嬢をそんなことで無闇に呼び出すのも外聞がよろしくないから適当な理由をつけたっていう感じかな。何人かの魔力を測定してあげてそのついでに調べちゃおうと」
「……それ、私に教えて良いのですか?」
「あはは、ダメかもね〜」
「ええっ!?」
あっけらかんと笑うルーカス殿下はいつも通りで、最近悪い想像ばかりで固くなっていた心が少し和らいだ気がした。ただ、ちょっと情報の扱いが雑過ぎやしないかと思うが大丈夫なんだろうか色々と。怒られたりはしないのだろうか。
「差し出がましいようですが、ルーカス殿下。あまり内部情報を漏らすようなことをなさるのはよろしくないと僕は思うのですが」
「いいんだよ、ライ。本当に秘密にしておきたいことなら最初から俺にも伝えないだろうから」
「えぇ……うーん、そういうもの、なんですかね」
「お兄様。ルカ様の言葉について真面目に考えたら負けですわ」
私の言葉に兄は「負けかぁ」と困ったように笑った。そう、今日は珍しく兄も一緒に来ているのだ。どうやら別件で王城内にいたようで、彼も私と同様にルーカス殿下に呼び出されたのだ。比較的真面目なディオン殿下と関わることの多い兄はルーカス殿下の雑さに困惑していた。今はもう慣れてしまったところもあるが、私にもその気持ちはよくわかる。
(ディオン殿下だったらこういう時、絶対に教えてくれないもの)
彼は口が堅いどころか、一切顔にも出さないのだ。最初から『なかったこと』のように振る舞う。彼の手に掛かればおそらく最後まで、全てが終わった後もずっと何も気が付かないかもしれない。彼と婚約していたあの時の未来でも知らないままだったことがたくさんあったのだろうと思う。そして知らないからこそ、あの時、私には彼を支えることは難しかった。
(その点、ルーカス殿下は話してくれることが多いのよね)
彼は私が知りたいと言えば大体のことは教えてくれる。しかし単に口が軽いわけではない。どうやら彼の中ではどこかに線引きがあるようで、言わない方が良いと判断したものは全く口に出さないのだ。だから意外とやらかさないということは最近知った。……たまに本当に大丈夫か心配にはなるが。もしかするとディオン殿下よりも世渡り上手なのかもしれない。
(そういえば、魔力測定なんてしたことなかったわ)
あの時の未来での私は魔力の測定などはしたことどころか聞いたこともなかった。学園では魔術の授業もあるにも関わらず、そのようなことが可能なこと自体知らなかったのだ。あの時はそんな技術がなかった? いや、そんなはずはないだろう。巻き戻ってから今まで世の中の大きな流れ自体は何も変わっていない。それなら魔術士の技術の進歩も変わらないはずだ。だとしたらその技術自体が一般に秘匿されていたのだろうか。それは一体何故?
(……考えるのはやめておきましょう)
あの時どうだったのか確認する術はもうないのだ。考えても無駄な話だろう。そんなことより今は目の前のことについて考えよう。
「ルカ様、魔力測定というのは具体的には何をするのでしょうか」
「見ればわかるよ。そんなに難しいことはしないから大丈夫」
ルーカス殿下曰く、この測定には何人かの貴族の子息が参加しているようで、身近なところでは既に彼とディオン殿下とニコラが測定を終えているらしい。今日はちょうど王城にいた私たち兄妹の測定がしたいとのことだ。
「面倒かもしれないけど、適性とか魔力量とかもわかるみたいだし、悪くはないんじゃない?」
「それは……確かに気になりますわね」
今の自分にどれだけの力があるのか、それがわかるのだ。ずっと受けてきた魔術教育の成果を見ることができると思えばとても面白そうだ。それに適性が詳しくわかるのならばこの先の鍛錬にも活かせるのではないだろうか。そのことに兄も同意したので、早速私たちは国属魔術士の研究室へ向かうことになった。
どうやら研究室は王城の端のほうにあるらしく、長い廊下を何度も曲がりながら私たちは歩いていた。その道中でルーカス殿下が話をしてくれたが、先に測定を行った3人の中ではニコラの魔力量が頭一つ抜けて多かったらしい。魔力量だけが全てではないが、単純な出力の上限はそれに比例して高くなるので基本的には多い方が有利である。あれだけ強力な魔術を軽々と連発しようとしていたが、彼にそのような背景があったのは。
(あの時まともに戦っていたら……)
あの雷撃の威力を思い出し背中を嫌な汗が伝った。あの時は彼がすぐに諦めてくれて本当に助かった。ルーカス殿下も同じことを考えたのか、微妙な顔をした私を見て苦笑いしていた。
研究室に辿り着いた私たちは挨拶もそこそこに国属魔術士たちに従い魔力測定を始めることにした。まずは先に兄から行うということで、私とルーカス殿下は少し離れたところからその様子を眺めている。兄は床に描かれた大きな魔法陣の中央に立ち、魔術士たちと話をしながら何かをしている。
「基本的にはあそこに立って言われた通りに魔術を使えばいいだけかな。だから簡単だよ」
「そうなのですね。そういえば、ルカ様の結果はどうでしたか?」
「俺の? 俺は普通だったかな」
「……もう、ルカ様の嘘つき。そうやってまた教えてくれないんですもの。もういいですわ」
わざとらしくムスッと頬を膨らませて顔を背けると彼は「ごめんごめん」と笑っていた。教えてくれないだろうが、普段の魔術教育を一緒に受けているので魔力量も適性も本人に聞かずともある程度の予測はつく。彼の魔力量は結構多い方で、適性は火である。そしてニコラの雷撃を防げたことも鑑みると控えめに見てもその結果は普通とは言えないだろう。
(別に隠す必要はないと思うのだけれど。何か理由でもあるのかしら)
王族故に個人的な情報を伏せる必要があるということだろうか。それとも隠したい何かが見つかったか。
(――ああもう! さっきから色々考え過ぎね。今は気楽にいきましょう)
ところであの時の未来についての私の記憶が正しければ、各人の魔力適性はもう知っている。私は氷、兄は水、ニコラは雷、そしてディオン殿下は地だ。適性があるものが扱いやすいが、ないものが全く扱えないかというとそうでもない。かくいう私も適性は氷だが、その他のものも少しは扱える。あくまでも得意不得意、向き不向きの問題なのだ。
「あ、終わったみたいだよ」
「!」
ルーカス殿下の言葉で思考を切り上げ魔法陣の方を見ると、ちょうど測定を終えた兄がこちらへ歩いてくるところだった。私はすぐに駆け寄り声を掛けた。
「お兄様っ! 結果はどうでしたか?」
「うーん、それなりかなぁ。でも予想通りだったよ。僕はあまり魔術は得意ではないからね」
「そんなことはありませんわ!」
彼はそう言っているが、私の記憶では平均的な貴族より魔力量もコントロールも優れていた。あの時の学園での彼の魔術成績は上位層だったのだ。それほど謙遜することはないと思う。だが、彼は私の言葉に対して曖昧に笑うだけだった。
(お兄様……?)
なんとなくだが、最近元気がないように思える。もしかすると厳しい侯爵家の後継者教育に加えて最近は何かとよく王城に呼ばれているので疲れているのかもしれない。何か声を掛けようと思ったがその前に魔術測定に呼ばれてしまったため、私は魔術士たちの待つ魔法陣に向かった。
魔術士の案内に従い、魔法陣の中央に立つ。そして指示通りに各属性の簡単な魔術を使っていき、魔術士たちがその時に使われた魔力を何かの魔術で測定し記録するという流れで測定は行われた。
(こうやってみると適性の差がすごくわかりやすくて面白いわ。学園でもやった方がいいんじゃないかしら)
得意の氷はもちろん余裕、性質の近い水も比較的簡単に扱えたが、雷、地や他の属性は微妙だった。特に苦手な火はかなり集中してやっと指先程度の大きさの火種が一瞬出ただけで思わず笑ってしまった。
(ふふ、ルカ様と比べると本当に雲泥の差よね)
これでは実用性は皆無である。適性外の魔術を使うことは普通に暮らしている限りないと言っても過言ではない。
「ベルティール様。続いてはこちらを」
「これは……?」
一通りの属性魔術を使い終わった私の目の前に、1人の魔術士が両手で抱えるほどの大きな籠を差し出してきた。
(これも魔力測定に関係あるのかしら?)
兄の測定を見ていたときはこんなものは出てこなかったのだが、一体なんだろう。そう思いつつ恐る恐るその中身を見た私は目を見開いた。籠の中には1匹の小動物がぐったりとそこに横たわっていた。ふわふわとした長く柔らかな毛皮が呼吸に合わせて小さく上下しているが、その姿がとても苦しそうで胸が痛くなると同時に私は無意識のうちに手を伸ばしていた。
(早く助けなきゃ!)
すぐにその小さな体に手を当て回復魔術を使う。魔力を練り手のひらに集めることを意識すれば、眩いばかりの光がそこから溢れ出した。そして光に包まれた小さなその体はほんの数十秒後にはゆっくりと起き上がる。籠の中をぐるぐる回りながら大きな耳をピンと立てており、先程までの弱り切った姿が信じられないほど元気を取り戻した。大きな瞳を瞬かせながらこちらを見てくる姿はとても愛らしく、そっと頭を撫でると手に擦り寄ってきた。
(あら、かわいいわね)
籠を持った魔術士が私と小動物の様子を見て「良かった」と小さく声を漏らす。
「この子はこちらで使役している魔物なんです。最近体調を悪くしてしまったのですが、こちらでは手の打ちどころがなく困っていたのです。本当にありがとうございます」
「そうだったのですね。それは良かったですわ」
「ええ! しかし、やはりそうですか」
魔術士が優しく魔物を撫でながら私に目を向ける。その目には先ほどとは異なり強い好奇心のようなものが感じられた。
「……ええと、どうかなさいましたか?」
「失礼いたします。少しよろしいでしょうか、ベルティール様。こちらを御覧ください」
魔術士からの急な視線の圧に動揺していると横から別の魔術士に声を掛けられ1枚の紙を手渡された。どうやら測定の結果のようで、各属性の適性や魔力量などの項目が並んでいる。ひとつひとつ、その魔術士の解説を聞きながら各項目を見ていく。
(魔力量もコントロールも結構良い値みたいね。適性は……)
適性の欄を見て目を疑った。氷属性と共に聖属性が同値で並んでいたのだ。
「え……?」
(聖属性……? なんで……?)
「ベル〜、さっきから何をしているの? 測定は終わった?」
紙を持ったまま固まってしまった私を心配してか、離れた場所にいたルーカス殿下と兄がいつの間にか近くに来ていたので、私は無言で2人に紙を差し出した。
「……なにこれ」
「えっ、これは……どういう……」
私の測定結果を見た2人は目を疑っているようで、おそらく彼らも私の適性を氷のみだと思っていたのだろう。私も未だにその結果を信じられず、困惑のままに結果をくれた魔術士を見た。私と目があった魔術士は少しだけもったいぶるように微笑んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「落ち着いて聞いてくださいね。……貴女には聖女の資格があるのかもしれません」
「せっ、聖女っ!?」
(そんなの嘘でしょう!?)
「わ、私が聖女だなんて、考えられませんわ。何かの間違いではありませんか? こんなに聖属性の魔力があったのも、先程の回復魔術の特訓をしていたからではないでしょうか」
慌てて反論したものの目の前の魔術士は私の言葉に対しゆっくりと首を横に振った。曰く、魔術の適性は生まれ持ったものが大きく、数年特訓をした程度でここまで上がることはないらしい。では、何故こんなことになったのか。
「それだけではないのです。今、あの壺は貴女の魔力を媒体にしてあの形を保っています。そしてさらに詳しい解析を行った結果、その魔力の属性は『聖』だったのです」
「……」
「具体的な魔術は不明なままです。しかしそれは裏返せば今までにない稀有な力が働いたということ。その上でのこの結果です。我々は貴女には聖女の力がある可能性が高いと判断しました」
何か反論しなければと思うものの、何も言葉が出てこなかった。『聖女』はあの時の、献身的にディオン殿下を支えた彼女ではないのか。私はあの優しい彼女とは似ても似つかない存在なのに。いや、聖女は1人だけとは誰も言っていないので複数人同時に存在するのかもしれない。だとしても、よりによってあの時国に悲劇を齎した悪女とされた私がそうだなんてとても信じられない。あまりの衝撃に固まっている私に対し魔術士は言葉を続ける。
「今はまだ可能性の域を出ません。しかしこれから貴女に何か変化があるかもしれない」
それ故これからも定期的に状態を確認させてほしいという。それ自体は構わないのだが、聖女の可能性ありと言われた今、私の頭は大いに混乱していた。
(聖女……聖女かもしれないって、私どうしたらいいの?)
助けを求めるように後ろに立つ2人を見る。
「ルカ様、私……」
「大丈夫だよ。ベルの好きにすればいいと思う。まだ決まったわけでもないし、ね」
そう言ったルーカス殿下はいつも通りの笑顔だった。だけど、そのはずなのに、何故かその表情は笑っているようには見えなかった。そして、彼の横に立っていた兄は私を見てほんの少しだけ眉を下げたように見えた。
「お兄様……?」
「いや、なんでもないよ。……聖女になれるかもしれないだなんて、やっぱりベルはすごいね」




