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「あれ……?」


 目が覚めた。感じる眩しさに目をゆっくりと開くと、どうやら大きな窓にかかったカーテンの隙間から漏れ出た朝日が丁度顔に当たっていたようだ。柔らかなベッドに体を横たえたまま上を見れば、今まで何千回と見てきた身に覚えのある天井だ。ここは侯爵家の自室である。

 ああ、今日も1日が始まるのだ。まずは、使用人を呼んで身だしなみを――と、そこまで考えて気がつく。

(私、処刑されたはずじゃない?)

 断頭台に向かい、刑が執行されるその瞬間までの記憶が鮮明にあるのだ。首を落とされる瞬間のその感覚を思い出してしまい恐怖感から身震いをする。ではこれは夢だろうか。そう考えて思い切って頬を強めに叩いてみると、ぱんっ! という軽やかな音と共にじんと痺れるような痛みが頬に広がった。少し思い切り過ぎた。結構痛い。でも痛いということは、やっぱり生きている!? 

(もしかして願いが叶った――?)

 まだ少し寝ぼけていた頭が急激に覚醒する。勢いよく起き上がり、そのまま跳ねるようにベッドから飛び降りてドアの近く、壁際に置いてある大きな姿見の前に駆け寄った。そしてそこに映ったものを見て目を見開く。

「嘘でしょう!?」

 驚きに声をあげると、想像よりも高く可愛らしい声が出て更に驚く。それもそのはず、目線よりも大きな鏡に向き合うと、そこには私の想像よりもずっとずっと幼い少女が映っていたのだ。少し吊り目だが仔猫のような愛らしさのある大きな目には、夜空のような深い紺色の瞳が輝いていて美しい。すっとした鼻や小ぶりな口元まで造形は細やかに整っている。少しだけ紫がかった艶やかな銀色の髪は先に向かうにつれて緩くウェーブして腰まで豊かに流れており、ふんわりとした桃色のネグリジェに包まれた姿はさながら精巧な人形ように可愛らしい。

 これは昔の私だ。ということはやはり過去に戻っているのだろう。おそらくだが、この感じは6歳くらいの頃だと思う。余談だが、処刑された時は19歳だった。その時はもうこの可愛らしさは残っておらず、女神に例えられもしていたが、そのキツめの見た目から『高慢で冷たい女』という印象を周囲に与えることが多かった。まだ可愛らしかった自分。思わずくるりと踊るように回れば鏡の中の自分も柔らかな髪をふわりと靡かせながら妖精のように愛らしく回る。

(本当に戻ってるのね……夢みたい)

 そのことに少し嬉しさを感じる。ここ数年は散々悪女だのなんだの言われてきたのだ。まだ天使の様だった頃の自分の姿をまた見られるとは。ほんの少し微笑むだけでも皆が笑顔になった、あの頃の自分に戻れるなんて。


「それにしてもちょっと戻り過ぎな気もするのだけれど」

 鏡の前でくるくると回りながらひとしきり可愛らしい姿を堪能した後、少し冷静になって考える。国の混乱は学園に在籍している間に起こったことなのだ。だから戻るとしても学園入学前、つまり15歳の頃くらいだと思っていた。それなのにここまで戻ってしまうとは。私はあの時『全てが始まる前に戻ること』を願った。もし仮にそれが叶ったとするなら、事の発端はこれ程まで昔にあったということなのだろうか。

 ――目の奥に焼け野原になった街が浮かぶ。泣き叫ぶ女性、飛び交う怒号。

『……もう駄目だ。お前のせいでこの家はもう終わりだ』

『この、この悪女め! お前さえいなければ弟は殺されなかったはずだ!』

『悪いが全てお主の責任なのだ。国の為に死んでくれ』

「っ……」

 辛く悲しい未来を思い出してしまい、ぎゅっと目を瞑って首を振る。大丈夫、今ここではまだ起きていないことだ。まだ、何も、始まっていない。そうだ、これからどうにか変えていければいいのだ。

 ここで私は回想する。自分が未来で処刑される原因となった出来事たちを。一体この王国に何があったのかを。



 この数年間で、この国では大きく分けると5つの事件が起こった。どれもこれも大事件、大災害と言っても過言ではない事象であり、どれか一つでも充分に国を揺るがす様な事件だった。


 まず1つ目は王族内で起きた悲劇である。始まりは私の学園入学から3ヶ月後、例年より酷い暑さが続く夏の日だった。第一王子は当時私より1つ上の2学年で、その日、彼は内政のため隣国近くの街へ馬で向かっていた。そこで事件は起こった。第一王子が過労により意識を失い落馬、頭を打ち、腕などを折る大怪我をしてしまったのだ。幸い、命に別状はなかったものの、一時は意識もなく今後の王太子としての義務を果たせるか危ぶまれる事態であった。その後は国属の医師や魔術師、そして『聖女』の尽力もあり、少し時間は掛かったものの無事にほとんど回復したため、彼の王太子としての立場は維持された。ここまではまだ良かったのだ。

 なんと、第一王子が伏せっていたその隙に第二王子派が第二王子を正式な国王の後継として立太子することを画策した。彼ら第二王子派の行動は過激で、第一王子の状態を酷く悪いように国中に触れ回り、各地の民に不信感を与え、王太子の挿げ替えを世論として誘導しようとしたのだ。『そんな状態の第一王子を王になどしたら、各地の領主や隣国に甘く見られてしまうだろう。自分たちの暮らしが危うくなるかもしれない』と。彼ら第二王子派は王城内でも我が物顔でおり、第一王子派に様々や難癖をつけていたところを私も見たことがある。

 その動きに第一王子派は恐れをなした。後述するが、第一王子は『聖女』との関係でも不安視されていた。そのため、彼らはこのままでは王太子の挿げ替えが行われてしまうと考えた。

 そして、彼らは自らの立場を守るため、渦中の第二王子を暗殺してしまったのだ。

 とても冷え込んだ冬の早朝、第二王子は背後から心臓を一突きにされてしまった。その死を知って最も絶望したのは、彼を心から可愛がっていた第一王子であった。葬儀の際、冷え切ったその亡骸に縋り付き声を上げて泣いていた姿は今でも目に焼き付いている。彼のその深い悲しみと憎しみは暗殺に関わった者、世論誘導をしようとした者、そしてそれを見て見ぬふりした者に向けられた。そして両派閥共に第一王子の怒りを買った者たちの処刑や暗殺などが相次ぎ、王城内が不穏になった。息をすることも躊躇われるような緊張感が重苦しくそこに拡がっており、逆鱗に触れる前にと、国外に逃げ出した者もいた。

 国の中枢を担っていた者を多く失ってしまったことで、結果的に彼ら王族は支配力を大幅に落としてしまった。そして、それは他の悲劇をさらに加速することとなった。


 続いて2つ目は宰相家と隣国の問題である。宰相家は代々宰相を務める人物を輩出していて、隣国との国交は彼らが主だって行なっていた。今代の宰相はとても優秀であり、その素晴らしい手腕により数多くの国家と有益な交流をし、国に大きな利益をもたらしていた。その宰相の家には、とある隣国から友好の為と贈られてきた彼の国の国宝である大きな壺が置いてあった。繊細な螺鈿細工を凝らした壺は宝石のように美しく、彼はその素晴らしさを皆に伝えるため、彼の家の大広間にそれは飾られていた。

 しかしある日、この壺が何者かに壊されてしまったのだ。この時、私はまだ10歳ほどだった。邸宅の使用人が見つけた時には壺は倒れており、中腹から大きく割れ、辺りに大小の破片が散らばっていたという。その事を知った宰相はどうにか隠蔽しようとした。壺を秘密裏に処分し、最初から無かったことにしようとしたのだ。もちろん、杜撰なそれが隠し切れるはずもなかった。数年後、その事はふとした弾みで隣国に知られてしまった。隣国は壺を壊してしまったことよりも隠蔽を行ったことに対して不信感を抱いた。もしかして他にも良からぬ隠し事があるのではないかと彼らは勘繰ったのだ。そしてそのまま我が国は国交相手として重要であった隣国と険悪な関係になってしまった。不信感を払拭できず、国交を断絶されてしまったのだ。

 宰相はその責任を追及されて失脚、学園に通っていた宰相の息子は退学ののち父と共に国外追放となった。才覚ある非常に有能な宰相、そしてその息子を失った我が国の国交は更に不安定になった。加えて新たに宰相となった者には国交の才がなかったため、稚拙なその外交では輸出と輸入のバランスをとることもできず、大幅な損失を生み出し国庫を崩すことになった。

 その後、後述するが我が国に生息している魔獣が不幸にもその隣国を襲撃した。そしてこの壺の事件を含めて因縁をつけられてしまい、大規模な戦争になってしまったのだ。その隣国の軍力は我が国の何倍も強く、我が国はなす術もなく蹂躙されるばかりであった。

 半年間弱の戦争の後、終戦のためにこちらに圧倒的に不利な条約を結び、隣国周辺の領地を大幅に奪われてしまった。国内有数の農業地帯を有していたその領地を失い、国交の不十分さも相まって民は酷い食糧不足に喘ぐこととなった。こうして不満は募り、国中を巻き込んだ暴動に繋がっていく。


 3つ目は我が家である侯爵家の問題だ。我が侯爵家、ヴァロトア侯爵家はこの国では王家や宰相家に次ぐ権力を持っていた。王都近辺に広大な領地を持ち、そこでは特に商業を中心とした経営を行い、堅実に利益を上げていた。領民の暮らしぶりは良好で、土地の穏やかな気候も相まって楽園のようだとも評されていた。

 そこに私は生まれ、2つ上の兄と厳しくも優しい両親に育まれた。貴族としての教育を受けるのは大変ではあったが、それなりに幸せな日々であった。

 だが、悲劇は起こる。肌寒さが増してきたある秋の日だった。突然、侯爵家の当主、つまり私の父が事故で亡くなってしまったのだ。この時、私は学園2年目で16歳であった。当時、第一王子の事故や第二王子暗殺事件の余波が収まっておらず、情勢は不安定であった。そのためだろう、急に当主を失った侯爵家は酷く焦ってしまった。本来なら領地経営を安定させるため数年間だけ代理で優秀な人材を置けば良かったのだ。しかし何を間違えたのか、まだ当主としての教育が済んでいない、実力としては未熟な当主の息子、つまり私の兄がその座を継いでしまったのだ。

 兄の領地経営は酷いものであった。良かれと思ったことが空回り、質の悪い者に目をつけられ食い物にされ、そうしているうちに領民たちの職をたくさん潰してしまい、大量の失業者が溢れたことで治安は急激に悪くなった。そして、その後の戦争や国中の食糧難もあったため領民の不満が爆発、最終的には侯爵家に対する大規模な暴動が起きた。そしてその鎮圧のために戦後の疲弊した騎士団が駆り出された。

 しかしそこで、また悲劇が起こる。その暴動の鎮圧に向かっていた騎士団長が複数の領民に農具で襲われ亡くなってしまったのだ。戦争を生き延びた、優れた指揮官であった団長を亡くした騎士団は完全に覇気を無くし急激に弱体化してしまった。当然、暴動を止めることなどできず、侯爵家の家屋は破壊され、中にあった金目の物は全て奪われた。

 侯爵家はその責任から取り潰しになり、貴族籍を失った私はそのまま第一王子との婚約を破棄された。このとき、王都にいたため国に捕えられてしまった私以外の家族は領民に捕縛される前に国外に逃避していた。団長亡き騎士団も実質崩壊し、その後の国の治安維持は困難を極めることとなった。


 4つ目は研究施設にて起きた事件である。この事件は隣国への魔獣の襲撃と大きく関係している。この国は隣国近辺に酪農を主とした地域があった。広大な平原とそれを取り囲む山々が美しく、夏には避暑地としても有名な場所であった。そこでは食糧や革、布などの生産のため、多数の家畜が生産、育成されていた。この地域では度々起こる家畜や野生動物に特有の伝染病があり、この病は数十年に一度程の頻度でしか発生しないが、ひとたび発生すると周囲に甚大な被害をもたらすため、人間は罹らないと知られていたものの、民からは非常に恐れられていた。この病の原因解明と防疫のため、この地には国営の研究施設が作られており、日夜研究員が実験に勤しんでいた。

 そこで1つのミスが起こった。保管していた病原体が漏れ出してしまったのだ。始めに感染したのは研究施設内に潜んでいた1匹のネズミであった。そこから瞬く間にネズミの間で、次は草原の動物たちに、最終的には山や牧場の動物まで広く感染してしまった。そしてたった数ヶ月の間で一帯の家畜と野生動物がほとんど死に絶えたのだ。するとどうだろう。野生動物を食べていた頂点捕食者である魔獣たちは餌がなくなり飢えてしまった。魔獣は病には強い耐性があったが、生き物であるため食事は必要であった。そして空腹から普段は襲わない人間を狙い食べ始めたのだ。魔獣は普通の生き物とは違い、高い知能と戦闘能力を持っている。訓練した騎士ならばともかく、一般的な民には全く対処できなかった。そのため襲われた村は例外なくほぼ全ての住民が捕食され、滅びてしまった。そして村を滅ぼし尽くした魔獣たちはさらなる食糧を求めて隣国へと侵入し、そこでなんとか討伐されるまでに多数の人的被害を出した。そのことが前述の戦争の引き金の1つとなったのだ。

 この時、研究施設の研究者たちはどうにか病を食い止めようと奔走していたが、魔獣に仲間を奪われた民に恨まれ殺害されてしまったため、防疫の研究は頓挫。伝染病が自然に治るまで一帯は禁足地として国で厳重に封鎖されることとなった。大量の食肉を生産していた地帯が壊滅したため、その後の食糧難は輪をかけて悪化。国内全域において餓死者も多数発生した。民の怒りと不満は増すばかりであった。


 そして最後に5つ目、学園内での問題。私が入学すると同時に、数年ぶりに『聖女』と言われる稀有な能力を持った少女が入学してきたのだ。彼女は平民出身であり、国に能力を買われ、聖女として必要な勉学のために学園に入学した。その平民出身故の貴族社会に染まらない自由で柔らかな雰囲気は王太子としての重圧を抱えた第一王子の心の癒しとなった。そして彼女は平民でありながら、あろうことか婚約者のいる彼と恋愛関係になってしまったのだ。それは入学から2ヶ月ほど経った頃であった。

 それは王族の派閥問題に影を落とした。第二王子派閥からは『不貞をするような王子は王として相応しくない』と言われ、第一王子派閥では『聖女と婚姻すれば王国は安泰だ』と言われる。板挟みにされた彼女はどれだけ苦悩したのだろうか。学園でも周囲の貴族令嬢から攻撃的な言葉をかけられたり陰口を言われたりしていたことを私は知っている。そしてその苦悩の中、第一王子の事故が起こる。その時、酷い怪我を負い、意識が戻らない彼を献身的に支え続けたのは彼女であった。

 私も自分の婚約者を取られたことに対して苦言を呈すこともあったが、彼女は第一王子の回復のため、全てを投げ打つほどの全力を尽くしてくれた。そしてその直向きな姿に私は心打たれたのだ。私以上に彼を愛し、そのために行動できる。彼に相応しいのは彼女のような人間だと、穏やかにそう思えた。そんな彼女であったから第一王子や国から婚約者の挿げ替えの打診があったら心から了承するつもりであった。

 しかし、ここで第二王子暗殺事件が起こる。愛すべき弟を自分の派閥により殺されてしまい不安定になった第一王子は次々と周囲の者を処刑していく。加えて『聖女』として周囲からかけられる圧倒的な重責に耐え切れなかったのだろう。なんと彼女は逃亡し行方をくらましてしまったのだ。

 すぐに国による捜索が行われたが、どれだけ探しても発見されず、死亡したか他国へ行ってしまったと結論付けられた。これによって第二王子だけでなく聖女までも失った第一王子は極端に不安定になってしまい、周りを全く信用しなくなってしまった。自分しか信じなくなってしまったのだ。

 また、国の象徴である聖女はその人柄から民からの人気も高かった。彼女を失った影響は大きく、前述の第二王子暗殺の件などもあり、王族の民からの信頼が更に大きく失われることとなった。


 学生時代のたったの数年間でこれらの問題が噴出し、国中が大混乱に陥った。大幅に国力を失った王国は危うく隣国の属国となるところだったが、国王や王妃の尽力でギリギリ持ち堪え、全ての原因を押し付けられた私が『悪役』として裁かれたのだ。

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