17 主人公の兄視点
【兄 ライオネル視点】
朝から天気が良い。
友人であり仕えるべき主人でもある第一王子ディオン殿下に招かれたお茶会(というのは建前で実際は気軽な雑談をするだけだが)に参加するため王城の中庭を歩く。丁寧に手入れされた美しい庭を吹き抜けてくるそよ風が心地良い。
簡単に言えば無礼講というものだろうか。気の置けない仲間内の集まりであるため、普段とは異なり周囲の目を気にせずにお互いに気楽に接することのできるこの会は、社交や侯爵家の後継者教育で忙しい最近の密かな楽しみになっている。それになんと今日は久しぶりにもうひとりの友人も参加するというので、さっきからずっと心が躍っているのだ。
(あっ、いたいた)
話をすればなんとやら、お茶会の場所に近付いたところで視界に黒く柔らかな髪を捉えた。彼だ。よく見るとディオン殿下も既にそこにいるので、どうやら2人は先に到着していたようだ。早速彼らに近付いて声を掛ける。
「久しぶりだね、ニコラ。最近領地に戻っていたみたいだけど調子はどうかな?」
「あーもー! 調子はどうもこうもねぇよ! もうダメだ忙しすぎて死にそうぅ……」
「えぇ……どうしたんだい?」
ニコラは急に勢いよくワッと喋り出したと思ったらすぐに萎れてテーブルに突っ伏してしまった。問いかけても返事は呻き声だけだ。何が起こったのかよくわからず、彼の隣で愉快そうに笑っているディオン殿下を見る。
「宰相殿から途轍もない量の課題を出されたらしい。隣国との件でやらなきゃいけないものも含めてな」
「? 隣国との件とはなんでしょうか」
「ああそうか、ライは何も知らないのか」
ディオン殿下が大まかに説明してくれたが、どうやらニコラが隣国との関係にヒビが入りそうなことをやらかしたらしい。そのため彼は父である宰相からそれはそれは厳しい再教育を受けているようだ。だから最近領地に戻っていたのかと納得する。おそらく家庭教師をつけられ逃げられぬようほとんど閉じ込められていたのであろう。
「今日はよくここに来れたね」
「親父も最近は領地にいることが多かったんだけど、今日は城に用事あってついでに連れてこられたんだよ。それが終わったらまた領地に戻る。あー、遠いんだよなぁ……」
「そうなんだ。大変だね」
「他人事だな」
ニコラからじとりと恨めしげな目を向けられたが、元から他人事ではあるのだから仕方なくはあるまいか。
「でもニコラは優秀なんだから、課題? の方は案外大丈夫なんじゃないかな」
「全っっっ然大丈夫じゃねーよ。親父にやれって頼まれたやつが全部厄介過ぎんだよ……助けてくれよ〜」
「うーん、僕にできることはあまりないと思うけど、なにか力になれることがあるなら」
「ライ、甘やかす必要はないぞ。詳細は省くがだいたいニコラの自業自得だからな。宰相殿にみっちり絞られるといい」
ディオン殿下曰く、これでもかなり甘い措置だったようで最悪の場合廃嫡まであったらしい。ならば本人は大変そうだがその程度で済んで良かったのだろう。ニコラが廃嫡されてしまったらもう会えなくなってしまう。友人がいなくなったら自分もディオン殿下も悲しいのだ。しかし話をよく聞くとどうやら自分の妹のベルティールと第二王子であるルーカス殿下もそのニコラのやらかしに(別に2人は悪いことはしていないが)関わっていたらしい。
「つーかお前の弟こえーよ。普段猫被り過ぎだろアレ」
「人の弟をアレと呼ぶな。猫被りではなく公私を分けるのが上手いと言ってやってくれ」
「大事ですもんね。公私分けるの」
ニコラは何か言いたげな表情をしていたが諦めたのか今度はこちらに目を向ける。
「お前の妹は……なんか、強かったな」
「強かった?」
彼の言葉に目を丸くする。それは初めて聞く妹への評価だ。もしかして魔術の話だろうかと問うと、それだけではないと返された。
「確かに私も彼女は強いと思う。魔術云々は抜きにしても」
「そうでしょうか。僕はあまりピンと来ないのですが」
自分にとってベルティールは可愛い妹だ。顔立ちは全く似ていないのだが、目の色は一緒。今はもう大きくなったためすることはなくなったが、昔はよくお気に入りの本を読んであげていた。彼女はそれを聞きながら花のような可愛らしい笑顔を浮かべていたものだ。成長に伴って少し鋭さのある美女に成長しつつあると感じるが、まだまだ可憐な少女である。彼らが言う『強さ』とはなんだろうか、全く見当もつかない。内面のことだろうか。
(確かに行動力があるように思えるから、そういうところなのかな?)
目の前の2人の話からわかったことだが、ニコラが今ここにいられるのは妹たちの尽力のおかげでもあるらしい。
「よくわからないけど、後で2人を労おうかなぁ」
「はぁ!? 俺も頑張ってんだから俺も労ってくれよ!」
「ははは! 事の元凶が何を言っているんだ。先に宰相殿からの課題を終わらせてから言うのだな」
ディオン殿下のその言葉でニコラはぐぬぬと変な声を出す。その様子がおかしくて思わず声を出して笑ってしまうと顔を赤くしたニコラに怒られてしまった。そんな彼らとの気兼ねない時間は心地良かった。
(でも、なんだろう。僕が知らないことだらけだ)
しばらく3人での話に夢中になっていたが、いつのまにか雲が出てきたのか気がついた頃には日差しは翳り、少し肌寒くなってきていた。大分時間も経ったことだしそろそろお開きにしようとディオン殿下が使用人を呼び、場の片付けを命じた。2人に別れの挨拶を済ませ、領地に戻るため侯爵家の馬車に乗り込む。窓から見る王都の景色はいつもと変わらず美しいはずなのに、何故だか今はどこか空虚に見えた気がした。
(強かった、か)
2人の言葉を回顧する。それは妹に対する評価だったが、自分は今まで生きてきて他人からそう言われたことがあっただろうか。
「――なかったかもしれない」
自嘲するように小さく呟いた言葉は石畳を駆ける馬車の音に掻き消された。




