不安感
三題噺もどき―にひゃくはちじゅうに。
ギィ―と、床が軋む。
一歩。
一歩。
歩くたびに、悲鳴を上げ、侵入者に対し、出ていけと叫んでいる。
「……ねぇ…」
「なに?」
2人一列に並び、ゆっくりと進んでいく。
持ってきた懐中電灯は、足元の安全確保のために、常に下を向いている。
もちろん、室内にはそれ以外の光はないので、基本的には真っ暗だ。
そのせいか、前を歩く友達の顔がよく見えない。
身長高いしな……。
「……帰ろう?」
「今更?」
そう鼻で笑いながら言うわりに、及び腰なのは気のせいだろうか。
歩くの遅いし……。
「幽霊屋敷って言ったって、何もいないでしょ」
「……」
地元で有名な、幽霊屋敷―と言われる一軒家。
なんで、ここに来ようということになったのか、全く記憶にないが。
大方、何かの勢いで行こうとなって、こんなことになっているんだろう。
あるあるだ。若い時には。―もういい年のはずなんだけどね。
「……」
「……」
屋敷というよりは、見た目はどこにでもあるような一軒家なんだが。
手入れのされていない庭から生えた、鬱蒼とした草やツタ。
所々、ひびの入った外壁。
見える限りで見ても、はがれて落ちている屋根の瓦。
周りを囲む石塀も、かけていたりする。
「……」
「……」
歩く床は、悲鳴を上げているように、限界のようだし。歩く場所を間違えれば、床が抜けて怪我をする。
室内の壁も、所々はがれているようだ。暗くて模様までは分からない。
天井は……どうやら電気がぶら下がっているようだが、それ以外はあまり見えない。電気なんて通っているはずもないし。
窓は締め切られているが、ガラスが欠けているところも見受けられる。
そこにかけられたカーテンは、なぜかきれいなのが不思議でならない。
これだけ荒れていれば、千切れていてもおかしくなさそうなのに。
「……」
「……」
一歩。
一歩。
進む度に、足音だけが耳に届く。
お互いの声は何も聞こえない。
シンとした中で、息遣いすら聞こえない。
「……ね」
「っ!……なに」
飛び跳ねたことは、見なかったことにしよう。
前を歩いているから、何かしらの恐怖はあるのだろうが、あまりに息が詰まりすぎてもよくない。こういうのは、静まり返っていると、かえって良くない。―気がする。
分からないが、なんとなく。
「……なに?」
声を掛けたくせに、すぐに反応しないのが気に食わなかったのか、はたまた驚いたことに腹が立ったのか、怒気の滲んだ声が聞こえる。
「…いや」
嫌な予感。
ざわざわと。
歩くたびに…景色に何か……違和感を感じ始めた。
何だろう……なんというか。
「…何?」
「……」
黙り込んだことを不審に思ったのか、くるりとこちらに体を向ける。
はた―と、視線を友達の視線に合うように向ける。
「……っ?」
だが、そこには暗闇が広がるだけで、顔は見えない。
暗かったにしても、懐中電灯の奥だとしても、こんなに見えないことがあるか?
首から上が、暗闇に呑まれるなんてことがあるか。
「……どうしたの?」
「……」
足が無意識に後ろに下がる。
おかしい。
よく考えれば、この声の主の友達は、ここに居るはずがない。
あの子は、ここから遠く離れた都会で1人暮らしをしているはずだ。
休みでもない限り、こんな田舎にはいない。
「……なになに??」
「……」
更に考えてみろ。
こんな所に、そもそも。
幽霊屋敷なんてない。
「……っ!!!!!!!!」
気づいた瞬間、叫ぶ間もなく走っていた。
床が抜けるとか、そんなこと気にもならない。
窓が欠けてるとか、電気がないとか、カーテンは綺麗だとか。
何も、何も。
ただひたすらに、この家から。
この場所から、逃げなくてはと思った。
「――――――――――――
―――――――――――――――――――――っ!!!!!!!!!!」
ばっ―!!と、勢いのまま体を起こした。
「―――」
なぜか息が上がっている。
気持ちの悪い汗が、肌を伝う。
何だろう。
酷い夢を見た気がする。
「―――」
運動した直後のように、心臓がバクバク言っている。
落ち着かない。
「―――」
無意識に、ぎゅうと体を抱えていた。
汗のせいで冷えるのか、体が震える。
息が整わない……落ち着かない。
「――
「――
「――
「――
「―にぃぁ」
「――!?」
一向に落ち着きを取り戻さず、カタカタと震えていたところに。
小さくか細い声がした。
「……おいで」
「―んに」
家で飼っている黒猫だ。
いつの間に部屋の中に入ってきたのだろう。
いきなり飼い主が起きて、こんなことになっていたらそりゃびっくりするな。
「ごめんね……」
「――」
スリと、慰めるように、体を寄せる。
おかげで、ついさっきまでのあれこれが嘘のように無くなった。
「ありがとう」
「んんー―」
そんなことはいいから、早くなでろと押し付けてくる。
ぐいぐいと甘えてくるその姿に、なぜか酷く安堵した。
お題:違和感・幽霊屋敷・猫