姉妹天使はお気楽に罪人を裁く
「ようこそ天国へ。サツキエル、メイエル」
長い白髭を湛えた老紳士風の神が二人の天使を出迎えた。
「神様だ! 私達、ホントに天国に来れたんだよメイ!」
「やったねお姉ちゃん!」
姉のサツキエルと妹のメイエルが顔を見合わせて嬉々としている。
「二人は天国で何がしたいのだ」
髭を右手で弄びながら尋ねる神。
「自由奔放に暮らしたいです」
「右に同じ!」
二人の天使はよく似ていた。背中のラインをなぞるように伸びきった茶髪、ヘーゼルアイ、顔のパーツも瓜二つだ。違いと言えば性格ぐらい。
「天国ってゲーム機とかあるのかなぁ?」
天真爛漫な妹。
「メイ。まずは神様の話を聞かなくっちゃ」
しっかりものの姉。正反対の性格でも夢は同じだった。
「ふむ、自由奔放と。それはやりたい事をやりたいようにして何も考えず過ごす自堕落な毎日……そう解釈すればいいのか?」
「えっと、それは……」
「うんっ!」
神の意地悪とも取れる質問に狼狽するサツキエルと元気よくそれに答えるメイエル。
「成程、なら一つ仕事をしてもらおう……なに、心配は無用。簡単な仕事だ」
神はそう言うとどこからか二本の竹竿を取り出し、二人の天使に一本ずつ手渡した。
「メイ、釣りとか興味なーい」
「ちょっとメイっ」
メイエルは玩具で遊ぶように釣糸をぶんぶんと振り回している。
「それを使って魚を釣るのが仕事だ。時間はこちらから指定するが、それ以外の時間は好きに過ごしてもらって結構。釣りをしている間も暇なら遊んでいて構わん」
「で、でも魚なんて釣ったこと無いですよ」
不安がった様子のサツキエル。
「大丈夫だ。竿をこの状態のまま……あそこの池に垂らしておけばいい」
すぐ近くのため池に似た場所を指さす神。
そこに餌どころか釣針も付いていない状態の釣竿を使って魚を釣れと言う。
「早速少しやってもらおうか。終了時刻は追って伝える。分からないことがあれば……この笛を吹け。天国全域に音色が響く」
神は紐の付いた銀色の笛をサツキエルの首に掛けた。
運動会等でよく使われるホイッスルに酷似した形状だ。
「ねぇゲーム……」
「後で取りに来ればいい。今は少し釣ってみろ」
メイエルはむっと頬を膨らませた。
「ねぇ、釣れないんだけどお姉ちゃん」
「はぁ……まだ十分くらいしか経ってないからね」
ため池の前に座り込んで釣り糸を垂らす二人の天使。
退屈そうに足をぷらぷらさせるメイエルにサツキエルはため息をついた。
「魚釣りをするだけで自由奔放な生活が約束されるんだよ? ちょっとくらい我慢しなきゃ」
「……はーい」
声に不満の色を滲ませながらも了承するメイエル。二人は視線を水面に向ける。
「でもお魚が泳いでる気配なんて全然……うっひゃあ!」
「どうしたのメイ⁉」
「ひ、引いてるお姉ちゃん!」
突如大声を上げるメイエル。彼女の竹竿がしなっていた。
全身を使って魚を引き上げようとするメイエル。その後ろからメイエルの竿を掴んでアシストをするサツキエル。
二人の奮闘は功を奏し、やがて獲物が地上に姿を現す。
「うがぁぁぁ……」
「ひぎゃあああっ!」
ピィィィィィッ!
尻もちをついて絶叫するメイエル。サツキエルは脊髄反射するように笛を鳴らした。
釣れたのは魚などではなく、人間だった。
一人の中年の男が釣り糸を掴み、ため池からのし上がってきたのだ。
「どうした?」
笛の音色を聞きつけてか神が登場した。
「どうしたって神様、これ、これ!」
ずぶ濡れの男を指さすサツキエル。
「あぁ、魚が釣れたか」
「魚ぁ⁉」
さもありなんとでも言うように頷いている神。
「そうとも。こんなに早く釣れるとは才能があるぞ、メイエル」
当のメイエルは男から距離を取り、身体を震わせている。
「さて、ここからが仕事と言うべきか。二人にはこの男を天国に通すか地獄に落とすか決めてもらう」
「ど、どういう意味ですか」
「言葉の通りだ。天国か地獄、どちらか決まればもう一度呼べ。それが仕事なのだからな」
それだけ言うと神はどこかへ去っていった。
「ど、どうしようメイ……」
サツキエルがメイエルに近づくと、お互いに抱き合いながら恐ろしいものでも見るかのような視線を男に送っている。
「メイも分かんないよ……もう適当に地獄って言っとけばいいんじゃ……」
「それは駄目だろ!」
「ひぃっ!」
メイの言葉を遮って男が罵声を浴びせる。二人は驚愕めいた悲鳴を上げた。
「あんたら天使だろ? ちゃんと決めてくれよ!」
「ち、ちゃんと決める……どうしよう、質問とかすればいいかな、お姉ちゃん?」
「私に聞かれても分かんないよ……そうだなぁ……」
天使達は質問を開始する。
「ど、どうしてここに来たんですか?」
「死んだからに決まってるでしょう」
「で、ですよね……何故死にましたか?」
「刺殺」
「うぇ……何で刺されちゃったの?」
「うーん、報復?」
「悪い事でもしたの?」
「まぁ、人を殺す程度のことはしたな」
「殺す程度って……そんな事をした理由は何ですか?」
「勤め先で横領していたのがバレた。正義感の強い部下だったな……上にチクるとか言いやがったんで口封じに」
「その結果、あなたも殺された?」
「そう。その部下の友人にグサッと。地獄で詫びろとか言ってたっけ」
男は簡単なアンケートにでも答えるかのように質問を返していった。
「メ、メイ……ヤバい人だったね……」
「うん、そこまでしてお金が欲しかったんだ?」
「でなきゃ会社の金を着服なんてしない。綺麗事ばっかで金が稼げるかい」
「わ、分かりました。ご協力ありがとうございました」
おずおずと頭を下げるサツキエル。
「メイ、決まった?」
「うん!」
「私も」
姉妹は顔を見合わせて頷きあった。
ピィィィィ……
穏やかな調べが天国を包み込む。
神が到着するまでサツキエル、メイエル、男は終始口を開かなかった。
「決まったか」
「はい」
「うん!」
「なら、判決を」
神は男に視線を向けた。それに合わせるように天使達も男に向き直る。
「地獄行き」
声を揃え、あっさりと言い放つ。
男は表情一つ変えなかった。
「そうか」
神の反応も実に淡白。男の眼前に立つと、その額の前に手をかざした。
「さようなら」
突如として男はため池に突き飛ばされた。
激しく波打つ水面は、暫くすると何事も無かったかのように静まり返る。
「すっごーい」
「ちょっと……酷くないですか?」
神の力に目を光らせるメイエルに、顔を引きつらせるサツキエル。
「判断をしたのは二人だ」
「まぁ……あんなに悪いことしたんだし、仕方ないと思います」
「悪いこと、か」
神は首を捻った。
「そうです、横領に殺人。報復されて当然かと」
「何故横領などしたのだろうな?」
「え? それは……お金が欲しかったからで」
「金が必要な理由だよ」
「そんなの……知りません。横領そのものが悪じゃないですか。どうせ下らない理由です」
「善意で、社会の為に金を稼ぐ必要があった」
「え?」
神の一言でサツキエルは目を丸くした。
「……とすれば、同じ判決を下していたか?」
「それは」
「着服金額は? 数千万円以上かもしれんが、数万程度かもしれん。殺した相手、殺された相手が極悪人であった可能性は?」
「そんなの分からないじゃないですか!」
「そうだ、死人に口なし……しかし二人には聞いてやる機会が与えられている」
「でもあの人はどう考えてもギルティだよ。どんな理由があってもやっちゃダメなことってあるじゃん。だから間違ってない」
サツキエルを見かねてかメイエルが口を挟む。
「ならそう思っていればいいさ。判決を下すのは二人だ。伺いを立てる必要などない」
そう言って神は踵を返す。
「あ、あの!」
サツキエルが呼び止める。神は足を止めた。
「私、もう少し真面目に働いてみます……なんて」
「ほう?」
「だって、申し訳なくって。今みたいに簡単に決めて、仮に言いたいことも言えず適当に地獄に落とされたら……」
「……可哀想、か?」
「はい。あの人だって私たちが自堕落に暮らすために仕方なくこの仕事をやってるなんて知ったら不快に感じる筈です」
「罪悪感を覚えたか……メイエルはどうだ?」
神はメイエルにも回答を促す。
「うーん、お姉ちゃんの言ったことも分かるけど……メイはそう思わなかった」
「と言うと?」
「メイ達は神様に与えられた仕事をこなしてるだけじゃん。メイ達の好きに判断していいなら好きにする。それが嫌なら神様がどうこうすればいい。メイ達は悪くない」
「問題があるとすれば自分ではなくもっと根本的な部分と……」
「悪い?」
「それも決めるのは二人だ。他人の考え方など矯正できる訳がない」
神は歩みを再開した。そこにメイエルが付いてくる。
「神様、ゲームは?」
「ああ、好きなものを渡してやる……クク、それにしても……」
「どうしたの?」
「いや、やはり天国に来る連中は揃って正直者だ」
「そうかなぁ?」
「そうさ、メイエル。この仕事、続けられそうか?」
「うん、楽だしね! お姉ちゃんもいる!」
「そうか。誰もやりたがらないもので助かるよ……サツキエルは何をしてる?」
サツキエルは水面に映る自分をぼうっと眺めていた。
「落ち込んでるんじゃない? もっとああしとけばよかった、みたいな? 仕事に真っすぐだ」
「……明日からも頼むよ、二人共」
姉妹の思考は交差している。
しっかりものの姉と、天真爛漫な妹。
サツキエル、メイエルはここで暮らし続けていくと決めた。
これは、各々が選んだ天国での生き方。
初めて小説家になろうに投稿してみました!
今後も短編or長編をupしていく予定です。