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後編

侵略の一手を阻むために学校内の怪しい人物の調査を授業を受けながら行うことになった翔達、元スパイのシュメイラの話を聞くに化けている場合はこの世界の住人と殆ど違いがわからないという事である。化けていない場合は基本は青肌だったりで人類的に見ると悪魔っぽいらしい。

「という事でこれからは敵を魔族と呼ぶことにするわ!」

夜、自室での定期報告で神鳴が唐突に提案してくる。なぜと翔が問い掛ける。

「敵って言ってもちゃんと伝わらないだろうから相手を名前付ける事で分かりやすくするのよ」

そうしたいならどうぞと全員気疲れからか適当な雰囲気で採用されることになる。

「ちょっと!やる気出しなさいよー」

ここ数日調査の進展もなく周囲を疑い観察することに疲れた翔達は一人一人愚痴り始める。一人元気な神鳴を見て全員深いため息をする。そんな面々にシュメイラが朗報を持ってくる。

「ひひ、神鳴ちゃん怪しい情報仕入れてきたよ」

全員が驚き神鳴が喜ぶ。

とある教師が夜中に街に飲みに出歩くという普通の話であった。

「それのどこが怪しいんですか?」

翔がつまらなそうに聞く。

「ふひひ、焦っちゃダメ、そこで何やら密会があるらしいの」

「夜中、酒場、密会…怪しい」

神鳴とシュメイラが喜んでいる中で猪尾がくだらないと一蹴する。

「なーにがくだらないよ、ちゃんと調査すべきだわ!」

神鳴がいきり立つ中で西園寺がニヤニヤしながら呟く。

「プライベートのお忍びデートとかだったらいい笑い話になるわね、恋ばなってやつ?」

神鳴もシュメイラも悪い顔になる。西園寺を含めた三人は楽しそうにいくぞー!と楽しそうに部屋を出ていく。

「止めた方がいいかな…?」

黒姫が困りながら翔に聞いてくる。河内が立ち上がり僕が行くと言うので猪尾がどうぞどうぞと呟きベッドに入る。

「俺達が嗅ぎ回っているのくらい向こうも気付いてるだろう…罠かも知れない気を付けてくれ」

「ああ、僕も流石にあの三人ほどマヌケじゃないさ…」

翔の心配に河内が親指を立てて返事を返し西園寺達を追いかけて部屋から出ていく。

翔は河内を見送ったあと口に手を当て何かを思い付いたのか黒姫にとある提案をする。

「そうだ神楽が何か情報を得てるかも…行ってみないか?」

「え?…今から?」

夜も更けて明日の準備をするべきじゃないかと言う黒姫に翔は猪尾をチラリと見て何かを伝える。

「わかった、行きましょう」

黒姫は翔の意図を察して二人は神楽の所へ向かうように部屋を出る。


イビキをかく猪尾だけが部屋に取り残され全員が部屋を出ていったすぐ後に何者かが部屋に侵入してくる。

「我が主に何か用かな?」

バチンとユピテルの雷撃が侵入者の背後から襲う。

「ナイスだユピテル!」

気絶した侵入者を猪尾は素早く縛り上げ布で口を塞ぐ。それと同時に翔と黒姫が部屋に入ってくる。

「俺は不要だったみたいだな」

フフンと鼻をならす猪尾、翔達は侵入者の顔を確認するがそれなりの年齢の顔つきで青い肌の男に誰も見覚えが無かった。

「魔族の変化が解けてるからかわからないな」

「翔、やっちまうか?」

猪尾が手斧を構えながら翔に聞く。

「こんな時アキトならどうすると思う?」

「アキトさんは関係ないって、それにあの人は別のお前なんだろ?」

「とりあえず縛ってるし神楽さん呼ぼう?」

黒姫の提案に二人は賛成して猪尾が呼びに行くことにする。翔が口を塞ぐ布が心許ないと他に何か無いか部屋を見て回る。そんな中で黒姫はナイフを構えてデスを呼び出す。

「黒姫?何やって…」

デスが突然鎌を振り下ろし男を切り裂く。傷はなく血も出ないが男はガクリと力が抜けるように脱力する。

「…何やってんだ!」

翔に詰め寄られるがデスに阻まれる。黒姫は何か瞑想しているかのようだった。

「何をしたんだ?」

「魂を引き裂いて黒姫は今奴の最近の記憶を見ている」

尋問するよりも確実だとデスが翔に伝えると黒姫が頷きながら翔に結果を伝えてくる。

「騎士の訓練生…生徒に扮した魔族、名前はフォッグ」

同時に神楽が到着してその話を聞いて会議の時に見た推薦状を思い出して言う。

「フォッグ・ポイゾナス、出身は…白の国よ」

「…先生じゃないってことはロトスと同じ感じか」

猪尾が死んでいるフォッグを気持ち悪そうに見ながら呟く。

「記憶からは先生の魔族は分かったか?」

翔達の期待とは裏腹に情報が無かったと残念そうに黒姫は首を横に振る。

「記憶からはそれらしい人は出てこなかった…横の連携は少ないんだと思う」

「最近の情報から俺達を仕留める指令出てるとかない?」

黒姫はまた首を横に振る。

「私達が身内を疑って調査してる事に危機感を持って個人的に動いたみたい…他は読み取れなかったわ」

「意外と小心者の集まりなのかしらね…あぶり出されちゃうなんて」

神楽が死体を片付けないとと何やら呪文を唱えて消失させる。

「火葬場に直行させてあげたわ、本人には悪いけどお墓までは用意できなかったわ」

どこかの炎の中に送られてしまったらしい、あまり先は想像したくないと三人は思った。


噂の先生を調査に来た西園寺達に河内が追い付く。

「西園寺、魔族と戦ったことのない君達だけで動くのは危険だ」

「眼鏡君は心配性ね、こんな下らないぼろ出すマヌケが敵な訳ないじゃない」

完全に噂話を作りたい一心で動いているらしい。

「誘い出されてるかも知れないんだぞ?」

女性三人は河内の必死な訴えも笑い飛ばす。しかしそんな三人を見捨てるわけにも行かず渋々見守るように着いていくことにする。魔族で無ければ笑い話で済むがもしもの事を考えるとやはり翔か猪尾を連れてくるべきだったと河内は反省しながら街の酒場の前にやってくる。

朝から夕方までは学生も闊歩する城下町のような賑わいのある通りなのだが夜は弱々しい街頭の明かりと人通りの減った静かな街並みに河内は違和感を覚える。

(酒場の前だってのになんて静かなんだ…)

思っていた雰囲気との違いに身震いする。

シュメイラが店の中を指差してとある人物を紹介する。

「彼よ、魔獣学、モンスターについての講義をしてるアルトス先生」

「へぇ、モンスターについての授業あるんだ、今度行ってみようかしら」

西園寺が暢気にそう言うと男は何やら酒を飲みながら手紙をしたため始める。

「んー何書いてるのかしら?」

「ふひ、ラブレター?」

河内から見ても顔のいい男だった。女子の喜びそうな話だなと少々納得してしまうが何やら様子がおかしい。

「なぁ物凄く早く…結構な量書いてないか?」

シャカシャカと執筆をする姿に河内は不気味さを感じ取った。

「ひひ、スクロールでもあんな早く書ける人はそうそういないわ」

シュメイラが好奇なものを見るように言う。

河内がそろそろ店の中に入って本人に詰め寄るかどうか考えていると不意に背後に気配を感じて槍を手に取り振り返る。両手を小さくあげる女性が居た。河内の槍に怯えるような声で女性が話す。

「覗き見は良くないと思うなぁ」

「誰だ?」

河内は女性の言葉には聞く耳持たずで名前を問う。

「アルトスの妹のキスタスよ」

女性三人が少しがっかりした様子でキスタスを見る。なんだ妹か、とか禁断の愛等とふざけているが河内は警戒し続けていた。

「兄について変に嗅ぎ回らないで貰えない?あとバカな話はやめな?」

キスタスはそう言い放ちそのまま酒場に入りアルトスと相席する。バカな話と言われ河内が同意しようとすると女性三人がマジギレする。

「馬鹿とはなんだ!恋ばなは女子の活力よ!」

少なくともシュメイラは女子じゃないよなと野暮なことを河内が言いかけた時に河内が三人に睨まれる。

「止めるなよ眼鏡君」

「あれは敵ね!」

「ひひ、やっちまえ!」

当初の目的など完全に忘れて突撃を開始する。

「それは本当に馬鹿だからやめろって!」

慌てて河内が止めようとするが時既に遅し、店に入ると同時にアルトスが声をかけてくる。

「シュメイラ先生、何をしているのですか?全く」

キスタスの話を聞いたのか既に正面に仁王立ちしていた。アルトスは店長に丁寧に謝罪すると河内達と共に酒場を出ることになる。

「何を調べているのか知らないですがプライベートに首を突っ込むのは感心しませんよ」

「ひひ、すみません、あの一件以来私色々と焦ってまして」

生徒を少数でも死なせてしまったという気持ちから来る言葉にはそれなりの重みがあった。アルトスはやれやれと言いたげに首を振る。

「だからといってなんでもして良い訳じゃないんですよ?」

しゅんとする女性陣を尻目に河内が店内のアルトスのいた席を見る。既に姿もなく書いていた書類もない。何かあると確信した河内は大事にしないためにもアルトスに謝罪して三人に帰ろうと話す。

「あ、じゃあ最後に彼女とかいるんですか?」

西園寺がふざけて質問する。河内がすぐに西園寺の頭をパシッと叩き無理矢理三人を連れて帰ろうとする。

「さっき来たのが彼女、他に何か?」

アルトスの発言に河内が頭を下げて感謝し騒ぐ三人を押しながら帰る。

学校の玄関口まで戻ってきてから神鳴が文句を言ってくる。

「もぅ、良いとこだったのにー」

河内が三人の集中力の無さに呆れて色々指摘する。

「なにも気付かなかったのか?女が消えたこと、アイツの最後の変な発言」

どうやら最後の発言は河内のせいで良く聞こえなかったようだった。

「アイツ妹を彼女と言ったんだぞ」

「禁断の愛、ふひ」

笑い事じゃないと河内がシュメイラにチョップする。

「その妹だか彼女が書類持って消えたのは気付いたか?」

全員が首を横に振る。河内はため息をして今後どう動くか考えていると良いことを思い付く。

「そうだ、噂流せ」

「眼鏡君もその気になったかー?」

河内が呆れて趣旨を伝える。

「アイツの話の食い違いを利用してボロを出させる、あとは挑発の意味も込めて禁断の愛とかいう話をでっち上げるのさ」

全員悪い顔になり面白そうだと呟く。かくしてイケメン先生の禁断の愛の噂は翌日には結構な範囲に広まっていった。


―――


一人白の国までやってきた黒いジャケットを羽織り刀を携えた男が一人、アキトであった。街の人はアキトの鋭い目付きに驚き少し距離を取るように歩く。人通りも多く露店も開かれ行き交う人々には活気が溢れおおよそ侵略されて乗っ取られているとは言い難い。しかし白の国が偽の情報を送り罠に嵌めたのは確実と思い、アキトは情報を求めて酒場に入る。

店主は見慣れぬ客人に注文を伺うと酒ではなく軽食を頼まれる。

「お客さんここいらじゃ見慣れないな、旅人かい?」

世間話程度に当たり障りの無いことを聞きながら店主はパンと小さいサラダとスープが出てくる。アキトは金貨を渡して驚く店長に最近の城の様子を聞く。

「俺この国に仕官しようかと思っていてね、ここ最近の情勢とか城の情報が欲しいんだ、その金貨は情報料って事でよろしく」

思わぬ大金に気を良くしたのか色々話し出す。

「ありがとな旦那、上等な酒を仕入れられます…へへ、最近の国の情報ですね、正直仕官はオススメしませんよー」

店主は城の仕事が忙しくなったのか兵士が城下町にあまり来なくなったこと、街は元気だが税が増えたこと、一部の貴族が逃げ出したか何かで居なくなった等々あまり良くない噂を教えてくれた。

「景気が悪いな、良い情報は無いのか?」

アキトがわざとらしくがっかりした様子で聞くも店主はバツが悪そうな顔で考え込んでしまう。そんな様子を見てアキトに立派な鎧を着た男が声をかけてくる。

「この国は時期に滅ぶ、仕官するなら他を当たるべきだ」

「あんたは?」

男は深々とお辞儀しながら名前を名乗る。

「ケヴィン・マクスター、白の国の騎士をしていました」

「していた…?辞めたのか?」

ケヴィンと名乗った男は酒場の奥からマントで顔と服装を隠した身長のさほど大きくない人を呼ぶ。呼ばれた人は顔を出しその顔に店主は度肝を抜かれつい叫んでしまう。

「ひぇ!姫様!」

すぐにアキトが店主に黙るように言い状況を整理する。どうやら姫様が騎士を辞めた男といるらしい、色々と察したアキトが騎士に尋ねる。

「その…姫様が亡命か?穏やかじゃないな…」

言葉に詰まるケヴィンに代わり姫様と呼ばれた女性がアキトに言う。

「城に行ってはなりません、悪魔が住み着いています…兵士も使用人も皆操られています!」

「その悪魔を退治しに来たって言ったら笑うか?」

騎士も姫も驚いた表情になる。さっきまで仕官と言っていた人が悪魔退治に切り替わったのだからそれもそのはずだ。ケヴィンが慌ててアキトを止める。

「無理です、奴は王すらも操る魔術かなにかを使います」

「なるほど、王様も既にやられてるわけか…ちょっと待ってろ、店長紙とペンを貸してくれ」

店主は勢い良くアキトに言われるがまま筆記用具を取りに行く。

「先にコレを渡す、魔法学校ジャニアスに行けお前らを助けてくれる奴等がいる」

アキトはスクロールを一枚ケヴィンに手渡し急ぎ店主が持ってきた紙に紹介状を書く。

「魔法都市…ですか」

姫が複雑そうな顔をしケヴィンがアキトに問題を伝える。

「姫の身分がバレたら国に送還されてしまいます…」

「大丈夫だ、あいつ馬鹿だから必ず通る」

入学基準のハードルが地の底レベルの神楽の設定を笑い飛ばしながら門番用の手紙と神楽宛の手紙をしたためる。

「ケヴィンは騎士の講師として、姫様…えっと名前は?名前だけでいい」

「私はミナと言います」

アキトは名前にミナと手紙に書き生徒の手続きをするように神楽宛に作る。

「よし、これからは一般人のミナとして学校に行け、さっき渡したスクロールで転送陣が作れる行き先は魔法都市の入り口だ」

アキトは続けてシュメイラ製の不味い薬とスクロール起動の薬を渡す。

「スクロールを街の外で開いたらこっちの赤い薬をスクロールに振りかけろ、んでそっちの緑の薬を飲んで魔方陣に入る、向こうに着いたら魔方陣の端の土を足でもなんでも掘り返せば消えるから」

わざわざ全部説明して手紙を渡す。

「門番に渡せ、アキトからとでも言えば通じる」

ミナとケヴィンが深々とお礼を言うと本当に城に悪魔を倒しに行くのか聞いてくる。

「ああ、ツケを払って貰わないとな…城壊れるかもしれないけどそうなったら許してくれな」

冗談のつもりで言ったのだが真に受けてそれはやめて欲しいと言われる。

二人が店を出てアキトが食事を済ませるとまた金貨を一枚渡し口止め料と伝え店を出る。店主は破天荒過ぎる旅人にひきつった顔をするしかなかった。

(さてと、どんなのが出てくるか…何人潜んでいるのやら…)

城に向かう中、露店で道具を楽しそうに買い漁りながらアキトは思案していた。


―――


神楽から集合の連絡があり翔達は一同神楽の私室に集まった。

「同志アキトから連絡があったわ」

感嘆の声が上がる。

「あと新しいルームメイトよ」

神楽が隣にいる白髪の少女を紹介する。

「ミナちゃんよ、アキトからの紹介だから仲良くしてね」

深々とお辞儀をして翔達に挨拶をするミナに全員も自己紹介をする。全員の名前を一生懸命反芻してそれぞれを独特な呼び方をしてくる。

「ハマさん、カワさん、イノさん、サイさん、ヤマさん…」

「ミナさんって…なんかスッゴい独特」

翔がつい言ってしまう。

「呼び慣れない呼び方されるとゾワゾワするわね」

西園寺も二の腕を掴んで顔をそらす。名前で呼んで欲しいと黒姫が苦笑いしている。猪尾も少し違和感があったのか首を傾げ、河内だけ普段通りにしてる。少し呼び方の希望を聞き入れミナが言い直す。

「カケルさん、カワさん、イノーさん、ハルさん、クロさん」

全員がまぁいいかと頷き改めてよろしくと挨拶をする。神楽がいつぞやの鞄を取り出す。

「さあ、開けてちょうだい」

説明もなく渡された鞄をミナが恐る恐る開くと錫杖が出てくる。

「カグラ先生…これは?」

「プレゼントよ、きっと貴女の力になるわ」

不思議そうに錫杖を見つめ呟く。

「初めて見る杖です、何か不思議な力を感じます」

自然と目を閉じて錫杖から精霊を呼び出す。それを見て翔達全員がいきなり精霊を呼ぼうとすることに驚き固唾を飲み見守る。

召喚されたのは白い大蛇だった。チロチロと舌を出し翔達を見る。

「ヤト…よろしくね」

ミナがお辞儀をすとヤトと呼ばれた白蛇は頭を器用に上げ下げする。嬉しそうにミナが微笑む。精霊との契約まですぐ行えてしまった事に全員驚きながらも祝福する。

「なんの説明もなしに出来るなんてすごい才能なんじゃないか?」

猪尾が大袈裟に誉め称える。丁度そこに怒り気味の神鳴が入ってくる。

「なんで私を呼ばないのよ!」

神鳴とミナの目が合い朗らかな笑顔で会釈するミナに釣られて目を丸くしながら神鳴も大人しくなり会釈し返す。

「私の名前はミナと申します、貴女は?」

「神鳴っていいます…」

大人しくなった神鳴を見て神楽が笑う。

「私の妹よ、仲良くしてあげてね」

「カナリさん、はい!よろしくお願いします」

完全にペースを握られた神鳴は借りてきた猫のように大人しくなる。その様子に自然と空気が軽くなる。

挨拶も終わって翔達は自室に戻り新しく増えた部屋奥のベッドにミナが腰掛ける。

「皆様は以前からこの学校に?」

「最近編入したばかりなんだ」

ミナの質問に翔が答えると河内が付け加える。

「僕ら受けてる授業も結構バラバラなんだ」

自分はどういう授業受けようか悩みミナはケヴィンが講師を手伝う授業である騎士を選ぼうとする。しかし武器が錫杖なのを西園寺に指摘される。

「杖で騎士はちょっと…打撃武器じゃないし」

「そう…ですね、ではとりあえず全部行ってみます!」

残念そうに呟くミナを見て騎士に拘る理由が気になり猪尾が茶化すように聞く。

「もしかして騎士の授業に気になる人でも居るのかぁ?」

ミナは真面目な顔で私の騎士がとつい口走ってしまいすぐに訂正するも全員が聴いていて驚き、西園寺と猪尾がにやけ顔になる。自分の身分を明かすべきか恥を忍ぶべきか悩むミナ唸るのを見て黒姫が話を止める。

「あ、あまりそういうこと聞くのは…良くないと思うの」

咎められた二人は調子に乗ったことを謝罪する。ミナは感謝していずれ色々と説明しないとと心の中で呟いていた。


翌日、ミナは黒姫と共に一緒に色々な授業を受けて回っていた。昼食の時間、基礎体力をつける授業を受けて一番最初に食堂にやってきた翔が食事を取っていると猪尾が授業を終えてやってくる。肉多めの食事を受け取り満面の笑みを浮かべて翔の正面に座る。

「新任の講師がすっげえ剣捌きでいい訓練だったぜ、ためには翔っちも筋トレとかじゃなくて来てみろよ、黄色い声援も聞けるぜー」

「演武だろ?それに刀向けじゃないだろ…多分、てかお前は声援目当てか?」

猪尾が残念そうにする。そこに噂の新任先生が現れる。

「ふむ、演武では不満かな?」

「ケヴィン先生、オレたちみたいなとこで食わなくても…」

ケヴィンが笑顔で翔の横に座る。

「あー、ほら翔謝っとけって」

気まずそうに言う猪尾に合わせて翔は素直に謝るとケヴィンは大笑いする。

「本場の訓練に比べれば事実お遊びだから君の言うことは正しいよ」

そこに西園寺と河内が合流してくる。

「なんかカッコいい男いるんだけど!」

目をキラキラさせる西園寺に猪尾がケヴィンを紹介する。

「なるほど、君達が…ね」

意味ありげなケヴィンの言葉に河内が訝しむ。

「はは、そう睨まないでくれ」

困ったように苦笑いしながら頬を掻く。そこに遅れて黒姫とミナが合流する。ミナはケヴィンが居ることに驚いて名前を口に出しそうになるところを抑えケヴィンは姫と小声で呟いてしまう。が、二人の正体を知らない全員には違う意味で伝わる。

「おい、翔、大変だ…夜間が狙われてる」

猪尾が冷や汗を流しながら翔を名指しする。河内も西園寺も渋い顔をして翔を見る。翔と黒姫はツッコミを入れられないくらい固まっている。ケヴィンも失言に訂正をどうするか悩むが逃げることを選択した。ミナが呼び止めようとするが振り返らず去るケヴィンを止められなかった。

「わ、私しーらない」

気まずい空気に耐えられず西園寺が最初に逃げ出した。それに河内が続く。猪尾も翔の正面の席から横にずれて翔と目を合わせようとしない。

ミナが固まる黒姫の背中を叩きご飯にしようと言って二人は食事を受け取りに行く。

「なんで…こうなるんだよ…」

半泣きになりながら食べる翔の横に黒姫が座り何かの間違いだと伝える。ミナが苦笑いしながらそれに同意する。

「なんかすごい惨めな思いさせられたんだが…皆酷くないか?」

愚痴る翔にミナが疑問をぶつける。

「なんで皆カケルさんを見てたんですか?」

押し黙る二人のフォローを猪尾がする。

「あー、多分二人の仲が凄くいいからだろ、付き合う一歩手前までいってるんじゃない?」

頬杖つきながら冗談で言ったつもりだったのだろうが黒姫は真っ赤になって翔が頭を抱える。正直仲間として意識していて自分の運命的に色恋を意識していなかったと気付く。チラリと黒姫を見てそれを伝えるのは悪いと感じ黙ることにする。

「なるほど、悪いことをしてしまいましたね…」

ミナがケヴィンの代わりに頭を下げる。

「なんでミナちゃんが謝るのさー、翔っち、ケヴィン先生と決闘でもすっか?」

猪尾が調子づくが翔が黙って睨むと謝りながら食事を急ぎ食べて逃げ出す。

「なんか変な空気になって二人ともごめんな」

翔も食事を終え席を立とうとする翔の服の裾を黒姫が握り呟く。

「浜松君、信じて…」

今にも泣きそうな震える声に頭を撫でて大丈夫と伝える。

遠巻きに逃げた河内と西園寺が様子を見ていて呟く。

「ねぇ黒姫が占った運命の出逢いって私じゃなくてあのこの出逢いだったんじゃない?」

「西園寺…それは今更だぞ」

冷たい反応に少し不満げな西園寺だった。


―――


騎士としての戦術、技術を受けていた猪尾と河内はケヴィンの指導を他の生徒達と一緒に受けていた。とある生徒が噂をしていた。

「魔法の学校で騎士なんてって思ったが新任は本物らしいな」

「なんでも指導要員でわざわざ呼ばれたんだってさ」

猪尾がニヤニヤしながら噂を聞いてつい口を挟みに行ってしまう。

「剣の腕前が凄いって話だぜ」

生徒達のお喋りを聞いたのかケヴィンがニッコリ笑いながら猪尾達を見る。周囲にいた生徒達の姿勢が正され顔がひきつる。

「ふむ、私の腕前に疑問があるのかな?自信ある人誰かいますか?」

試合の申し出に生徒達がざわざわとする。誰も挙手しないなか河内が挙手する。

「カワちゃん!?」

猪尾が驚き止めようとするがそのまま前に河内が出て訓練用の棒を手に取る。ケヴィンも木の剣を持ち河内に一礼する。

「よろしくお願いします。棒術ですか」

「槍が本命ですが試合ですからね、先生よろしくお願い致します」

二人は向かい合って構える。間合いは河内の棒の方が有利であったが河内は下手に踏み込めばカウンターで一撃入ると見て攻めれずにいた。ケヴィンも踏み込めば刺される間合いを維持しながら挑発するように河内の棒の先端を剣で叩く。

見学者も皆は攻めない河内にヤジが飛ばされるが猪尾が一喝し静かになる。

河内が棒を一瞬下げてケヴィンの牽制の動作を避けて突きに移行する。河内とケヴィンが声を上げる。河内の突きはケヴィンの見事な避けで脇をすり抜けそのまま掴まれる。その華麗な動きに生徒達はどよめく。

「私の勝ちだね」

喉元に剣を向けられて河内が降参する。生徒達から拍手が送られケヴィンがまた一礼する。

悔しそうに猪尾の元に戻る。

「良くやったんじゃないか?」

「駄目だ、まるで打ち込む隙が無かった…あの一撃もやりたくてやった訳じゃない」

猪尾がふーんとよく分かっていない反応だった。

「真剣勝負とかまだまだその段階じゃないな…くそ」

「まぁまぁ、今は本気になるなって」

試合のおかげでケヴィンの威厳は増して授業も皆大人しく受けていた。


―――


少し時間は遡りアキトは城門前にてどう侵入するか悩んでいた。門番と会話しても抑揚のない言葉で門前払いされる。

「何人もここは通れません」

どんな質問をしても、どんなにふざけてもその言葉しか話さない。

(まるで昔やったゲームのキャラだな…)

衆目を集めるわけにもいかないし下手に騒ぎにすれば民衆が危険になると考え適当に城の周りを歩いてみることにする。侵入経路として水路、城壁をよじ登る、穴を掘るなど現実的でない案ばかり頭に浮かぶ。

(姫様達が騒がれずに脱出した経路があるはずなんだが…)

アキトはピタリと足を止めとある建物に注目する。

「詰所か…」

街の警備を行う兵士が待機する詰所が目に入る。城門からは離れていてもしかして地下で繋がっているのではないかと考える。

(どうせ既に人じゃなくなっているなら押し入ってもいいか)

そう無敵な人のような思考をしながら中に入ろうとするが鍵がかかっている。これじゃ人が困ってても助けに来ないじゃないかと半ば怒りを覚えながら扉をノックする。しかし誰も出て来ない。

「仕方ないな、きっと扉が壊れて開かないんだ、邪魔だし壊すしかないな」

声に出して正当化しながら木製の扉を蹴破る。扉の壊れる音に道行く人が驚いた顔をして見つめてくる。アキトは誤魔化すように苦笑いしながら頭を下げ勝手に中に入る。

「誰かいますかー?」

わざとらしく人を呼ぶが返事はない。予想通り地下に続く道があり無言で降りて行く。地下の通路はこれも予想通り城まで続いていた。

(こっからは全部敵ね、しかし鍵かかってたってことは姫様達は別ルートだったか)

守備が手薄なのか誰もいない、そうこうしている内に登り階段までたどり着く。泥棒し放題だなと辺りを見渡しながらゆっくりと上階を目指す。

(こういう時親玉は玉座か豪勢な王の寝室のどっちか…だよな)

人気の無い城を我が物顔で堂々と進む。謁見の間まで進んだアキトに何者かが玉座から声をかけてくる。

「貴様どこから来た?」

「気になるならちゃんと見張りくらい立てたらどうだ?」

青肌の男がアキトの挑発を鼻で笑う。

「こそ泥風情が…死ね!」

男が指を鳴らすと兵士が文字通り湧いて出てくる。アキトは黙って素早く抜刀して兵士が構える前に首を落とすと同時に兵士は霧散する。

男が驚きようやっと目の前の敵が普通のこそ泥でないと気付く。

「何者だ貴様!」

「さぁなんだろうな?」

挑発に怒り男が黒い煙を吹く。アキトはポケットから露店で買った木彫りの人形を投げつけ黒い煙を吸わせる。

「な!貴様我々を知って…!?」

驚く敵にアキトは飛び掛かるように近付き氷雨を呼び出して人形もろとも男を凍らせて切断し納刀する。警戒するように周囲を見渡しスクロールを取り出す。侵攻するための穴を探す光の球を出す。球がいくつにも割れて光の軌跡を描く。

「こりゃまたたくさん穴が空いてらぁ、まだいるな…」

王の寝室、光の球が突然飛び込んできて魔族の女性が驚いていると部屋が急激に寒くなる。すぐさま兵を呼び出して様子を探らせようとするが一瞬で凍りつかされて間からアキトが現れる。

「みっけ」

小瓶を投げつけ防いだところを凍らせる。

「これじゃ俺が悪者みたいだな…ま、いっか」

スパスパと切って光の球が示す次元の穴を一つ閉じる。

(まだまだいるな…参ったね)

地下の牢屋、キッチン、兵の訓練所、使用人の待機室、客間とモンスターと化した兵士や使用人の影を斬り倒しながら進み次元の穴を幾つも閉じてアキトは最後に中庭にやってくる。

「居るんだろ?全員出てこいよ」

余裕の表情をするアキトに怖じ気づいた魔族が数人ぞろぞろと出てくる。

「我々は元の世界に帰るだから命だけは…」

「今更命乞いか?自分達は命弄んでおいてそれは無いだろ」

ポケットからナイフを取り出し光の球に向かって投げ次元の穴を破壊しようとする、穴を庇うように一人の魔族がナイフを腹で深々と受け止める。

「私の命でこの者達を…」

魔族の一人が名前を叫ぶ。

「キスタス様!」

「早く行け!」

ナイフが刺さりながらもアキトに頭を下げるキスタス、その隙に残った魔族が逃げ出す。アキトが止めるより先に逃走が完了し仕方なく穴を閉じる。

「っち、取り逃がしたか…」

キスタスが笑いながらアキトの名を呼ぶ。

「知っているぞ…貴様を…まさかこんなに早く来るとは」

「…もう少し部下の教育はしっかりやるべきだったな」

血を吐きながら同意するキスタスにアキトは刃を向ける。

「貴様が来たことでシンラ様は強行手段になるだろう…」

高笑いするキスタスをバッサリと切り捨てアキトは頭を掻く。

「知ってるさ…後はあいつら次第だ」

無人になる城をどうするか頭を抱えながら城を出ることにする。


―――


夜、魔法都市にて暗躍しているであろう魔族について神鳴が色々と嗅ぎ回っていたところ河内と出会す。

「神鳴じゃないか、一人で動き回るのは危ないぞ」

「お互い様でしょ?」

二人はアルトス先生の教室前に来ていた。

「ターゲットは同じみたいね」

二人はニヤリと笑うと中の様子を窺う。

「流石に夜は誰もいないわね」

ゆっくりと教室に入り神鳴が教壇などを調べる。

「流石にそういう所には無いだろ、準備室みたいな資料置き場の方が怪しいと思うぞ」

神鳴はなるほどと納得したように素早い動きで教室の奥の扉に近寄り首を傾げる。どうやら鍵がかかっているようだ。

「鍵か…まぁ当たり前か」

「便利な道具か鍵開け魔法とかないの?」

河内は「無い無い」と否定すると神鳴は残念そうにため息を吐く。

「ほぼ黒なら部屋に突入してやろうかしら」

「騒ぎになるからダメに決まってるだろ…」

仕方なく二人が教室を出ると部屋に戻ろうと廊下を歩いていると西園寺がキョロキョロと警戒しながら誰かを尾行していた。

「目立ってるぞ」

河内が西園寺に声をかけると飛び上がる。

「眼鏡ぇ…驚かせるなよー」

西園寺は静かにと指を口元に持っていき次に廊下の先にアルトスを西園寺が指差した。

「今日は外に定期連絡っぽいわ」

「なるほど、お前も監視してたのか」

河内が感心したように呟くと西園寺が得意気に鼻を鳴らす。

「でも女の勘が言うのよ、今日は何かが違うって」

河内が半信半疑になりながらも後を追うことにする。前回来た酒場を前に横路に逸れてアルトスが振り返り河内達を呼びつける。

「今日は機嫌が悪いんだ、帰らないなら…」

最近の噂などで荒れながら何かで一線を越えたらしい。

「帰らなかったら何ですか?」

西園寺が挑発するように聞き返す。

「憂さ晴らしさせてもらおうか」

本気で殺意を向けられて河内が前に出る。槍を持つ河内をアルトスが鼻で笑い火球を飛ばしてくる。魔法の攻撃にどう対処すればいいのか河内が槍で戦おうとすると横から西園寺の精霊のナゴエルが飛び出しバリアを張り火球を防ぐ。

「魔術師相手に対処手段もなく立ち向かうのはマヌケだぞ」

ナゴエルは顔をクシクシと前足で掻き欠伸をした後にアルトスを睨む。翼のある猫のような精霊にイライラをぶつけるように何発も火球を放つ。

「無駄ぞ、その程度で撃ち破れる守護ではないわ」

全て防ぎきってナゴエルが威嚇するような姿勢からぴょんと飛び上がり羽ばたき口から光線を放つ。一人と一匹の戦いを呆然と見つめている河内達、何か手助けをと思うが路地が狭く裏回りも出来ず様子を見るしかなかった。

「こんな雑魚に!」

「お得意の黒い煙はどうた?」

ナゴエルが見透かすように挑発するとアルトスが大笑いして正体を表し青肌の魔族に変化する。

「お望みとあらば食らうがいい」

「なるほど、その姿出ないと使えないのか」

河内が竜のウィルを呼び出し吐かれた煙を風で返す。

「馬鹿が、己の毒で死ぬ訳なかろうが!」

煙は路地の樽を包み手足を生やしてナゴエルに向かってくる。

「私のにゃんこに触るな!」

ナゴエルを戻しながらメイスでフルスイングしてモンスターを文字通り粉砕する。

「素人風情が、厄介な連中だな」

指笛でアルトスが何かの合図を送る。

「ふはは!尾行に気付いて何も用意していない訳無いだろ、これで終わり…」

援軍がいると豪語するが姿を現さない援軍に二度目の指笛をする。ドサッと目の前に二人の魔族が落ちてくる。

「呼んだかいアルトスせんせー」

建物の屋上から猪尾が顔を出す。アルトスを含め河内が驚いた顔をしていると西園寺が腕組みしてドヤ顔をする。

「言ったでしょ、女の勘よ!既に手は回してあるわ!」

「やるな、正直ピンチと思ったぞ」

怒り狂った酷い形相で仲間の死体に黒い煙を吹き付けゾンビにする。

「死体ならゾンビにできるのか…おっかねぇ」

猪尾が河内の横に飛び降りて逃げることを提案する。

「路地じゃあ不利だぜ、広場に出よう」

ユピテルの雷で牽制しながら店先まで撤退しゾンビを迎え撃つ。しかしなかなかに精霊では致命的なダメージを与えられず三人は武器を握りしめる

。アルトスが路地から出て来て火球ではなく炎をばらまく。

「げぇあいつ、ゾンビごと全部焼くつもりか!?」

西園寺がナゴエルを再び呼び出しバリアで炎を防ぐ。焼かれ崩れていくゾンビにアルトスが舌打ちしたところを黒姫のデスが背中から鎌でバッサリと一撃を入れて仕留める。

「遅いぜ…心配したぞ」

ため息混じりに猪尾が地面に座り込む。黒姫が路地からアルトスの死体を避けるように出てくる。

「黒姫?浜松は?」

西園寺が首を傾げ尋ねる、黒姫は首を横に振る。

「ミナちゃんの護衛してます」

「あー、そっか」

納得する返答に腕をポンと打つ。夜も更けているのに騒ぎを聞き付けて人が戦い終わった今ぞろぞろとやってくる。

「ヤバい逃げよう」

神鳴が声をあげて全員がハッとして逃げ出す。

逃げ戻った面々を神楽が笑顔だが怒りに満ちた雰囲気で出迎える。

「とんでもない事してくれたわね…」

「姉さんこれは…」

神楽は全員部屋で待機するように言い聞かせ神鳴を脇に抱えて部屋に戻っていった。

部屋で待機しているとシュンと落ち込んだ神鳴と共に神楽が入ってくる。

「あなた達精霊の力使えるからと少しやり過ぎよ、例え敵でも身近な人を簡単に手を掛けるようになって私は悲しいわ」

ミナがいったい何の話なのかと聞くと神楽がこれまでの説明をする。

「私の父を変えてしまった奴らの仲間がここに居たのですね、私も一緒に戦いたかった」

神楽が頭を抱える。全員父と言う言葉に反応する。

「あ…えっと」

ミナが事実を知る神楽をチラッと見て神楽が仕方なく頷きミナは自分の素性を明らかにさせる。全員お姫様だということに驚く。

「皆様に隠していてすみません、ただあのまま城に居れば私もケヴィンも…」

猪尾が納得したように呟く。

「ケヴィン先生の姫ってミナさんだったのか…よかったよかった」

色々と納得して話が終わるムードになったところで神楽が怒鳴る。

「よくないわよ!あなた達はしばらく学校で武器の持ち歩き禁止、戦闘も禁止!問題は私が対処することにします」

全員が姿勢を正して「はい」と答えるしかなかった。

「没収しないだけ温情と思いなさい、遊び歩くのもダメだからね」


―――


白の国、戦いが終わり一晩寝た後、無人の城についてアキトは城下町のケヴィン達と出会った酒場で頭を抱えていた。

「やっべぇ、思ったよりも被害でかかった…」

酒は飲まずに食事を取りながら唸るアキトに店主が何があったのか聞いてくる。

「旦那ぁ、何があったんです?」

真実を言えば絶対街は大混乱になる、そう確信し何を伝えるべきか迷っていると店主が深く聞いてくる。

「もしかして城に入ったんすか?無礼働いて追い出されたとか?」

「だったら良かったんだよなぁ…」

深いため息をするアキトは店主にだけ聞こえるように伝える。

「誰も残ってないんだよ、王様も兵も誰もかも」

「はい?」

理解できないという表情で聞き返す店主、一瞬の間の後顔を青ざめてアキトの言ったことをそのまま返す。

「誰も残ってない?人っ子一人?何があったんです?」

「皆消されてた、残ってるのは犯人達の死体だけ、放置してきちまった…」

めんどくさかったと伝えまた頭を抱える。

「姫様達逃がした後すぐに侵入して敵を全滅させてきたんですか!?マジで!?」

わざわざ説明するかのように声をあげる。

「そうだよ、警備も何もなかったから殲滅してきたよ、生存者無し、姫様連れ戻さないとだ…思ってたより酷かった」

店主の叫びを聞いた朝から飲んだくれている客が話に乗って来る。

「敵?全滅って何したんだい?この男は」

「あー、何でもないです」

店主が止めようとするがアキトが自棄になって全部言ってしまう。店の中は大騒ぎになりすぐに店の外の人が聞き付け話がどんどん広まっていく。

「もう止まんねぇ、終わりだ、終わってたんだ」

「旦那、しっかりしてくだせぇ」

旅人風情でコントロール出来るわけもなく民衆が無人の城の門前に集まり騒いでいた。開くはずの無い門を叩いたり叫んで居ない兵士を呼んだりしている。その悲しい光景を見て無計画に行動したアキトは自分の行いを悔いていた。

「姫は亡命、城は無人…レジスタンスとか革命起こそうとする人も作られない内に頭取るのはやり過ぎた、これはもう民主主義国家目指そうぜ」

「旦那…民主主義って何ですかい?」

取り敢えずアキトの知っている稚拙な説明でその場しのぎの案を出す。

「民衆の代表で政治…出来るんですかねぇ」

「やるしかないだろうな、頼んだ」

渋い顔をする店主にアキトが貴族とかいないと聞くが首を横に振る。ならばとアキトが金貨の入った小袋を手渡して民衆を上手く先導してくれと伝える。

「これだけあれば酒奢れるだろうからそれで煽るなりして一時的に場を納めてくれないか?」

「ありがてぇが店の在庫が無くなっちまう…」

「指導者になれたらでけぇ店じゃなくて領主だぜ?」

ヤケクソで煽るアキトに仕方ないと乗った店主が店の客引き連れて門の前の民衆に突撃していく。

「姫様すまねぇ…取り敢えず全部正直な話手紙に書きます許して…」


「っていう手紙が届いたんだけど…」

神楽が白の国での出来事をまとめたアキトからの謝罪文を読み上げる。ミナが卒倒して黒姫が支える。全員がアキト一人で敵を全滅させたことと国がほぼ滅んだ事に驚愕していた。

「何てことなの…あの馬鹿マジでやりやがったの?」

神鳴が半信半疑で手紙を睨む。神楽が黙って頷く。

「ミナさん、しっかりしてください」

ふらふらとしながらもミナは立ち上がり亡き父に謝罪し始める。

「まさか当日に本当に全滅させてたなんて…いえ、アキトさんには感謝してますが…まさか誰も残っていなかったなんて、やはり亡命などしなければ…」

ミナが嗚咽混じりに色々な人に謝罪を始める。

「逃げなかったら死んでいたのなら逃げていいのよ、運がなかったのよ…」

神鳴が精一杯思い付いた言葉で必死にフォローを入れる。

「そうねぇ、姫様お節介みたいだけど国に帰って対処する?サポートなら出すわよ」

「そうですね、なんとかしないと…混乱したままなのは放っておけません」

必死に正気を保ちながら自分を奮い立たせる。

「私達アキトしばきに行くわよ」

神鳴が全員に声をかける。全員久しぶりの外に出られそうと喜び鬨を上げる。神楽は少し困った様子で全員を見渡すが仕方ないかと呟きケヴィンにも伝える事にする。


翌日、ケヴィンを連れて白の国へ行くことになる翔達一向、送迎にシュメイラが来ていた。

「ひひ、アキトくんが大変なことになってるんだってね」

「出口はどうするんです?」

猪尾が疑問を投げ掛ける。普段は出口をアキトが作っていたので問題なかったがシュメイラが猫背から背筋を正して胸を張る。

「場所の詳細が分かるなら各国への転送の調節は楽々なのですよ」

おお、と声が上がりスクロールを開き瓶の中身を振りかける。手際よく魔方陣を開きニヤニヤしたシュメイラが薬を配り始める。不味い薬を知っている猪尾とミナとケヴィンが渋い顔をする。

「シュメイラ先生、味はなんとかならないのか?」

ケヴィンが辟易とした感じに尋ねる。味を知らない翔達は首を傾げながら飲む。

「何よこれ!スッゴい不味い!」

「け、形容し難い不味さだ!なんだこれ!」

西園寺と河内が騒ぎ翔と神鳴は咳き込み黒姫が首を傾げる。

「うーん…なんだろう渋みと変な酸味…」

冷静に分析しようとする黒姫を全員がなぜ平気なんだと思っていた。


白の国の城下町に到着した一向は一緒に転送されてきたシュメイラを見て翔がツッコミを入れる。

「なんで一緒に来てるんだよ!授業は!?」

「ひひ、今日は休講」

勝手に決めた休講だった。

城下町の変わらない雰囲気に少し安堵するミナが城の方角を指差して一向を案内していく。城がとんでもないことになっているはずだがなぜか平穏な雰囲気である。

「アキトさんが頑張って何とかしたのでしょうか?」

ミナが不思議そうに周りを見渡しながら城門まで来ると立て看板があった。

「何ですかこれ…選挙とは…」

「選挙?…これはまさか」

翔が河内達と顔を見合わせる。

「アキトの馬鹿はどこだ!」

神鳴が声を荒げて周囲を見渡す。すると城門が開く。

門が開いたことに驚きつつも中にいると確信した一向が殴り込みに移る。

果たして中でアキトが土下座していた。

「すみません姫様、統治流石に無理でした」

アキトは一向の冷たい目を我慢して顔を上げシュメイラを見て妙案を思い付く。

「ちょっとシュメイラ先生と姫様と騎士殿にお話が…」

神鳴が呆れながら自分達はと聞く。

「大丈夫だ、役者は少ない方が楽だし」

アキトの話を聞いてシュメイラが困り顔になるがアキトが何度も頭を下げて仕方なさそうに首を縦に振る。蚊帳の外の翔達は何を話しているのかと考えていた。

「どうするつもりなんだ?」

「茶番劇でしょ?役者って言ってるし」

神鳴の冷たい目線に気付きアキトが苦笑いを返してくる。

「私達出番なしかぁ、つまんないなー」

西園寺が後ろ手に残念そうにする、猪尾と河内が同意する。

どうやら話がついたのかミナの声が聞こえてくる。

「分かりました、ですが最後は私の好きにやらせてもらいます」

ミナの決意に満ちた表情にアキトが真面目な顔になり頷く。アキトは準備をする為に街に出ていった。

「ミナさん、どうなったのですか?」

黒姫が恐る恐る尋ねるとミナはにっこりと笑って説明を始める。

アキトとシュメイラを悪人に仕立て上げ帰還した生き残りの姫のミナと騎士のケヴィンで討ち取り国の再建をすること、シュメイラの魔族の姿を見せて魔族に対する啓発を行うということ。

「ひひ、もう見せることにならないと思った姿だけれど特別だからね」

シュメイラが少し寂しそうに言うと神鳴が不安そうに確認する。

「魔族の事を発表するのはいいけど民衆にまだ混ざってる可能性ない?」

「生き残りいたなら既に動いてるんじゃないか?」

翔が考えながら神鳴の疑問に答える。

「そういう時の為に私達がいるのよ!」

西園寺が胸を張って言いきる。

「そうそう、任せとけって!」

猪尾も自信ありげに胸を叩いて鼻を鳴らす。しかし河内が呆れた顔をする。

「もし戦うなら群衆の中での乱戦だぞ?もっと頭使え」

「そうですね、配置は考えないと…」

黒姫も冷静になってメンバーを見る。

西園寺のナゴエルのバリアを思いだし河内の案で西園寺はミナの護衛になる。他は二人一組で民衆の警護、城壁の陰で上から神鳴が監視をすることになる。

「戦えないからって私だけ適当じゃない?」

神鳴が文句を言うが全体把握の大事さを翔に言われて使命に燃えるようになる。

夜、ミナの提案で城に泊まることになる、人の居なくなった城で数日でアキトが事情を知ってる人に金を払ってある程度掃除をしたようだった。それでも埃が積もる場所をミナが虚ろな目で見つめる。その様子を眠れなかった黒姫が見つけ恐る恐る尋ねる。

「ミナさん、大丈夫…?」

「…!クロさん?はい、大丈夫です」

作り笑いしながら本心を隠して誤魔化すが黒姫が何か言う前に耐えられなくなり思いの丈を吐露する。

「少し前まであんなに賑やかだったお城が今ではこんなにも空虚…私は生き残って良かったのでしょうか」

ミナの悲嘆に答えることができず黙るしかなかった。

「辛いなら逃げてもいいんじゃねーの?オレなら逃げるね」

猪尾が欠伸しながらトイレを済ませて現れる。

「イノーさん…それは無責任では…」

「あ?罪もないし自分の意思で責任者になってないなら逃げてもいいじゃん?」

ポカンとする二人を猪尾が鼻をほじりながら見て「寝るわ」と言って部屋に戻っていく。

「逃げても…いい?」

「私には、お姫様の立場は分からないから…ごめんなさい」

あっけらかんとする猪尾に比べ黒姫は困ったように俯いてしまう。


翌日、閉ざされた城門の前に人だかりができていた。たった半日で情報が流れる程に街の人達は現在敏感になっていたようだ。城門の裏で今や街の情報源でリーダーに近い酒場の店主がアキトに不安そうに尋ねる。

「旦那は本当にいいのかい?汚名を被って死ぬんですよ?」

「このままだと平和に終わらない、道化で済むなら幾らでもやってやるさ」

ドレスを着たミナと騎士鎧を着たケヴィンがやってきて二人に深々と頭を下げる。

「姫様!頭を上げてくだせぇ」

「街の皆が世話になりましたね、えっと…」

ミナが店主の名前を思い出そうとすると店主が胸を張って名乗る。

「ヴォルフです、いやぁ姫様の帰還、感無量です」

ケヴィンがアキトと共に城壁に登りに行く中でミナがヴォルフに感謝ともう一仕事お願いする所に囚人服を着たシュメイラと西園寺が合流する。

「守りは私とナゴエルに任せてバシッと決めてきてよね先生」

「人前は緊張するねぇ…ひひ」

ミナが西園寺達にも深々とお辞儀をして全員でアキト達の後を追う。西園寺は既に待機してた神鳴と合流して楽しそうに状況の確認をする。

「今のところ問題なし、大丈夫そうよ」

「シュメイラ先生の魔族姿を見せてどう反応するか…ね」

門前の人だかりを最後列に翔と黒姫が、最前列には猪尾と河内が待機する。猪尾が河内の精霊の最大サイズがどんなもんなのか尋ねる。

「この城壁くらいか…10メートル無いくらいだな」

「でけぇな…最後列の方が良かったな…」

ぎゅうぎゅうに背後が詰まっていて動けない二人が苦笑いする。

黒姫は昨日のミナとのやり取りを翔に話して意見を求めていた。

「姫の立場か…分からねぇな、猪尾の極端な意見も分かるが周囲の意見も大事だ、滅私するかどうかはその人次第だろ」

「浜松君ならどうします?」

「はは、アキトさん見ただろ?あの人は俺なんだ、きっと俺も道化になるな」

苦笑いする翔を黒姫は俯いて聞く。

「友達が…その苦しみに悩まされてたら?」

真面目な顔で翔が答える。

「友達の苦しんだ末に出した決意を尊重するさ、もし助けを求めるならどんながむしゃらな手でも助け出す」

「ミナさんは…どんな答出すと思いますか?」

翔は少し考えた後、やっぱり分からないと苦笑いする。

こうして悪人を裁き生き残った姫の帰還の茶番が始まる。全ての責任を負ってアキトとシュメイラがケヴィンに連れられ民衆の前に突き出される。

「この極悪人により先王と家臣は恐ろしき魔物に変えられたが、今!姫が精霊と共に帰還し悪は倒されこうして捕縛された!」

ケヴィンの口上のあとミナがヤトを横に呼び出し錫杖を掲げる。ケヴィンは続けて魔族の説明をする。

「人々を魔物に変えてしまう恐ろしき一族が居ることを皆にも知ってほしい!奴等は人々に扮しているのだ」

シュメイラが立たされ渋々青肌の姿になる。民衆は驚きざわめく。

「あんまりこの姿は好まない、戻ってもいいかい?」

小声で正面を見ながら呟く。ケヴィンは小さい声で了承するといつもの姿に戻り座る。どよめきを止めるようにミナが街ひいては各地の国民の安寧の約束と弔いの誓いを宣誓する。

緊張の走る面々、動きがあるなら今かと武器を握る手に自然と力が入る。民衆の沸き立ちのタイミングでケヴィンがアキトとシュメイラを下げる。

「どう思う?敵の気配はあったか?」

後ろ手の縄を外しながらアキトがシュメイラに尋ねる。

「分からないねぇ、もう白の国から手を引いている可能性もあるから…ひひ」

「ということは他の国が?」

ケヴィンの発言にシュメイラが黙って頷く。

城壁の上ではミナが結束の願いを伝え民衆が一丸となって掛け声を上げていた。

「魔族はいなかったか…?これで一安心だな」

翔が安堵して黒姫を見ると周囲の警戒もせずにミナを不安そうに見つめていた。

「心配か?」

翔に声をかけられて黒姫が驚き首を縦に振り答える。

「昨日の様子見たら不安にもなります…」

演説が一通り終わった所でミナが突然国を新たな体制にすることを伝える。

ケヴィンを含めて全員が驚き一斉にミナの方を見る。

「国を支え続けた家臣も居ない中で現体制を維持するのは不可能です、ですので私は国民の代表を集め権力を分散し議会制の共和国家とすることに決めました!」

「昨日の好きにやるって…こういうことか」

アキトが頭を抱える。


全てが終わり全員が今一度集まる。

「勝手な事してごめんなさい」

ミナが最初に深々と謝罪をする。全員仕方ないという雰囲気で受け入れて今後どうするのかを翔が問う。

「先ずは国の各地の町や村の長を呼び出して今後の方針を立てようと思います、城下町代表はヴォルフ様にお願いしますね」

当然のように混ざっていたヴォルフを見てただの酒場の店主が凄い成り上がりだなとアキトが笑う。

「半分以上旦那に巻き込まれたんですけどね!」

冗談と怒りの混じった反応に一同笑顔になる。シュメイラが心配そうにアキトに聞く。

「アキトくんはこの後どうするんだい?学校には戻れないだろう?」

「各国を歩き回って調査を続けるつもりだ」

全員の白い目に気付き苦笑いしながら付け加える。

「今回みたいな暴走はしないから安心しろ!」

信じるのが難しい発言に不安を覚える一同、そんな裏でミナは別れを惜しんでいた。

「本当に短い間だったけど楽しかった、仕事が一段落したら必ず皆に会いに行く」

ミナがニコニコしながら伝え黒姫の手を握る。

「オレはてっきり役目から逃げるもんだと…あいて!」

西園寺に拳を頭に打ち込まれて猪尾が前のめりになる。

「困ったことあったら何でも言ってね」

女子がワイワイと別れと再開の約束をしているのを見ながら河内が翔と神鳴に聞く。

「本当に魔族…いや、敵は白の国を諦めたと思うか?」

「今回姿を見せなかったのは何かあるって思うのか?」

翔の返しに河内は頷き呟く。

「アルトスが学校に居たことも考えると既に狙いは定まっていて今回来なかった理由は準備が終わったんじゃないかと思うんだ」

「考えすぎじゃない?」

神鳴の前向き過ぎる発言に河内は頭を抑える。

「河内、マジだとしたら狙いはやっぱり…」

「神楽さんじゃないかな」

三人は今一人だけで残っている神楽を思いソワソワする。シュメイラがそんな様子に気付いたのか帰還の準備に取り掛かろうと言う。

「シュメイラ、ちょっといいかな?」

「ふひひ、大丈夫、分かってるよ」

アキトがシュメイラに頼み込んで幾つかの薬と資金を手渡す。

「高速移動用の薬と資金、ヒモみたいだね、ひひ」

「…言うな」

アキトは苦虫を噛み潰したように渋い顔をする。ニヤニヤしながらシュメイラは転送陣を手慣れた動作で開く。

「それでは皆さんお元気で」

ミナが笑顔で翔達を見送り翔達は白の国とは別れを告げる。


―――


白の国での出来事を神楽へ報告をする。

「復興できそうなのね、良かったわ」

翔が神楽に学校への疑問を今更ぶつける。

「簡単に編入したり退学したり自由過ぎないですか?」

「あなた達の世界と違って学年もなければ入学と卒業の概念も無いもの」

神楽は首を傾げる面々に説明する。

「あなた達は学校として使っているけどここは魔法の研究機関なのよ、学ぶ場所としての一側面をあなた達は利用してるだけ、カリキュラムも中身も希望のレベルのを受けるだけで授業の中身は基本的に似通った内容を何度もやってるのよ、一通りマスターしたら研究者になるか自分の国に帰って職に就く、全部自由なの」

納得したようなしてないような表情の面々は神楽に急かされるように部屋に帰される。

たった数日だが仲良くしてた一人が国に帰り空いたベッドが妙に物悲しい。

「急転直下な話だったな」

翔が振り返りながら呟く。

「いやぁ、高貴な人と交友なんて地球じゃ味わえない体験だったのに、もっと会話してお近づきになるべきだったなぁ」

不純な思いが混じりつつ猪尾が惜しそうに言う。無責任な発言を聞いていた黒姫の冷たい視線に気付き猪尾が冗談だと笑う。

「今生の別れじゃないんだから深く考えないの」

西園寺が横になりながら話をぶった切りそれに河内も同意する。「ちぇー」と猪尾はベッドに倒れこむ。

翔も横になる前にと残った黒姫をチラッと見ると見つめられていた。

「どうかしたのか?」

「いえ…ミナさんはなんか私に似ていたから…多分」

少し考える素振りをして黒姫も横になる。それを見て翔も横になる。

翌日、それぞれの授業へ向かう中で翔は黒姫に呼び止められる。

「皆の前で茶化されるから…」

言い辛そうに少しモジモジする様に翔がドキっとする。

「浜松君、私、実は今までの生活とかなんて正直どうでも良かった…でもミナさんと会って、話して、私も向き合わなきゃいけないって思ったから…皆で帰ろうね」

真面目な雰囲気に黙って頷く。心の中ではツッコミをしたい感情が叫んでいた。

(死亡フラグだろとツッコミ入れたら怒るよなぁ…)

「大丈夫…?」

誤魔化すように翔は笑い授業へ向かうことにする。


夕食時、全員が良いタイミングで揃って朝に黒姫が話していた元の世界に帰れたらの話を翔がそれとなく切り出す。

「元の世界ねぇ、いつもと同じなのかしらね…あ、精霊とはもう会えないのかな」

西園寺が精霊の言及すると暗い雰囲気になる。

「あー、そっかそうだよなぁ、オレそこまで考えてなかったわ」

「だが帰らない選択はありえないだろ?」

帰るのやめようかな等と言う猪尾に河内が呆れながら否定する。

「ファンタジー世界でまったりライフしたっていいじゃないか、今更元の世界に未練なんて…」

猪尾が周りの様子にハッとして口を塞ぐ。

「死んで転生したならまだしも勝手に呼ばれて…私は、逃げないから」

黒姫の発言に猪尾が固まる。

「すんません、浅い考えしてました」

「黒姫大丈夫?なんか凄い怖いんだけど…」

西園寺も少し引いていた。河内が翔に何かあったな?と耳打ちする。話を切り出して雰囲気を悪くしたことを謝りながら全員食事を済ませた。


その日、翔は予知夢にも似た悪夢にうなされる。目の前には横たわり息絶えた仲間や知り合い達の亡骸、そして巨大な影に一人立ち向かわねばならない状況、夢と自覚しながらも足がすくんでなのか動けずに訳も分からず影に飲まれて終わる死を予知するかのような夢を見た。

嫌な汗と共に起き上がる、まだ夜だと言うのに眠気も吹き飛んでいた。

眠れない嫌な気持ちを振り払うようにベッドから起きて一人着替え部屋の外に出る。体を少しでも動かしてこの言い様のない不安を取り除きたかった。

一人中庭に出て木刀の素振りをする。最初にここに来た時のアキトの言葉を思い返す。

(アキトさんは全部知っていた、俺に足りないものも、何をすべきなのかも…俺はまだ俺自身の実力も敵の正体も知らないのに勝てるわけない!)

強くなりたいと一心不乱に木刀を振る。

(皆を守る…違う、皆と力を合わせるんだ)

何度も何度も嫌な気持ちを眼前に描き振り払うように…

やがて朝日が雲を照らす。

「悟りは開けた?」

神鳴に声をかけられ翔は首を横に振る。

「わからない、俺はアキトさんみたいに強くないし敵がどんなのかすら…」

「敵…そうね、そろそろ知るべきね」

神鳴が校舎を指差す。

「私が今まで見た奴の最大サイズはあれくらい、バラつきあるけど」

「デカいな…」

神鳴が翔の呟きに真顔で尋ねる。

「やっぱり怖い?」

「当たり前だ、もし本当なら普通の人間じゃ勝ち目なんかないさ」

翔は木刀を下ろして座り込む。

「自分を知り相手を知れば百戦危うからず、怪獣相手には通用しなさそうだな」

「そうね、神螺(しんら)はその怪獣に変化するわ、そして無敵よ」

敵の名前と無敵と聞いて翔が呆れる。

「無敵ならお前も不死で無敵じゃないか」

「そうね、奴は傷を負わない、瞬時に治すわ」

翔は様子を想像して呟く。

「致命傷を与えられないから無敵か…」

神鳴が頷く。翔が質問する。

「代償とかないのか?ほらお前は周りの命吸うだろ?」

神鳴がわからないと首を横に振る。残念そうに翔は立ち上がりまた木刀を振る。

「朝食までやらせてくれ、なんかモヤモヤして仕方ねぇんだ」

やれやれと神鳴がその場を去る。神鳴は戻る途中で翔の様子を見つめる黒姫に出会う。

「黒ちゃん、なーにみてるの」

「あ…その…浜松君がいなかったから皆で探してたの」

「みんな?」

どうやら全員で朝方から居なくなった翔を探していたようだ。

「ふーん、じゃあ皆翔の頑張りに感化されるといいんだけど…」

「私が変な事言ったから…?」

俯く黒姫を突き放すように神鳴はその場を去りながら伝える。

「さぁ知らないわ、聞いた感じ知らない敵への恐怖を感じてたみたいね、黒ちゃんは自分を追い込みすぎよ、もっと軽く、ほら翔君って」

「な、なんでそうなるんですか…」

素振りする翔を顔を赤らめながら見て名前を呟く。そこに西園寺がやってきて声をかけてくる。

「浜松いた?…あ」

西園寺がすぐに背を向ける。

「なんかお邪魔だったみたいね」

「西園寺さん!?ち、違うからね」

黒姫は西園寺を追いかけて行ってしまった。その様子に気付いた翔だったが無心になるために木刀を振り続けていた。


―――


真っ暗の闇が広がる王座、ひざまづく魔族の報告を頬杖をついて聞く金髪で竜の鱗で手足を覆った男がいた。神楽達の兄弟である神螺である。つまらなそうに先発の侵攻部隊の全滅を聞いていた。

「つまらんな、貴様達の能力を持ってしても苦戦する相手とは思えないのだがな」

作戦の詰めの甘さや慢心を指摘されて何も言えなくなっていた魔族であったが白の国から逃げ延びた魔族の無双の男に興味を示す。

「無双?ハハハ、奥の手か?さぞ面白い男なんだろうな?」

神螺は王座を立ち首と肩を回してニヤリと笑い戦争の号令をかける。

「侵略せよ!蹂躙せよ!破壊せよ!」

神螺は高笑いし鎧を用意させる。

(神楽、まずは貴様からだ…!)


赤の国、山岳が多く山の中に都市を築き他の国からは難攻不落と評される要塞を数々備える軍事国家である。そこでアキトは国王と謁見していた。要件は魔族の侵攻が近いことと対処法についてであった。

「人や物をモンスターに変容させる危険な存在か…なるほど」

半信半疑の王にアキトは頭を下げて更に各国の協力が必要になるかもしれない事を伝える。

「協力か、出来ぬ約束はしないものでな…すまんが返答は保留させてもらおうか」

仕方ないと割り切りアキトは次の国に移動する。


黄の国、砂漠や荒野に囲まれ資源が乏しいながらも機動力、隠密性共に高い部隊を持つ流浪の民を擁する国家である。国王との謁見は通らず重鎮の家臣と面会し魔族の情報と戦争の可能性を伝える。老練な男は納得しつつ各国の協力についてはやはり消極的であった。

「ふむ、死霊術と傀儡術に近い能力…末恐ろしい、その魔族とやらに関しては注意することにしよう」

残念だが好戦的国家である赤と黄は難しいと理解していたアキトは引き下がり次の国に移動する。


青の国、島国で各街には船で移動する事が主で精強な海軍を持つ。表向きはまさに水の国と評される美しい街並みだが国家の中心は魔法により海底に作られているとんでも国家である。アキトはあまり歓迎されていなかったものの重要な話としてなんとか謁見まで辿り着く。

「ふーん、まぁヤバそうだし留意するよ」

軽い感じで流すように話を聞きそう答える。協力に関しては大笑いして無理と答える。

「どーせどこも無理って言うよ、得無いし」

損得無しでは動かないと主張しアキトの意見を一蹴する。

「まぁ魔法都市狙われるなら助けに行くよ、あそこは大事だし」

多少希望のある返事で謁見は終わる。


緑の国、この星一高い世界樹を領域に含む森の民と言われる狩りの名手を排出している国である。自然信仰に似た思想を持ち魔法の才能に長けていたりもする。女性の国王が治めている。

「魔族…自然物を魔物に変えてしまうとは恐ろしく許せない存在ですね」

魔族の特性を聞き怒りに満ちた声色で語る。協力に関しては概ね理解を示しているようだった。

「援軍の要請があれば出しましょう、我々にとっては怨敵になりそうですからね」

私怨が混じってそうな雰囲気だが危険についての共有はできたようだった。


黒の国、白の国と双璧を為す騎士団を持つ、白の国が事実上壊滅した今平地での戦闘ならば最強になるであろう。魔法の才能もそれなりにあり軍事も文化も高水準の隙の少ない国家である。

アキトは王への謁見を願ったが門前払いされる。最後にして最大の気難しい国だった。

「さてと、重鎮なんかにも会えず仕舞いか」

一人途方に暮れていると従者を連れた若い将に見える男が声をかけてくる。

「おや、門前払い食らったのか?ウチに一体何の用なのかな?」

アキトは事情と魔族について話す。

「なるほど、面白い話だモンスターを作り出すか、父に話しておくよ」

「王子、お戯れは程々にしてください」

王子と呼ばれた黒髪ツンツン頭の男はアキトにニヤリと笑いかけ答える。

「戦争も楽しみだ、我々の力を見せ付ける良いチャンスだ、何かあったら手伝ってやろう」

従者に咎められるもいいじゃないかと聞き流している。協力というよりも他の国に力を誇示して世界を掌握したいという野心を隠そうともしない豪胆な男であった。


一通り各国の訪問を終えて報告の手紙を神楽宛に出して近場の次元の穴を塞ぎに外に出る。夜になっていたがやることもないので探すことにした。

黒の国、城下町から少しはなれた草原を歩いていたアキトの前に月の光に照らされて男が現れる。

「貴様が件の無双の剣士か」

危険な雰囲気を感じとりアキトは冷や汗をかく。

「意外と小心者なのかな?我が名は神螺、わざわざ会いに来てやったぞ」

「マジかよ、大将出てきちまった…」

アキトが刀を握り締め居合いの構えを取る。

「まずは遊んでやろう」

両手を開き肉弾戦を仕掛けてくるようだ。

「刀剣相手に素手かよ!?」

掴みかかる神螺の攻撃を後ろに飛び回避して右腕を切り落とす勢いで居合い抜きを放つ。切り落とした感触はあったが刃はすり抜けたように神螺の腕は何ともなかった。

「っち、効かねぇのかよ」

「見事な一撃よ、だが我が右腕まだ落ちてはいないぞ?」

ニヤニヤと斬った部位を見せ付けてくる。そして高く飛び拳を振り下ろしてくる。それを冷静にアキトは神螺の下を潜るように前に出る。そして着弾地点に氷柱を氷雨に作らせる。

「む!氷!?」

神螺は氷柱に刺さる前に拳を振るって破壊する。着地をしたところをアキトが神螺を縦に両断し傷を凍結させる。

「これでどうだ!」

反撃を想定してすぐに距離を取る。手応えはあったしかし切り口を凍結させたはずだがすぐに煙を上げて傷が塞がっていく。今は無理と判断し高速移動の薬を飲みいつでも離脱できるようにする。

「なるほど、雑魚じゃ苦戦する相手な訳だ!」

「不死ってのはマジらしいな…」

氷雨の技で氷柱を飛ばして牽制する。拳で飛ぶ氷柱を砕く。アキトは不死の秘密を暴くためにかまをかける。

「なるほど、その驚異的な回復力、周囲のエネルギーを吸っているのか」

わざと崩した言い方で伝える。

「ほう、周囲に漂う魔力の素を吸うのが見えたか?」

「枯渇させることが難しい…故に無敵…俺には無理だな」

逃げようとするとこに神螺が踏み込んできてアキトの反応が遅れ刀を庇うために脇腹に一撃入り吹き飛ばされる。

「やっと当たったな」

吹き飛び地面に落ちた衝撃で眩暈を起こしながらアキトは立ち上がる。口の中に溜まった血を吐き出して愚痴る。

「これで本気じゃないとかやってられねえな!」

服の汚れを叩き落として神螺に別れを告げてアキトは撤退する。

「ほう、逃げる力はあったか…まぁいい」

魔法都市の前まで逃げてきたアキトだったが門番の所に辿り着いた所で気を失い倒れる。


―――


アキトの帰還と負傷の報に翔達が街の宿に向かう。宿の一室に神楽が先に到着して甲斐甲斐しく看病をしていた。当のアキトはそこまで重傷ではなさそうだった。

「神楽、ほら全員来たぞ」

「あ、ええ、ごめんなさい」

あわただしく動いていた神楽が笑顔で翔達を出迎える。

「アキトさん何があったんですか?」

苦笑いしながら各国の様子と神螺と遭遇した話をする。

「参ったね、襲われちゃって、イテテ」

殴られた脇腹を押さえながらへらへらとした態度のアキトに心配して損したと猪尾達が呟いていた。アキトはニヤニヤとしながら凄い情報があるんだと得意気に語る。

「神螺の不死の秘密とかどうだ?」

身内の不死の秘密と聞いて神鳴も神楽も興味津々になる。

「周囲の魔力を吸って傷を治すらしい、致命傷を与えても瞬時に回復するし傷口も凍らせたが無意味だったぞ」

少し考えて神鳴が結論を出す。

「周囲の魔力って…無敵じゃない!」

翔が神鳴にどういうことか確認する。神楽が噛み砕いて説明する。

「魔法を使うために空気中に存在する物質よ、まぁ貴方の世界にはなかった物だし無理に理解しようとしなくていいわ」

「この世界にはそれがたくさんあるから実質無敵ってことか…」

全員が無敵という言葉に絶望する。黒姫が神楽に問いかける。

「な、何か方法はないのですか?」

「正直無い…」

神楽が半分諦めようとしたところで翔が思い付いたように神鳴に言う。

「魔法が無ければ復活できないなら魔法が無いところへ行けばいいんじゃないか!」

全員が首を傾げる。

「地球に落とせばいいんだよ」

河内達が成る程と納得するが神楽も神鳴も首を横に振る。神楽が説明する。

「地球では同じ魔法が使えないということは精霊も使えないの」

「刀や他の武器のみで勝てるかどうかってことか…」

アキトの負傷した姿を見てそれも難しいと感じる。

「でも警察とか自衛隊がやってくれるんじゃねーの?」

猪尾が銃があればと提案するがアキトがその意見を笑う。

「頭ぶち抜くにしても自衛隊とかが到着するまでに魔族が世界を感知してやってくる、そうしたら世界に魔法の力も大きく流れ込むだろうな」

短期決戦が重要という話も付け加えられて翔が頭を抱える。アキトは絶望的な事を笑いながら言う。

「はは、相手のタネが分かっただけでもいいじゃないか次に生かせ」

アキトは神鳴に後頭部を殴られる。

「この世界に来たってことは相手は本気で姉さん狙ってるのよ!次なんて無いわよ」

アキトが神鳴を睨む。

「ならお前が一番覚悟決めるんだな、まだ手はあるんだろ?」

可能性を示唆する発言に翔達が希望を見出だすも神鳴が俯く。

「なんで可能性あるってわかるの?」

「うーん、お前ら神様は隠し事が多い、俺なりの考えに基づく結論だ」

その結論とは?と翔達が聞こうとするもアキトがはぐらかす。

「ヒントならやれる、地球とこの世界の違いそしてその管理者の神様…おかしいことだらけなんだよな」

神鳴が気まずそうにする。どことなく神楽も辛そうにしアキトはその様子を見てため息をつく。

「なんだ、神楽も知ってんのか…ならいいか、地球を作った神は神鳴じゃあない、こいつはまだ自分の世界を持っていない」

神鳴が図星を突かれたじろぎ神楽が肯定する。

「そうね、アキトの言うとおりよ、あの星は我々の亡き父が残した世界、いつ気付いたの?」

「神が世界を築き管理するならこの世界に比べて向こうは複雑過ぎなんだよ、それを神鳴が造り上げたとは到底思えなくてな」

置いてけぼりだった翔達は唐突な真実の暴露に驚いていると神の父親ということに疑問を感じた河内が尋ねる。

「神様の父親…死んでいるだって?」

神鳴が渋々語る。

「死んだと言うより世界を私に託して文字通り居なくなったのよ、死んだかも分からないわ、兄弟達は私に受け継がれたことが余程気に入らなかったみたいね」

喧嘩の根底がそんなとこに在ったとは、と何度目かの驚きが翔達を襲う。

「父の世界は私達が思い浮かべるどんなものよりも複雑で数奇な世界だったのよ、永い年月をかけて作った世界だから当然と言えば当然なんでしょうけど」

神楽が少し悔しそうに指の爪を噛む。驚き迷う面々を他人事のようにアキトが嘲笑う。

「まぁ奥の手を使えば元の世界を歪める可能性もある、お前達もその覚悟なきゃ無理だろうがな」

「俺らには…選べない、神鳴その時まで決めてくれ」

翔の言葉に河内達は黙って頷き神鳴を見つめる。神鳴が何かを言いたげだったがシュメイラが部屋に飛び込んできて空気が変わる。

「ア、アキトくん!大丈夫!?」

アキトの顔が瞬時にひきつりシュメイラが薬を取り出す。

「ひひ、回復薬作ったから飲んで!」

「ああ、後で飲むから…それより魔法を使えなくする薬品とかないのか?」

シュメイラが首を傾げながら考える。

「魔法を使えなくする…?」

「そうそう魔力を取り込めなくする感じでさ?」

全員がシュメイラの知識に期待するが首を横に振る。

「それは無理だよ抑制は多分出きるけど完全な遮断は…」

「抑制は可能なのね…なら可能性はあるんじゃないかしら」

神楽の言葉にシュメイラは更に首を傾げる。

「シュメイラ先生、それ浴びせても効果出るやつで作れないか?」

「使い道はわからないけど…作ってみるよ、効果時間はあんまり期待しないでくれよ?ひひ」

アキトの頼みを聞いて嬉しそうに部屋を飛び出す。忙しい人だと翔は呟く。

「抑制しても…ダメージにはならないんじゃ?」

黒姫がアキトに意図を尋ねる。

「そうだな、だが奴は無敵に慢心している、一瞬でもダメージを自覚すればその時に隙が出来る、神鳴それがその時だ…分かるな?」

決断の瞬間を作り出すために必要だと言うアキトに神鳴は黙って頷く。

既に神螺は世界に入ってきている。決戦の時は近かった。


―――


翌日、魔法都市まで数十キロ夜明け前の無人の野原にて神楽の位置を確認していた神螺が現れる。

「俺一人でも全滅させられるが…まぁ余興も大事だな」

指を鳴らし魔族の一軍が一度に空間に穴を開けてやってくる。その中の一人が神螺に近付きひざまづく。

「強襲しても良いが…ふふふ、戦争を楽しもうではないか、神楽に宣戦布告の手紙を用意してやろう」

ひざまづく魔族の前に蝋で封をした手紙を落とす。

「すぐに持っていけ」

魔族はすぐに手紙を拾い神螺に一礼して一団率いて移動を始める。

「では陣の設営を始めよ!」

整列した魔族が掛け声を上げ移動を始める。


宣戦布告を受けた神楽は学校の塔の上階の休憩室から神螺の一軍を遠眼鏡で確認して頭を抱える。まだ全員への報告はしていないが手紙には明朝に開戦すると記載されていた。

「どーしよー、準備なんも出来てない、何からすればいい」

右往左往している神楽を見て包帯に巻かれたアキトが笑う。

「もう来たか、近場の黒の国潰してからと思ったが直接頭取りに来たぜ」

「アキト…どうしよう」

シュメイラの薬飲んで負傷はほとんど治ってはいるが本調子ではないアキトが神楽から遠眼鏡をひったくり覗き見る。

「おお、いるいる…魔族もいるってことはマジで戦争をご所望みたいだな」

神楽がまた右往左往し始める。そこに神鳴が現れる。

「アキトは出入り禁止でしょ?全く…」

「酷い言われようだな、神様権限ってやつ?まぁ黙って入ってるんだけど」

神鳴に遠眼鏡を手渡し椅子に腰掛ける。神鳴がドン引きして声を上げる。

「うわぁ…ボスに辿り着けなくない?」

アキトが頷きながら棒読みで困ったと言う。

「各国への援軍の要請と非戦闘員の避難と…」

神楽がぶつぶつとやることを考えながら呟いていると翔が到着する。

「何があったんですか?」

事情を知らない翔が窓際でお通夜状態の神楽に近付きながら確認してると神鳴に無言で遠眼鏡を渡され窓の先を見るようにジェスチャーされる。不思議そうに思いながら窓の外の魔族の軍を見て固まる。

「な、なんだよあれ」

「宣戦布告、明日にはあれが攻めてくるんだってよ」

やれやれと言いたげな手の動きでアキトが答える。

「さてと、仕事に行きますかねー、決戦までには戻る」

アキトが立ち上がり皆の返事を待たずに去っていく。

「勝手なんだから…」

神鳴が腕を組み頬を膨らませる。

「神楽さん、仕事って?」

神楽は首を横に振りまた右往左往を始める。

「姉さんああなったら使えないから、取り敢えず今日の内にやれることやる、姉さん!少しでも戦える人集めないと」

神楽の足を小突き正気に戻す。

「そ、そうね!すぐに動かないと!」

バタバタと忙しそうに部屋を去ろうとする神楽のポケットから神螺からの手紙が落ち神鳴がそれを拾う。

「…あ、姉さん!?忘れ物!」

神鳴も手紙を渡しに行ってしまう。

翔は再び神螺の居ると思われる一軍を覗きため息をつく。

「魔族って思ってたよりちゃんと軍備整ってるな…」

覗き見する翔の手から遠眼鏡を取り河内が声をかけてくる。

「呼んでおいて翔だけとは…」

河内が翔の見ていた先を見る。そして固まり顔を青ざめ勝てるわけがないと諦めの言葉を放つ。そこに猪尾と西園寺も合流し良くない雰囲気を感じ取ったのか恐る恐る近付いてくる。

河内は無言で猪尾に遠眼鏡を渡し見るように言う。覗き絶句している猪尾の手からそれを奪い西園寺も見る。

「何よあれ…思っていた展開と違くない?」

眼前の光景を信じたくない一心で三人に問うが猪尾が震えながら答える。

「マジだよ…見間違いじゃねぇ」

西園寺は神楽のように右往左往し始め、へたり込む猪尾、椅子に座り頭を抱える河内。大規模の戦争という想定外な事に絶望仕切った所に黒姫がやってきて普通に窓の外を見る。

「そう…それでも私は戦う、まだ終われない」

諦めない黒姫の様子に全員が驚き目を丸くする。

「私帰ったらやらないといけない事あるから…」

元の世界や生活を思い出しながら河内と猪尾が立ち上がる。

「一番頼りなさそうな夜間に鼓舞されるとは」

「地球に帰りてぇ、ここで犬死には勘弁だぜ」

西園寺も頬を叩き黒姫を見て黙って頷く。

「翔君は?」

黒姫に名前で呼ばれて驚きでビクッとするが笑いながら勿論と頷き自分の考えを仲間に伝える。

「俺は一人でも最期まで戦うつもりだった、皆の為に…でもさ、やっぱり一人じゃ無理だからさ手伝ってくれるよな?」

全員が力強く長く。休憩室の外で神鳴がニヤニヤとその様子を見ていた。


会議室内ではどう対応するかで大混乱に包まれ徹底抗戦、降伏すべき、生徒達の脱出を優先すべきか等と議論を繰り広げていたが向こうが全て滅ぼす意向だと神楽が手紙を公開することで徹底抗戦をせざるおえなくなる。

「魔族に対しての知識はシュメイラ先生がまとめて下さっているのでよろしくお願いいたします」

神楽はシュメイラを名指しして魔族に対する際の注意点などを事細かく説明する。

「特に注意されたい所は魔物化させる黒いガス、生物、非生物関わらず一定のサイズであればモンスターにさせられてしまいます…しかし魔力を要するのか使用者の能力によって回数が限られます」

資料を広げて大まかな説明をしていく。

「最下級の兵ならば発動すらできないですが一団を率いる将であれば数回使えます、また一度に複数を範囲に入れられます、すぐには近付いてはなりません」

いつもの引き笑いも無く真面目に説明する姿に一部教師が驚く中でシュメイラが神螺について触れる。

「また、今回の敵の大将は傷を瞬時に回復する文字通り怪物です、既に交戦したアキト元助教授の話です、非常に危険な為に接敵時は牽制のみを行い決戦に挑まないようお願いいたします」

追放処分されたアキトの名前が出てざわめく。

「命からがら情報持ってきたアキトくんには感謝してください、ひひ」

いつもの調子に戻り神楽に話しのバトンを渡す。

「実地での戦闘経験は積めませんでしたが今回の注意点をまとめれば魔族の侵攻は押さえられるはずです、開戦は明日の朝…生徒達への報告、志願者募集よろしくお願いします」

神楽は頭を深々と下げて仕方なく全員の了承を得る。


―――


会議が終わり先生が全員出ていった中で椅子に座ったままシュメイラは寝不足なのか大きな欠伸をする。

「大丈夫?もしかしてアキトの無茶振りに答えるために?」

神楽が心配そうに聞くといつもの引き笑いをして肯定する。

「やっと仇を討てるんだ、頑張って最新式の大規模転送陣…未テストだけど…を使う時が来たのだ」

「最新式…未テスト…ヤバくない?」

「ひひ、失敗は無いと思うけどね、六枚は大変だったよ…ふぁー、寝ていい?」

シュメイラは机に突っ伏してそのまま寝てしまった。

「六枚って…六枚?まさかアキト…」

その神楽の予感が的中したように夕刻、白の国の一団が魔法都市を訪れる。それを翔達が出迎える。

「門番の知らせに耳を疑ったけど本当に来たのね、国の方は大丈夫なの?」

神楽がミナを心配していたが本人は以前より快活な雰囲気だった。

「大丈夫です!内のことは年寄りが頑張るって」

口調も明るく少し乱雑になっている気がすると翔が感じていると河内がポツリと呟く。

「姫様辞めて色々吹っ切れたみたいだな」

「姫は辞めましたが統治者の一人なのは変わらないぞー」

フレンドリーに話すその勢いに苦笑いするしかなかった。

ケヴィンが前に出て神楽に挨拶をする。

「一団は若い農夫や志願者ばかりで訓練は受けておりませんが魔族についての驚異はよく理解させております、なんなりとご命令ください」

統一性の無い装備の一団が隊列を成して敬礼する。その一致団結ぶりに猪尾が感心する。

「数日とはいえケヴィンの教育の賜物です」

ドヤッと得意気に鼻を鳴らす。明るくニコニコするミナをみて皆つられて笑う。

「来る前まで震えていたのに皆と会って元気付いたみたいなんですよ」

ケヴィンもミナが元気になって喜んでいた。

夜、学生達や志願者も含めてもそれでも数百と心許ない軍団であるが士気を上げるために細やかであるが宴会のような催し物が開催される。

騒がしく酒盛りをする大人達、戦いに震えを鼓舞し合う生徒達、翔はそれらとは混じらず食事を終わらせたら塔の上階で外を眺めていた。

(明日…全てが終わる)

震える手で窓に触れる。遠くで篝火に照らされる魔族の陣を握り潰すかのように拳を作る。

「翔君?ここに居たんだ」

一人姿の見えない翔を探していた黒姫がゆっくりと近付いてくる。

「なんか空気が合わなくて…」

黒姫は笑みを浮かべて私もと同意する。

「帰れたら何したい?」

じっと長い前髪に隠れた瞳に見つめられて翔は言葉に詰まる。

「決めてない、まずはゆっくり休みたいな」

「私はね、姉さんに会いに行かないと」

「へぇ、親じゃないんだ?」

黒姫は軽く頷いて窓の外を見る。

「皆の為にも翔君の為にも捨て身にならないでね?」

「そっちこそ死亡フラグ立てまくってるぞ」

翔が遂に言ってやったと苦笑いしながら思った。黒姫は一瞬ポカンとしていたが意味に気付いて笑う。

そんな二人の所に神鳴とミナがやってくる。

「お邪魔だったかしら」

「カケルさん、クロさん姿が見えなくて心配されてましたよ」

静かな方がいいんだがと呟きながら翔は仕方なく移動することにする。

「どうせ冷やかし混じりだったろ?」

神鳴が笑いながら肯定する。

「やれやれ後で殴っておかねぇと…」

暴力は駄目とミナが慌てて止める。翔は冗談だと笑っているがちょっと怒り気味なのは事実だった。


―――


決戦当日、夜明け前から白の国と魔法都市の軍で陣形を組み森の中を前進を開始して魔族と接触する。どちらの陣営のものか角笛が鳴り響き戦闘が開始される。翔達がいる現在地はまだ敵の姿は見えないが開戦の合図に周囲がどよめき隊列が乱れる。

「隊列を乱さないで!」

神楽が生徒を落ち着かせ森の出口で待機する。突如として草原から爆発音が響いてくる。翔は生徒数名で状況確認に向かう。

「俺らで確認してきます」

翔はそこから周囲の様子を窺い相手の陣容を確認しようとする。するとそこでは既に大規模な戦闘が発生していた。他の生徒達を報告に行かせ遠眼鏡で何が戦闘しているのかを確認する。

魔族の左翼と右翼の陣形をそれぞれ一式揃った武装の一団がそれぞれ力を見せ付けるように激しい戦闘を繰り広げていた。

観察していた翔の横に神楽が草陰に隠れるようにやってくる。

「アキト…やったのね、援軍よ!」

白の国を含む六国全てが参戦していた、魔族の陣を囲むように戦闘を行っているようだった。

「俺達も行きますか?」

「そうね、まずは両翼の白の国の部隊を援護しましょう、正面はしばらく安泰ね」

生徒達の部隊に戻り二部隊に分けて行動することになる。

翔と仲間は分かれること無く一部の生徒数名とミナとケヴィンの右翼部隊を援護しに行く。残りは先生達率いる左翼の部隊に向かう。

中々の修羅場と化した森の中でケヴィン率いる志願農民部隊とモンスター部隊が戦闘をしていた。

「負傷者はすぐに下がれ、無理せず控えと交代!」

ケヴィンの指示が聞こえてくる距離まで来て生徒の一部を負傷者の手当てに割り当て翔達は交代し前線に出る。翔と猪尾がいち早く前に出る。

「ケヴィン先生、オレらも援護します!ユピテル!」

「焰鬼!火力はほどほどで行くぞ!」

翔達が現れると共に交代要員の兵士達が掛け声を上げて弓攻撃を虫型のモンスターに浴びせる。ユピテルの雷と焰鬼の火をそこに重ねる。

「二人ともありがとう、このまま前に進もう」

弓隊の準備をさせながらゆっくり前進する。

「魔族がいる可能性が高いです、慎重に行きましょう」

翔の提案にケヴィンが頷きハンドサインで兵士に周囲の警戒を指示する。想像通り奇襲をする魔族を手早く兵士達が撃ち抜き撃破していく。

「ガスへの警戒、もうすぐ森を抜けるぞ」

負傷者と控えの部隊もしっかりついて来ているのを確認して正面に部隊の展開を指示する。

控えではミナの指示の元の回復と武装の修繕、矢の補充を行い随時前線と入れ替えを行っていた。

「すみません、回復を生徒の皆さんに負担させてしまって」

生徒達は前線に出るよりマシと言いたげな面持ちで回復と修繕を行う。神鳴も修繕のチームに参加する。

「僕も翔達のサポートに行きたいんだが」

「眼鏡君はこっちの護衛、女子にだけやらせる気?」

西園寺の勢いに河内は仕方なく同意して周囲の警戒を続ける。

「あれ?黒姫は…?」

「前線に行ったか?仕事が増える…」

愚痴りながら背後から迫る雑魚を負傷者に近付けないように槍で突きメイスで潰す。風で引き裂き光線で焼く。

「大ボスにたどり着く前に精霊がへばっちゃいそう、大丈夫ナゴエル?」

機嫌の良さそうな鳴き声で返すナゴエルを見てどんどん光線を指示していく。

黒姫は翔達に合流してデスを呼び出しモンスターを狩るようにガンガン倒していく。しかし何体か倒した所で黒姫が玉のような汗を浮かべ息切れを起こす。

「黒姫無理するな」

「スゲェ強いけど代償あるっぽいな、翔後ろに連れてってやれ」

猪尾に前は任せろと親指を立てて黒姫の肩を支えながら後ろに下げる。

「もう疲労困憊してるじゃない」

黒姫の様子に西園寺が呆れる。

「僕らに任せて一旦休めって」

弱々しく頷き木に寄りかかるように休む。

前線にの戦闘が一段落したようでケヴィンの掛け声と共に森から飛び出して草原の本隊を目指す形で進軍を始める。

「僕らも行くか?」

「見えるところに負傷者出せないでしょ!一旦は森の中で待機」

西園寺が周囲の仲間を見て冷静に指示する。ミナが精霊のヤトを呼び出し周囲の安全を確認させて同意する。

「周囲にはモンスターも魔族も残っていないようです、クロさんの疲労取れたら皆前線に行って下さい」

全員頷きまずは黒姫の回復を待つことにする。


最前線、一気に増援が来たことにより周囲を包囲されて魔族の軍は一気に劣勢になり士気が大分下がっていた。その様子に不敵な笑みを浮かべる神螺、一人の魔族がひざまづいて増援の要請を行う。

「このままでは戦線崩壊も時間の問題、増援をお願いいたします」

「抵抗勢力をここまで一気に集めるとは想定外だったな…よし控えの一団を呼び込むとするか」

指をパチンと鳴らし増援を呼び出しすぐさま戦闘に加える。

「さぁ強者よ、もっと集え、皆蹴散らしてくれよう」

高笑いと共に続々と世界に侵入してくる。

その様子を黒の国の陣営からアキトが見ていた。

「増援か、神螺はまだ動かないつもりか」

その隣で黒の王子が敵の増援の仕方に興味を持っていた。

「あれが異界からの侵略か、我々の増援の仕方も大概だったが…面白そうだな」

「他の国よりも他の世界に興味があるのか?」

王子がニヤニヤしながら答える。

「ああ、そうだ!この世界は狭い、もっと見識を広め貪欲に生きねば愉しくないではないか」

欲求に素直な人だなと思いながらアキトはアドバイスする。

「なら神様に会いに行くといい、大将首取りに行けば自ずと会えるはずだ」

「神だと?ふはは、戦場に如何様な神がいるのか…これは負けられないな」

王子は手袋の裾を引っ張り気合いを入れながら自信も前線に出ると兵士に止められながらも戦闘準備を始める。

「冗談のつもりだったんだが…神螺には用あるしまぁ連れていってやるか」

アキトも前線に行くために部隊に混ざり魔族の撃退に向かう。


翔達は控えの部隊として森の中で負傷者の治療と替えの武装の用意を行い

前線に出る準備をしていた。そこに前線から疲労困憊の猪尾と一部兵士が戻ってきて待機していた兵士が変わりに出撃する。

「すまん、ユピテルの燃料切れだ…」

神鳴がすぐに寄ってきて負傷の確認と武器の手入れの布を手渡す。猪尾は息切れしながら武器の返り血を拭き取る。

「全くアキトはどこ行ったの?戻ってくるって言ってたのに…」

神鳴がイライラしながらせかせかと動き回る。

「戻ってくる前に開戦時間になって援軍のどっかにいるんじゃないかな?」

翔はアキトのフォローしながら神鳴に伝える。

「どうせ神螺前に集合って言ったよな、みたいな言い訳するわよ」

口真似しながらその言葉を実際に言うアキトを想像した全員が言いそうだと同意する。ミナが治療の終わった負傷者と生徒達を連れて来る。

「前線との距離が開いてきました、森を出ます」

「マジ?まだちょっと疲れが…」

手斧を拭き終わり疲れも残る猪尾が文句を言おうとするとミナが手を取り応援する。

「もう少し頑張ってください」

「はい!頑張ります!」

猪尾は声色を変えて立ち上がり一番先頭に躍り出る。呆れた様子で河内が呟く。

「元気じゃないか、ミナさんも半ば色仕掛けしないであげてください」

クスッと笑うミナを見て意外と小悪魔だと翔は思った。

翔は別で疲労で休んでいた黒姫をチラッと見る。すっかり疲労が取れてやる気に溢れていた。

「翔君、私達も行きましょう」

「ほら、遅れてるわよ」

黒姫と神鳴の声で気付いたら周りの人がほとんど森を出ていた。遅れを自覚して急いで翔達も前線の決戦の舞台へ向かう。


―――


前線では増援の魔族の勢いにより未だに拮抗していたがやはり包囲による不利に魔族側の崩壊寸前ではあった。

翔達白の国の戦線も援軍の影響で味方の数の少なさであっても敵の攻め手が少なく安定していた。

ケヴィンに合流した翔達はケヴィンから各国への賛辞を聞かされる。

「以前の白の国でも他の国程の戦果をあげられるかどうか…魔術、技術、戦術…今の我々には足りないものが多すぎるな」

翔達と共に前線に来たミナがケヴィンを励ますように語る。

「戦争が全てではありません、私達もこれから違う道を見出だせばいいのです」

「そうですね、姫」

「姫は禁止ですよ」

ミナが少し機嫌悪そうにケヴィンを注意する。すぐにケヴィンも謝り兵士達の指示を再開する。

暫く拮抗していた戦線が突如崩壊して魔族の撤退が始まる。

「魔族が引いていきます!」

兵士の報告を聞いた一部の兵士が追撃をしようとする。翔がケヴィンに敵の大将である神螺の危険を伝える。

「マズイ、ケヴィンさん追撃をやめさせましょう神螺が引いたのを確認するまでは戦闘してはダメです」

「追撃は中止!皆止まるんだ!…カケルくん、シンラとは一体どのような?」

「負傷しても瞬時に回復してそれに…」

ケヴィンが全員を止め翔が説明しようとしたその時だった、天を裂く程の青天の霹靂と共に巨大な竜の鱗を纏った悪魔と形容できそうな怪物が草原に降り立ち周囲の兵士を魔族ごと凪払う。

「まさか…あれが」

翔達もケヴィンも兵士達もその存在に驚き戦意を失いつつある。

「神鳴、遂に俺達の出番なんじゃないか?」

震える足を叩きながら翔は神鳴に問う。神鳴は黙って神螺と思われる敵を睨みミナやケヴィンに撤退するように伝える。

「白の国の皆さんは生徒を連れて逃げてください」

「ダメよ、カケルさん達だけじゃ絶対ダメ!ケヴィン、私達も最後まで諦めてはダメ!」

ミナの決意と熱意にケヴィンも頷き兵士達に指示を出す。

「全員整列!ここを死地と心得よ!弓隊構え!」

号令に合わせパニックだった兵士達を束ね巨体に攻撃を開始する。他の国からも攻撃が集中し魔法や矢の雨、爆発を受けて尚傷ひとつ無く神螺の笑い声がこだまする。

「やはり効いていないか…矢が尽きるまで打ち続けよ!」

控えていた生徒も加わり矢に魔法を付与してサポートをする。

「行きましょう、神鳴と翔君を待っている…と思います」

黒姫が最後だけ自信無くしてトーンダウンする。覚悟を決めて進もうとするところに神楽が走ってやってくる。

「ま、間に合ったわ…とんでもない事になってるけど私も行くわよ」

全員の心配そうな視線に神楽は咳き込みながら大丈夫と主張する。深呼吸して翔の掛け声に合わせて出発する。それを見送るケヴィン、矢もほとんど使いきり一息いれる。

「矢の残りはいざという時に残しておけ、一度距離を取り魔法都市と合流するぞ」

弓隊を下げて移動を開始する。

「あとは彼等に任せよう姫…姫?」

ケヴィンが気付いたときにはミナは翔達に着いていっていた。


激しい爆撃と矢雨の後、神螺にアキトと数人の蛮勇の兵士達が挑んでいた。兵士を率いる黒の国の王子がアキトに尋ねる。

「神とやらはこいつか?それとも…」

「こいつも神だろうが…ほら来たぞ」

翔達がようやっと到達する。アキトの姿を見て神鳴が怒鳴る。

「アキト!どこ行ってたのよ」

アキトが笑いながら答える。

「神螺前って言わなかったっけか」

翔達が全員で「言ってない」とツッコミを入れる。

神螺は拳を振るい残っていた兵士が吹き飛ばされる。

「遅かったな神様とやら…」

「誰よ?」

王子に神鳴が不振がって聞く。

「ジン、他の世界を見たい貪欲な男だ」

ジンと名乗る王子を興味無さそうにし神鳴は神螺に呼び掛ける。

「神螺見えてるかしら?丁度そろそろ決着つけようと思っててね」

神鳴が瓶を取り出す。アキトが瓶を見て不敵な笑みをする。

「それがシュメイラの…間に合ったのか?」

「ええ、やるわよ」

アキトが神鳴から瓶を引ったくる。

「ちょっと!」

驚き怒る神鳴を無視してアキトは走り出す。

「お前じゃ無理だ、翔、皆後は頼むぞ」

氷雨を利用して氷の足場を生成して神螺の顔面まで目にも止まらぬ早さで到達し薬を投げつけ着弾箇所を素早く切りつける。血が吹き出しすぐに傷は塞がらない。攻撃が効いた事に全員が歓喜する。しかし痛みで神螺が暴れデタラメな拳がアキトに当たる。いち早く神楽が声をあげて落下箇所に向かう。

泣きじゃくりながらアキトを起こそうと何度も名前を呼ぶ神楽にボロボロになりながらアキトは刀を渡す。

「…俺の仕事は終わりだ…氷雨は翔に渡せ、なにも言うな…」

神楽は黙って頷き目を閉じるアキトに感謝の言葉を伝える。

予想外のダメージに神螺が体のサイズを戻す。

「貴様等…何をした!?」

頭の傷を押さえながら怒りに震え拳を構える。

「あなたの不死なんて簡単に覆せるんだからね」

「神鳴ぃ!貴様さえ居なければ!」

いきがる神鳴を睨み神螺が叫ぶ。武器を構える面々に負傷を恐れすぐに飛びかかれないにらみ合いが続く。

そこに神楽が駆け足で戻ってきて翔に刀を手渡す。全員がアキトの再起不能と死を悟り武器を握る手に力が入る。

「それは神鳴が持て、武器ないだろ?」

翔の言葉に神鳴は頷き刀を握る。神鳴が全員に伝える。

「私、最後まで迷ったけど決めたわ…元の世界に返す地球に送るわ」

神鳴は武器を神螺に向けて叫ぶ。

「父の世界が欲しいそうね!そんなに欲しいなら連れてってやるわ!」

「なに!?」

神螺の傷が塞がり顔の血を払いながら神鳴の台詞に驚く。

神鳴が地面に手を当て目を見開くと光が広がっていく。

翔がジンが巻き込まれている事に気付き逃げるように言うとジンはニヤリと笑い親指を立てる。

黒姫達も何か叫んでいたがそのまま全員光に飲まれていった。


―――


光を抜けた先、夕刻のビル街に全員気付くと立っていた。

見慣れた風景に見慣れない敵、そして翔には大きな違和感があった人気がない。

「どう?お望みの世界よ」

都会の風景に巻き込まれたジンとミナがキョロキョロする。

「大変よ神鳴!ミナさん巻き込んでる!」

黒姫が声をあげるが神鳴は後でと言い刀を抜く。翔も黙って構えるのを見て全員が普段より重く感じながら武器を構える。

「間抜けめ、さっきの薬…効果はもう切れているぞ」

神螺が腕と首を鳴らし拳を構える。

「俺は無敵なんだよ!全員まとめて生まれ故郷で死ぬがいい!」

ドスドスと足音を強くならしながら神螺が走る。体が重い事に違和感を感じながら拳を振るう。それを神鳴がヒラリと避ける。

「なんだ…体が思うように動かん…くそが!」

避けた神鳴を無視して文句を言いながらすぐに翔に飛び掛かる。神鳴がすかさず腕を突き出し神螺の時を遅くする。

「今よ!ぶったぎりなさい!」

神鳴の声に翔は素早く刀を振り神螺を胴に切り抜け攻撃を避ける。

神鳴が腕を下げ神螺の時間を戻すと着地と同時に神螺は胴から血を吹き出し悲鳴をあげる。

「何がぁ!何故だぁ!」

咆哮する神螺に神鳴が近付き刀を振り首を落とす。

あっという間に全てが終わり神鳴が振り返り全員に翔の感じていた違和感の理由を伝える。

「皆ごめんね、ここ地球じゃないの、翔達の記憶にある風景を再現した新しい世界、私の本当の世界なの」

何となく無人な理由がわかった、まだ未完成の付け焼き刃な世界だったからなのだ。

「巻き込んじゃってごめんなさい、姉さんに言って元の場所に返すから」

それにジンは拒否する。

「新しい世界、それもいい、窮屈な王子なんて辞めてやるさ」

それを聞いたミナも頷き言う。

「長老や皆に任せて私もせっかく作れた友達ともっと…」

神鳴はフッと笑みを浮かべて翔達に再度謝る。

「ごめんなさいね、元の世界には返せないから…元の世界に出来るだけ近付けるから、その…許してね」

神鳴が新しい世界を持つと言うことは元の地球とは完全に縁を切るということ、そしてそれは神鳴の管理能力では二度と帰還出来ないという事でもあった。翔が約束が違うと口にしかけた所で全員が納得しているのを見て口を紡ぐ。

「本当に戻れないんだな?」

最後に翔が神鳴に質問する。

「うん、ごめんね、ちゃんと元に戻すように努力するわ」

翔の深いタメ息を残して再度全てが光に包まれ意識もこれまでの記憶も消えていく…


とある朝、いつも通りの時間…ではなくこのままでは遅刻確定の時間に目が覚め翔は目覚ましのかけ忘れに自分を叱りながら急ぎ着替え台所で口を濯ぎゼリー飲料を飲みながら家を飛び出す。

自転車に乗りいつもの道を進もうとする。ふと自宅の屋根に視線を移す。誰もいないはずだがつい「行ってきます」と口走りそのまま走って学校へ向かう。

スッと赤い着物少女が屋根に降り立ち慈しむようにその光景を見て手を降る。

「行ってらっしゃい」

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