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前編

夢を見た、広いなにもない荒野で竜の頭をした巨大な悪魔のようなモノを前に男は叫ぶ。

「これで元の世界に帰れるんだ、神様の戯れも終わりだ!」

剣を引き抜き咆哮する敵に飛び掛かり敵の首を斬る。

しかし瞬時に治癒したそれの爪に腹を刺し貫かれる。


閃光と共に場面は大木をくり貫いた広間に飛ばされる。男が叫んでいた件の神がいる部屋であった。

倒れた男を前に小さな女性の神様は男を見て残念そうに呟く。

「駄目ね、貴方の負け…」

何が起きたか男は理解出来ず叫ぶ。

「待てよ、勝ったはず!剣は届いたんだ!確かに届いて」

「届いても負けたの、でも大丈夫よ、()()やり直すだけだから…」

「やり直すだけって…元の世界に帰す約束は…!」

ごめんなさいと悲しそうに謝る神を見て男はそれ以上何も言えなくなる。

ゆっくりと死に行く男、周囲はおぼろ気になり暗闇に包まれる。

鳴り響く目覚ましの音に起こされた青年が嫌な夢を見たと酷い寝汗をかきながら目を覚ます。


―――


地球、日本のとある高等学校の放課後、青年は友人達と下校途中に遊びに行く話をしていた。

左目が隠れる髪型をした青年の名前は浜松翔(はままつかける)、高校二年生である。

太めの友人の一人がゲームセンターに帰りに寄ろうと提案して翔が話にのり、もう一人の友人である眼鏡の青年が嗜める。

「制服で遊び歩きは校則で禁止されているだろう、全く翔ものるなよ…」

天然パーマで眼鏡の青年は河内智樹(かわちともき)、オールバックで太めの友人は猪尾忠俊(いのおただとし)

「お堅いなぁカワちゃんは、行かないのか?」

「はぁ…僕は行かないなんて言ってないぞ?」

「じゃあ着替えてから駅前のゲーセンに集合な」

猪尾が軽い口調で河内の言葉を聞き入れるも思慮の浅さに河内が軽くため息をつく。三人は学校の駐輪場で自転車に跨がり街で再会する約束をして翔は帰路につく。


数分後、何事もなく閑静な住宅街の一軒家に帰宅しすぐに着替え携帯で二人に帰宅し出る連絡を入れ家を出ようとする。

台所から顔も出さずに母親の声がする。

「晩御飯までには帰るのよ、遅くなるなら必ず連絡ちょうだいね」

「わかってるよ、行ってきます!」

勢いよく家を飛び出し自転車に跨がり勢いよく集合場所へ向かう。

目的地に最初に到達したのは翔であった。人通りを眺めながら到着した事を連絡しようと携帯を取り出そうとポケットに手を入れる。すると電話が鳴り響き咄嗟に取り出し確認する。画面には非通知の文字が表示されている。

不信に思いながらもきっと二人の内のどちらかだと思い通話に出る。しかし、受話器の先から二人のものではなく少女の声がしてくる。

「繋がった、今度こそ…」

「だ、誰ですか?間違い電話じゃないですか?」

突然の間違い電話に驚き戸惑っていると猪尾達が揃ってやってくる。

「翔っちおまたせー」

「誰と話してるんだ?」

二人に返答しようとすると通話が切れている事に気付く。

「間違い電話だよ、やっと繋がったって」

「何回もかけ直してたのかね、はは気にすんなよ」

猪尾がせせら笑いしながら自転車を止め、相づちを打つ河内を見て翔も楽観的にそうだなと笑い三人はゲームセンターに向かおうとする。

入り口で同じ学校の学生服を着た二人の女子生徒に遭遇する。

二人の顔には見覚えがあった。クラスメイトで翔も名前だけは知っている。

女子の中でもムードメーカーで底抜けに明るく茶髪でポニーテールの西園寺晴(さいおんじはる)とミステリアスで悪く言うと陰気な雰囲気の長い前髪と三つ編みの夜間黒姫(やまくろひめ)、珍しい組み合わせだと翔を含め三人は感じていた。

茶化すように猪尾が河内の真似をして注意する。

「制服で遊び歩くのはコウソツで禁止されてるぞ!」

「校則な…」

呆れながらも翔がすぐにツッコミを入れる。

「別にゲーセンに用がある訳じゃ…」

西園寺が言い訳をしようとした瞬間突然また翔の携帯が鳴り出すと同時に周囲が暗くなる。突然の出来事に巻き込まれた女子を含め五人はパニックになりながら目の前が真っ白になっていく…


気付けば五人は大木をくり貫いたような広間にいた。訳も判らず呆然とする女子を尻目に猪尾が何かに気付いたように叫ぶ。

「これってまさか例のアレでは!?ほら!」

四人は顔を見合わせまさかと思いながらもハッとする。しかし猪尾の言葉を遮るように翔の電話越しからした声がする。

「何か期待してるようだけど多分違うわよ、待って…なんか多い」

五人の前に姿を表したのは赤い着物に金髪碧眼、おまけに黒い小さな角がある端的に言って奇妙な少女だった。

「まぁいいわ、どうせ残るのは翔だけだろうし」

少女は頭を抱えながら言い放つ。

「俺?俺がなんだって?」

「そっか、説明し直さなきゃいけないのか…私は神鳴(かなり)、端的に言うと神様よ」

神鳴と名乗る少女が淡々と説明を始める。

「私達、一族と言うのかしら、色々な世界を総ているんだけど結構不和でね、命のやり取りしてるんだけど…」

命のやり取りという言葉に全員がパニックになり各々叫びだす。それを神鳴が一喝して黙らせる。

「まだ説明の途中!大丈夫、負けても私が死なない限りやり直せるから」

翔が素早くツッコミを入れる。

「いや君の命の心配じゃなくて俺達巻き込むなよ!」

「いえ、翔少なくとも貴方には関係あるから聞きなさい」

名指しされた翔に巻き込まれた四人の視線が集中する。

「翔は前任者の魂を引き継いでいるの、いえ世界の時を戻したから本人なんだけど、兎に角貴方には頑張って貰うから!」

ぽかんと口を開いたまま何も言えない翔に河内がそっと肩を叩き同情する。

「お前勇者だったんだな、頑張れよ…」

「いや、知らんし!別の人に頼めよ!俺ら普通の学生だぞ!」

叫ぶ翔から目をそらす河内、猪尾は哀れみの目を向けてくる。そんな男子を一瞥して西園寺が神鳴に尋ねる。

「わ、私達…少なくとも私と黒姫は関係無いよね?」

「ごめんなさい、今は元の場所には帰せないの、四人にも協力して貰うわ」

空気が凍りつき全員の動作が止まる中、最初に開口したのは河内だった。

「協力?帰れないだって?そんなバカな!」

楽観的でも声が震えながら猪尾が茶化す。

「ゆ、勇者パーティーってやつだな!分かるぞー」

「猪尾少し黙れ」

眉間を押さえながら河内がぼやく。

「皆は関係ないはずだ、俺がやるべき事なんだろ!?」

翔が一歩前に出て神鳴に問い質す。

「貴方一人では駄目だった、だから…そう!仲間を作ればいいのよ!」

正当化するように自分に言い聞かせるように神鳴が答える。

「つまり、どうやっても帰れないの…?」

今まで黙っていた夜間が声を発した。

「貴方達のいた地球は隔絶した場所にあるの、兄弟からの侵攻のないようにね、だから終わるまで帰れない」

「つまり戦いが終われば帰れるんだよな?」

食い気味に翔が確認し、それに神鳴が黙って頷く。希望が少しでもあるという事を聞いて安堵する者、未だに納得のいかない者、不安そうに翔を見る者、その中で安堵していた猪尾がハキハキと嬉しそうに神鳴に手を出しながら聞く。

「じゃあオレらに対抗するための力とか頂戴よ女神様!」

「無いわよ、便利な能力なんて」

一同その言葉に首をかしげ、冷静になった猪尾が怒鳴る。

「チート能力無しで、しかも素手でなんとかしろって言うのかよ!」

チート能力ってなんだよというツッコミを我慢しつつ殴りかかりそうな猪尾を止める。

「落ち着け猪尾、取り敢えず神様だってなんの策も無しに今まで他の俺を戦わせてた訳じゃないだろ!?ないよな!」

「勿論よ、装備は実費だったけど訓練はさせたわ!」

五人全員が絶望する返答が返ってきて再度パニック状態になる。

「全く困った妹だこと」

そんな様子を見かねたのか視界外の上空からふわりと神鳴と同じ金髪の女性が降りてきた。

神鳴がギョっとして身構える。つられて翔達も後退りする。

「安心していいわよ、私は神鳴側だから」

神鳴をつつきながら翔達に笑顔を向ける。

その姿を見て猪尾が頬が緩み女神と讃え、河内が猪尾の頬をつねる。

「不和なのは別の兄弟でね、私は可愛い神鳴のサポート役なのよ、本当よ?能力は渡せないけど武具はプレゼントしてあげる」

神鳴の姉を名乗る者の提案を翔が確認する。

「全員分…ですよね?」

「ええ、勿論」

女性は指で丸を作りウインクする。すぐに神鳴が割って入ってくる。

「どうして急に…どうやってここが…いえ、聞きたい事は山ほどあるけど、兎に角神楽(かぐら)姉さんは余計な事を…」

神楽と呼ばれた女性は神鳴を更につつき答える。

「今回だけだと思ってるのー?あなたの言う以前の翔君の訓練は私がしてたのよ?貴女の秘密も知ってるしお姉ちゃんに分からない事はないのよ」

姉の凄みに神鳴が押し黙る。

「元の世界に帰る為にもお友達共々頑張ってね?」

神楽が指をならし翔達の前に継ぎ接ぎの旅行鞄が出てくる。不思議そうに五人がそれを見つめる。

「ほらさっさと鞄開けて、武器を取り出して」

急かされるままに翔が猪尾に押される形で鞄の前に出される。四人が不安そうに翔と鞄を交互に見る。

「えーい、ままよ」

鞄を開けると中は真っ暗だった。しかし次の瞬間きょとんとした翔目掛けて刀が柄から飛び出して来る。咄嗟に受け止めて呆気にとられていると後ろから「すげえ」だのと感嘆の声がする。

まじまじと翔は刀を観察する。朱色の鞘をした刀でなぜか手にしっくり来る感覚、不思議と重さを感じない事に驚きを隠せないでいると神鳴がなにやら喚いていた。

「ちょっと何時ものと違うじゃない!刀じゃない!」

「そ、そうね…どうしてかしら」

神楽も複雑な表情で不思議そうにしていた。

「えーっと、これでいいんだよな…?」

翔が不安そうに友と神鳴達を交互に見る。神鳴は納得してなさそうだが神楽が激しく頷くと猪尾が翔の隣に歩き出て次は俺の番だと主張する。

「刀とかカッコいいじゃねえか!オレだって!」

いつの間にか閉じていた鞄の口を開けると銀色の持ち手がスッと差し出されて猪尾が嬉しそうに持ち上げる。それは銀一色の手斧だった。

「…いや、斧って、剣じゃないんかーい!」

猪尾が少し残念そうに斧を掲げる。

「なぁ重くないのか?」

翔が尋ねると猪尾もハッとして斧を上下させる。

「重くねぇ!なんだこれ!」

嬉々として手に入った武器を見せつけるように河内に歩み寄りニヤニヤした表情で言う。

「すげぇぞ、カワちゃんは何が出るんだろうねぇ」

「武器だけで喜ぶなよ、あと危ないから振り回すな」

河内は肩の手を振りほどきながら前に出て鞄を開く。今度は長い槍が現れる。それを手に取り河内も少し嬉しそうに槍を振りながら猪尾の所に戻る。猪尾は少し文句を言っているようだった。

「自分だって喜んで振ってるじゃねーか」

西園寺と夜間が一緒に前に出てきて翔に開けていいか聞いてくる。翔が何も言わない神様二人を見てから一歩離れてどうぞと合図する。

西園寺が鞄を開き先端に宝石のような装飾がある杖とも思えるデザインの武器を引き抜く。

「なにこれ?」

本人にはよく分からない武器が出てきたのを見て夜間が説明をする。

「多分杖…じゃなくてメイスっていう鈍器だと思う」

「ど、鈍器ぃ?ちょっとダサくない?」

床に振り下ろす動きをしながら文句を言っている。

「凄く軽いし威力あるのかし…」

ドゴっという鈍い音を立て床に大きな窪みを作る。思いの外強い威力に全員が引きつった笑い声を出す。そして気付いた時には黒姫が鞄から武器を取り出していた。出てきたのは柄に紫の装飾がされていること以外普通な鞘付きのナイフだった。

河内と猪尾が様子を見ようと近づいてきてナイフを見て西園寺と共に憐れみの表情をする。

それぞれの武器を手に持った所で鞄が神楽の元に飛んでいき神鳴と共にそれをキャッチする。

「それぞれの武器の説明は後でしてあげる、それらを持ってまずは私の世界に来て勉強して貰うことにするわ」

ニコリと笑みを浮かべながら指を鳴らして五人の足元に穴を開け五人を無慈悲に落とされる。悲鳴をあげながら落ちる翔達を見送ったあとにわざとらしく神楽が神鳴に言う。

「あ、目的地を伝えてなかったわ…どうしましょう」

「どうしましょう…って姉さんが迎えに行くんでしょ?」

困った顔をして神楽が手を合わせてお願い事をしてくる。

「私向こうでは役目があるから、知ってるでしょ?だから連れてきてー、他の兄弟は手を出してこない中立の世界だから大丈夫よ、ね?」

訝しいと感じながらも神鳴は承諾しまずは姉を見送った。

(今までとは違う事が多すぎる、姉さんを疑ってももう遅いけど何を考えているの…?)


―――


落ちた先で目を覚ました翔は辺りを見渡すも一緒に落ちたはずの友達はいなく刀を片手にポツンと海岸に居た。まさか海に落ちて流れ着いたのか等と一生懸命考えていると不意に背後から呼ばれる。

驚き振り返ると夜間と神鳴が立っていた。

「夜間さん…?と神様?一体何がなにやら」

「神鳴、神様なんかじゃなく名前で呼んで欲しいわ、説明は後でするから起きて頂戴」

服の砂を払いながら立ち上がり何か言おうとすると先に夜間が言葉を発する。

「私も黒姫って名前で呼んで、あんまり名字は好きじゃないから」

恥じらいと戸惑いながらも翔が二人の名前を確認しながら言うとはにかみながら神鳴が歩きながら現状の説明をしてくる。

「よろしい、じゃあちょっと説明するわね、二人以外の三人は別の場所に落ちたみたい…多分姉さんの仕業ね、後で問い質すとして、一緒に姉さんのいる都市まで来て貰うわ」

翔が質問をしようとすると神鳴がピシャリと遮る。

「言いたいことが沢山あるのは分かるけどもう少し説明を聞いて、この世界には…」

海岸から草原に移り神鳴が何かを伝えようとした時に説明より先にその何かが姿を表す。二足歩行する犬の頭をした生物、所謂モンスターであった。

「皆の知らないあんな感じの生物がわんさかいる世界って伝えたかったんだけど、もう必要ないわね」

「い、犬の頭した人?確かコボルトってやつか」

生まれてはじめて邂逅するモンスターに怯え戸惑う二人に鼓舞するように神鳴が声をかける。

「大丈夫、落ち着いて武器で退治すればいいのよ」

「武器をまともに振ったこと無い人間に言うアドバイスじゃないぞ!」

へっぴり腰でツッコミをしつつ覚悟を決めた翔は刀を引き抜きコボルトと間合いを詰める。しかし、此方を警戒していたモンスターだったが武器を抜かれ驚き逃げ出してしまった。

呆気に取られてほっと安堵する翔と黒姫だったが神鳴が気まずそうに二人に嫌な事実を伝える。

「向こうから遠吠えがするわ、群れ意識があるモンスターだと思う、仲間を呼ばれる前に逃げましょう」

モンスターの逃げた方向とは逆に三人は駆け出す。

「こんなんで神鳴の姉さんのとこ辿り着けるのかよー!」

「文句あるなら適当な仕事した姉さんに言ってよね!」

あわただしい中、翔は神鳴に質問を投げ掛ける。

「一旦あの空間に帰って仕切り直しって出来ないのか?そもそもこんな危ない世界でいきなり実戦って危ないだろ!」

翔の質問に神鳴が険しい顔をする。

「二人を戻すには姉に会わないと…」

「何か戦える能力とか無いのか?」

翔が続けざまに質問をする。

「あるけど、戦闘向きじゃないから…」

走り疲れた三人が立ち止まり息を切らしながら黒姫が神鳴に別の質問をする。

「あの…神鳴さんのお姉さんがいる場所ってここからどのくらい遠いのですか?」

一瞬の沈黙のあと神鳴が胸を張り鼻を鳴らして自信ありげに答える。

「大丈夫!姉さんの世界なら事前に調べてあるわ!地理の情報も覚えてるし現在地が解ればすぐよ!」

自信ありげな回答に二人は辺りを見渡して翔が素朴な疑問をぶつける。

「んで、現在地をどうやって知るんだ?民家も見当たらないぞ?」

アワアワと回りを見渡した神鳴がようやっと重要な事に気が付く。

今の場所が気になった後、更に疑問が沸いてくる。

ここから目的地の距離は?

この世界はどんな世界なのか?

翔達は初歩的な事を失念していた事に気付いた。説明責任の洪水に神鳴が泣き出しそうになるがそんな暇もなく先程逃げ出したと思われるコボルトが仲間を引き連れ四匹、翔達に追い付き威嚇するように棍棒を振り回してくる。

「ヤバいな見付かった、武器まで持ってきたぞ…」

刀に手を当て翔は震える脚に喝を入れ一歩前に出る。

「わ、私も戦います!」

黒姫もナイフ片手に横に並び立つ。

交戦の意思を感じ取った先頭にいた一匹が飛び掛かってくる。初めての命のやり取りに立ち向かうように絶叫しながら翔は意図せず居合いの形でコボルトの胴を一刀両断する。

先方がやられたコボルトは翔の気迫に臆したのか後退りしながら唸る。黒姫も小さな悲鳴を上げ両断されたコボルトを見て目の前で起きた出来事に震える。翔が刀を構え殺生の昂りで息も絶え絶えに声に出す。

「掛かってこいやぁ!」

残った三匹が一匹の合図で横に広がりあっという間に翔を囲むように動く。そしてそのままの勢いで一斉に飛び掛かかってくる。翔はすかさず正面の相手に向かっていく。

翔の奮起に感化されたのか側面から狙っていたコボルトを背後から黒姫が深く一突きし、もう一方に神鳴が体当たりをする。

翔がコボルトの首を一撃で切りつけ倒す中で、他の二匹は致命傷に至らず、姿勢を崩した二匹を翔は振り返り見る。突き刺したナイフを振りほどかれて転ぶ黒姫、怒り咆哮と共に棍棒を振り下ろそうとするモンスターに向かい翔は駆け出す。

端から見たら間に合わない距離だったがなぜか翔から見てスローモーションに見え振り下ろす前に到達し背後から一撃を与え倒し、神鳴の方を見る。手を伸ばし此方を見る神鳴の背後に棍棒を振りかざすコボルトの姿が見えた。まだ間に合うと思い走り出そうとする翔を制止する神鳴の声がする。

「来ないで!大丈夫だから!」

瞬間棍棒が振り下ろされ神鳴が地面に叩きつけられる。

黒姫が悲鳴を上げ翔が神鳴の名前を呼びながら走り出す。しかし、異変に気付き脚を止める。獲物を仕留め喜ぶコボルトが突如苦しみだしひっくり返るように倒れ、神鳴の倒れた周りの地面の草が枯れ始める。

「な、なんだ…神鳴?」

危険を感じた翔は神鳴を気に掛けつつ一歩ずつ後ろに下がる。

神鳴の周りの草が一通り枯れると同時に頭から流れた血を拭いながら神鳴がスッと立ち上がりため息をつく。

「よかった、近付かなかったようね…最悪な気分、うぇ」

嘔吐きながら服の土を払い翔達に近付く。

「あぁ、私死なないから…」

「神鳴さん本当に大丈夫ですか?」

三人集まり座り込む。

頭を押さえながら神鳴が説明を始める。

「さっき言ったように私死ねないの、殺しても周りの命吸って蘇るって感じ、それが私の神としての能力って所かしら」

へらへらと笑いながら目は寂しそうに話を続ける。

「後はもう一つ黒姫を庇うために使ったやつ、小さい空間の時間を操作出来ることかしら」

翔はスローモーションになっていた時のことを思い出して納得する。

「凄いじゃないか、どうしてそんな力あるのに兄弟喧嘩を俺なんかに頼るんだ?」

当然の疑問をぶつけるが返事は沈黙だった。

「まぁいいか、こんな修羅場もう勘弁して欲しいもんだ…」

ばつが悪そうにしていた黒姫が翔と神鳴に謝罪する。

「私余計な事しましたよね、ごめんなさい」

落ち込む黒姫に対し慌てて翔がお礼を言う。

「突出しちゃったのは俺だし、謝ることなんかない、助けてくれて二人共ありがとう」

返り血を受け緊張から抜けて震える手を見て翔は苦笑いする。

「普通に学業に勤しんでたのにいきなり喧嘩もまともにしたことないのに修羅場に投げ出されて…最悪な一日だ」

神鳴が最初に会った時と変わって態度を改めて平謝りする。

「ごめんなさい、でもチャンスがあの時しか無かったの…次いつ呼べるか分からなかったし、呼べなければいつ貴方達の世界が発見され侵攻されるか分からなかったから」

精一杯の言葉に翔は立ち上がり神鳴に手を差し出す。

「勝てば帰れる、負けたらやり直し…だっけ?拒否したら日常が崩壊って言うならやるしかないんだよな!」

手を取り神鳴も立ち上がる。

「詳しい事情は今度してくれればいい、今はハチャメチャなお姉さんに会いに行かないとだろ」

神鳴は黙って頷き翔は黒姫にも手を差し出す。

「巻き込んで悪いがもうちょっとだけ我慢してくれな」

理不尽な目に遇いながらも気丈に振る舞う翔の手を取り黒姫も立ち上がる。

「どこに向かえばいいか分からないが取り敢えず歩こう!文明があると良いんだがなぁ」

「あるわよ、少なくとも街も国家も、ロールプレイングゲームって言うんだっけ?そういうものをイメージしてもらった方が判りやすい世界だから」

「あぁ…やっぱりそういう感じなのか。ゲームとかよく知ってるな、モンスター見た時からなんか察してたよ…」

ふふんと自慢げに鼻をならす神鳴を見て翔はため息を吐く。

黒姫がそんな二人に質問する。

「それってどれくらい広い世界なんですか?何日も歩きますか?」

歩き続ける三人に沈黙が流れる。

「おい、神鳴なんか言えよ…気まずいだろ」

「どのくらい歩くかなんて考えてもみなかったわ」

また沈黙、黒姫が次々と嫌な指摘をしていく。

「食事とかどうするんでしょうか?お金は?」

楽観的だった三人はみるみる青ざめていく。

「あー、くそ!やっぱりろくでもねぇ疫病神様だな畜生!考え無しに放り出しやがって!」

「仕方ないじゃない神楽姉さんが補助すると思ってたんだもの!こんな事になるなんて予想してなかったわ!」

口喧嘩を始める二人をなだめるように黒姫が謝る。

「ふ、二人共落ち着いてください…変なこと聞いてごめんなさい」

「黒姫は悪くないぞ、状況整理したらこいつの姉さんが悪いって話だからな、多分」

三人の前に石畳で整備された道が見えてくる。希望が見えた翔と神鳴が目を輝かせ走り出す。それに遅れて慌てて黒姫も走り出す。

「やったわ、これでまずは街を探せそうよ!」

「はぁ、人通りがあれば良かったんだがこっからはまだ見えないな…どっちに行こうか」

翔が道の続く先を眺めて二人に問いかけ、黒姫が片方の道を指差して答える。

「多分こっちの方が街が近いと思います…私達海岸から来ましたが港町みたいなものは見えませんでした。でも海沿いなら港町はあるかなって…」

だんだん自信が無くなり声が小さくなっていく。

「つまりあっちが海側ってことか、戦ったりして方向感覚ぐちゃぐちゃで俺はわかんないや」

「あの…日の位置で何となくは…」

日の位置まで意識してたとは、と二人が驚嘆していると黒姫は恥ずかしそうに何度も「多分ですが…」と呟いていた。

ふと翔の頭にはぐれている三人の事が過り心配になり顔を曇らせる。

(あいつらは俺達より事情を知らないはずだ、無事でいてくれ…)


―――


一方、翔が目を覚ますより少し前、翔達の苦労を全く知らない河内達三人は立派な都市のど真ん中で武器を片手に伸びていた。

城壁とシャボン玉のような膜がドーム状に覆う立派な都市で街行く人々が突如降ってきてそのまま伸びている三人を見て人だかりを作っていた。

ざわめきに気付き最初に目を覚ましたのは河内だった。人だかりに驚きすぐに猪尾を揺さぶり起こす。

「おい、猪尾!起きろ!」

「なんだよ母ちゃん、まだ眠い…って、んん!?」

頭を叩かれゆっくりと体を起こした猪尾は飛び上がる。変なものを見る複数の目に囲まれ恐怖で過呼吸を起こす。更に河内は平静を装いながらもゆっくりと残る西園寺の肩を叩き声をかける。

「おい、西園寺!起きてくれ」

欠伸をしながら西園寺も体を起こし目を擦る。そして恐怖で体を強張らせる。

「ちょっと…なによこれ…眼鏡くん?」

「河内だ…、僕も今起きたばかりで分からない」

三人が背中を合わせて震える中、街の中央の一際大きな建物の方から声が上がる。

「ちょっと道を空けてー」

三人には聞き覚えのある声だった。人をかき分けて前に出てきたのは装いを改めて魔法使いのような姿をした神楽だった。

「皆さん騒がせてごめんなさいね、私の客人なんです」

ニコニコしながら頭を下げそう言うと周りの人は「先生が言うなら…」等と呟きながら解散していく。

「ちょっとずれちゃったみたいね、ごめんなさいね」

手を合わせてわざとらしく謝る。三人は呆気にとられてその様子を見ていると神楽が腰に手を当て自己紹介を始める。

「カグラ先生って気軽に呼んでね、ここはそういう所だから、まぁ説明は後、取り敢えず着いてきて」

マイペースに飲み込まれそうになるところを堪えて河内が翔達の事を尋ねる。

「翔はどこなんですか?」

「黒姫もよ、いないんだけど?」

西園寺がハッとして合わせて尋ねる。

「手違いで別の場所に落ちたみたいね、大丈夫!二人には多分神鳴がいるから!」

多分というところが異様に小さな声になっていたがしっかり聞こえていた。不安になりながらも立ち上がり黙って神楽に着いていく三人に歩きながら神楽が説明をする。

「ここは私の管理する世界のある種の中心、永世中立の魔法都市よ」

「西洋風の建物!魔法!すげぇ、まじもんの!」

猪尾が突然謎の言葉に河内が聞き返そうとすると西園寺が先にツッコミをする。

「バカね、なんでそんな嬉しそうなのよ」

「だってよ、異世界だぜ、オレこういう世界憧れてたんだよなぁ」

楽観的な発言に河内がため息をつく。


神楽が中央の建物の玄関口で三人を歓迎する。

「ようこそ魔法学校ジャニアスへ、まぁ生徒じゃないからうろちょろしないでね?」

猪尾は尚も喜びキョロキョロと辺りを観察している。

「この世界ではいくつもの国家があるんだけど魔法技術だけは共有財産として学校を中心に中立都市として作られたの、まぁそういう世界設計な訳、三人は私の研究棟の元で一時的に生活してもらうわ」

話の途中に黒いローブをの男性が神楽を呼び止め一行が立ち止まる。

「ちょっといいか神楽…」

聞き耳を立てようとする河内達に教師と思える年齢の男性は三人をチラッと見て笑顔を向けてくる。三人は愛想笑いを返しサッと姿勢を正す。

「じゃあ、お願いね」

「ああ任せてくれ、しかし全く…」

男はぶつくさと愚痴を呟きながら去っていく、神楽は三人を振り返って男について説明する。

「彼は私の部下?同僚?まぁそんなとこよ、あんまり気にしないでね…さぁこっちよ」

しばらく歩き神楽の私室に到着する。

「彼に迎えに行かせたから今日のうちに到着するはずよ、部屋を用意するから待っててね」

三人は大人しく部屋に入った。


―――


現在地を把握しようと歩く翔達、民家の影すらも見えない中無言で歩き続けていた。疲労の様子が見える表情の女性二人を気遣い翔は休むかどうか提案していた。

「二人とも大丈夫か?少し休もう」

「きっと、もうちょっとで街に着くわ休むのはそれからよ」

そんな翔の気遣いをはねのけ神鳴は強がる。

「私も頑張ります」

黒姫もそう言って微笑む。

「ならもう少し頑張ろう、キツくなったら言ってくれよ?」

二人は静かに頷いた。

殺風景な草原が続く中で微かに海の匂いに三人は活気付く。更に家屋の屋根も見えてくる。黒姫が自分の案で路頭に迷わなくて済んだ事に安堵していると自分の役目が来たことに喜んだ神鳴が駆け出す。

「おい、危ないぞー!」

その様子を心配するも安心で気を緩めた翔が笑いながら注意する。走る神鳴の前に一陣の風と共にローブに顔が確認できない程目深くフードを被った何者かが突然現れて鳩尾に神鳴の頭突きを放ち男の声で苦痛の呻き声を上げながら蹲る。

神鳴が男の顔を覗き込み追い打ちをかけるように「不審者!」と叫びながら顔を殴る。それに驚いた翔が男に駆け寄り神鳴の頭を押さえながら謝罪する。

男はフードを外して鋭い目付きの不機嫌な顔をしながらも自分の不注意を謝ってくる。

「神楽の使いで君達を迎えに来た、断じて不審者じゃないからな!」

神鳴を睨みながら要件を伝えた。不審者と呼ばれた事に不機嫌になっていたようだ。

黒姫が遅れて追い付いて頭を下げた後に男を見て首を傾げる。姉の使いと聞いて神鳴は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

「姉さんの使いなら悪いのは姉さんなんだから殴られても文句言わないでね」

「出来れば文句も拳もその姉さんにぶつけて貰いたいもんだ」

男はため息混じりに立ち上がり自己紹介を始める。

「アキトだ、先生やってる神楽の助手と言っても二人にはよく分からんだろうが」

アキトと名乗った男は腰から小瓶を取り出して割れてないのを確認してからグイッと中身をイッキ飲みする。

「すぐに連れて行けるがどうする?もう少し旅行気分満喫するか?」

アキトは三人の汚れた姿を見てニヤリと笑う。修羅場を味わっていた三人は首を横に振りすぐに連れていって欲しいと懇願する。

「なら捕まれ、手は二本しかないからな神鳴は背中にしがみつけ、飛ぶぞ!」

三人がそれぞれアキトに捕まる。アキトが呪文のような事を呟きながら地面を蹴ると風景が溶けるようにスライドしていく。急な突風で翔は目を瞑り、気付けば森に囲まれた場所で立派な城壁と色んな紋章が刻まれた門が目に入ってくる。

翔と黒姫がその荘厳な雰囲気に圧倒されていると神鳴がアキトの脚を蹴る。

「なんっ!急に何する!?」

「後で話があるわ」

喧嘩してるのかと翔と黒姫がアワアワとしていると門番がやってくる。

「お早いお帰りで、その方々が客人でしょうか?」

「ああ、そうだ三人…通して貰えるよな?」

門番はアキトに敬礼して開門の準備に取り掛かる中でアキトは空いた時間に翔と黒姫の二人に魔法都市と魔法学校の説明をする。

「ああ、そういえば既に神楽のとこに三人到着してたな」

思い出したかのように河内達の話をされ二人は揃って「良かった」と呟きと共に安堵息を吐き出す。

大きな音と共に門が開き美しい街並みと大きな建物が目に写る。久方ぶりに感じる街の営みを前に緊張の糸が切れた二人は地面に倒れて気絶してしまった。

「おいおい、マジかよ」

倒れた二人に駆け寄りアキトは頭を掻く。

「俺がコイツ、神鳴はその子を頼む」

「いや、無茶振りしないでよね…」

体の大きさを考慮して欲しいと呆れながらも黒姫の体を起こしてどう運ぶか思案していた所に颯爽と白衣の女性が現れる。

「ひひ、門が開いたから何事かと思ったら厄介事?アキトくん?」

「運ぶの手伝ってくれ、神楽の客人だ」

嫌なやつに会ったと言いたげに苦笑いしながら黒姫を運ぶのをお願いする。ニヤニヤしながら女性は了承して一行は学校目指して歩き出す。


―――


次に翔が目を覚ました場所はベッドの上で見知らぬ天井が目に入ってきた。窓の外は暗くもう夜になっていたようだ。その様子に気付いた河内の声が翔の耳に届く。

「大変な目に遇ったんだってな、大体事情は聞いたぞ」

「河内ぃ、本当に無事だったんだな」

半泣きになりながら再会を喜んでいたのも束の間、河内に急かされ神楽の元へと案内される。

学校内は神秘的な雰囲気で明かりは蝋燭だけのように見えるが妙に明るい。廊下を行き交うローブを着た色んな年齢の人々はすれ違う始めてみる変な格好の二人に好奇な目を向ける。それを無視して神楽の部屋と思われる部屋に入る。案内された先で猪尾と合流する。まだ神楽はいないようだが興奮冷めやらぬ雰囲気の猪尾が翔に近寄ってくる。

「夜間はまだ寝てるみたいだ、西園寺が付いてるから安心しろよ!大変だったらしいな女神さんが大体教えてくれたぜ、カッコいい活躍だったんだろ!?」

猪尾が肘でぐいぐいとつついてくる。しかし浮かれる猪尾と対象的に戦いを思い出して翔が暗い顔をする。

「害虫潰すのとは訳が違うんだ…なんていうか喜べねぇよ」

ため息をつく翔を気遣うように部屋の外からアキトが声をかけてくる。

「まぁお前のやらなきゃいけない目標の為にも戦うことには慣れろ、ただ殺すことに慣れるな…今のところアドバイスできるのはこれくらいだ、…ほれ」

アキトは翔の刀を軽く投げ渡してくる。

「ちょいと返り血で汚れてたからな手入れしといたぞ、大事にしろよ」

去っていく姿を見て猪尾が憧れるような視線で見送っている。

「ああいうクールな雰囲気って憧れるよなぁ!オレもあんな感じになりてぇ」

その言葉に翔も河内も首を横に振り「お前には無理だ」とキッパリ否定する。するとタイミングよく黒姫と西園寺が部屋に来てその後ろから白衣の女性と神楽が入ってくる。

男子組を見て西園寺も黒姫も手を降る。神楽は全員揃っているのを確認して笑顔になる。

「御待たせ、皆揃ってるわね」

白衣の女性はその言葉を聞いて満足そうにし神楽に別れを告げる。

「ひひ、じゃあねカグラ先生」

「ありがとねシュメイラ、いつかお礼するわ」

ニヤニヤしながらシュメイラと呼ばれた女性は背中越しに手を降りながら去っていった。

神楽は部屋の奥にある書類の束の乗った机に向かって行き椅子に腰掛ける。

「それじゃあ何から話して欲しいかしら?」

ニコニコ表情で五人に質問してくる神楽に全員何を聞けばいいか戸惑っていると黒姫が最初に質問をした。

「この世界はなんですか?地球とは違うし…でも言葉は通じる…その、変です」

翔と河内は確かにと相づちを打つ。

「この世界、いえ星の名前はテセラ、まぁ翔君達にとっては通過点、主戦場じゃないから気にしなくていいわよ、言葉が通じるのは神である私が作ったからよ、神が言葉の通じない世界作ると思う?いるなら相当なひねくれものね」

神楽は皮肉たっぷりに笑い次に河内が尋ねる。

「僕らは何をすればいいんだ?」

「好きにしていいと思うわよ、戦いに身を投じるのも逃げるのも」

突然の言葉に一同困惑する。

「元の世界、元の生活に戻りたければ頑張るしかないけどね?」

「敵はどんな奴等なんだ?」

翔は帰れる可能性を信じ質問をする。

「私や神鳴と同じそれぞれの世界を担う神様よ、兄弟とは言っても姿は変えられるから分からないわ、私は人が好きだからこういう姿だけど」

少し答えづらそうに、はぐらかすように答える。

「能力とかは?」

「知らないわ、神鳴の不死は知られてるけどね」

不死の話はどうやら聞いていなかった河内達は驚きの表情をする。

「お陰さまで本人は殺さず世界を破壊するように兄弟が動いていて秘匿された貴方達の世界を探している訳ね、今のところ無事みたいだけど」

破壊という物騒な発言に五人がまた驚き猪尾が震えながら呟く。

「逃げたらいずれ地球ぶっ壊されるってか…ウソだろ…」

その言葉に西園寺が頭をおさえてヒステリックに愚痴る。

「もう最悪、巻き込まれた上にスッゴい嫌な話聞かされて、本当なら今頃家で母さんの料理食べてさ、占いなんて聞かなきゃ今頃!…あ」

西園寺が黒姫に目を向けてすぐに謝る。

「ごめん、黒姫を悪くいった訳じゃなくてね…」

ポカンとする翔と猪尾だったが何か知ってるのかばつの悪そうな河内にどういう事か尋ねる。河内は女子に聞こえないように小声で二人に言う。

「夜間って占いが好きみたいでクラスの女子でよくわーきゃーやってたんだよ、この前見たんだ、多分巻き込まれたのもその占いの結果だったんだろうな…」

成る程と猪尾が頷いている中で神楽が淡々と他に質問は?と問いかけてくる。気まずい雰囲気を払拭しようと翔がアキトから渡された刀を握りしめて質問する。

「どうすれば強くなって…戦えるようになれますか?」

翔の質問で五人全員が顔を強張らせ返答を待つ。

「どう強くなりたい?それぞれの意志があるはずだから後で一人一人聞くわ、共通して皆には渡した武器の使い方を知って貰う必要があるけどね」

そう言って翔の刀を指差す。

「皆が持ってる武器は普通のモノではないは、この学校で調整した特別製でね、使い方は明日教えて上げる」

神楽の明日という言葉に気が抜ける。

「今日は食事にして後で個々に話してまた明日、お腹空いちゃったわー」

マイペースな食事の提案に全員のお腹が鳴る。

神楽が立ち上がり食堂に案内すると神楽を先頭に皆出て行く中で翔は両親を思い出す。ポケットにいつの間にか壊れた携帯を手に取りため息を吐く。

(急だったとはいえ結局母さんに連絡出来なかったな…明日には大騒ぎになってるんじゃないか?)

翔も遅れないように皆に着いてく…


その頃、教室棟の屋上で神鳴が夜景を眺めている所にアキトがやってくる。

「神鳴、話ってなんだ?」

神鳴にゆっくり歩み寄るアキトを神鳴が睨む。

「芝居はやめて欲しいわ、いくつ前のなの?」

「いくつ前の?何を…」

真面目な顔をする神鳴を見てアキトは降参するように手を上げて答える。

「何度もリセットしたのはそっちだ、何人目かだなんて知らないさ」

「やっぱり翔なのね」

アキトは髪をくしゃっとして今の翔と同じ形にする。

「まぁ逃げた存在だ、忘れてくれ…今はアキトだ」

前髪を戻しながら神鳴の横に立ち夜景を眺める。

「ずっと姉さんのとこで?」

「まぁな…あ、聞いたぞ前の俺はあとちょっとだったんだって?」

アキトは話題が無く無理やり思い付いたことを聞く。

「ダメよ、奴は斬ってもすぐに傷が塞がって…まるで…」

「お前みたいにか、なるほどな…」

アキトは夜景に背を向け神鳴に一つ提案する。

「勝てないなら逃げてもいいじゃないか…お前の世界って思ってる以上に強いんじゃないか?この世界に生きてる人を見てそう思うようになったよ」

皆を解放して世界の人々に命運を託す、そんな話だった。

「俺が…翔が毎回選ばれる理由は知らないが…一人を毎回犠牲にするのはおかしいと思わないか?」

「彼を選ぶ理由ね…あなたは知りたい?」

悲しそうな目を見てアキトはなにかを察して断る。

「本人にその話をしてやれ、俺にはその権利はないさ」

しばらくの沈黙の後にアキトはその場を離れて呟く。

「今まで仲間なんて居なかった…もしかしたら今回は何かが変わるかもしれないな、運命もお前も…」

自分の孤独の境遇を笑った後に神鳴の方を振り向く。

「そろそろ飯の時間だ、お前も食うだろ?行くぞ」

深いため息をして神鳴はアキトに着いていく。

先ほどまでの会話は忘れて話題は食事の内容になっていた。


広いホールにいくつものテーブルと長椅子が規則的に並んでいる。

神楽が給仕係に説明して六人分の料理を用意してもらい同じテーブルにつく。相変わらず西園寺と黒姫は気まずそうにしていた。気をつかうように男子も無言で配膳された食事を見る。

(多分地球でいうパンとスープとサラダ、健康的だけど肉が欲しいな…)

翔が苦笑いするがどうやら猪尾もそう感じたらしく物足りなそうな顔をして言った。

「なんていうか質素だぜ…」

隣に座る河内が肘で猪尾を小突く。

「ただでありつける飯にしては豪勢だろう、文句言うな」

ちょうどそんなタイミングで神鳴とアキトがやってくる。

「ふっ、えらく質素な晩飯だな」

皆の皿の上を見てアキトが呟き二人が一緒にいるのを見て色々と察した神楽が茶化すようにアキトに同じ席に座るように言う。

「カグラ先生と違って栄養欲しいんでな、もう少し盛らせて貰うとするさ」

アキトは挑発するように含み笑いをして肉の乗ったオーダーをして離れた席に向かう。その様子を見て少し羨ましそうに猪尾が呟く。

「あいつ絶対友達とかいないぜ…陰険ヤローだ」

「クールで格好いいんじゃないのか?手のひら返し凄いな」

河内が呆れた目で猪尾を見た。

神鳴は翔達と同じ質素な料理を持って翔達と同じテーブルにつく。

「私基準で頼んじゃってごめんなさいねー、次からはもう少しちゃんとしたのお願いするわ」

(もっとじゃなくてもう少しなんだ)とその場にいた全員が思った。


―――


あまり会話もなく食事を終えて神楽に個々の戦い方の希望を聞かれていた。話しにくいこともあるだろうと部屋に一度戻され一人一人別々に呼ばれることになり翔は最後に回された。

先に各々胸に秘めた希望を吐露し少しスッキリした顔をして戻ってきていた。(みんなはどんな希望を出したんだろうか、俺はどうすればいいんだろうか…)順番が進むにつれてそんな考えが頭のなかを何度も行き来する。

食事の時まで気まずそうだった西園寺と黒姫は思いの丈を話した後なのか今後の事を話すくらいには関係改善していた。

四人目の猪尾が戻って来ると翔はスッと立ち上がり神楽の私室を目指す。

皆の様子を見て尚落ち着けない翔は何が待っているのか不安になりながら扉をノックする。

「入ってくれ」

想定外の声に驚きながらも扉を開け中に入る。部屋の中でアキトが仁王立ちしていた。

「他の面子は希望と適正を聞いてたがお前は俺と稽古だ、決定事項なんで反論は無しだ」

机の方から神楽と神鳴が苦笑いしながら翔を見ていた。

「俺だけ?希望とか無し?」

「無しではないが俺に合わせた方がいいぞ」

アキトはそう言って木刀を振り翔の首もとでピタリと止める。ビクリと翔は体を強張らせ冷や汗を垂らす。喧嘩腰のアキトを見て遠目に見てた二人はひそひそと会話する。

「神鳴、やっぱりダメじゃないかしら?彼はあまり良くないわよ?」

「アキト直々言われたら試したいじゃない?」

二人の声が聞こえたアキトは木刀を肩に置き笑いながら答える。

「安心しろって、理解してるつもりだから」

なんのことか分からないわ翔は首を傾げながら尋ねる。

「今日会ったばかりの俺の何がわかるんだよ!?」

アキトは口に手を当てて何か思い付いたように答える。

「武器を見て思った、刀なら任せろって事だ」

また奥の二人がひそひそと話す。

「翔は剣の予定、今までもそう、アキトもそうでしょ?」

「実は彼ね剣捨てて刀使ってるのよ」

神楽の回答に大きな声で「はぁ!?」と神鳴は怒鳴る。

ヒートアップした会話が翔達にも聞こえてくる。

「だって姉さん毎回剣って言ってたじゃない!」

「彼が自分から刀選んだんだもん!刀剣類だったらなんでもいいでしょ!もう!」

アキトがじとっとした目で二人を見て注意する。

「うるさいぞ、喧嘩するなら後でしてくれ」

借りてきた猫のように二人は一つ返事で大人しくなる。

「そういう訳だ、明日から宜しくな」

ニヤッとするアキトにそれなりの恐怖を感じつつ翔は神楽に武器について質問する。

「これの正しい使い方とかもアキトさんから?」

「そうね、お願いできるかしら?」

「わかったが先に基礎訓練だな、以上戻って寝ろ」

冷たくあしらうように翔は帰らされる。

扉を出ると部家の中で言い争いが聞こえるがそんな事より明日以降の事を思うとひどく疲れた翔は部屋に戻ることにした。

(最初は軽い人かと思ってたけど凄く怖い人なんだなぁ、気が滅入る…)


部屋に戻ると既に河内も猪尾もベッドに入っていた。

ひどく憔悴した様子で戻ってきた翔を見て眠れていなかった黒姫が声をかけてくる。

「浜松君、大丈夫?」

大丈夫と手でジェスチャーすると黒姫は今日のことを振り返り感謝してくる。

「今日は危ないところを助けてくれて…本当にありがとう」

そして西園寺について聞いてもいないのに説明してくる。

「私、放課後教室で西園寺さんを占って…あの時遊ぶ話ししてた浜松君達を追えば凄い出会いがあるって結果が出てね…その」

言葉に詰まりながら泣きながら少しずつ話していく。

「私だけだったらこんな苦しい思いしなくて…」

どうやらまだ黒姫と西園寺はちゃんと和解していないようだった。翔はどう励まそうかと頭を掻き黒姫の肩に手を当て勇気づけるように言う。

「神様の都合で選ばれた俺に巻き込まれたんだ、俺が頑張って皆元の世界に帰せるように、その…頑張るさ、約束だ」

先の見えない戦いに向けて決意を新たにする。それを聞いて黒姫は涙を拭き首を縦に降る。

「もう寝よう、明日も早い…と思う」

まだ色々と自信はないがなんとかなると気合いを入れながら翔は就寝する。


翌日、五人が寝る部屋にアキトが勢いよく入ってくる。

「寝坊助ども起きろー」

何事だと猪尾以外の四人が飛び起きアキトに視線が向く。未だに眠る猪尾を河内が枕を投げる。寝惚けながらも体を起こして周りを見渡し猪尾がため息をつく。

「やっぱり夢じゃねーよな…」

その一言で雰囲気が一気に暗くなるがそこでアキトが一喝する。

「ここで勉学勤しんでるヤツは実家から離れたここで生活してんだ!何ホームシックになってやがる!諦めてお前らも彼らに習ってこい!」

アキトの気迫に五人はいそいそとベッドから這い出てビシッと姿勢を正す。

「まて、そっちの箪笥の服に着替えろ、いつまでも奇抜な格好じゃまずいだろ、今の服の洗濯は男子は俺が女子は神鳴にやらせるからな、さっさとする!」

一瞬の沈黙の後西園寺が吼える。

「着替えは男子女子別でやるわ!男子は出てけ!」

翔達は部屋を追い出される。その後アキトが顔に青タンを作って摘まみ出される。

「男子って言うから俺は含めないものだと…」

アホな言い訳に男子三人がアキトを蹴る。

しばらくして二人が出てくる。アキトは「サイテー」「スケベ」と二人からなじられ翔達も激しく頷く。「変態だな」「デリカシーないな」と猪尾と河内に言われる。翔はこれからの訓練が怖くて何も言えなかった。


―――


朝食を済ませてそれぞれの受けるべき授業に向かっていく中、アキトに中庭の一つに連れてこられる。

「ここらでいいだろう、刀は置いてコレを使え」

翔の刀と同じくらいのサイズの木刀を渡される。

「まずは基本動作、型とかは教えないから取り敢えず打ち込んでこい」

アキトも木刀を持ち手をクイクイと合図する。翔は軽く素振りをしてから黙ってアキトに一撃打ち込む。

乾いた衝撃音が響く、不動で翔の一撃をアキトが受け止め逆に翔がバランスを崩す。

「気迫はあるな、立て、休まず来い!」

余裕な顔をするアキトを見て翔はすぐに姿勢を立て直して掛け声をあげながら再度打ち込む。バシッと激しい音が響くがまた翔だけ姿勢が崩れる。

「説明はしない!体で覚えろ、今のままだとすぐに斬られるぞ!」

そうこうして何十回も同じ事をしていると息を切らしながらも打ち込みをする様子を神鳴が物陰から見ていた。

(本当に効果あるのかしら、あんな破れかぶれなモノより型を覚えた方がいいと思うんだけど)

翔が疲れで動きが鈍ってきたタイミングでアキトが休憩を切り出す。

「よし、休憩しろ、息が整ったらまたやるぞ」

翔は膝に手を当て呼吸を整えるようにゆっくりと空気を吸って吐くを繰り返す。疲れを見せる翔にアキトが問い掛ける。

「どうしてバランスを崩すか分かるか?」

翔は顔を上げて答える。

「重心のコントロール…だと思います」

「そうだ、慣れていない動きに体を上手くコントロール出来ていない、圧倒的な経験不足だ」

当たり前だと言いたげな顔をする翔を見てアキトは笑みを浮かべる。

「皆を元の世界に帰れるように頑張る…願いが叶うのはいつになるかな」

挑発するように昨夜の台詞を言われ翔の中で何かプッツリと切れ、一段と激しい一撃を打ち込む。余裕だったアキトの顔が真面目なものになり姿勢を崩さずに何度も打ち込んでくるようになった翔の攻撃を受け続ける。

急に激しくなった打ち込み音にギャラリーが出来はじめる。

「やればできるじゃないか、やはり感情の触れ幅か」

それでもまだ余裕で受けきっているアキトを見て神鳴も冷や汗を流す。

(なんであんなに強者感あるのよ…逃げたクセに)

姿勢を崩さなくなった翔を見てアキトは次の段階に行くぞと声をかけ、翔の木刀にぶつけるように木刀を振るとまた大きい衝撃音と共に翔が宙を舞う。数メートルほど飛んで地面にぶつかり翔はふらふらと立ち上がる。

「落ち着いたか?キツかったら言えよ?」

余裕な表情に苛々を隠しきれない翔は地面を蹴って突進して再び激しく木刀がぶつかり翔が押し負け後方に飛ぶ。何度も繰り返し次第に打ち合う度に弾かれる飛距離が短くなり遂に翔がアキトの一撃を受けきる。

「やるな、もう耐えれるようになるなんてな」

アキトは翔の一撃を避けて距離を置く。その光景にギャラリーの歓声に気付き翔が我に返る。

「成長は素晴らしいが感情のコントロールも覚えないとだな」

「あんたに…何が…分かるってんだ…」

息も絶え絶えに木刀を構える翔を見てアキトが木刀を下げる。

「今は休め、十分頑張った」

翔は怒りながらも足を震わせて膝をつく。それでも木刀を杖代わりに立ち上がろうとする翔を見てアキトはため息をつく。

「無理するな、それ以上は体壊れるぞ」

「強くなるんだ…」

翔の精一杯の言葉を聞いてアキトはアドバイスを出す。

「ローマは一日にしてならず、焦るな」

「っは、その諺…この世界にもあるのか?」

アキトがしまったと返答に困っていると神鳴が見かねて二人の間に割って入る。

「見てたわ、頑張ったんだから今日は休みましょう」

「あ、おい!まだ日は高いんだ、飯食ったら再開だぞ」

勝手に今日は終わらせるなとアキトが呼び止めるが神鳴と翔は行ってしまった。一人残されたアキトは休み時間利用して見学してた生徒達を散らせるように一喝する。

「そこの連中!見せ物じゃねぇぞ、さっさと授業に戻れ!」

ぞろぞろと出来ていた人だかりは解散していく。カグラ先生の助手として働いてた気だるそうな男が実はバリバリの肉体派の凄いヤツだと言う噂は一夜にして広まったのはまた別の話…


食堂で先にいた友人達と合流したがぼろぼろの翔を見て全員が引いていた。

「おま!?なんだその格好」

「どんな荒行したんだ?」

男子は半笑いになる。西園寺は呆れ顔をして黒姫は心配そうな顔を向けてくる。

「大丈夫、ちょっと頑張りすぎただけだ…それより皆はどうなんだ?」

猪尾が親指立てて問題無いアピールする。

「魔法学校って聞いてたけど意外と他の武術とかもしっかりしててさ、新鮮だったぜ」

どうやら猪尾はバリバリの肉体派な道を選んだらしい。

「僕らは神楽さんの言う話じゃ魔法は簡単には扱えないらしいからな、まぁ西園寺は勉強してるみたいだが」

ガツガツ食べる猪尾を尻目に河内が重要そうな事を口走る。

「勉強しても魔法使えないのか…?」

「いや、使えるようになるけど難しいらしい、ほら僕らの世界って元々そういうのとは縁深くないだろ?」

確かにと思いながら翔も少しずつ食事を喉の奥に流し込む。

「でも聞いてみたらニュアンスでなんとかなると思うのよね!イメージっていうの?」

西園寺が楽しそうに力説しようとしてくるが河内が止める。

「魔法より科学の方が理解しやすいだろ…僕はシュメイラ先生のとこで科学式の魔法、午後は槍使うために騎士の訓練」

「魔法学校とか言うけど騎士道とかあって万能で本当この世界の中心ってやつだな」

猪尾が口の中のご飯を飲み込みへらへらと笑う。一人黙って聞いていた黒姫に自然と視線が集まる。

「わ、私?…神楽先生のとこで精霊魔法を…」

「へぇー、どんなものなの?」

あまり視線が集中するのに慣れていないのか言葉をゆっくり選びながら黒姫が答える。

「えっと、精霊って言っても…付喪神みたいなもので…それを使役して戦ったりサポートしたりするの」

黒姫の言葉を聞き翔達は渡された武器を思い出す。

「なるほど、神楽さんはそれで武器は特別製って言ってたのか」

河内が納得したように呟く。状況を呑み込めていなかったのは猪尾だけだった。皆の様子をひとしきり聞いた翔は安堵し笑う。

「取り敢えず皆問題無さそうで良かった」

「いや、お前は問題ありそうなんだが?」

河内はぼろぼろの翔を見て呆れる。翔は空元気に大丈夫と皆に伝え食事を済ませる。

夜までまた鍛錬かと思っていたがアキトがやってきてそっちは中止だと伝えられる。

「悪いな、用事ができた。神楽んとこで先に精霊術を学んでこい。明日までには戻る」

そう言ってアキトは学校を出て街の方へと向かっていった。仕方なく翔は黒姫と共に神楽の授業を受けに行く。なぜか神鳴も一緒にいた。

「そろそろ神鳴は帰るべきじゃないか?狙われてるんだろ?」

翔は鼻歌混じりにご機嫌な神鳴に気になっていた事を尋ねる。

「ひどい!私だって一人で居たら寂しいのよ?それに不死だし狙われても多少なら大丈夫よ」

神鳴のご機嫌に水を差す言動を翔は謝る。

「姉さんが管理放り投げて先生として人と関わる理由がなんとなく分かったわ、話し相手って大事ね」

うんうんと神鳴は頭を振る。彼女の中の一つ謎が氷解したようだ。その様子を黒姫はニコニコと見守っていた。

黒姫の案内で精霊学の教室に到着して三人は中に入る。


授業を受けたものの翔は全く理解できず冷や汗を流しながら講義を聞いていた。

(全くわからん、感覚でとかそういうもんじゃねぇなこれ…専門用語とか全く頭に入ってこねぇ!)

この世界の基本的な知識もない翔には苦痛でしかなかった。

左右をチラチラと見ると黒姫は独自にメモを取りながら少しずつ理解しようとして、神鳴は爆睡していた。他の生徒達も反応は十人十色で翔は授業参観に来た誰かの親のように一歩引いた視点で辺りを観察していた。

(異世界でも座学なんてわちゃわちゃするもんなんだなぁ、お喋りしてたり居眠りしてたり、やっぱり目立つんだなああいうの…)

翔は授業より人間観察に夢中になっていると不意に神楽と目が合う。ヤバいと感じて目線を逸らそうとするも無慈悲にも翔は直々に指名を受ける。

「それじゃあそこの編入生君に実践してもらおうかしら?」

完全に話を聞いていなかった翔は顔面蒼白になりながらも教室全体の視線を集めることになった。ひきつった顔を見て神楽は悪戯に笑う。

「あの刀持ってきてるかしら?それを持って前に来なさい」

にこやかな表情だが妙にプレッシャーを感じる雰囲気である。お喋りしていた生徒も居眠りしていた生徒も緊張で固まっている。神鳴を除いて…

逃げられそうに無いことを悟った翔は覚悟を決めて刀を持って教壇に立つ。緊張する翔に神楽は優しく何をすべきか伝える。

「目を瞑り道具の声を聞き出すの、さぁ集中して」

出来なきゃ誤魔化せばいいと腹をくくり翔は言われた通り目を瞑る。

「貴方の手にある道具の形をイメージして、貴方の中でイメージが次第に声を発する精霊の形になるわ」

そんな馬鹿なと思いながらも言われた通り刀をイメージする。刹那、翔の持つ刀が熱をもったように感じる。イメージも合わせて炎が翔の周囲を囲んでいく。すっかり誤魔化すなんて考えはなくなり熱を帯びた刀から鬼が飛び出す感覚を受け驚き声を上げて尻餅をつく。突然の尻餅で周囲からどっと笑いが上がる。

恥ずかしさと何が起こったのかという混乱で言葉を失っている翔に神楽が声をかける。

「ふふ、その様子…見えたのね?」

「はい、見えました…俺を取り囲む炎と鬼のような…」

不意に神楽が懐かしいモノを見るように刀に視線を移す。

「良かった、センスはあるみたいね」

すぐに表情を戻し転んだままの翔を茶化すようにウインクする。

「席に戻りなさい、あとお隣の寝坊助さんを起こしといてね」

翔は刀を見つめながら席に戻ると神鳴をつつき起こすも教壇での経験があまりの衝撃に結局授業は頭に入ってこなかった。


暗い森の中、幾つもの霜の付いた木のモンスターの死体の転がる中でアキトは刀を納め瀕死の紫色の肌の男に詰め寄る。

「へ、へへ…シンラ様からの伝言だ、裏切り者も…この世界も消すことにしたってな…」

「言いたいことはそれだけか?」

アキトが青く光る刀に手を当てると男は笑いながら絶命した。

「時間は思ったよりも少なそうだな…」

アキトは小瓶の中を飲みながら呟き天を仰いだ。


―――


夕御飯を済ませ一同は神楽の私室に来ていた。武器の使い方を教わるためだ。その場にはアキトも戻ってきて参加していた。

先刻の戦いについて敵の伝言をアキトが耳打ちで伝えた後、神楽の顔も真剣になっていた。

「昨日貴方達の武器は特別と伝えたわね?翔は既に感じ取ったと思うけれどその武器には強い精霊が宿っているわ」

全員が各々の武器を見つめる。

「アキト、貴方のを見せてあげて」

アキトは黙って頷くと青い刀を翔達に見せる。その瞬間急に寒気が走り全員が身を縮こませる。冷たい風が吹き抜けたと思うと五人の前に白い着物に透き通った羽衣をつけた雪女が現れる。挨拶するように息を吹き掛けるような動きをする。また一段と気温が下がったように感じる。

「こいつは氷雨(ひさめ)…おい悪戯はよせ」

精霊には個別に名前まであるようだ。周りを冷やしてクスクス笑う雪女をアキトが注意するとスーっと消えてしまった。

「見ての通り氷の精霊だ、まぁお前達の感覚で言うなら雪女か」

アキトの様子を見て四人は凄いものをみて喜んでいた。翔だけは授業で感じた鬼を思い出し不安になっていた。

「そうだ翔、コントロール出来なければ諸刃の剣、不安ならやめておけ」

突き放すようにアキトは話す。その言葉に他の皆も不安になる。

「諸刃の剣って具体的にどうなるんですか?」

河内が恐る恐る尋ねる。

「この氷雨の場合周囲を凍らせ続ける…下手すれば死ぬぞ、まぁ精霊の性質にもよるが好き勝手に暴れるということだ」

全員が自信を無くしていく、失敗すれば命の危機かもしれないという恐怖に挑戦への二の足を踏む。

「まだ早かったわね…ごめんなさい」

神楽は残念そうに呟く。

「勇気と蛮勇は違う、自分を見つめて思い止まれる事は悪いことじゃない…だが時間は少ない近いうちに挑戦する覚悟を決めてくれ」

時間が少ないという言葉にプレッシャーを感じつつ今日は解散することになった。


皆無言のまま寝室に戻り自分達の武器を見つめていた。

「武器は武器…別に特殊な力なんて…」

西園寺が弱々しく皆に語りかける。

「そ、そうだよな!」

猪尾が話に乗るが河内が否定する。

「アキトさんの氷雨だっけ?凄い威圧感あった…あの力無ければ僕らは普通の一般人レベル、いやそれ以下だろ?」

気まずい沈黙が流れる。

「必ず使いこなして越えてみせる」

アキトの冷ややかな目を思い出し翔は奮起する。

「なんか燃えてらぁ、オレにはそんな覚悟できねぇや」

「翔…頭に血が登りすぎないようにな」

河内も猪尾も翔の並々ならぬ気合いの入りように心配の声を出す。黒姫は黙って四人の会話を聞いていた。結局どうするかの結論を出せずに就寝した五人であった。


翌日、朝の挨拶をしに神鳴がやってくる。

「おはよー!起きろー!」

ムクッと五人は体を起こしていつの間にか用意されていたカーテンで仕切りを作って着替えを行う。どうやらアキトが気を利かせて神楽に用意させたらしい。

神鳴が四人に拙い日本語の文字でメモした予定表を渡して翔をアキトのもとに連れていく。

「今日もアイツとトレーニングか…」

「アイツって言わない!スパルタだけど貴方も皆も気遣っているのよ?」

足取りの重い翔を励ますように同じ方向に歩いていた河内が声をかけてくる。

「マンツーマンで訓練なんだろ?授業よりよっぽど凄いことだと思うぞ?」

あんまり励ましにならなかったのか翔は深いため息をつく。

「お気遣いありがと、でも結構、いやマジで疲れるんだよ…ぼろぼろだったろ?」

昨日のぼろぼろの姿を思いだし河内は苦笑いする。

分かれ道で河内とも別れていよいよアキトの待つ中庭にやってくる。

「来たな、刀を持て」

翔も神鳴も目を丸くする。

「昨日はああ言ったが時間がないのは事実だからな」

刀を抜こうとする翔をアキトが止める。

「切り合いじゃない、精霊を使うんだ」

自信無さそうに翔は刀を下げる。

「甘えるな、暴走したら止めてやる」

アキトが腰に手を当ててぶっきらぼうに言い放つ。どうなっても知らないぞと神鳴がそろりそろりと物陰に退避する。

「何かあったら止めてくださいよ?」

「何か起きないようにまず努力しろ」

翔は即答されてムッとするが物陰から神鳴が落ち着いてとエールが届き落ち着くように深呼吸する。授業を思い出し目を瞑る翔をアキトも神鳴も固唾を飲んで見守る。

熱気がアキトの横を吹き抜ける。集中し昨日よりも炎のイメージも鬼の形も強くハッキリと感じる。刀をすぐにでも手放したくなる所を歯を食いしばり鬼の姿を捉えようと刀を強く握りしめる。

神鳴がアキトに近よりどうなっているのか聞く。

「何が起きてるの?」

「精霊を使役するために支配しようと対話している…と思う、話が通じる精霊かは俺にもわからない」

無言のままの翔を感心するように見つめた後に神鳴は続けて質問する。

「話通じなかったら?」

口に手を当て少し考えた後にアキトが答える。

「精神力でねじ伏せて屈服させる…とかか、神楽なら詳しいんだが俺にはこいつしか居ないからな」

アキトの青い刀の精霊である氷雨を神鳴に説明しながら呼び出す。神秘的な雪女を見て神鳴が少し呆れ気味に呟く。

「こういう女性が趣味なのね…」

「違うわい!」

氷雨が少しムッとする。そして神鳴はニヤニヤする。

「精霊の形は使い手が創造する訳じゃないんだ、好みで選べるものじゃない」

そんなワイワイする二人の声も届かない程に集中した翔は精神世界の中で胡座をする陣羽織をした赤鬼と睨み合っていた。赤鬼がため息をして呟く。

「小童が儂を呼び出すとはな…」

「…これ脳内でイメージと会話してるんだよな?」

喋りだした精霊に自分の脳を心配しだす翔、それを聞いていた不機嫌そうに赤鬼は腕を組む。

「なんだと?童、舐めているのか?儂を物言わぬ何かかと考えておるのか!」

凄む赤鬼にビビる翔、しかし刀は離すまいと握る。

「鬼のイメージがあったから怖いものだと思ってたがこんなに威圧感あるものだったとは…」

翔は考えている事が自然と言葉に出てしまう。

「間抜けめ、考えていることが筒抜けぞ、精神で繋がっているのだから油断するでないわ」

言葉に詰まり何を言うべきか悩む黙る翔に赤鬼が単刀直入に尋ねる。

「童、儂の…精霊の力、使いたいのであろう?」

静かにゆっくりと首を縦に振る。

「ふん、儂も融通の利かぬ性格では無いのでな、使いこなせるか試してやろう」

赤鬼は立ち上がりすんなりと使役を承諾する。

「いいのか?」

呆気にとられ翔の中で張り詰めていた気が抜ける。

「試すと言ったのだ!さぁ行くぞ!儂の名は焰鬼(えんき)、童の力見せてもらうぞ」

「童って言うのはやめてくれ、翔って名前がある」


ワイワイしていた神鳴達を一段と強い熱気が吹き付ける。

「来たか…!」

アキトは熱気に反応しすぐに身構える。神鳴も緊張しながらもワクワクしていた。目を見開いた翔の隣に焰鬼が浮かび上がる。

「おお、なんか凄そう…」

神鳴はその場をスッと離れて隠れる。

氷雨と焰鬼が睨み合いバチバチと火花が散るかのようだったが暴走していない様子を見て氷雨を下がらせる。

「コントロールできていそうだな、なら大丈…」

構えを解いたアキトに焰鬼が一瞬で近付き拳を振るう。アキトは咄嗟に攻撃をかわし目を丸くする。

「っ!危ねぇ、何しやがる」

焰鬼がにやっと好敵手を見るように笑う。

「む、やるではないか、次は外さんぞ」

翔はどうやって止めるか困っているとアキトの後ろの氷雨が焰鬼に息を吹き付け動きを鈍らせる。驚く焰鬼にアキトが刀を構え警告する。

「まだ抵抗するか?それとも斬られるか…」

翔がアキトを謝りながら止める。

「すみません、敵と勘違いしているだけみたいなんです」

焰鬼は隙を見てアキトの側から飛び退く。

「なんだヤツは敵ではないのか?戦うのではないのか?」

「なんか誤解があるみたいだな」

呟きながらやれやれとアキトが呆れ顔をする。

「鍛錬してたんだ、精霊の呼び出し方とか…」

焰鬼は残念そうな顔をして暇そうに腕をぐるぐるさせる。

「実戦の方が為になるわい、儂は寝るから童は肉体鍛えるんだのぉ」

スーっと勝手に消えていく焰鬼を止めようとする翔だったが結局何も言わずに消えてしまった。

「実戦にしか興味がないとは…だいぶ好戦的な奴だな」

アキトが構えを解き氷雨を見ながら呟く。

「あとお喋りだな、まぁ実戦が御所望なら用意しといてやる」

急な話に翔が驚きの声をあげる。アキトはゲラゲラとビビる翔を笑いながら氷雨にお礼を言って刀に戻らせる。

「取り敢えず今日はお前の鬼さんの言う筋トレでもするか?」

「焰鬼って名前らしいです」

そうかと一言だけ言ってアキトは神鳴に翔の筋トレの監視を任せて教室棟に入っていく。

翔はぶつぶつと文句を言いながらも神鳴の言う無茶なトレーニングをテキトウにやらされていた。


―――


数日間は何事もなく授業と稽古と鍛錬が続いた。

そんな折、いつものように朝の支度をしているとアキトがやってきて突然の話を切り出す。

「今日は授業休め、全員実戦だ」

五人が理解できないと言わんばかりに「は?」と聞き返す。

「そろそろ戦い方を体に叩き込んでもらわないとと思ってな、安心しろちゃんと引率してやる」

「いやいや何でまたオレらが…」

当初の目的を忘れているのか猪尾が問い掛ける。

「神様倒すんだろ?じゃあ今のままだと経験値足りねぇよな?」

図星を突かれた面々は押し黙る。

「安心しろ、お前達だけじゃない、今後は生徒全員にそういう経験が必要になる」

アキトの言葉に河内がすぐに反応し尋ねる。

「なんでまた生徒達に実戦経験が必要になるんですか?」

「最近客人が多くてな、安心しろまだ本格的では無い今が鍛え時だ」

客人という言葉に首を傾げつつ五人は着替えてアキトについていく。玄関口では他にも生徒と先生がいた。形式だけの挨拶を翔達がする。アキトが苦笑いしながら謝る。

「お待たせしてすみません、準備できましたので行きましょう」

妙に腰の低い態度に翔達から白い目をされアキトが優しい声で「行きますよ?」と語りかけてくるが目は笑っていなかった。


街を出てすぐの森にやってくる。都市から近いこともあり他の生徒達の不安はなくなりピクニック気分のようだった。その様子に便乗した猪尾が呟く。

「なんだよ、そこら辺の森に行くだけかよーもっとヤバい場所行くのかと思ってたぜ」

「そうね、ビビってたのがバカみたい」

西園寺も猪尾と同意見のようだった。戦闘を経験した翔と黒姫は暗い表情のままでその様子を見た河内が笑っている二人に注意する。

「引率の先生がいるからって遊び気分は止すんだ、翔を見てみろよ」

苦笑いで大丈夫と翔は元気に振る舞うが余計に心配されてしまう。

「命のやり取り…だったな、わりぃ軽く考えすぎてた」

まだ理解は浅いだろうが猪尾は腰ひもをグッと絞め直して気合いを入れていた。

黒姫が翔の横に来て最近の調子やら精霊について聞いてくる。未だに五人のうち精霊を呼べているのは翔一人だったのだ。

「実戦以外は興味が無いらしくて…まだ呼び掛けたら答える程度なんだよな」

黒姫は少し残念そうにする。焰鬼については皆には話していたがどういうモノかは翔自身まだ分かっていないのだ。

「頑張ろうね」

精一杯の言葉に応えるように頷くと黒姫が立ち止まりキョロキョロし始める。何事かと翔もあわせて周りを見渡す。さっきまで居たはずの河内達含めた一行が居なくなっていた。しまった。と声に出す前に草むらから大きな狼が飛び出してくる。

「よっぽど犬に縁があるのかね、焰鬼!」

翔が刀を構え声を張る。瞬間、焰鬼が刀から飛び出るように現れ勢いよく狼を叩き伏せる。

「他愛ない、終わりか?」

焰鬼は退屈そうに手をパンパンとはたき周囲を見渡す。その様子を黒姫はきょとんとした表情で眺めていた。小さくガッツポーズをする翔だったが刀に戻った焰鬼が翔に語りかけてくる。

(気を抜くな童、なにやら様子がおかしいぞ!)

その言葉に言われるがまま倒れた狼を見ると黒い煙に包まれみるみるうちに骨になりながら起き上がってくる。それを見た後ろで小さく黒姫が悲鳴を上げた。

「な、なんだ…」

(分からぬ…儂の炎の力を貸す、焼き尽くせ!)

刀は熱を帯び煌々と輝く。

「殴らないのか?」

(穢らわしいもの等に触れるほど愚かではないわ!)

声帯は無いが狼の唸り声が響いてくる。遠吠えする動きをした後、翔目掛けて飛び込んでくる。それが触れる前に払い落とす様に刀を振るい突き出した前足と頭を破壊する。更に刀の軌道に合わせて炎が上がり焼かれながら残った骨がバラバラと地面に落ちる。

自分がやったのかと半信半疑になりながら灰になった骨屑を眺める。

(見事、だがまだ終わりではないぞ)

焰鬼の言葉に驚き周囲を見渡す。黒姫以外誰もいない。しかし、構えを解かない翔に隙を伺っていたのか舌打ちと共に青肌の肥満体の男が現れる。

「なんだよ、油断するお年頃だと思ったんだが意外と用心深いじゃあないか」

へらへらと笑う男を翔が睨むとピタリと止まり不意を突くように口から勢いよく黒い煙を吐く。

焰鬼が警告する前に危険と判断した翔は黒姫を押し倒すように避け焰鬼を飛ばす。

「良い判断だ翔!」

そう言いながら焰鬼は素早く男の右脇腹に一撃と顔面に一撃素早く拳を叩き込む。蛙のような声を上げながら宙に浮いた男の土手っ腹に更に炎の拳で強烈な一撃を入れ地面に叩き伏せる。燃えながら汚い言葉で罵詈雑言を叫ぶ。黒い煙を警戒し焰鬼はすぐに翔の元に下がる。次第に動かなくなるのを確認して翔は転がったまま深く一息入れる。

しかし、隣の黒姫が声をあげる。振り返り足に根が絡み付いていた。何事かとその先を見るともう一本根が伸び翔目掛けて振り下ろされそうになる。すかさず刀を振り上げ焰鬼の力で根を燃やす。熱さと痛みからか木のモンスターが体を揺らしながら現れる。

(先程の避けた煙で作られた物の怪だろう)

「成る程よく燃えそうだな、黒姫大丈夫か?」

黒姫は絡み付いた根をナイフでザクザクと切り裂き立ち上がり弱々しく頷く。無視されたのか余裕がある姿を見て怒ったのかブンブン根や枝を振り回しながら近付いてくる。

翔は少し余裕があるかのような表情をして焰鬼と共に炎を出しながらズバズバと切り流れに乗り本体も切り燃やす。

「まあまあだ、童」

「もう名前呼んでくれないのか?」

少しニヤニヤする翔だったが焰鬼はため息をつく。

「油断が無ければ完璧だったがな」

二人のコンビを見て黒姫がクスクスと笑う。その後すぐにアキトが草木を掻き分けて飛び出してくる。いつになく必死そうな様子だったが戦闘の結果を見て安堵の息を吐き真顔になる。動かない黒焦げの男を睨みながら翔に近付く。

「二人がはぐれたのは俺の注意不足だ、すまなかった」

意外にも最初に出たのが謝罪の言葉で翔がズコッと姿勢を崩す。

「てっきり普段みたいにガミガミ言われるもんかと…」

「ああ、そうだな大声くらい出してくれれば良かったんだがな!」

アキトはやれやれと少し悲しそうな目をしながら小突いてくる。その後死体をチラッと見てまたすまないと呟いていた。

「奴を知ってるのか?」

焰鬼がアキトの様子を見て尋ねる。

「敵さ、だがお前達を人殺しにさせてしまったな…」

アキトは刀を抜きゆっくりと死体に近付き念を入れて首を切り落とす。

「お前はモンスターを倒しただけだ、他は忘れろ」

不器用な優しさを前に何も言えなかった。


日が沈む前に学校に戻ってきた翔達は誰も欠けることなく戻ってこれた事を神鳴が喜んでいると酷く憔悴した様子の猪尾と西園寺が心ここに非ずという感じの返事をしていた。

翔が河内に何があったかと聞くと。

「ああ、モンスターを倒した時の妙に生々しい感じで精神すり減っているんだ、僕は割りきれてるんだが…」

河内も口では戦いに納得しているようだが気分は良くなさそうだった。そんな面々の様子を見て黒姫が翔のローブを引っ張りながら「私だけ…」と呟いていた。

「アキトさんも言ってただろ、殺すことに慣れるなって、知らない方がいいって事だろう?」

小さく頷く黒姫とその様子を神鳴がニヤニヤと見てくる。空気読めとアキトが神鳴の頭に軽くげんこつをする。

その日は皆疲れてはいたが食欲がそんなに湧かず食事量は少なかった。


―――


口数も少ないまま全員就寝しようとする。しかし翔はなかなか寝付けず頭の中で無駄な思考と自問自答を繰り返す。今日出会ったモンスターを作り出す奴はなんだったのか、何故アキトは陰湿な事いつも言うのにあの時は狼狽していたのか。くだらない、つまらない考えはやめようと思い、体を横にする。すると扉がゆっくりと開き、誰かが部屋を出て行きパタンと閉まる音がする。誰が出ていったのかとベッドを見渡す。

(黒姫か、そういえば戻ってきてから様子が変だったな…)

翔もゆっくりと部屋を抜け出し後をつける事にした。果たして彼女は神楽の部屋へと入っていった。

翔はそっと聞き耳を立てて中での会話を窺おうとする。

挨拶もほどほどに黒姫が「強くなりたい」と精霊の使役についてどうすればいいかとうったえている。

盗み聞きする翔の所に河内達三人もやってくる。全員寝付けなかったようで盗み聞きをしていた翔は気まずそうに苦笑いする。そしてそのまま四人全員で盗み聞きを始める。

「私…ずっと守られてばかりで、授業受けても強くなれなくて…だから、私も戦えるように…皆を守れるようになりたい!」

「大丈夫よ、そう願うなら精霊は必ず応えてくれるわ、だって私が用意した子達だもの」

神楽が指を鳴らすと部屋の扉が開き盗み聞きしてた翔達が部屋のなかに倒れ勢いよく扉が閉められる。自分の思いの丈を盗み聞きされたと知り恥ずかしさで黒姫は真っ赤になる。

「この子は覚悟を決めたみたいだけど貴方達はどうするー?」

思い通りに事が進んでいるのか中々に意地の悪い顔をしている。

翔以外の三人はすぐに立ち上がり自分達も強くなりたいと意気込みを伝えた。頭を掻きながら遅れて翔も立ち上がる。うんうんと神楽は頷きながら黒姫を呼ぶ。

「それじゃあやってみましょう、貴方は翔の様子を授業で見ていたわね?ならすぐに出来るはずよ」

震える声で返事をしながら黒姫はナイフを取り出し握り締める。次第に呼吸が荒くなる黒姫を皆が固唾を飲んで見守る。部屋の蝋燭の火が揺らぎ弱々しくなり部屋が暗くなっていく。嫌な予感がした翔が黒姫に近寄ろうとするのを神楽が止める。

「信用して、彼女の覚悟を…」

遂に蝋燭が消え怨霊の唸り声の様な声が聞こえてくる。幽霊の予感に翔が身震いする。暗闇の中で布のはためく音が聞こえてくる。頃合いを見て神楽が指を振って遠くの蝋燭に火をつける。黒姫に呼び出された精霊が姿を現す。

漆黒のマントに大きな鎌、フードを被りマントの奥はどうなっているかよく見えないが死神と形容するのがピッタリの精霊の威圧感に皆一歩後ろに下がる。疲労で黒姫が肩で息をする。

「思ってたよりヤバいの出てきたぞ…」

猪尾が冷や汗ダラダラで他の人の顔をキョロキョロと窺う。それぞれに緊張が走る中で翔が白目向いて達ながら気絶していた。

「浜松君大丈夫なの?」

西園寺が震えながら河内に尋ねる。

「幽霊が苦手なんだよこいつ…」

黒姫は現れた死神を見上げて呟く。

「よろしくね、デス…」

直球の名前に改めて死神なのだと震え上がる河内達をゆっくりとデスが振り返る。口元だけが見える表情でにやりとした口を見せ丁寧にお辞儀する。つられてお辞儀をする。翔が猪尾に小突かれて目を覚ましデスをひきつった顔で挨拶をする。

「成功ね、よかったよかった」

神楽は笑みを浮かべて黒姫を誉める。黒姫が神楽に深々とお辞儀をしてデスを戻し嬉しそうに翔達に寄ってくる。

「やりました!出来ました!」

何時もより少し大きな声で喜ぶ。その様子を見て猪尾が次は自分だと言うかのように前に出ようとするが斧を持ってないことに気付く。河内も西園寺も武器を取りに部屋に戻っていった。

残った翔と黒姫をもう何度も見たニヤケ顔の神楽が拍手してくる。

「凄いわ、私が用意したとはいえ中々強いやつだから召喚は難しいと思ったんだけどあっさりだったわね」

さらっととんでもないことを言われたが今は喜びが上回っているのか黒姫が全身で喜びを表現している。色々と言いたいことはあったが水を差すのは悪いなと翔も賛辞の言葉を贈る。


武器を持って息を切らしながら部屋に入ってくる三人、誰からやるかと少々揉めていたがじゃんけんで河内からやることが決まった。

神楽がやり方を説明すると早速河内は集中を始める。すぐに密室の中で風が吹き荒れまた蝋燭の炎がゆらゆらと揺れる。猪尾が得意気に腕を組んで分析する。

「風属性でござるな、美女か!?美女でござるかぁ!」

西園寺が猪尾を殴り付けて黙らせる。

河内が槍を掲げると同時に人の体よりも大分小さいがしっかりとした竜が現れ河内の頭の上に乗る。

「あはは!ちっせえ!」

猪尾は予想外のサイズの竜につい笑ってしまった。ギロリと竜が猪尾を睨み付け羽ばたき飛び上がる。

「ひ!ご、ごめんなさーい」

背中越しに猪尾達の様子がなんとなく分かる河内はため息をして竜を呼ぶ。

「やめておけ、ウィル絶対不味いぞ」

ウィルと呼ばれた竜はじっと猪尾を見つめた後また河内の頭の定位置に戻る。

「小さいのはこの部屋が狭いからって言ってるぞ、あんまりバカにするなよ?」

そうだそうだと言わんばかりに一鳴きした後に槍に戻り、ドヤッと精霊の召喚に成功した河内が四人を振り返る。四人は祝福し拍手をする。神楽は部屋が狭いと評されてご機嫌斜めな様だった。


「次は私ね…」

西園寺が恐る恐る前に出てメイスを掲げる。すぐに西園寺の呼び掛けに反応するようにメイスの先端の石が明滅する。直後すぐに翼の生えた天使なトラ猫が西園寺の前に着地する。

「あらかわいい」

猪尾がまた感想を述べる。それに同意するように皆の顔が緩む。

「我が名はナゴエル、よろしく頼むぞ」

人語を話し厳格な雰囲気にかわいいと言う感想が一瞬で砕け散った。しかし西園寺は嬉しそうに姿勢を屈めてナゴエルを撫で始める。

「やめ、やめるのだ、撫で撫でするでない」

ゴロゴロと喉をならす声が聞こえてきて再度皆の顔が緩む。

「よろしくねーナゴちゃん」

ニコニコする西園寺に少し不機嫌そうに鳴くが満更でも無さそうだった。

しばらく撫で回した西園寺はナゴエルを解放する。威厳がとかなんとか文句を言いながらメイスに戻っていく。


猪尾の番がきた。自身ありげに斧を持ち目を瞑る。何時にもなく真面目な雰囲気に期待感が高まる。しかし…

「やめやめ、あんまりよく見えなかったわー」

残念そうに武器を下げる姿に一同ずっこける。翔は苦笑いしながらツッコミをいれる。

「諦めるんかい!」

神楽が首を傾げながら武器を新調するか聞くと猪尾は首を横に激しく振り断る。

「何て言うか恥ずかしながら…」

照れ笑いする猪尾を見て河内が何かを察して聞き返す。

「何か隠したいものでも見えたのか」

「う…察しがいいなカワちゃん、そうだよ見えたよ、話しもした」

猪尾が取り繕うように言い訳を始める。

「俺の見た目がよくないんかねぇ、お恥ずかしながら協力が得られなかったよー」

その言葉を聞いて神楽が「やっぱり交換する?」と提案するが苦笑いしながら猪尾は大丈夫と拒否する。

河内が翔に耳打ちで思ったことを伝える。

「きっと精霊の見た目がよかったから意固地になってるぞアイツ」

「はは、それならそれで目標出て来て良かったんじゃないか?」

戻ったら手入れしてやるから等とご機嫌とりをするように猪尾が武器を撫でたりしていた。ちょっと異常だなと河内は呟いた。


―――


翌日、アキトがバタバタと忙しそうに別の生徒達を実戦に連れていく。

「しばらくは稽古付けれないから神楽んとこに行け、筋トレでもいいぞ」

翔は仕方なく言われた通りに神楽の所で黒姫と一緒に授業を受ける。

(なんで武術とかの授業じゃないんだろう)

と、疑問に感じていたがすぐに考えを改めて授業に向かうことにする。


玄関口でアキトが出発する生徒の様子を一人一人黙視で確認する。

今日の引率担当はシュメイラ、白衣の姿が似合う女性である。寝不足なのか目の下の隈が普段より目立つ。大きな欠伸をして引き笑いしながらアキトに声をかけてくる。

「ひひ、アキトちゃんは人使い荒いんだから…この人数の往復分の転送薬作らせるなんて」

寝不足の理由はアキトの依頼だったようだ。今度埋め合わせすると手を合わせるとシュメイラはニヤニヤしながら小瓶をアキトに渡す。

「どこの国でもいいけど香り高い高級紅茶が飲みたいわね、麻袋一つ分お願いね」

苦笑いしながらアキトが了承すると出発しようとすると猪尾がドタバタと走ってきて土下座をして連れていってくれと頼み込んでくる。

魔法を使うための薬の数の問題もありアキトが突っぱねようとするとシュメイラが薬の入った鞄を指差して余裕があることを伝える。

「割れた時の為に余裕はあるんだよね」

アキトは仕方なさそうにため息をして猪尾の願いを承諾する。

街を出るまでの間猪尾がアキトに色々と質問をする。

「アキトさんはその刀は神楽先生から?」

「ああ、そうだ氷雨は貰い物だ」

自分の手斧を眺めながらまた質問する。

「相性か、精霊と性格の折り合い悪いとかあるんですか?」

「知らんな、精霊というより仕事仲間、相棒だ。なんだ上手く行かなかったのか?」

猪尾は笑って誤魔化そうとするがシュメイラが割り込んでくる。

「少年、もしかして精霊に恋しちゃったとか?」

猪尾が首を横に激しく振る。

「違いますよ、イメージが何て言うか…武器と違う気がして…嫌な訳じゃないんですけど自信無くなっちゃって」

「どんな精霊なのか…今日見せてもらおうか、その為に来たんだろ?」

猪尾は黙って頷く。

アキト達は門にたどり着き外に出る。


門の外でアキトがスクロールを取り出して開き小瓶を取り出して中身を振りかける。スクロールが光だしそれを地面に投げる。閃光が走り地面に魔方陣が出現する。

シュメイラが全員に薬品瓶を配る。猪尾が瓶の中身を覗き込む様子を見てシュメイラが笑いながら薬を飲む。

「ひひ、毒じゃないから安心して、味は…美味しくないけど」

「魔方陣となんの関係が…まずぅ」

薬の味が思った以上に舌に合わず凄い嫌な顔をして批判する。アキトは知らん顔をしながらイッキ飲みして魔方陣には入らずに地面を蹴る。バチッと音と共にアキトは姿を消す。

「一体どういう魔法なんです?」

「端的に言うと高速移動ってやつ、空間ごと跳躍してアキトは今この魔方陣の出口を作りに行ってるのよ」

魔法というものを理解できない猪尾の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「ひひ、彼も魔法を原理を理解しようとして発狂してたわね、同郷のあなたの常識で考えちゃダメよ?」

首の傾きが強くなる猪尾をよそに魔方陣の光がいっそう強くなる。

「ほら、皆魔方陣開いたから皆入るんだよ」

生徒が次々入っていく。猪尾もシュメイラに背中を押される形で魔方陣に入らされる。宙に浮くように足元の感覚が無くなり移動先の魔方陣から倒れるように弾き出される。様々な地形が見受けられる湖の畔についた。

「なにやってんだ…」

転んでいる猪尾を見てアキトが呆れた顔をする。

「ふひひ、ごめんねぇ、まさか転ぶとは…」

ぐぬぬと唸りながら立ち上がり顔についた泥を払う。アキトが生徒にチームを組むこととあんまり離れないことを伝える。生返事の生徒を怒ろうとするアキトをシュメイラが止める。

「私が見るから大丈夫、アキトはそっちのお弟子さんについてけー」

気の抜けた言い方に注意しようとするアキトに返事をさせる前に更に畳み掛けてくる。

「ひひ、最近気を張り過ぎ、休め休め」

ため息混じりに返事をして何かあったらすぐに報告するよう伝えてアキトは猪尾と行動することになった。

「さて、召喚してみろ」

単刀直入に言うアキトに意を決した猪尾が手斧を構えて召喚を試みる。バチバチと音を鳴らし髪が逆立つ。

(ふむ、電撃…)

様子を見て冷静に分析するアキトだったが現れた精霊を見て呟く。

「斧でこんな精霊とは予想外だったな」

丸眼鏡をした文学少女風の精霊が浮かんでいた。猪尾が斧と精霊を順番に指差し参ったねっと言った風に手を動かす。

「ユピテルって名前らしいッス」

ユピテルと呼ばれた精霊は本を取り出して本の角で猪尾を軽く殴る。

「お主…何故私を一度拒否した?」

不服そうにするユピテルに殴られた箇所を押さえながら猪尾が半泣きになりながら答える。

「いや、オレとどう見たってイメージ合わないだろ!それに斧だぞ」

アキトが猪尾の言葉を否定する。

「精霊との相性など試さねば分かるまい?それにイメージ合わないか?俺は凸凹コンビも悪くないと思うぞ?」

アキトの意見を聞いてユピテルが腕を組み頷く。

「前衛と後衛でバランスもよかろう?」

猪尾が口に手を当てながらそういうもんなのか?と呟く。

「左様、さぁ私の力を見せつけてやろう!」

「見た目と性格の落差凄いな」

二人のやり取りをみて大丈夫そうだなとアキトが安堵する。ユピテルに急かされながら猪尾は草むらへと入っていく。それを見送ったアキトは自分の仕事を始める。

腰から転移のものとは違うスクロールを取り出して広げる。

(次元の穴はどこですか…っと)

スクロールから球が出て来て辺りを漂う。しかしアキトの思った通りの動きをしない。

「ここに奴らがいるはずなんだが…おかしい」

口に手を当て考える。本来この光の球は以前から侵略してきた敵の侵略してきた入り口の場所を見つける魔法であった。しかし情報にあったこの場所には何も無い。

「仕方ない猪尾と合流するか、シュメイラも探さないとだな」

スクロールを閉じて猪尾を探しに行く。


猪尾は草むらを掻き分け進みながらモンスターを探す。

「ユピテルさん、なんか見えます?」

少し高い位置から周囲を観察するユピテルは指差して雷を放つ。

「ふむ、ぶよぶよとしたヤツを倒してやったぞ」

どうやらスライムを一撃で撃ち砕いたようだ。

「えぇ…一撃?オレの出番は…?」

「お主が不意打ちで負傷されては困る、私に任せておけ」

眼鏡ををくいっと位置調整してまた周囲を見渡す。そこにアキトがやってくる。

「任務は中断だ、シュメイラと合流するぞ」

ユピテルが不満そうな表情をするが猪尾が承諾すると仕方なさそうにユピテルが斧に戻る。

二人は草むらを離れ最初の地点に戻ってくる。猪尾がふとアキトに質問をする。

「アキトさんって先生?やってるのに魔法苦手なんですよね?」

「…誰から聞いた?」

アキトが立ち止まって威圧感を放つ。

「あ、いや、シュメイラ先生が同郷って言っててさ…あれ?」

猪尾がふと同郷という言葉に違和感を感じ首をかしげる。

「アキトさんってオレらと同じなんスか?」

黙ってアキトが走り出す。猪尾が驚いて呼び止めようとする。

「ユピテルを出してそこで待機してろ、何が出て来ても油断するな!」

ポカンとしている猪尾を飛び出してきたユピテルが頭を叩き正気に戻す。

「どうなってんの?」

「ふむ、どうやら何か不味いことになったようだ…」

がさがさとアキトが向かった方向とは違う場所から音がし始め猪尾もユピテルも身構える。


シュメイラ達が向かった林の方に入ったアキトの目に入ったのは変わり果てた歩く屍だった。片手で形式的な祷りを捧げアキトは氷雨を呼び出し無言で全員凍らせてから首をはねる。

更に奥からくぐもった呻き声がする。

「よぉ。茶番は無意味だぞ」

シュメイラが縛られて放置されていた。アキトは鞄を確認してから乱暴に猿轡を外す。

「ひ、アキトくん、違うんですよ」

「単刀直入に聞こうか、なぜ俺の故郷を知ってる、ボロを出したな」

涙目になりながら理由を話し始める。

シュメイラは敵のスパイとして神楽の学校に教員として監視役を務めていた。しかし次第に生徒達と交流することで人種、世界の垣根について疑問視するようになり先生としての人生を謳歌する決心をしたこと、神楽の身辺の調査をする中でアキトとを知り怪しく思って調べた結果神鳴の世界から来たらしいという事を知った。

「だから、あの世界との縁は切ったんだよ…信じてほしい」

「じゃあ生徒をゾンビにしたのはお前じゃないんだな?」

刀を突き付けられて激しく縦に振る。

「皆を守れなかった事は本当に…ごめんなさい、私を殺せば学校は許される?家族を失った人達は…」

舌打ちして刀を納めてアキトは背を向ける。

「そんな重い謝罪を誰かにやれせようとするんじゃねぇ、心の整理ついたら後で来い」

「アキトくん…ひひ、あの縄ほどいて…」

縄を巻かれたまま放置されポツリと呟くがアキトには聞こえなかった。


猪尾の所に険しい顔をして戻ってきたアキト、それを見て何かあったのか聞く。アキトはいつの間にかチラリと横にいる女子生徒を見る。

「その前にそいつは?」

「逃げてきたんだってさ、名前はえーっと…」

「ロトスです、あの…シュメイラ先生は」

アキトは首を横に振って嘘をつく。驚く猪尾をよそにロトスは嬉しそうに感謝を述べてくる。

「これで後はお前らだけだな!」

猪尾の首元にナイフを突き立て人質にする。ユピテルが反応するよりも先にロトスが声を荒らげる。

「豚、お前の精霊を戻せ、あぁアキトせんせーの方が厄介だって聞いてるからな…二人とも武器を置いてもらおうか」

アキトは隠す気もないのかと呆れて呟き刀を腰から外して左手を挙げながら刀を地面に置く。猪尾も黙ってユピテルを戻して手斧を置く。

「刀から離れてもらおうか?」

勝利を確信したロトスが猪尾を盾にしながら前に出てくる。そのロトスを前に等身が小さくデフォルメされた氷雨が現れフッと息を吹き掛ける。

突然の事で反応できなかったロトスは体を凍らされ口も塞がれる。猪尾は急ぎ斧を拾い逃げる。ロトスは固まった体でアキトに目で「なぜ」と訴えてくる。

「秘密、テメェは懺悔だけしてろ」

ゆっくりと刀を拾いため息混じりに抜刀し首をはねる。

事が終わり林からシュメイラが息も絶え絶えに走ってくる。いろいろな事で放心状態だった猪尾がその姿を見て幽霊を見るかのように驚く。

「アキトくーん!どうして縄ほどいてくれなかったんですか!」

「…あー、忘れてたすまんな」

縄を噛み切るのは大変だったと力説するシュメイラを笑うアキトを見て生きてることに気付き猪尾がアキトに聞く。

「生きてたんすね…なんで嘘を?」

「こいつに罪をおっ被せて俺らを殺そうとしてたんでな、まぁ助けられると思ったから相手の策に乗っただけだ」

シュメイラは鞄から薬を取り出して帰ることを提案する。

猪尾が疲れたと呟きながら薬を飲んでさっさと帰ってしまう。

「お前がしっかりと仕事したから信じたんだからな?全員分の帰還薬と予備の薬…」

アキトはシュメイラの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら自分は高速移動用の薬を飲む。

「ちゃんと学校には戻ってこい」

「ふひ、これが恋…」

「引っ付こうとするな、お前は自分の不味い薬でも飲んで帰れ!」

アキトは逃げるように地面を蹴ってその場を離脱する。


―――


三人が戻ってきた所ですぐに職員会議という事で休校になる。自室で待機することになった翔達は猪尾から詳細を聞いていた。

「まさか生徒の中に敵が…」

翔が頭をかかえる。河内は自分が師事したシュメイラが罪を着せられそうになっていたことに憤慨する。

「でも生徒に犠牲出ちゃって…責任取らされるんでしょ?」

西園寺が呟く。部屋が沈黙で満たされる。

「こっそり盗み聞きできねぇかなぁ?」

猪尾がそわそわと体を動かしながら提案する。皆聞きに行きたいという欲求と流石に悪いことという理性がせめぎ合う。

重い空気の中に神鳴がやってくる。

「御飾り校長の責任逃れって見苦しいわね」

何かを聞いたのか憤慨していた。

「…何があったんだ?」

翔が不安そうに聞く。神鳴が会議室に聞き耳を立てて聞いた事を説明し始める。

生徒に死者を出したことで今後課外活動の禁止になるということ、犠牲者の葬儀を大々的に行い御家族への謝罪を行うこと、そして責任者だったシュメイラをクビにする話が上がったがアキトが全責任を負って学校を去ること。

アキトの追放を聞いて猪尾がブチキレる。

「アキトさんは悪くねぇ!少なくともオレは助けられたんだぜ!」

バタンと扉が開きアキトが入ってくる。

「わかっていないな、俺が辞めるのは課外活動が禁止されたからだ…」

気まずそうに全員の視線がアキトに集まり苦笑いして返す。反論しようとする猪尾を制止する。

「恥をかかせるなよ?お前達と違って外の世界で生きていけるから安心しろって」

結局答えを聞いていなかった質問を猪尾が思い出し全員の前で尋ねる。

「その心配は同郷ってやつの?」

神鳴とアキトが気まずそうにしてどう答えるかアイコンタクトし神鳴が誤魔化すように答える。

「あー、そうなのよ、何代か前の巻き込まれた人なのよー、会うまで忘れてたのよ」

納得できないが神鳴の焦り具合から深入りしないでおこうと翔が思っていると黒姫がごそごそとナイフを取り出して何かしようとしている。その様子に気付かずアキトが取り繕っていると。デスを呼び出して部屋の奥を駆け抜けさせる。アキトの動作が停止して青ざめる。

「幽霊苦手なんですね、浜松君」

アキトを見ながら翔の名字を呼ぶ。他の四人が驚く反応をして神鳴がため息を吐きアキトは舌打ちをする。

「隠してること察してるなら悪戯に正体を暴くのやめてくれないか?」

「でも先代とかその前も皆失敗して死んだんじゃ…」

翔が首を傾げて神鳴に聞く。

「そうね、でもコイツは死を偽装して逃げて姉さんの庇護下にいたみたいなのよ」

「去る前に色々禍根が残る言い回しするなって、そもそも適当な仕事で放り出してなんとかなってた先代がすげーんだよ」

別れの挨拶も適当に済ませようとしていたアキトは散々な言われように疲れたと言って部屋を出ていく。

「じゃあな、強くなれよ」


アキトの正体を正式に知った面々は当惑していた。無理矢理にでも留めさせるべきと猪尾がいうが彼の外に出る目的があることについて河内が指摘すると黙ってしまった。そもそも彼が外に出る目的とはなんだったのかと翔が事情を知ってそうな神鳴に尋ねる。

「戦うべき敵が侵略してきていることは気付いてるわよね?」

心当たりのある翔、黒姫、猪尾が首を縦に振る。

「そいつらが侵略する際に世界を繋げる穴を作るのよ、そこを調査してアキトが塞いでいたの」

河内が事の重大さに気付き驚く。

「待て、結構重要というか居なくなったらヤバくないか!?」

西園寺も初めて聞く敵の話に頭を抱える。

「既に敵が来てたのね、それもたくさん」

今後の事を心配していると今度は神楽とシュメイラが部屋に入ってくる。

「私の責任なの、神鳴ちゃん来てからちゃんと嘘の定期連絡怠ってたから」

全員が突然の話に首を傾げる。シュメイラは続けて自分の正体を伝える。

「私はあなた達の敵方のスパイだった、紆余曲折あって今はこうしてるけど…あなた達には知る権利があると思うから伝えに来たんだ」

「他言無用ね、アキトは全部知って会議でも言わなかった事だから」

神楽も本人の暴露で知ったことらしい。

「私もアキトくんの役に立とうと空回りして…彼は?」

神鳴が呆れたという表情でもう出て行ったと伝える。

「そう、結局穴は見つからなかったしまさか生徒に紛れてたなんて…」

「生徒に紛れてたならシュメイラ先生既に裏切ってたのバレてたのでは?」

河内がボソリと呟く。自分の失態の数々に気付きシュメイラが顔を赤くして涙目になる。

「あれ?シュメイラ先生んとこに侵略の形跡無かったしオレの方にも無かったしアキトさんすぐオレと合流したし、敵は生徒の中に居た…なんで彼処に行ったんだ?」

西園寺が猪尾の話したことノータイムで聞き返す。

「ん?どういう意味?」

猪尾が言葉を整理して言い直す。

「えっとだな、侵略の痕跡無い場所になんで調査に行ったんだ?ってこと」

「誰かが嘘情報流した、差し詰め敵だった生徒なんじゃないか?」

翔が疑問に答えてみる。しかしシュメイラがそれを否定して恐ろしい事を呟く。

「今回の任務は白の国の情報…でもそんな訳…」

「白の国?」

翔が神楽に聞く。冷や汗を流しながら神楽は後でと伝える。

「つまりその白の国が嘘情報流して敵が罠張ってた?姉さん…ヤバくない?」

「あはは国一個敵に乗っ取られちゃったかもー」

笑い事ではなかった、いつ本当に世界全体が乗っ取られてもおかしくない状況なんだと悟ることになった。

「ふひひ、アキトくんに早く知らせなきゃ!」

何か思うことがあるのか引き笑いしながらシュメイラが部屋を飛び出していく。

「あ、シュメイラ!彼は多分もう気付いて…行っちゃったわ」

深いため息をして神楽も逃げようとするが翔がさっきの国について質問してくる。

「この世界、テセラを作ったときに名前も適当に作ってね各国を色で覚えるようにしてたら正式にそうなっちゃってねー」

性格もやることもいい加減と神鳴に毒づかれいつものように神楽は笑って誤魔化す。

「他にはどんな国が?」

「赤、青、緑、黄、黒、白の六つよ、各国とは定期連絡してて世界の中心としてこのジャニアス、あ、これはそっちの言葉でいうジーニアスという言葉を元に…」

脱線しそうになるのを謝りながら神楽は続ける。

「兎に角各国の希望ある若者がこの学校に入ってくるわけで…」

ここで猪尾が潜入してたロトスについて尋ねる。

「わからないわ、入試とか特にないから国から推薦状出たら無条件で入学許可してるから」

「その推薦状探せばいいじゃないか…」

河内がしらけた目で神楽を見つめる。

「調べたに決まってるでしょー会議の場で過去数年に遡ってね、無かったわ」

がっかりする面々だったが黒姫が不穏なことを口走る。

「つまりここにも手引きした人がいるんですよね?」

神楽が頬に手を当て叫ぶ。

「おー、まい、がっ!」

「神はお前だ!しっかりしてください」

翔がすぐにツッコミを入れる。神楽は頭を横に激しく振って頬を叩き冷静になって怒りを露にする。

「正面切ってくるかと思ったけど陰湿ね!兄弟とはいえ許せないわ!」

わなわなと怒りに震える神楽は続けて叫ぶ。

「内側の毒は私達で暴くしか無いわね!こうなったら徹底的にやってやるわ!私の世界はいい加減で作ったけど愛着あるんだから!」

こうしてアキトは白の国へ、翔達は獅子身中の虫を探し出すことになった。

面倒そうな任務に翔はうんざりしながらぼんやりと考える。

(今頃神隠しって大騒ぎなんだろうなぁ、本当に神様が犯人なんだけど…あぁ早く帰りたい)

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