神様の子供たち(上)
上です、下もいつか作ります。
「んんっ……」
適度に光の差す薄暗い部屋で、一人の少女は目を覚ました。
銀色の髪が陽に照らされて光るその姿は、天使と見間違うほどだった。
一方で、じっとその姿を見つめる少女が一人。
その少女は、目の前の少女が起きたことを確認すると、
「おはよう」
と、一言つぶやく。
眠そうに目を擦っている少女も、一つ欠伸をついた後、
「おはよう」
と、一言つぶやいた。
「……ところで、だれ?」
しばらく目を擦り眠気を追いやった少女は、冷静な思考を取り戻した。
すると、目の前にいる黒髪の少女は、全く見たこともない人だと気づく。
彼女はあまり自身を取り巻くものに深く興味を示さないが、この時は流石に違った。
突然と現れた黒髪の少女に恐怖といった感情は抱かなかったが、警戒心のためか、相手の素性を知りたがるのは誰だって当然のことだろう。
黒髪の少女は、銀髪の少女の問いかけに対してしばらく沈黙する。
銀髪の少女はどうしたのだろうかと、首を少し傾げる。
「私は、私の名前はノエル。あなたは……?」
しかし、彼女――ノエルは口を小さく開き、そう話した。
銀髪の少女は、小さく「ノエル……」と繰り返すようにつぶやくと
「私の名前はフリーゼ」
と、一言返した。さらに続けて、
「どうしてここにいるの?……昨日まではいなかったはず」
と、ノエルに質問をする。
フリーゼの言う「ここ」とは、いま彼女らがいる孤児院のことを指すのだろう。
孤児院には十数名の身寄りのない子供たちが暮らしており、それを教会の若いシスターさんがまとめている。
関係ない話だが、シスターさんの金髪翠眼の整った容姿と、彼女から溢れる優しさに心を奪われる人物は多いとか――――
と、まあそんなシスターさんが若干マスコットキャラクター化してきた孤児院では、子供たちに二人につき一部屋与えられて過ごしている。
しかし、フリーゼはあまり人とコミュニケーションを進んでするタイプではなく、子供たちの合計人数が奇数で一人余っていたこともあって、一人で一つの部屋を使っていた。
と、そんなことは置いておいて、孤児院にいる子供たちは人数が少ない為、フリーゼでも見知らぬ人が一人増えれば流石に気づく。
自分の部屋に突然現れたとなってはなおさらだ。
なので、全く知らない少女が自分の部屋にいることに疑問を持ったのだが。
「昨日シスターさんから話されなかった?…………昨日の夜遅くに、新しくここへやって来たの」
そこでフリーゼはようやく思い出す。
昨日の夜、広間に孤児院の子供全員が呼び出されてシスターさんに話をされたことを。
そして、眠すぎて机に突っ伏していたため話の内容は聞いていないことを。
おそらく、シスターさんの話が終わり、薄い意識で部屋に戻って眠りに落ちた後、彼女がどこからかシスターさんに連れられてやって来て、この部屋に押し込まれたのだろう。
「そうだったの」
「うん」
よりにもよって私の部屋に押し込まれるなんてかわいそうに……と、フリーゼはノエルのことを少し憐れむ。
なぜかと言えば、フリーゼは自分からはあまり喋らないし、他人から話しかけられても、あまり話せない。
つまり、同じ部屋になってもノエルのよい話し相手にはなれそうにないからだ。
それでも、これから長らく使われてこなかった自分の隣のベッドが使われることにフリーゼは少しワクワクしていた。
「よろしく」
だからだろうか、彼女の口からは自然とそんな言葉が飛び出した。
「うん。こちらこそよろしくね!」
黒髪の少女も、同じ部屋、孤児院の仲間として「よろしく」とフリーゼに伝える。
これが、二人の少女の出会いだった。
◇ ◇ ◇
寝癖を適当に直したフリーゼは、ベッドから降りるとノエルを連れて部屋を出る。
廊下は部屋の中とは違い、小さい窓が一つ端にあるだけなのでまだ暗い。
そんな廊下の両側には部屋がいくつか並んでいる。
その中でも二人の部屋は孤児院にある部屋の中で一番端に位置しており、あまり人が来るような場所ではない――――のだが、今日はいつもとは違い、孤児院に住む小さな子供たちがそれぞれの部屋のドアから顔をのぞかせている。
フリーゼは一瞬どうしてか分からない様子だったが、隣にいるノエルが緊張して肩をすぼめているのを見て、子供たちがノエルを見に来たのだと理解した。
しかし、彼らはどう話しかけたらいいか悩んでいるのか、それ以上近づこうとはしていない様子だった。
フリーゼはその姿を見て、内心で『この子たちにも可愛いところがあるなー』と微笑む。――――もちろん、顔には出さなかったが。
と、まあ彼女はそんなことを思いながらノエルを連れて冷たく長い廊下を進み広間へとやって来た。
広間には、既に三人ほど少年、少女が集まっていた。年はだいたい15歳、この孤児院ではお姉さんやお兄さん的な立場にある。
ノエルが来ても騒がないのは、もうそういう年ではないという事だろうか?
「おはよう、フリーゼちゃん。それに、ノエルちゃんも」
そのうちの一人の少女は、広間に入ってきたフリーゼとノエルに声をかける。
その声で彼女たちの存在に気づいた二人も、読んでいた本を一度置いてこちらに朗らかな笑みを浮かべて手を振っている。
「おはよう、シエラさん」
「お、おはようございますっ」
フリーゼはやはり落ち着いた様子で挨拶する。
一方でノエルは自分よりも年上のシエラに緊張している様子だ。まあ、彼女の場合はフリーゼを除いた全ての人に緊張気味なのだけども。
そんな彼女の様子に気が付いたのか、シエラは
「そんなに緊張しなくていいんだよ。ここに居る人たちは……みんな優しいから。
だから、困ったことがあったら何でも頼ってね」
そう、ノエルに話す。
しかし、『みんな優しい』と言うか少し迷うような素振りを見せたのはどうしてだろうか――――
でも、それに気が付いたのかどうかは分からないが、ノエルはシエラの気遣いのおかげか少し緊張もほぐれたみたいだ。
「あの、これからよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
二人は、どうやら無事に打ち解けることができたようだ。
「ところで、シエラさんはさっき何をしていたんですか?」
「えっと……暇つぶしに本を読んでたの」
そう言ってシエラは先ほどまで使っていた机に置いてあった本を取ってノエルに見せた。
「何ですか?……この本」
ノエルはシエラの持っている少し古そうな本を見て言う。
本のタイトルは普段見慣れない文字で書かれていて読めない。――外国語だろうか?
「この本?……これはね、この孤児院の近くにある図書館から借りてきた本なの。この本を見て外国語の勉強をしてるんだよ」
「へぇ……凄いですね!私にはさっぱりです……」
「そんな事ないよ。ノエルちゃんもやろうと思えばできるんじゃないかな?」
「うぅ……。流石に無理だと思います……」
ノエルはシエラの言葉に少し困ったような顔をした。
しかし、すぐに笑顔に戻ると
「教えてくれてありがとうございます!」
と、感謝を述べた。
「別にいいんだよ。あと、そんなにかしこまらなくてもいいんだからね」
「はい!」
シエラはノエルの返事を聞いて、少し微笑んだ。
ノエルとシエラの会話が一段落ついたその時
「みんなー!集まってー!」
よく澄んで、通った声が孤児院に響いた。
さっきまで物陰に隠れてノエル達の様子を見ていた子供たちも
「「はーーい!」」
と、言って物陰から飛び出すと広間にあるそれぞれの机に座った。
「シエラ達はちょっと、こっちへ来て!」
「はい、今行きます!」
シエラは澄んだ声の主――シスターさんに呼ばれると、二人に会釈をして広間から出てすぐそこにあるキッチンへ向かった。
見れば、先ほど手を振ってくれた二人もササっと広間から出てキッチンへ向かっていた。
ノエルはその様子に戸惑い、どうしたのだろうと頭に疑問符を浮かべる。
「三人はキッチンへ向かったの。…………ご飯を作る手伝いのために」
その様子を見たフリーゼはノエルに三人がどこへ向かったのかを教えてあげる。
あと、これだけでは上手く伝わらないと思って、何をしに行ったのかも付け加える。
ノエルはその説明になるほど、と頷く。
「私たちは手伝いに行かなくていいの?」
ノエルはそこで、自分たちも手伝えばもっと彼女らの負担を減らせるのにと思い、質問する。
すると、すぐにフリーゼは席についている子供たちを指さす。流石にそれだけでは何のことか分からないので、彼女は一つ説明を入れる。
「私たちは、この子たちを見守ることが仕事」
ノエルはそれを聞いて子供たちの方を見てみる。
すると、子供たちは一応席に着いてはいるが元気にはしゃいでいるのが見えた。
「あはは……」
と、すこし苦笑しつつも、ノエルは子供たちの方を向き直った。
そして、一つ息を吸い込むと
「みんな!静かにっ!」
と、大きな声で言った。
その声に、子供たちは話し声をやめて全員がノエルの方へ視線を向ける。
フリーゼは、自分とは違い子供たちを大声でまとめ上げるノエルの姿に、少し驚いて、憧れた。
しかし、ノエルの方を見れば、なぜか顔を赤くして小刻みに震えている。
やっぱり、「緊張してるのかも……」とフリーゼは心配していたが、その心配は次の瞬間的外れのものであったと思い知らされる。
「で……何を言えばいい…………の?」
なんと、ノエルは先のことは何も考えずに「みんな!静かにっ!」と言って、子供たちをまとめようとしていたのである。
子供たちは、しばらくポカンとしていたが、ノエルの言葉を理解すると一斉に笑い始めた。
その間、ノエルは赤くなった顔を手で覆い隠すと……その場にしゃがみ込んでしまった。
そしてフリーゼは、そんなノエルを慰めるようによしよしと頭をなでてあげていた。
ここまでの一連の流れは、後に孤児院の子供たちの間で「で、何を言えばいいの」事件として語り継がれ、笑い話にされる事となる。
そして、その話がされる度に、フリーゼは落ち込んだノエルを慰めることで大変であったとか……。
◇ ◇ ◇
「フリーゼ、ノエル、手伝って―!」
先ほどの笑い声も一先ず落ち着き、すっかり打ち解けた子供たちに読み書きや計算を教えていた二人は、シスターさんにキッチンから手伝いに呼ばれる。
「行こ」
「うん」
二人は短くそう言ったあと、キッチンへ少し早歩きで向かった。
するとキッチンには人数分のスープや、パンや目玉焼きがトレーの上にのせられていた。
「私たちの仕事は、これを運ぶこと」
「うん、頑張る!」
フリーゼは慣れた手つきでトレーを手に取る。一方で、ノエルは慎重にトレーを手に取ると、そのまま広間に向かって歩き出した。
フリーゼは娘を見守る親のような目でノエルの姿を見つめていたが、ノエルがキッチンから廊下へ出ようとしている時にふと、言わなければならないことを思い出した。
フリーゼは慌てて
「手元だけじゃなくて足元にも注意して」
と言う。
しかし、時すでに遅し。
「分かって…………ひゃっ!?」
フリーゼが忠告した時、ノエルは、キッチンと廊下の間にある小さな段差に左足を躓いていた。
「危ない!」と思わずフリーゼは次に来る惨事と衝撃に備えて思わず目をつむる。
――しかし、惨事も衝撃もやって来ることはなかった。
おかしいな、と思いフリーゼは目を開く。
すると、そこには右足を前に出して体をなんとか支えているノエルの姿があった。
おそらく、ノエルが咄嗟に右足を出して体のバランスを支え、トレーと料理を守ろうとしたのだろう。
「あはは……危なかったよ」
「怪我がなくて……よかった」
フリーゼはノエルが無事であることを確認すると、ほっと、一つ息をついた。
しかし、落ち着いたところで彼女は予想だにしていなかった事に気づいてしまう。
「あっ…………!!」
思わず漏れてしまった驚き声は、今までの無口な少女から発されたとは思えないほどだった。
また、彼女はある一点を深刻そうな表情でじっと見つめて固まっていた。
そのことから、彼女の驚き具合とショックさを察することができるだろう。
そしてノエルは先ほどの驚き声の原因と、驚いて固まるフリーゼが気になり、彼女を見つめる。
そして、彼女の視線の先をたどってみると――
――彼女のトレーの上が大惨事になっていた。
「あ…………」
かわいそうに、そう思うほかなかった。
ノエルの事で驚き思わず目を瞑ったフリーゼは自分の手元が見えなくなり、手元が揺れたせいでスープが器から波を打ってこぼれ出してしまったのだ。
――――そう、あろうことか惨事に見舞われることとなったのはフリーゼの方だったというわけだ。
「あちゃー……また、派手にやっちゃったね」
二人が固まっているのを不思議がって見に来たシエラは、フリーゼのトレーを見つめてそう言う。
「あ、あの……余ったスープとかってないんですか?……私のせいでこんなことになってしまったので」
「そうだったの?……でも、生憎今日はあまりはないんだよね……」
ノエルは申し訳なさそうにシエラに尋ねる。が、どうやらスープは残ってないようだ。
それを聞いたからか、未だ固まっているフリーゼの顔が少し陰ったような気もする。
なんだったら、少し涙目になっているような気も――――
「ご、ごめんね!!ほら、私のスープあげるから」
「もらえない」
「で、でも……」
ノエルは慌ててフリーゼを慰めようとするも、失敗に終わってしまう。
フリーゼとしては、自分のせいで起った問題なのでノエルからスープをもらうなんて事はしたくないのだ。
「あら……」
シエルはそんな二人を困ったような様子で見る。
まあ、実際はそんなことはなくて、優しい揉め事を起こす二人のことを内心「かわいい……」とか思いながら見つめているわけだが。
どうもこのままでは話が進みそうもないと思われたその時、キッチンへある人影がやってきた。
「なんでそんな馬鹿げたことで争ってるんだい……」
シエルたちと同じく、孤児院でお兄さんのような立場にあるメイルはキッチンへ入るなり、様子を察してそう言う。しかし、それを包み隠さずに言ってしまうのは間違いだった。
確かに、こんなことでわざわざ争う必要も無いので馬鹿げたことというのは間違っていないのだが――――
「馬鹿げたことですって……?」
シエラが先程のテンションからは考えられないほど低い声と鋭い目で睨みつけた。
彼女からすれば、馬鹿げたことではないのだろう。いや、この場合は二人を悲しませるような言い方をしたのが悪いのかもしれない。
しかし、キッチンへやって来た彼はそれを軽く返す。
「まあまあ、そう怒らないで」
「……あなたはそういう態度をとるから嫌われるのよ。分かる?」
フリーゼとノエルの優しい争いとは別に、こちらはこちらでバチバチにやりあっていた。
もともと、この二人は犬猿の仲と呼ばれるような関係であり、そうなってしまうのは止められないことなのかもしれない。
「悪い言い方をしたのは謝るよ。でも、こんな事みんなから少し分けてもらえば済む話じゃないか。
まあ、そこを遠慮してしまうのがフリーゼの可愛いところではあるのだけど」
「そうなのよ!そういう優しいところが…………って、流されないからね?でもまあ、それもそうなのよね。
……二人とも、みんなから少しずつ分けてもらうってことでどうにかならない?」
いくら犬猿の仲とはいえ、フリーゼのことになると心が通じ合うらしい。
いや、メイルがわざとフリーゼの話を持ち出して話を逸らしたのかもしれない。
――――この男、策士である。
それはひとまず置いておいて、シエラからの提案にフリーゼとノエルは渋々といった表情で頷きを返す。
「でも、みんなはそれで納得してくれるのかな……」
ノエルは、自分の失態のせいでみんなから少しずつスープを分けてもらう事にみんなは納得してくれるのだろうか、と心配げに呟く。
フリーゼも言葉には出さないが、同じ気持ちのようだ。
「黙って少しずつ拝借すればだ、大丈夫だよ……」
シエラはそんな二人を気遣って(?)か、そのように言って説得する。――――目が泳いでいて説得力は無いが。
しかし、そんな気遣いもどうやら無駄だったようだ。
「「大丈夫じゃない」」
二人は言い合わせたわけではないが、声を揃えてそう言った。
やはり、二人は了承を得ずにみんなから勝手にスープをもらうことは嫌らしい。
「じゃあ、私の全部あげる?」
「それは、だめ」
ならば、とシエラは自分のスープをあげようとするが、やはりこれもダメらしい。
というか、シエラのせいで話がまた一番最初へ戻ってしまったのではないか?
それを見かねたある人物が四人の方へやって来る。
「何を言い争っているのですか?」
「し、シスターさん!」
ノエルは長い髪を揺らしながらやって来たシスターさんに突然声をかけられて、驚きながらも答える。
「私のせいでフリーゼがスープをこぼしてしまって……今、どうすればいいのかで話し合っていたんです」
シスターさんはノエルの話を聞いて、そういうことだったのかと頷く。
「それは……遅れてやってきたメイルに作らせればいいのでは?」
そして一呼吸置いた後、なんとそう言ってみせた。
その意見を聞いたシエラは――
「いいですねそれ!ぜひそうしましょう!」
と、ここぞとばかりにいつになくはしゃいだ様子で同意していた。
一方で本人はと言えば――
「っ……!?」
と、先ほどのクールさはどこかへ飛んで行き、かなり驚いた様子だ。
まあ、確かにお兄さん的な立場にある四人はシスターさんと一緒にみんなのご飯を作ることが日課――というか仕事になっていた。
当然、それをサボったメイルには罰が与えられてしかるべきだが――――
「――冗談ですよ。シエラも本気にしないの。……みんなから少し分けてもらうという事でいいですよね?」
どうやら罰が与えられることは無いようだ。それは、シスターさんがメイルのある事情を知っていたからだろう。
それはひとまず置いておいて、状況は一周回って先ほどと同じところにまでやってきた。
「そうなんですけど、みんなは納得してくれるのかなぁって不安で」
ノエルはシスターさんに悩みを話す。
流石にもう一周するとご飯が冷めてしまいそうなのでシスターさんは話を切り出した。
「なら、みんなに聞いてみましょう?みんな優しいのだからあまり悩まなくてもいいんじゃない?」
「分かりました」
ノエルはシスターさんの提案に、『もしみんなからダメって言われたらどうしよう』なんて思うところもあったけれど、それしか無いと分かっているので覚悟を決めたようだ。
「聞いてきます!」
トレーを置いたノエルは、提案を実行しようと広間へ向かう。が――
「待って!」
フリーゼはそれを呼び止める。
ノエルやシエラたちはどうしたのだろうかと首をかしげた。
「私も行く……!」
「うん!」
フリーゼが一緒に頼みに行ってくれると知ったノエルは、すぐに返事を返す。
フリーゼは、自分が皆に頼まなければならないと分かっているし……行動力のあるノエルを見て、あまり人とコミュニケーションを取れない自分を少しでも変えたかったのだ。
そんなこんなで、それぞれの思いを持って二人は広間へと向かった。
広間に入ると、子供たちは広間の椅子で座って話したり、勉強したり、本を読んだり、それぞれのやりたい事をやっていた。
しかし、入ってきた二人の存在に気がつくとそちらに向き直った。
二人は深呼吸すると、覚悟を決めた。
「みんなに、お願いがあるんだけど……」
「スープのこと?」
「そうなんだけど――――って、え!?」
ノエルは意を決して話し始めたが……なぜか事情を知っている少女に調子を狂わされてしまう。
――――いや、よく見れば子どもたち全員が『やっぱり』といったような表情を浮かべていた。
「みんな知ってたの?」
「あんなに大きな声で話していれば、誰だって分かるよ」
「確かに……」
いまだに驚いているノエルの代わりにフリーゼは質問する。
すると、子供たちのリーダー的な立ち位置にある少年が返した。
ノエルとフリーゼは少年の言葉を聞いて、さっきまでの自分たちの姿を思い出し、それもそうかと納得する。
二人は暫し思考停止していたが、動揺していても仕方がないので、話す手間が省けた程度に考えることにした。
「お願い!みんな、フリーゼにスープを分けて欲しいの……!」
「わ、私からも……お願い……!」
という事で、二人はいきなり本題であるお願いを子供達に話す。そして、頭を下げた。
すると、子供達にその気持ちが伝わったのか――
「そんなの、別に構わないよ。みんなもそうだろ?」
「もちろん」
「うん」
――全員が快く了承してくれた。
「あ、ありがとう!」
「ありがと……」
ノエルは、まるで自分の事の様に――いや、半分は自分の事だが――喜んだ。
子供達の優しさを身で感じて、少し泣きそうにまでなっていた。
一方でフリーゼといえば、隣のノエルを見て『こんな事で少し感動しすぎ』と思っていたが――こちらも実は感動しているのか、いつもは見せない笑顔を見せていた。
何はともあれ、これで二人の心につかえていた不安も取れた。
……朝から騒がしいが、これでやっと朝食の時間だ。
「みんなーー!手を洗ってきなさーい!」
「「はーーい!」」
シスターさんがキッチンから声を上げて子供達に手を洗うように呼びかける。
その言葉を聞くと子供達は我先にと水道のある手洗い場へと急ぐ。
しかし、一人の少女だけその場に残った。
そして、その少女はみんなとは違いノエルとフリーゼの方へ近づく。
「あの、ノエルさん」
「ん……どうしたの?」
すると、少し緊張気味にノエルに話しかけた。
「挨拶が遅れてしまいました。私の名前はリオンです。これからよろしくお願いします……!」
青紫の髪の少女――リオンは、髪を揺らしノエルにお辞儀をする。
ノエルも、少女にお辞儀を返し
「よろしくね!」
と、伝える。
しかし、ノエルは緊張しているのか少し固まっている様子だ。
「でも、ほ……本当に子供?私より全然態度が大人びているというか……!何というか……凄いね!」
――いや、どうやらノエルは緊張していたのでは無く、目の前の少女に驚いていたようだ。
だけど、それも仕方ない。リオンは見れば分かる通り外見は完全に子供――――むしろ年齢よりも幼く見えるくらいなのだが、言葉遣いや態度がその姿と全く一致していないのだ。
「ありがとうございます。褒められるのは……その、素直に嬉しいです……!」
ノエルは『やっぱり大人びているなぁ』と、自分よりひと回りも二回りも小さいリオンに憧れのような、驚きのような感情を抱く。
そんな中、ノエルはふと朝に疑問に思っていた事を思い出した。
「そういえば、朝みんなが話しかけてこなかったのはどうして?みんな覗いてくるばかりですごく緊張したんだけど……」
ノエルは、リオンが何か知っているかもしれないと質問してみた。
すると、リオンは少し困ったような――複雑な顔をした。
ノエルは何となくだが、リオンが何か知っていそうだという事と、あまり言いたくなさそうな――――いや、言うことを躊躇っている様な感じがすると思った。
「……言いたくないなら言わなくてもいいんだよ?」
「いえ、何というか…………少し耳を貸してもらっていいですか?」
ノエルはリオンの言葉を聞いて、彼女が話しやすいようにしゃがんでみることにした。
すると、リオンはノエル一人だけに聞こえるように話し始めた。
「言いにくいというか、フリーゼさんが傷つくかもと思って黙っていたのですが…………みんな無口なフリーゼさんの圧に押されて、話しかけようにも近づけなかったのですよ」
「あぁ……なるほどね」
ノエルはリオンの話を聞いて、先程の光景を思い出してみる。
すると、確かに子供達がフリーゼから隠れる様に覗いていたので、その話に納得した。
「でも、私はフリーゼと出会ってまだ少しだけど、内気な私にも優しくしてくれるし、すごく優しいと思うなぁ」
「そうなんですよ。フリーゼさんは凄く優しくて、素敵な方だと思います。……けど、考えていることがあまり表情に出ないので、近付きにくいと言いますか……」
「うーん……」
ノエルは、リオンの話に唸った。
確かに、フリーゼには彼女の周りに結界のような――――勿論物理的にという訳ではないが、そのような、近づきたくても近寄らせてくれない感じがする。
本人は全くそんな事を思っていないのだろうけれど。
「出会って少しの私が言うのもおかしいけど、仲良くしてあげてね」
「勿論です。私ももっと仲良くなれるようにがんばります!」
そう言って微笑むと、リオンは他の子供たちと同じように手洗い場へ向かっていった。
心なしか先ほどよりも雰囲気が軽くなったような――――そんな彼女を、ノエルは笑顔で見送る。
すると――
「どんな話をしてたの……?」
「えっ…………と」
フリーゼは、リオンが離れたのを見るとノエルに話しかけた。
突然、難しい質問を投げかけられたノエルは反射的にビクッと少しだけ震え、うつむいてしまう。
フリーゼに伝えるには難しい話の内容なので、少し答えることに迷ってしまう。そんな様子だった。
「秘密の事?もしそうなら、ごめん」
「んーーっと、別に秘密っていうわけではないんだけど…………少し、衝撃的なことを聞いたの。
それも、少し話しにくいことなの……」
ノエルは、ひとまずフリーゼにあまり気を遣わせるわけにはいかないので、当たり障りのない――――というよりは、核心には触れない程度に話すことに決めたようだ。
でも、冷や汗が少し流れていて、怪しさ満点であまり隠しきれていないようだけれど。
「そう……気になるけど聞かないでおく」
「気を遣わせちゃってごめんね。でも、ありがとう」
「ん……気にしなくていい」
でも、ノエルに話しにくいことだと言われたので、フリーゼもあまり深掘りはしないようだ。
――いや、フリーゼの場合素で気づきにくい体質という可能性も無きにしも非ずだが。
ノエルは、どちらにしろフリーゼに気を遣わせてしまったのには変わりないので申し訳ない気持ちになりながらも、心の底で少し安心していた。
みんなが覗いているだけだったのはノエルに恥ずかしくて話しかけれなかったから――と思っていた少女が、本当は自分の圧によって近づけなかったと知ってしまったらどうなることか――――
フリーゼの場合少なくとも数分は思考停止したままなので、本当に気遣ってくれたのは幸いだった。
「じゃあ……キッチンに戻ろ」
「うん!」
フリーゼはみんなから許可を得ることができたので伝えに戻ろうと提案する。
ノエルは断るわけもなく、笑顔で頷いた。
――一緒にキッチンへ向かう二人の足取りは、心なしか軽やかに見えた。
◇ ◇ ◇
「では、今日も私達に恵みを下さる神様に感謝の気持ちを込めて祈りを捧げ――「「いただきまーーす!!」」
――――もう。……残さず食べなさいよ」
シスターさんが食事の前の挨拶をするが、目の前のご飯を早く食べたくて我慢できない子供たちが、シスターさんの声を遮り『いただきます!』と叫ぶと、我先にとご飯を食べ始めてしまった。
しかし、こんな事も日常茶飯事なのでシスターさんは特に咎める事もなく、ため息を一つ吐くと自分もご飯を食べ始めた。
――――咎めなかったのは決して自分も早くご飯を食べたかったとか、そんな事はない……はず。
まあそれは置いておいて、フリーゼとノエルはというと――
「みんなから分けてもらえてよかったね!」
「……ん」
みんなから分けてもらい、もらいすぎたのか普通より少し量の多くなってしまったスープを見て笑っていた。
「……でも、これじゃあどっちがやらかしたのか分からないね」
「むぅ……」
フリーゼはノエルの言葉に不服そうに頬を膨らませる。
でも、その顔は幸せそうだった。
「食べよ……?」
「うん!そうだね!」
二人は見つめあって、少し微笑むと美味しそうにご飯を食べ始めた。
◇ ◇ ◇
朝食を終え、みんなで食器を片付けた後の事。
「じゃあ、ノエルに自己紹介をしてもらおうかな」
「え?……は、はいっ!」
ノエルは突然そう言われて驚きつつも返事をする。
そして、少し恥ずかしそうに立ち上がる
「わ、私の名前はノエルです。今日からここでお世話になる事になりました!……よろしくお願いしますっ!」
「「よろしく!」」
ノエルは一生懸命声を出して、自己紹介をした。
すると、子供たちは元気いっぱいに返事をしてくれる。
フリーゼや、シエラや、メイルたちも「よろしく」と、笑顔でそう言ってくれた。
その反応に、ノエルはホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、みんな……ノエルにここを案内したりしてあげてね?
私はこれから教会へ行かなければならないから」
シスターさんはそう言って微笑むと、少し早足に孤児院の玄関の方へ向かって行った。
それを確認すると、子供たちがノエルの元へ一斉に駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ!ノエルさんの事をもっと教えて!」
その内の一人の男の子がノエルにそう質問する。
「もちろんいいよ!どんな事が知りたい?」
「……うーん、何でも?」
ノエルは快く了承すると、男の子に何を知りたいか質問する。
しかし、男の子も何を聞いたらいいのかあまり分からないようで、困ってしまう。
「こういう時って何を話したらいいんだろう?
……趣味とかかな?……でも、私何もそれっぽい事はしてこなかったし……」
「失礼かもだけどさ、ここに来る事になった理由とか聞きたいなぁ……。
みんな訳ありなんだしさ、話して楽になる事もあると思うんだ」
何を話せばいいのか困っているノエルを見て、シエラはそう話す。
助け船……ではなく、彼女が聞きたいことを言ったのだろうか?
とにかく、ノエルが困らなくなった事には変わりない。
「そうだね、話す事にするよ。
私の生まれだけど、それを話すには私の名前を聞いてもらうのが一番早いかな」
「名前?……どう言う事?」
突然ノエルがそう言い出すので、フリーゼは頭に疑問符を浮かべる。
「私には苗字があるの」
「え!?……ほんとに?」
ノエルの言葉にフリーゼは驚く。
――今日はいつになく驚いてばかりだ。
しかし、そんなフリーゼだけでなく、その場に集まっている子供達も、みんな衝撃を受けていた。
何故なら、苗字を持っているのはそれこそ高貴な生まれな人だけなのだ。
王族や貴族であったり、大商会の主であったり……国の中枢に関わる人。つまり、苗字を持っているだけで凄い事なのだ。
「私のフルネームは……ノエル・ストック。魔法師の一族の生まれ」
「ストックって……あのストック!?」
驚きすぎて固まっている子供たちとフリーゼの代わりに、シエラがリアクションする。
――みんなが驚くのも無理ない。
ストック家というのは、この国では知らない人がいないほど有名な一族なのだ。
どういう一族かと言うと――――国随一の優秀な魔法師を多数輩出する一族。
その優秀さは宮廷魔導士の五割をストック家が占めている事からも分かるだろう。
「でも、何でそんな凄い家の人がここに……?」
子供たちの内の一人がそんな事を言う。
確かに、そんな自分達とは一生関わる事はないだろうと思っていた人間がこんな小さな孤児院に、孤児としてやってくるのは――はっきり言って異常な事だ。
ノエルは、そんな事になった経緯を少し恥ずかしそうに語り出した。
「それはね……恥ずかしい事に追い出されちゃったんだよ。
私は別に魔法が得意ってわけじゃなくて……いや、むしろできないんだよね。だから、私がこうしてここに居るのは、あそこに居るべきじゃなかったって事だと思うんだ」
「そう……だったのね。話してくれてありがとう」
質問した本人であるシエラは、その答えに気を遣わなかった自分を申し訳なく感じてしまう。
でも、今更『ごめん』とは言えないので『ありがとう』と、話してくれたノエルに感謝した。
「……なんだか微妙な空気になっちゃったね。ごめんね?」
「ううん……私からも、話してくれてありがとう。
……そうだ、この孤児院を案内するよ」
「本当?ありがとうっ!」
ノエルはフリーゼの優しさに、思わず涙が出そうになるが、なんとか我慢して笑顔でそう言った。
しかし、子供たちはといえば――――
「フリーゼだけずるい!」
と、少し先に案内役に名乗り出た事が不服なようだ。
「まぁまぁ……同じ部屋同士なんだし、多めに見てあげよう?」
それをシエラが収める。まぁ、いつも通りの光景だ。
ただ、シエラはさっきまでの重い空気はどこへやらといった感じに、微笑んでいる。
「あまり大勢で案内しても分かりにくいだけですし、それもそうですね」
そこへいい感じにリオンが間に入る。
二人の説得を聞いた子供たちは「はーい」と、少し悲しげなような、何というか……残念そうな声を上げた。
それを見たノエルは、何かできる事はないかと考えて――
「じゃあ、今度一緒に遊ぼ?」
と、これくらいしか思いつかないけど……と心の中で付け加えつつ、そう提案する。
その提案に子供たちは――――笑顔で喜んだ。
「約束だからねー!」とノエルに言うと、ササッと自分達の部屋へ戻った。
その後を追いかけていくように、お兄ちゃん的な立場にある青年二人も、ノエルへ手を振ると部屋へ戻って行った。
そうしてその場に残ったのはノエル、フリーゼ、シエラ、メイル――――そしてリオンだ。
メイルは、ノエルへ「ちょっといいかな」と呼びかけるとポケットから何かを取り出して差し出した。
「これは……?」
ノエルはメイルの手に握られている黒い板のような何かを見て首を傾げる。
「これは通信用魔道具、まだ試作段階ではあるんだけど何かと便利だから君にも持っておいてほしくてね」
そう言って、その黒い板――――通信用魔道具に付いているボタンを押す。
すると、板は途端にパッと明るく光って何かをその板に映し出す。
「これは……時計?」
「うん、今の時間がわかるようにしてみたんだ。
でも、これは通信用魔道具……つまり、通信ができるのさ!」
「通信……?」
ノエルは通信と言われて、あまりパッときていないようだ。
そんなノエルに向けてメイルは説明をする。
――いや、単に自分の作った物の凄さを話したいだけかもしれないが。
「通信というのはね……これさえあれば離れているところでも連絡を取り合う事ができると言うことなのさ。
どうだい?凄いと思わないかい?」
「たしかに凄いですね!……それってもしかしなくても世紀の発明だったり!?」
「いや、通信系の魔法を扱える人は少なくないからそこまでだとは思うな。
だけど、だれでも簡単に扱えて、消費魔力も少ない。……素晴らしい発明だとは自負しているよ」
メイルは誇らしそうに語る。
が、シエラは嫉妬のような、そんな感情を宿した目でメイルを見る。
「メイル、私のノエルちゃん……おっと……と、とにかく、ひとりじめしないでくれる?」
少し余計な言葉がつい出てしまったが、シエラはそんな事を言う。
「……まったく、分かったよ」
それに、メイルはやれやれと言った感じで返す。
うん……見れば見るほど理不尽だなぁ。
「じゃあ、簡単に使い方だけ確認しちゃおうか」
「は、はいっ!」
メイルの呼びかけに元気よく返事をしたノエルは『ふんすっ!』といった感じにやる気を出している。
「うん、じゃあまず電源の入れ方だけど……ここの側面についてるボタンを押して――――」
メイルは自分の発明品について熱心に聞いてくれるノエルに好印象のようだ。
いつもよりも――――それこそ、反応の悪いシエラに話している時とは違って楽しそうだ。
――そんなこんなで、約十分間、メイルはノエルに通信用魔道具の使い方を教え込んだ。
「色々と分かりました!ありがとうございます!」
「いやいや、いいんだよ。話していてこっちも楽しかったしね」
メイルはそう言うと、ノエルに持っていた通信用魔道具を差し出した。
「貰っていいんですか……?」
ノエルはメイルから通信用魔道具の事を聞けば聞くほど凄いものだと分かって……今ではちょっと、受け取るのも本当にいいのかと戸惑っているようだ。
「勿論さ。元々ノエルに使ってもらおうと作ったものだからね。
だから、もらってくれると嬉しい」
「分かりました!ありがたく使わせてもらいますっ!」
メイルが笑顔でそう言うと、ノエルはお礼の言葉を言ってメイルから通信用魔道具を受け取った。
それを確認すると、メイルは
「僕はお邪魔のようだし、ここら辺で部屋へ戻るとするよ」
と言って去っていった。
――その瞬間メイルだけに向けられていた殺気のような何かは一瞬にして消え去った。
『全く……困ったものだよ』
去り際にメイルはそんな事を思った。
「さてと、邪魔者は居なくなったわけだし……私たちはノエルちゃんにここを案内してあげないとね」
「……よ、よろしくお願いしますっ!」
ノエルはシエラの言った『邪魔者』と言う言葉に一瞬戸惑いつつも、シエラにそう言った。
――――あまり深くは探らないのが吉と思ったのだろう。
とにかく、こうして少しの高揚感を孕ませた孤児院の案内は始まったのだ。
言い忘れていたのですけど、この物語のオチは作者の性質上どう足掻いてもダーク方面になりそうなのでよろしくです。(衝撃の告白)
下ができたら、下にリンク貼りますね。因みに、本文はまだ0文字しか書いていないので、明日は流石に無理だと思います……。