哲雄と祐介と知美の物語
登場人物表
児玉哲雄(3)(10)(16~)
橋本知美(3)(16~)児玉の幼馴染
小林祐介(3)(10)(16~)児玉の親友
首藤拓也(17) 児玉の柔道部の先輩
渡辺恭子(17) 剣道部の部長
女医(47) 知美の主治医
知美の母
中学生1
中学生2
中学生3
教師
支店長 児玉の勤務先、信用金庫の支店長
知美の近所の人
○立川市内 幼稚園 園庭
カラフルな遊具。教室の中から聞こえ
る園児達の声。
○同 教室 中
15人くらいの割烹着を着た園児達が
自席で思い思いに騒いでいる。
それぞれの机に画用紙とクレヨンが配
られる。
その中で、まだ割烹着が一人で着るこ
とが出来ずに苦戦している児玉哲雄
(3)。
隣の席で橋本知美(3)が、苦戦して
いる児玉に気が付く。
知美「哲雄くん。手伝ってあげる」
児玉に割烹着を着せてあげる知美。
児玉「ともちゃん、ありがとう」
ポケットから防犯ブザーを取り出す児
玉。
児玉「これ、あげる」
知美「ん?」
児玉「ともちゃんがピンチの時はこれを鳴ら
すんだよ。今度は僕が助けてあげる」
知美「バカね哲雄くん。でもありがとう」
少しムクレる児玉。それを見て笑う知
美。児玉と知美のやりとりを見ている
小林祐介(3)。
○児玉宅 外観 夕方
木造二階建ての建物。
児玉の母の声「哲雄、あんた防犯ブザーどう
したの?」
児玉の声「んー、どっかに落とした」
児玉の母の声「あんたほんとにバカなんだか
ら!」
タイトル「哲雄と祐介と知美の物語」
○同市内 雑居ビルの陰 (夕方)
ランドセルを背負った小林(10)が
3人の中学生に囲まれている。
中学生1「おいおい、今時の小学生の小遣い
はこんなもんかよ」
中学生2「なめんじゃねえぞ!」
泣きそうになる小林。
そこに児玉(10)が走ってくる。
児玉「おい、やめろよ!」
中学生2「んだ?このクソガキは」
児玉の胸ぐらを掴み上げる中学生2。
中学生3「もうやめとけよ。相手はガキだぜ」
中学生2「ちっ!」
その場を立ち去る中学生3人。
小林「・・・ありがとう」
児玉「あんな奴らに嘗められるなよ」
小林「でも・・・年上だし・・・3人いるし・・・」
児玉「相手が何歳か何人かなんて関係ねえ
よ・・・って言うかお前見たことあるな」
小林「幼稚園の時から一緒だよ」
児玉「まじかよ(笑)」
○同市内 歩道橋の上
横になって歩いている児玉と小林。
児玉「分からないかなあ・・・例えばさ、お
前の彼女がさ、絡まれてたら助けるだろ?」
小林「お前じゃなく・・・俺、小林祐介」
児玉「俺は、児玉哲雄」
小林「知ってる」
児玉「で、助けるだろ?祐介」
小林「ん、まあ・・・」
児玉「それと同じなんだよ」
小林「同じ?アフリカが?」
児玉「そう。俺の親父はさ、アフリカで学校
とかを建設してんだよ」
児玉「で、一回だけだけど行ったことがある
んだ」
小林「アフリカに?」
児玉「うん。お前も一度行ってみろよ。世界
が変わるぞ」
小林「それが彼女を助ける話になるのか?」
児玉「バカだなあ、お前は。俺は見ちゃった
んだよ。貧困に喘ぐ子供達をさ」
小林「見ちゃったのか?」
児玉「そうだよ。見ちゃったら助けないわけ
にはいかないだろ。人としてさ」
小林「そうか・・・。哲雄くんは偉いな」
児玉「くんはやめろよ、くんはさ」
小林「哲雄は・・・」
○同市内 街中 朝
歩道で立ち止まって俯いている知美
(16)。高校の制服を着て、セミロン
グの髪は茶色に染めている。じっと足
下を見つめたまま立っている。手には
防犯ブザーを握りしめている。
児玉の声「知美、おはよう!」
走って知美に近寄る制服姿の児玉(1
6)。
児玉「知美?」
固まったように動かない知美。
知美の肩を揺する児玉。
児玉「知美!」
青ざめた顔で児玉を見る知美。
一泊おいてひきつった笑顔。
知美「哲雄くん・・・」
児玉「大丈夫か?」
知美「う、うん」
ハンカチを出して、知美の脂汗を拭い
てやる児玉。
知美「側を歩いている人たちが、私のことを
悪く言うのが聞こえたの。たくさんの人た
ちが・・・」
児玉「大丈夫だよ。俺が付いているから。ず
っと側にいるから」
知美「うん。ありがとう・・・もう大丈夫」
児玉「よし。じゃあ学校行こう」
知美の手を引く児玉。
○同市内の某高校 柔道場
柔道着を着て乱取り稽古をしている男
子高校生が10人。その中に児玉。
児玉の乱取の組み手の相手、首藤拓也
(17)が、児玉の足を払う。ヨロケ
る児玉。
首藤「どうした哲雄!腰が引けてるぞ」
児玉「はいっ!」
隣の剣道場からぶつかり合う竹刀の音
や、「面」や「小手」といった大声が聞
こえる。
手を緩める首藤。
首藤「ったくるせーなあ。おい小林、ちょっ
と静かに練習するよう言ってこい」
乱取稽古をしていた小林祐介(16)
が手を緩める。
小林「えー、また自分が言うんすかあ?」
首藤「いいから言ってこい」
不満そうに柔道場を出ていく小林、少
しして戻ってくる。小林のすぐ後から、
剣道の防具をつけた渡辺恭子(17)
が入ってくる。
恭子「稽古の邪魔するな!」
首藤「おっ、部長のお出まし」
嬉しそうな首藤。
恭子「小林を派遣したのは首藤か?剣道部は
来月の全国大会に向けて真剣なんだ」
首藤「真剣は使わないだろ」
恭子「その真剣じゃねえわ。県大会にも行け
ないどっかの弱小部とは違うんだ」
首藤「あははは・・・すんません」
苦笑いの首藤。
児玉に気が付いて一瞬微笑む恭子、踵
を返して出ていく。
首藤「こわいねえ」
道場の端で小林が児玉に小声で話す。
小林「なんか首藤先輩は渡辺先輩に会いたく
て、俺を剣道場に行かせてるみたいだ
な・・・」
○教室 夕方
夕日の射し込む誰もいない教室で、耳
を塞いでしゃがみ込んでいる知美。
自分の上履きのつま先をじっと見つめ
たまま怯えている。
○柔道場 夕方
柔道着から制服に着替え、道場の正面
に礼をして足早に道場を出る児玉。
扉の外に恭子が待っている。
恭子「哲雄くん、一緒に帰ろか」
児玉「あ、渡辺先輩。すみません、急いでい
るので・・・」
恭子の横を通り過ぎる哲雄、その先で
たばこを吸っている首藤に気づいて挨
拶をする。
児玉「お先に失礼します!」
首藤「おうっ哲雄、何急いでんだ?」
深く一礼をして黙って走り去る児玉。
そこに残された恭子と首藤。
首藤「恭子、お前・・・」
恭子「ちげーよ、考え過ぎだよ」
首藤「ふーん・・・」
ニヤケる首藤。剣道場に戻る恭子。
○教室 夕方
走って教室に入ってくる哲雄。
膝を抱えたままの知美。
児玉「やっぱりここに居たのか」
身動きしない知美に近寄り、隣に座る
哲雄。
児玉「知美、大丈夫か?」
哲雄に気が付き、見上げる知美。
児玉「帰ろう」
伸ばした哲雄の手を握る知美。
知美「・・・うん」
○病院 診察室
パソコンのモニターを見ている白衣の
女医(47)。
その前に座っている知美。
女医「統合失調症のお薬は一種類じゃないか
ら。違うお薬を試してみましょう」
知美「副作用は大丈夫ですか?」
女医「そうね。とりあえず5mmで様子を見
てみましょうね」
知美「・・・」
女医「では隣の部屋で採血します」
診察室を出る知美。
○同市内の某高校 外観 夕方
校舎の前の梅の木が枯れた葉を落とす。
校舎から出てくる児玉、知美、小林の
三人。
児玉「久しぶりにカラオケ寄ってかないか?」
小林「おい、明日から期末テストだぞ」
児玉「いいんだ。俺は、進学しないから・・・。
祐介みたいに頭よくないし」
小林「進学するとかしないとかの前に進級だ
ろ?」
知美「哲雄くん、留年なの?」
児玉「そ、そんなことねーよ。余計なこと言
うなよ祐介!」
小林「哲雄は、期末試験を蔑ろにしてるか
らさ。ちょっと危機感を煽ってみたんだ」
知美「哲夫くん、みんなで一緒に三年生にな
るんだよ」
児玉「分かってるよ」
小林「あ、そうだ。これから俺んち来いよ。
明日の数学ヤマはってんだよ」
児玉「マジで?助かるー」
小林「その代わり今回ヤマが的中したらマッ
ク奢れよ」
知美「わたしも行く!」
○同
校舎の前の梅の木が花を咲かせる。
校門前に「卒業式」の看板。大勢の生
徒と保護者が思い思いに写真を撮っ
ている。
花束を抱えた首藤とその同期のところ
にやってくる児玉と小林。
児玉「先輩、卒業おめでとうございます」
首藤「おお、哲雄!小林!柔道部の未来はお
前達の肩にかかってるぞ!」
児玉「はい」
首藤「剣道部にバカにされないよう実績を作
れよ」
児玉「は・・・はい」
首藤「おいおい、自信なさげだなあー」
花束を抱えた恭子が来る。
恭子「首藤の代が居なくなれば少しはマシに
なるよね、哲雄くん!」
首藤「あ、恭子!何てこと言うんだよ」
哲雄の腕に手を絡める恭子。
恭子「首藤、写真撮ってよ」
児玉「え・・・」
首藤「哲雄、記念だ。もっとくっつけ」
児玉「あ、いや・・・」
児玉と恭子のツーショットを撮る首藤。
○教室 中
教壇で英語の教科書を読む教師。
窓側で外を見ている児玉。
真剣にノートをとっている小林。
チャイムが鳴る。
教師「よし、今日はここまで」
席を立つ生徒達。
小林の席にやってくる児玉。
児玉「祐介、俺、部活行くからさ」
小林「うん。あとで顔を出すよ」
児玉「そうじゃなくてさ」
小林「なに?」
児玉「知美を気にしていて欲しい」
小林「・・・分かった。後でともちゃんの教
室を覗いてみるよ。レギュラーも辛いな」
児玉「なんで俺なんかが副将に選ばれたんだ
かな」
小林「何言ってんだよ。俺は哲雄が大将にな
ると思ってだよ」
児玉「そんながらじゃねえよ」
教室を出ていく児玉。
○知美のクラスの教室
放課後、掃除当番が教室の掃除をして
いる。
それぞれおしゃべりをしながら楽しげ
に掃除している中、独りで黙々と掃除
している知美。
その状況を廊下から見ている小林。
小林に気が付いて、気まずそうに教室
を出てくる知美。
知美「祐介くん」
小林「ともちゃん、あとで一緒に道場に寄ら
ないか?」
知美「うん」
小林「じゃ、俺図書館に行ってるから」
知美「わかった。後で行く」
階段に向かって歩き始める小林。
○図書館 中
自習室で勉強をしている生徒達。その
中に小林。
図書館に入ってくる知美。知美に気が
付いてノートやテキストを片づける小
林。
○校庭の隅
並んで歩く小林と知美。
知美「勉強の邪魔しちゃったかな」
小林「そんなことないよ」
知美「私ね、クラスのみんなと上手くコミュ
ニケーションが取れなくてね、浮いてんの」
小林「そんなこと気にするなよ」
知美「でもね、哲雄くんや祐介くんとは上手
く話せるんだ」
小林「・・・」
柔道場の前に着く。
中から気合いの入った声が聞こえる。
小林「哲雄の奴、頑張ってるんだ」
知美「うん。来週勝てば県大会に行けるって」
小林「行けるといいな」
知美「うん。行けるといいね」
○カラオケボックス 中
私服で児玉と知美が二人で楽しそうに
デュエットしている。
それを見ている小林。
○同 通路
カラオケボックスの部屋の扉を開けて
通路に出てくる知美、苦しそうにしゃ
がむ。
続いて出てくる小林。
小林「ともちゃん、大丈夫?」
知美「うん、ちょっと疲れただけだから・・・」
小林「・・・哲雄を呼んでこようか?」
知美「大丈夫だから」
小林「そ、そう・・・」
そっと背中をさする小林。
○都立体育館 外観
「東京都高校柔道大会」の看板。
○同 中
熱気に包まれた試合会場。
床には畳が敷かれて、4つの試合が平
行して行われている。
そのひとつに児玉の姿。
近くで応援している小林と知美。
礼をして組み合う児玉、足払いをかけ
られヨロケる。ムキになって力任せに
背負うが、相手に潰されて寝技をキメ
られる。
知美「ああ、ムキになるから相手の思う壺よ」
小林「うん。そこが悪いとこでもあるし、良
いとこでもある」
知美「ふふふ・・・そうね」
審判が片手をまっすぐ上にあげ、「一本、
そこまで」の声。
○ファミリーレストラン 中
ボックス席の児玉、小林、知美。
それぞれの前には飲み物が置かれてい
る。
児玉「祐介も無事に大学に受かったことだし」
知美「私たちも就職が決まったし」
児玉「じゃあ、俺たちの未来に、乾杯」
グラスを重ねる三人。
小林「それにしても、哲雄らしくないな。信
用金庫の職員なんてさ」
児玉「貯金が貯まるまで我慢するさ」
知美「貯まったら、ボランティアに行くの?」
児玉「うん。ボランティアで貧しい国にいっ
て誰かの助けになりたい。何て言うか・・・
自分の人生の意味がそこにあるように思う
んだ」
知美「でも、世界は広いわよ」
児玉「うん。アフリカを目指している」
小林「立派な夢だな・・・俺は自分のことで
精一杯で・・・俺にはとても無理だ」
児玉、知美に向かって。
児玉「あ、でも時々帰るから」
微笑む知美。
そんな二人を見ている小林。
○同市内 某高校 校門
校門前に「卒業式」の看板。大勢の生
徒と保護者が思い思いに写真を撮っ
ている。
花束を抱えた児玉と知美も写真を撮り
合っている。
小林がカメラを取り上げて、児玉と知
美にカメラを向ける。
小林「撮ってやるから、くっつけよ」
一瞬見つめ合う児玉と知美、並んでカ
メラを向く。
シャッターを押す小林。
児玉「今後ジーンズを買うときは知美の店に
行って買うよ」
知美「私も、哲雄くんの信用金庫でお金を借
りるよ」
小林「俺も学費が足りなくなったら借りるよ」
児玉「大学生には貸せないなあ」
小林「あ、ひでえ!」
児玉「担保はなんだよ、担保はさ」
小林「誰のお陰で卒業出来たと思ってんだよ」
私服の首藤が校門を潜ってくる。
児玉の首根っこをつかみ、いきなりヘ
ッドロックをしかけてくる。
首藤「おー、哲雄。卒業おめでとう」
児玉「先輩、ありがとうございます」
周囲を見回す首藤。
首藤「学校、変わってないな。懐かしいなぁ。
1年ぶりかあ」
児玉「今年は県大会にも行けなくてすみませ
んでした」
首藤「そんなことはいいから、就職祝いする
から来いよ」
児玉「いつですか?」
首藤「明日の夜だよ」
児玉「えっ、明日ですか?」
知美の顔を見る児玉。
知美「・・・行ってきなよ」
首藤、小林に向かって。
首藤「悪いな、今回は就職祝いってことで」
小林「は、はい・・・自分はまだ学生の身分
ですから」
首藤「じゃっ」
片手を上げて校門を出ていく首藤。
児玉にそっとささやく小林。
小林「気をつけろよ。首藤先輩、何か企んで
るぞ」
児玉「大丈夫だろ。そんなに悪い先輩でもな
いぞ」
小林「老婆心ながら忠告をしたまでだ」
児玉「また古い言い回しだなあ。お前何歳だ
よ」
○国道沿いの歩道
並んで歩く児玉と知美。
児玉「明日の知美の誕生日は、知美と二人で
飯を食いたかったな」
知美「ありがとう。でも、先輩はわざわざ就
職祝いに誘うために来てくれたんでし
ょ?」
児玉「うん・・・そうだな・・・」
立ち止まる児玉。振り向く知美。
知美「どうしたの?」
児玉「卒業したら、言おうと思っていたんだ
けど・・・」
知美「何?」
児玉「明日言おうと思っていたんだけど・・・」
知美「だから、何?」
児玉「落ち着いたら・・・結婚しないか?」
ズームアウト。歩道、国道、連なる建
物、横断歩道、歩道橋、桜の花びら・・・。
知美の声「うん」
○ファミリーレストラン 深夜
コーヒーを飲んでスマートフォンをい
じっている恭子。
店に入って恭子の目の前に座る首藤。
首藤「また眠れないのか?」
恭子「首藤もか?」
首藤「毎度のことだ」
恭子「不眠症になって長いな、お互い」
首藤「睡眠薬あるか?」
恭子「ない」
店員が注文を取ると、首藤は「コーヒ
ー」と答える。
恭子「コーヒーばかり飲むから眠れないんだ
よ」
首藤「そう言えば、この前夢を見た」
恭子「ほう、眠れているのか」
首藤「朝起きたら、ケツに尻尾が生えていた」
恭子「孫悟空か?」
首藤「いーから聞けよ。尻尾の先にコンセン
トプラグが付いていたんだ」
恭子「どんな夢じゃ」
首藤「で、プラグが付いていたら差したくな
るじゃん」
恭子「差したのか?」
首藤「差した」
恭子「で?」
首藤「充電されて強くなったんだよ」
恭子「全国大会いけそうか?」
首藤「そうじゃなくてさ。なんか、こう・・・
世の中のために人助けをするヒーローにな
った」
恭子「電話ボックスが無くて、回転ドアで変
身したりするあれか?」
首藤「そう言うなよ。夢から覚めてさ、俺は
恭子のために一肌脱ごうって決めたんだか
らさ」
恭子「で、そのヒーローが私を助けてくれる
ことになったっていうの?」
首藤「そ。そのヒーローが恋のキューピット
になってやろうってのにさ」
恭子「古い言い回しだな・・・」
首藤「哲雄は知美と結婚の話をしようとして
いる」
恭子「・・・」
○居酒屋 夜
テーブル席で首藤と恭子が飲んでいる。
そこに児玉。
児玉「すみません、遅くなりました」
首藤「おお来たか。まあ座れよ」
席に着く児玉。
児玉「あれ、他の人たちは?」
首藤「手違いでな。今日はこれだけだ」
恭子「哲雄くん。久しぶり!」
児玉「ご無沙汰していました」
軽く頭を下げる児玉。
首藤「まあ、いいじゃないか。とりあえず飲
めよ」
児玉「はあ・・・」
○橋本宅 知美の部屋 夜
薄暗い部屋で膝を抱えてしゃがみ込ん
でいる知美。
耳を塞いで頭を振る。
防犯ブザーを握りしめる。
知美「・・・哲雄くん・・・」
○居酒屋 夜
顔面が赤く、呂律が回らない児玉。
児玉「もう飲ませんよ・・・」
酒を勧める恭子と首藤。
首藤「いいから飲めよ。お前のためにこうし
て祝ってんだからさ」
恭子「哲雄くんの為に集まってるのよ」
○橋本宅 知美の部屋 朝
床で寝ている知美。手には防犯ブザー。
毛布がかかっている。
○同市内 某ホテル 朝
ベッドの上で目を覚ます児玉、頭を押
さえる。
児玉「ったまいてえ・・・」
隣で寝ている恭子に気が付き、驚いて
ベッドから飛び出る児玉。裸の児玉と
恭子。
児玉「まじかよ・・・」
○昭和記念公園
手をつないでいる児玉と知美。
知美「哲雄くんどうしたの?最近なんか元気
無いみたい」
児玉「ん?普通だよ」
知美「それならいいんだけど・・・」
児玉「ほ、ほら、明日初出勤だからさ。ちょ
っと緊張してんだよ」
知美「・・・そう」
児玉「知美だって仕事、明日からだろ?」
知美「わたしは、先週からバイト扱いで働い
ているから、今更緊張はないよ」
児玉「あー、そうだったな」
知美「へんなの・・・」
○立川信用金庫 夜
残業をしている数人の職員。
その中に児玉もいる。
支店長「おい、児玉。新人に残業はさせられ
ないんだ。お前はもう帰れ」
児玉「は、はい」
○同 裏口 夜
児玉の声「お先に失礼します」
裏口のドアが開く。
建物から出てくる児玉。
ゆっくり近づいてくる恭子。
恭子に気が付いて動揺する児玉。
恭子「哲雄くん、ひどいじゃない。あれから
何回も電話したんだよ」
児玉「渡辺先輩・・・」
恭子「その呼び方もうやめてよ。恭子って呼
んで。私、あれから生理が来ないんだよね」
児玉「えっ・・・」
恭子「私って、前後にズレることってないん
だ。わかるよね」
児玉「・・・はい」
○ショッピングモールのジーンズ店 夕方
忙しく働いている知美。
私服で入ってくる深刻な表情の児玉。
児玉に気が付き、笑顔になる知美。
知美「いらっしゃいませ」
児玉「おう、日曜なのに大変だな」
知美「その分、平日に休んでいるから大丈夫
だよ。なんかあったの?」
児玉「仕事が終わったら話があるんだ」
知美「・・・うん」
児玉「おれ、待ってるから」
知美「わかった」
○ショッピングモール フードコート
店内放送で閉店時間を知らせるアナウ
ンス。
目の前でコーヒーのカップが4つ空に
なっている児玉。
立ち上がり、外にでる。
○ショッピングモール 裏口 外
従業員専用口から出てくる知美。
出迎える児玉。
児玉「お疲れ・・・」
知美「哲雄くん、どうしたの?」
黙って歩き出す児玉。
あとをついていく知美。
意を決し知美に振り向く児玉。
児玉「知美、ごめん。俺・・・」
深々と頭を下げる児玉。
知美「えっ?」
児玉「先輩が卒業祝いをしてくれたあの夜、
俺かなり飲まされて、次の日気が付いたら
渡辺先輩の隣で寝ていた」
知美「・・・」
児玉「俺、全然何も覚えていないんだけど、
渡辺先輩に子供が出来たって言われて・・・」
泣き崩れる知美。
児玉「ずっと知美の側で、知美を守ってやり
たかったのに・・・本当にごめん」
しばらくして起き上がるも、涙声の知
美。
知美「仕方ないよ。子供には罪はないから・・・」
走り出す知美。
その後を追う児玉。
児玉「知美!」
知美「ついてこないで!」
○ファミリーレストラン 深夜
向かい合ってコーヒーを飲んでいる首
藤と恭子。
恭子「これで、いいのかなぁ」
首藤「今更何言ってんだよ。お前、哲雄のこ
とずっと好きだったんだろ?」
恭子「うん、そうだけど・・・」
首藤「なぁ、昔の車ってさあ、ウオッシャー
液がさ、ボンネットの噴射口からフロント
ガラスに向かって噴射されるんだぜ」
恭子「突然何言ってんだよ」
首藤「俺、低予算で映画を撮ろうかと思って
んだよね」
恭子「は?」
首藤「古い車のウオッシャー液の噴射口を一
晩かけて捻って回る訳よ。ちょうど歩行者
に向けて噴射するようにさ」
恭子「・・・」
首藤「そして天気予報で雨の日にさ、街中で
カメラを回すのよ。街中パニックだろ?」
恭子「つまんないよ」
首藤「まあ聞けよ。タイトルがさ、ウオッシ
ャーパニックってんだよ。ドキュメンタリ
ータッチでさ。予算もほとんどゼロよ。す
げーだろ?」
恭子「だから何よ」
首藤「つまり、もう噴射口は捻ってしまった
ってことだよ」
恭子「つまり、もう後戻り出来ないってこ
と?」
首藤「哲雄にとっても知美にとってもこれが
運命ってことさ」
恭子「雨が降る前に噴射口を戻して回った
ら?」
首藤「それじゃあ映画にならないじゃないか」
恭子「何それ・・・」
○ショッピングモール ジーンズ店
働いている知美。
店長が声をかける。
店長「橋本さん、体調悪そうだね。早退して
も行いよ。まだ研修期間だし」
知美「は、はい。ありがとうございます」
店に現れる小林。
小林「ともみちゃん、久しぶりだね」
知美「あ、祐介くん・・・」
小林「哲雄のやつから話を聞いたもんで・・・」
俯く知美。
心配そうな小林。
小林「大丈夫か?」
○橋本宅 外 夜
緊急者のサイレンの音が近づく。
○橋本宅 浴室 外
浴室の中から知美の母親の叫ぶ声。
知美の母「知美!知美!あああ、何てこと
を!」
○橋本宅 外
タンカーに乗せられて緊急者の中に運
ばれる知美。
叫びながら後を追う知美の母親。
近所の野次馬の声「どうしたの?」「手
首を切ったらしいのよ」「まあ・・・」
○病院 廊下 夜
暗く静かな廊下に、かすかに寝息が響
く。
廊下の端に置かれた長いすに、知美の
母親が疲れて寝ている。
○病院 知美の病室 夜
ベッドの上で目を見開いたまま天井を
見つめる知美。
手首には真っ白な包帯が巻かれている。
病室に入ってくる小林。
ベッドの横に座り、知美の手を握る。
知美の目から涙がこぼれる。
小林「ともちゃん・・・」
○病院 全景 夜明け
うっすらと夜が明ける。
○知美の病室
知美のベッドの横で椅子に座ったまま
眠っている小林。
そっとベッドから起きて、小林に毛布
を掛けてやる知美。
窓を開け、防犯ブザーの紐を引っ張っ
てみる。
音は鳴らなかった。
知美「さすがに電池は切れてるね・・・」
○病院 全景 朝
朝日が病院の建物にあたって光る。
○病院前のロータリー
病院の入り口からタクシーを見送る小
林。
タクシーの後部座席に座っている知美
と母親。
知美の手首には白い包帯。
手のひらには防犯ブザー。
走り始めるタクシー。
窓を開けて防犯ブザーを投げ捨てる知
美。
○ファミリーレストラン 夜
コーヒーを前に座っている恭子と首藤。
恭子「私はもう耐えられない」
首藤「今更何言ってんだよ」
恭子「哲雄くんは側に居てくれて、私の身体
を労ってはくれるんだけど、今まで私が見
てきた哲雄くんじゃないんだよ」
コーヒーを一口飲む。
恭子「首藤はなんでそこまでしてくれるんだ
よ」
首藤「お前にとってのヒーローになりたかっ
た」
恭子「あははは・・・(苦笑い)」
首藤「なんてな・・・」
恭子「でも妊娠なんて、いつまでも嘘はつけ
ない。いずれ判ることだ」
首藤「そのときは何とでも言い訳が出来るさ」
恭子「そうかな・・・」
○昭和記念公園
花壇に沿って走る知美。
後を追う小林。
小林「ともちゃん、そんなに走って大丈夫?」
知美「大丈夫よ」
小林「まだ退院したばかりなのに・・・」
急に立ち止まりうつむく知美。
小林「どうした?大丈夫か?」
知美に駆け寄る小林。
知美「わたし、これからどうしていいか分か
らない」
小林「時間が解決してくれるよ。きっと」
知美「祐介くん、私怖いの」
小林にしがみつく知美。
知美「ごめんね」
知美にキスをする小林。
○橋本宅 知美の部屋 夜
薄暗い中、膝を抱えてつま先を見つめ
ている知美。
錠剤の入っていない薬の瓶が散乱して
いる。
知美の声「すぐに救急隊がやってきて私の胃
を洗浄したの。とても苦しかった。でも、
すべてを洗い流してはくれなかった」
○病院 知美の病室
ベッドの上の知美。
その横には小林が知美の手を握ってい
る。
小林「そう、辛かったね」
知美「ねえ祐介くん、私・・・」
知美の額にそっとキスをする小林。
小林「ともちゃん、ひとつ約束してほしい」
知美「え?」
小林「もう二度と、自分を傷つけないでほし
い」
知美「・・・」
小林「今度は、僕が側にいるから」
知美「・・・はい」
小林「絶対にだよ。約束だからね」
知美「うん・・・約束する」
手を伸ばして小林の首にしがみつく知
美。
知美の目から涙。
知美「ありがとう」
○渡辺宅 恭子の部屋 夜
卒業式で児玉と撮った写真を見ている
恭子。
恭子「・・・」
○信用金庫 裏口 夜
立ち話している児玉と恭子。
恭子「哲雄くん。私哲雄くんに謝らなければ
いけないことがあるの」
児玉「何?」
恭子「私、本当は妊娠なんかしていないの。
あの日、私たちは何も無かった。哲雄くん
は何かが出来るような状態じゃなかった。
それほど酔っぱらっていた」
児玉「えっ?」
恭子「本当にごめんなさい。私ずっと前から
哲雄くんのことが・・・」
恭子の話が最後まで終わる前に走り出
した児玉。
○国道沿いの歩道
走る児玉。
派手に転ぶが立ち上がる。
涙で顔がくしゃくしゃになる。
○病院前 ロータリー
走って来る児玉。
○知美の病室
入ってくる児玉。
ベッドの上で天井を見つめたままの知
美。
児玉「知美。大丈夫か?ごめんな」
天井を見つめたままの知美。
児玉「渡辺先輩の妊娠は嘘だったんだ。もち
ろんあの夜は何もなかった」
無言で天井を見つめる知美の目に涙。
振り向く知美。
知美「ずっと知美を守ってくれるって言った
じゃない!約束したじゃない!」
児玉「本当にごめん・・・」
深く頭を下げる児玉の目から涙。
クスッと笑う知美。
知美「哲雄くんは本当にバカね・・・幼稚園
の時から何も変わらない・・・」
児玉「許してくれるのか?」
上半身を起こして窓の外を指さす知美。
知美「防犯ブザーの電池が切れたから、あの
辺りに投げ捨てた。見つけだしてくれたら
許す」
涙を流したまま笑顔になる児玉。
児玉「よし、わかった。絶対見つけだす」
○産婦人科 外観
病院の扉が開き、出てくる知美。腹を
軽く押さえて、真剣な表情。
○東京西大学 キャンパス
校舎の前を歩く小林のポケットで着信
音。
立ち止まり、スマホの画面を見つめる。
○ファーストフード店内
向かい合って座っている小林と知美。
小林「体調はどう?」
知美「うん、大丈夫。ありがとう」
間が空く。
小林「どうした?何かあったの?・・・大切
な話って何?」
知美「うん・・・私ね・・・赤ちゃんが出来
たの・・・」
小林「えっ、あ、そうかあー」
知美「・・・」
意を決したように笑顔になり、知美の
手をとる小林。
小林「ともちゃん、結婚しよう。俺、大学辞
めて働くよ」
知美「私でいいの?」
小林「何言ってんだよ。俺、ずっと前から、
ともちゃんのことが好きだったんだ」
知美「ありがとう・・・」
俯く知美。
知美「・・・・」
小林「哲雄のことだろ?」
知美「うん・・・」
小林「哲雄には俺から説明するよ」
知美「それはだめっ!私から説明する。お願
い、私に説明させて」
小林「・・・わかった」
○住宅街 歩道
歩いている児玉と知美。
知美「いきなり家に押し掛けてごめんね」
児玉「嬉しいよ。でも、前もって連絡してく
れたら良かったのに・・・もし、俺が出掛
けていたら無駄足だろ?」
知美「私、とにかく哲雄くんに言わなきゃい
けないことがあって、電話とかしたら言え
なくなりそうで・・・」
児玉「な、何だよ。そんなに言いにくいこと
なの?」
知美「私、哲雄くんとは嫌いで別れた訳じゃ
ないの。だから」
児玉「ああ、あれは俺の方が悪かったんだか
ら・・・とにかく俺見つけたから」
ポケットから防犯ブザーを出す児玉。
知美「違うの!そうじゃないの!」
児玉「えっ?」
知美「哲雄くんとはもうつき合えないの」
児玉「な、何?どうしたのよ」
知美「私、・・・赤ちゃんが出来たの」
児玉「え・・・(絶句)」
○立川駅南口 コンコース広場
大きな荷物を持っている児玉。
並んで小林。
小林「ともちゃんも来たがってたけど、今病
院から出られないらしい・・・よろしくっ
て言ってたよ」
児玉「そうか、知美の病気のことは知ってる
よな?」
小林「うん。俺も子供の時から一緒だったか
らな」
児玉「そうだったな。子供の時からずっと3
人一緒だったな。俺さ、こんなこと、祐介
以外の奴だったら絶対許せないけど、相手
が祐介なら俺は何も言えない・・・知美を
頼むよ」
頭を深く下げる児玉
小林「ああ」
児玉「実を言うと知っていたんだ」
小林「えっ?」
児玉「祐介も、俺と同じように子供の時から
知美のことを好きだったってことを」
小林「おい、何言ってんだよ」
児玉「誤魔化すなよ。たまたま俺の方が先に
告白したってだけなんだよな。祐介の気持
ちを知っていたから焦ったのかもしれな
い」
小林「哲雄・・・」
児玉「祐介はそんな俺たちを見守ってくれて
きた。でも、最後は俺の方がタイミングが
悪かった(苦笑い)。それだけの話だ」
小林も苦笑い。
小林「しかし、信金辞めたって聞いたときは
驚いたよ」
児玉「アフリカに行くにはちょっと足りなか
ったけど、足りない分は親に借りた」
小林「そうか・・・帰ってきたらまた3人で
遊ぼうぜ。式には帰って来いよ」
笑顔を見せ、片手をあげて挨拶をする
と、改札口に向かって歩き出す児玉。
その後ろ姿を見つめる小林。
コンコースから見える大型液晶ビジョ
ンでニュースが流れる。
N「昨夜、40台の車両のウオッシャー液部
品を破損したとして男が現行犯逮捕されま
した。器物破損の現行犯として捕まったの
は、首藤拓也20歳。首藤容疑者は容疑を
認めており、映画を撮影するためと証言し
・・・(FO)」
○刑務所 外
壁に寄りかかり、タバコを吸っている
渡辺恭子(20)。
重いドアが開き、ゆっくり出てくる首
藤拓也(20)。
恭子「お疲れー」
首藤「おお、来てくれたのか」
恭子「こういうときは、お勤めご苦労さんっ
て言うものなのか?」
首藤「それは堅気の人間の挨拶じゃないんじ
ゃないか?っていうか、昔のテレビの観す
ぎだよ」
首藤にタバコを勧める恭子。
一本摘んで火を貰う首藤。
首藤「可愛いいたずらだから執行猶予がつく
と思ったんだけどな・・・」
恭子「たかが3ヶ月で良かったじゃないか」
旨そうにタバコを噴かす首藤。
首藤「なあ」
恭子「ん?」
首藤「俺、哲雄に悪いことしたんだなあって
思ってんだよ」
恭子「そうだね・・・どうしたんだよ、首藤
らしくもない」
首藤「俺も、この3ヶ月で大人になったんだ
よ」
恭子「今更、何バカなこといってんだよ」
首藤「なあ、恭子。今から哲雄に謝りに行か
ないか?」
恭子「そうだな・・・あ」
首藤「何だよ」
恭子「なんか会いづらいなあ・・・」
首藤「何さら言ってんだよ。武士に二言はな
い!」
苦笑いの恭子。
○児玉宅 外
歩いて児玉の家までやってくる首藤と
恭子。
インターフォンを鳴らす首藤。
○スーパーマーケット 駐車場
お腹の大きな知美。
その横でカートを押している小林。
躓く知美。
小林「あ、気をつけて!」
知美「大丈夫よ」
車のトランクを開けて荷物を積み込む
小林。
カートから荷物を積み込もうとする知
美。
小林「ともちゃんはいいから、先に車に乗っ
ていてよ」
知美「はーい」
助手席に乗り込む知美。
小林の携帯電話の着信音が鳴る。
ポケットから携帯を取り出す小林。
小林「はい」
首藤の声「(動揺した声)祐介か?」
小林「首藤さん?」
首藤の声「突然悪いな」
小林「出られたんですね?」
首藤「ああ。俺のことはどうでもいい」
肩と首の間に携帯を挟み、荷物を車の
荷台に積み込む小林。
小林「どうしたんですか?」
首藤の声「哲雄が・・・哲雄が死んだ・・・」
小林「(一瞬遅れて)え?」
積み込んでいた荷物を落とす小林。
レジ袋からフルーツや野菜が散乱。
その音を聞いて助手席から出てくる知
美。
知美「祐介くん?どうしたの?」
○児玉宅から少し離れたところ 公道
しゃがみ込んで泣いている恭子。
その横で携帯電話を耳に当てている首
藤。
首藤「祐介、聞こえているか?」
小林の声「・・・は、はい」
首藤「内戦が起こっていて・・・哲雄は安全
な所にいるとのことだったけど・・・現地
の子供を助けるために・・・身代わりにな
って・・・(涙声)」
○スーパーマーケット 駐車場
携帯電話を持ったまま無言で立ってい
る小林、目から涙がこぼれている。
その横で心配そうに小林を見ている知
美。
○葬儀場 外 夜
「故 児玉 哲雄 様 お通夜」の表
示。
建物から出てくる喪服姿の小林、知美、
首藤、恭子。
首藤と恭子は違う道を歩き出す。
首藤「じゃあ、俺たちこっちだから」
小林「首藤さん、車なんで送っていきますよ」
首藤「いや、そんな気分じゃないんだ。あり
がとう」
小林「首藤さん、変わりましたね」
首藤「おいおい何だよ、その上から」
小林「だって首藤さんの口から、ありがとう
なんて初めて聞きましたよ」
恭子「大人になったんだって」
小林「え、今更・・・」
恭子「でしょ?」
恭子、知美に向かって。
恭子「ともちゃん、ごめんね」
首藤「お前も大人になったな」
知美「私も子供だったんです」
恭子「ともちゃん・・・」
首藤、恭子に向かって。
首藤「さあ、行くか」
恭子「うん」
歩き出す首藤と恭子。
その後ろ姿を見送る小林と知美。
小林「俺たちも行くか」
知美「・・・うん」
立ち止まる知美。振り向く小林。
小林「大丈夫か?」
知美「・・・ほんと、バカだよね・・・哲雄
君・・・」
小林「そこがあいつの良いところだよ」
知美「・・・うん」
知美、涙を拭きながら、再び歩き出す。
車に向かって歩いている小林と知美の
後ろ姿。
知美「男の子だったら、哲雄って名前にしよ
うか」
小林「おいおい」
二人の笑い声。
了