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生きる。  作者: 要
日の本一の兵
18/35

日の本一の兵(1)

 くそっ!まただ。

 また知らない場所にいる。

 雨の後なのか、足場が悪く踏ん張りが効かない。

 攻めてくるのは「葵の御門」。

 徳川軍か? 

「引け、退却するんだ!」

 法螺貝の音と共に聞こえてくる退却の合図。皆、一斉に後方にある砦に急いだ。

 足場が悪いことが幸いし、追撃の手は緩い。敵の弓兵が矢を放つが、砦からの援護射撃がそれらを沈黙させる。

「門を閉じよ!」

 僕が門を潜った直後に大門が閉じられた。

「痛っ!」

 右肩に焼けるような痛みを感じ、自分が負傷していることに気がついた。

 甲冑を貫通し、一本の矢が右肩を傷つけていた。

 幸い大きな傷では無いようだ。

「甚八!甚八はいるか?!」

 朱色に染め上げた甲冑を纏った若い武将が、誰かを探している。

 敵の旗印は葵の御門、つまり徳川軍だ。

 砦の中にいる集団の統率が取れていることから、こちらは島原の乱のような一揆軍ということさ無さそうだ。

 大名と大名の合戦と考えるのが妥当な所か。

 つまり、戦国時代。

 厄介な時代に放り込まれたものだ。

 この不思議な現象も5回目となれば慣れたもので、自分でもびっくりするぐらい落ち着いていた。

 島原の乱の相手も徳川軍であった。

 最後に僕が撃った弾は当たったのだろうか?

 天草四郎があの後に助かったという史実はないが、あの不幸な少年の為に僕が少しでも何かをできていたのであれば嬉しいと思う。

 丁度いい。時代は遡るが弔い合戦だ。

「甚八、いたのなら返事ぐらいしろ!」

 先程の武将が僕に声をかけてきた。

 甚八?そうか、僕の名前か。

「どうした?怪我をしたのか?」

 僕の様子がいつもと違うと思ったのか、武将は心配そうに僕の顔を覗き込んできた。

「肩に矢を受けたのか。ちょっと見せてみろ。」

 返事を待たずに、甲冑の隙間から傷の状態を確認する武将。

「いや、大丈夫です。信繁様。」

 甚八の記憶を辿り、武将の名前を確認した。

 武将の名前は真田信繁。

 甚八と呼ばれている僕の主人だ。

「皆、聞いてくれ。もう一度、出撃をする。徳川軍を挑発したら、この砦を放棄して二の丸まで退却するんだ。」

 信繁の指示が伝えられ、出撃の準備が進められた。次の出撃は太陽が西に傾きだしたらだ。

 ここは上田城に続く街道に作られた砦。

 上田城は真田家の拠点の一つであり、二度に渡る合戦に耐えた堅固な城だ。

 相手は徳川秀忠。

 関ケ原の合戦に向う秀忠軍をこの地に足止めするというのが、真田家の役割らしい。

「甚八、次は俺も出る。いつも通り頼んだぞ。」

 そう言われて渡されたのは、朱色に染め上げた甲冑と十文字槍。そして六銭が描かれた羽織。

 信繁と同じ格好をした僕は、準備された馬に跨がった。

 馬などに乗ったことは無いが、不思議と乗り方が見についていた。きっと甚八は馬術に秀でていたのであろう。

「甚八様、出撃の合図を。」

 僕の周りを囲んだ騎馬隊が声をかけていた。

 甚八の役割は「影武者」。

 目立ち、翻弄し、主である信繁を危険から遠ざける者。

「門を開けよ!」

 僕の命令で大門が金属が擦れるような音を立てて開いた。

 馬の腹を蹴り、ゆっくりと前進する。

 坂を下り、街道を曲がったら、徳川軍の大軍が見えるはず。

 手綱を握る手は汗でびっしょりだった。

 後ろから続く真田軍。

 ぬかるんだ坂を下り左へ曲がると、少し平らな道が続く。生い茂る森を抜ければ、少し開けた場所に出る。

 秀忠軍はそこに陣を張っているはずだ。

 緊張で心臓が口から出そうだと思った。

 思えば、幾度となく命の危機に晒されてきたが、自分から戦へ飛び込むのは初めだ。

「甚八様、斥候が帰ってきました。」

 足軽と言うのか?茂みの中から、ひとりの男が姿を表して、僕の馬の横で平伏した。

「秀忠軍は街道を進んだ先にて、陣を張っている模様。街道中に伏兵などの存在は認められませんでした。」

 信繁の言う通りだ。

 大群である秀忠軍は、寡兵であるこちらに油断して大した対策を取っていないようだ。

「手はず通り西から攻め、東へ移動。陣の中央で反転し、砦に戻る。」

 信繁の指示をそのまま伝える僕。

「今回の作戦は敵をおびき寄せる事にある。決して深追いはしないように。」

 僕は大きく息を吐いた。

 さっきから心臓がひっきりなしに胸を叩いている。

 恐怖で心が押し潰されそうだ。

「行くぞ、突撃!」

 僕は右手似持った十文字槍を前に突き出して叫んだ。

 後ろに控えていた騎馬隊が僕を抜き、一斉に駆け出す。狙うは西の端。

 怒声を上げながら襲撃する真田軍。虚を突かれた秀忠軍の対応が遅れた。

 騎馬隊は陣の中には攻め入らず、進行方向を東へと変える。

 付かず離れず、秀忠軍を翻弄する。

「退け!砦まで後退だ!」

 秀忠軍が体制を整えるのを確認し、僕は退却の指示を出した。

「甚八様、体勢を低く!」

 騎馬隊のひとりが僕に声をかけてきた。

 僕は鞍を両足で挟み、手綱を短く持つと、騎馬兵の言う通り、頭を下げて馬を走らせた。

 頭上を矢が通り過ぎていく。

 危なかった。逃げる時も気を抜かないようにしなければ。

 砦の門は開いていた。

 僕たちはこのまま砦を駆け抜け、二の丸付近まで秀忠軍を誘い込めばいい。


「撃てー!!」

 二の丸まで誘い込まれた秀忠軍に待っていたのは、真田昌幸による銃撃の嵐だった。

 いくらこの時代の鉄砲の精度が低いからと言っても、こう至近距離から撃たれては為す術もない。

「甚八、準備は良いか?」

 僕の隣には、朱色に染め上げた甲冑で身を包んだ武将、真田信繁の姿があった。

 前方に注意を払っている秀忠軍の、横を突く。それが次の作戦だ。

「行くぞ!今回も深追いはするなよ!」

 信繁の言葉に奮い立つ兵達。

 不思議と僕の恐怖も少しだけ和らいだ気がした。

 まず、昌幸軍の鉄砲隊により混乱した秀忠軍の中央に、大量に矢を放つ。

 隊列が乱れたことを確認した後、信繁が率いる騎馬隊による一点突破を行う。

 面白いように秀忠軍は混乱し、逃げ惑う。指揮を失った兵とはここまで脆いものなのかと、驚かされた。

「このまま神川まで押し切れ!」

 城門が開き、昌幸軍が討って出た。

 正面からは昌幸軍、側方からは信繁軍が遅いかかり、秀忠軍は敗走の一途を辿った。

「神川を渡り、陣形を整えるのだ!」

 秀忠軍に指示が伝わる。

 信繁の口角が上がった。真田軍はこの時を待っていたのだ。

 秀忠軍の約半数が神川を渡った時、爆音とともに大量の水が神川を流れ、秀忠軍を襲った。

 真田軍が神川の堰を切ったのだ。

 目の前で濁流に飲み込まれていく秀忠軍。被害は尋常ではなく、これでは関ケ原への参戦は難しいだろう。

 策士真田昌幸の采配が光ったのだ。


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