004
二人組の一人は大剣を肩に担ぎ、もう一人は短剣を腰にいくつか差している。
彼らもリエと同じく冒険者、そして以前リエと一緒にパーティを組んでいた事は昨夜リエの愚痴から聞いた。
「フルーヤ、キトー! あんたらうるさいのよ。もうあんたらとはパーティ組まないから!」
「今までお前の尻ぬぐいをしてやってたのは誰だァ? お前のせいで依頼をスカした事が何度あったか。」
「まあ俺たちはドブ浚いでも何でもやるんだけどよ。そこの兄ちゃん、お嬢様の相手は大変だぜ?」
まあ、うん。リエのこの性格なら、大変になるだろう事は目に見えている。
だが、異世界に迷い込んだ自分を助けてくれた彼女だ。彼女にとっては突拍子もない異世界転生という話だったが、笑わずに真剣に聞いてくれた。
僕には彼女に返すべき恩義がある。
「あんたら、私にそれ以上なめた口叩くなら分かってるんでしょうね。もうパーティメンバーじゃないのよ!」
「オイオイ、ここはギルド内だぜ? 前科ありのお前がここで剣を抜いたらどうなるか、分かってねェ訳じゃねェよな?」
リエは腰に差した長剣の柄に手をかけると、一歩前に出る。
先程までは煽り言葉の掛け合いだったので往来の人々は日常茶飯事と言わんばかりに気にも留めていなかったが、剣を抜くとなると話が変わってくる。
僕ら四人の周囲から人がサッと捌け、遠巻きに皆様子を伺っている。
「マジでやんのか? ハッ! マジで頭のネジ一本も刺さってねェんだな。 俺たちが面倒みなきゃお前なんて即監獄行きなんだよ! なぁ、『狂戦士』ちゃんよォ!」
先程から煽っているフルーヤは腰の短剣に触れるそぶりすら見せない。
これは敢えてリエに行動を取らせるためだと異世界では新人のヒロでも分かる。
おそらくギルドの職員にも腕の立つ人間がいて、こうしたトラブルに対処できる人材が待機しているのだろう。
もう耐えきれないとばかりに赤毛の長髪が逆立ったリエを見て、周囲の観衆も興奮と好奇心でリエを煽り始める。
…これは、嫌いだ。
「彼女とパーティを組むのは、僕の意思なんですよね。」
すっとリエの前に一歩踏み出したヒロ。
リエばかりを煽っていたフルーヤとキトー、そして周囲の観衆も一瞬静まってヒロを見る。
「僕は彼女に恩がありますが、その借りを返すためにパーティを組むんじゃないんですよ。リエと組みたいから、パーティを組むんです。」
ヒロがここで出張ってくると思っていなかったのかフルーヤは驚いた様子だったが、すぐに調子を取り戻す。
「そこのお嬢様はなァ、『狂戦士』なんだよ。戦闘になると周りが見えなくなってな、終わった時には敵味方関係なくズタボロだ。そんでもって、スキルだけじゃなく本人の性格もこれだから始末に終えねェ。兄ちゃんも苦労するぜ?」
「くっ…!」
ヒロのすぐ後ろから悔しそうな声が聞こえる。
狂戦士だという事を隠して剣闘士だと言っていた事から、彼女にとって狂戦士である事は隠しておきたい事実だったのだろう。
それがヒロに知られて、さらに自分のせいでこの状況を招いてしまっていることも悔やんでいるのかもしれない。
…しかし。
「それがなんだっていうんですか? 僕が彼女と上手くやっていけない理由にはなりませんよね。自分たちが上手くパーティで助け合えなかったからって、他の人も上手くいかない理由にはなりませんよね。」
「バカがよォ、狂戦士をパーティに入れて上手くいくわけねェ。パーティをたらい回しにされてたそいつを、俺たちがマシに使ってやってたんだ。だから、お前が上手くやれるなんて事はぜってェ無ェ。」
ヒロは、自分でも気づかないほどに怒っていた。
それはヒロが無意識に感じていた異世界に放り出された事への不安や、武器を装備した人に喧嘩を吹っ掛けられた事への恐怖、それらを打ち消してしまう程に、眼前の相手に激怒していた。
そして、――
「それって、あなたの感想ですよね?」
フルーヤは一歩こちらに踏み込んで何かを言おうと口を開いたが、急に苦しみ始めて蹲った。
隣のキトーはニヤニヤしていたが、フルーヤの様子が急変したため何事かとフルーヤに駆け寄る。
「何ですかまた! あっ、リエさんまたあなたですね! 今度はさすがに王国剣士団に突き出しますよ。」
観衆を掻き分けて出てきた小柄な女性は、ギルド職員だろうか。
彼女が出てきた事で、騒ぎが大きくなる事を期待していた観衆はぞろぞろと離れていく。
何人かはフルーヤの様子がおかしい事を気にして遠巻きに眺めているが、殆どは各々の目的へと去ってしまった。
「もしかして、フルーヤさんに剣を振るったんですか。フルーヤさん大丈夫ですか? これは冗談ではなく本当に王国剣士を呼びます。ギルド内で傷害となれば、もう言い逃れはできませんよ。」
これはまずい。フルーヤがどうして蹲っているのかは分からないが、このままだとリエは監獄行になってしまう。
しかし状況証拠は揃っている。証人を探そうにも、観衆はもうほとんどいない。
リエは狂戦士というぐらいだから魔法などの遠隔攻撃はできないだろう。彼女が何もしていない事は確実だ。
潔白を証明する手段がなくどう打開するか悩んでいると、後ろから女性の声がかけられた。
「彼女は何もしておりませんでしたのよ。フフッ。私は見ての通り魔術師ですが、魔術の類いが使用された痕跡もありませんでしたの。」
振り向くと、そこには三角帽子を深く被り黒いローブに身を包んだ女性が立っていた。
「そもそも狂戦士に魔術は使えませんでしょう。そこの男は、ただ急に蹲ってしまったのよ。口論の最中に急に、ね。病を疑うべきかしらね。」
そう言うと、三角帽子の女性はくるりと背を向け優雅に歩き去った。
「…それは本当ですか。リエさんは何もしてないんですね。」
「えぇ…。」
先程まで怒り心頭のリエだったが、目の前で起こった不可解な現象に理解が追いつかず立ち尽くしていた。
そしてヒロも…リエを侮辱された事に苛立ちを感じた自分に驚いていた。
元の世界では他人のために怒る事は殆ど無く、ましてや出会って一日のリエのために身体を張るなど、以前のヒロでは思いもよらなかった。
そして目の前でフルーヤが苦しみ出した事。
何らかの持病がこうも都合よく発症するとは思えないし、周囲の観衆の様子からしてこの事態に肩入れするような第三者がいたとも思えない。
そして魔術師らしき女性の言うところによると、魔術などのスキルでもないらしかった。
「救護班、彼の容態を確認してください。ギルド内で怪我人が出たとなったら事ですよ。リエさんと…そこのあなたは現状不問としますが、後日何かしらの質問をさせていただきます。」
ギルド職員の小柄な女性にそう言われて考え事を中断し、ヒロとリエは目を合わせる。
「…とりあえず、その依頼受けちゃいましょうか。」
「…そうね。」
まだ蹲っているフルーヤを後に残して、二人はギルド受付へと向かった。