003
「僕がリエさんとパーティを組むなんて無茶だと思うんですよね。」
「いいの。ヒロは私の荷物持ちなんだから。その体つきじゃ、どうせ剣も扱えないでしょ。」
「僕、これでも元の世界では剣道やってたんですよ。」
「剣道? 何それ。じゃあ剣持ってみる?」
「いえ、やめときます…。」
昨夜、リエと飲み明かして意外にも盛り上がり、お互いの事を語りつくした。
ヒロは自分の事を説明しようか迷ったが、いっそのこと全て話してしまった。
自分が異世界から落ちてきた事、神にスキルの一つも貰えなかった事、この世界の事は何も分からない事。
リエは一言「ふーん」と答えただけで、疑う事もせず答えてくれた。
良いワインを与えた事が功を奏したのか何なのかは分からないが、リエからは一定の信頼を既に得ているらしい。
ヒロもリエと話すうちに、リエには荒い言動が多いが面倒見の良さも垣間見えたので、こうしてリエを信用して全てを話したのだった。
しかし、リエを信用していたとはいえ、リエがその後何を言い出すかまでは読めていなかった。
「冒険者ギルドに行くわよ。あなたは私とパーティを組むの。」
「…え? 冒険者って、魔物をばっさばっさ切って戦うんですよね? いや無理ですって!」
こうして二人は、朝早くに冒険者ギルドへと来たのだった。
「それでは冒険者の登録をしますので、こちらの水晶玉に手をかざしてください。」
ギルドの職員から受けた諸々の説明によると、ギルド証作製のためにスキルの鑑定をする必要があるらしい。
僕は神からスキルを何も貰えなかったので心配だが、リエいわく「人は生まれた時に必ず一つスキルを持っている」そうだ。
それが日本生まれのヒロにも当てはまるかは疑問だが、こうなったら何でもいいからスキルが欲しい。
というのも、冒険者ギルドでの依頼はギルド側からの斡旋で受託するものがほとんどで、それは所持しているスキルに応じて斡旋されるらしい。
しかしスキル無しとなると、依頼を斡旋して貰えるかどうかも怪しくなる。
昨夜ワインと交換に手に入れたモンテ銀貨29枚が全財産だ。早く仕事に就かないとホームレスになってしまう。
「えー、じゃあ手を、はい。」
「ヒロのスキル、私はなんでもいいわよ。剣士でも、魔法使いでも、なんなら靴磨き師でもあなたとパーティを組むわ。」
「…冗談言わないでくださいよ。そもそも靴磨きスキルなんてあるんですか?」
「あるわよ。大抵は後天的に手に入れるものだから可能性は低いのだけれど、もし本当に靴磨き師なら私が笑ってあげるわ。」
「そんな笑えない冗談、きついですよ。」
淡い青白色の光を湛えていた水晶玉は、ヒロが手を翳すことで徐々にその色を変化させていく。
「あっ、僕にもスキルがあったみたいですね! よかったー、これで仕事には困らなさそうですね。まあ働きたいってわけじゃないんですけど。」
「何この色? 濃藍…?なら鍛冶系スキルかしら。いえ、それにしても黒すぎるわ…。」
青白色だった水晶玉はますますその色を濃くしていき、漆黒に近い色まで変化していく。
「あのー、これって何のスキルなんですか? 黒色ってあんまり良さそうじゃないんですが。」
ギルドの職員は焦った様子で少し待つようにヒロに伝え、てきぱきと作業を行っている。
ヒロはふとギルド内の様子を見渡すと、ギルドの受付には多くの冒険者らしき人々が並んでおり、依頼の受託を行っているようだった。
今は朝なので、依頼を受託してこれから各々の依頼に繰り出すのだろう。
ギルドの入口は常に開かれており武装した人や農作業の恰好の人、品のある服装の人など多様な人々が多く出入りしている。
ギルドの奥には応接テーブルがあり、そちらでは冒険者同士で話し込んでいる人々も居ればギルド職員らしき人と同席している人もいる。おそらくギルドに依頼をしに来た人が交渉しているのだろう。
「ヒロ様、ギルド証が完成しましたのでお渡しします。ただ、申し上げにくいのですがスキルがですね…。」
ヒロが受け取ったギルド証には、ヒロの名前、年齢、性別、出身――出身はとりあえず今いる国「モンテスマ」にしておいたが――それに加えて現在の冒険者ランクはF、そしてスキルは――。
「論破王…? えっ、論破王ってなんすか?」
「さあ…。私どもにも初めて見るスキルなので、さっぱり…。」
「あははっ! ヒロってば、初対面の私にも結構な物言いで弁が立つとは思ってたけど、まさか論破がスキルとはね。しかも王様、ぷぷっ!」
「リエさん、その辺で止めないとパーティ組みませんよ。リエさん昨日言ってたじゃないですか。『僕とパーティを組まないと私もうやっていけない、一人はこわいのー!』って。」
「ば、ばかっ! あれはワインが美味しくてつい言っちゃっただけなの! それにヒロは戦闘できるスキルじゃなさそうだし、居ても結局私ひとりで戦うじゃない。…あ、ヒロは私とパーティ組まなくていいの? 戦えないんでしょ。剣闘士の私と組まないと大変だわ、王様?」
焦った様子から急に思いついたようにニヤニヤし始めたリエを見て、今後が思いやられるヒロだった。
論破王…。元の世界に居た頃はそう呼ばれる事もあった。でも、暴力が言論に優っている世界で、論破なんて役に立つんだろうか。
ギルド証を発行してもらってから、リエと二人で依頼の張り出された掲示板に向かった。
リエは剣闘士なので、剣闘士向けに斡旋されている依頼の中で僕が一緒についていっても大丈夫そうな依頼を探してみる。
もちろん、論破王に向けて斡旋された依頼はひとつもない。
「東のアルブネア森林の遭難者捜索、西のヴィンチ村までの隊商護衛、それと…。」
「ドブ浚いもあるわね。」
「します? 僕は戦えなさそうなのでこっちがいいんですが。」
「嫌よ。ヒロは荷物持ちで私が戦うの。ドブ浚いだけは、絶対嫌。」
「じゃあ、この隊商護衛にしますか…って、これ剣闘士じゃなくて剣士向けの斡旋じゃないですか。」
「いいのよ。剣闘士でも受けさせてもらえるわ。」
依頼の斡旋はスキルに応じて行われるが、あるスキル傾向を持つ人材を募集する際にはスキルではなく『職業』で募集を行うらしい。
例えば剣技のスキルを持つ冒険者を募集する際には、剣技を所持している事が殆どの職業である『剣士』を募集するといった様にだ。
ざっくり言えば、剣を扱える人を募集するのには手っ取り早く剣士と書くのが通例らしい。
そしてリエの話によると、剣闘士より剣士の方が大衆受けするらしい。いわく剣士の方が『流麗』だそうだ。
また、剣士は剣聖という上位職が存在する事も、剣士の評価を高めているらしい。
「だから、私は王国剣士にはなれないのよ。」
そう口にしたリエは、どこか遠い存在を見つめるような口調だった。
強気な性格のリエではあるが、彼女なりに剣士ではなく剣闘士である事に引け目を感じている部分があるのだろう。
もしかしたら彼女は王国剣士になりたかったのかもしれない。
「ああ、リエさんが野蛮だから王国に仕える剣士としてふさわしくないってことですね。」
「違う! 剣闘士が野蛮なの。私は野蛮じゃない!」
リエのむっとした表情にヒロは笑いながら、元気が出たようで安心した。
隊商護衛の依頼でいいだろうという事で、掲示板に張り出された依頼書を持って受付に行こうとすると、
「おいおいリエ、ドブ浚いじゃなくていいのかよ?」
「こいつ、昨日一緒に飲んでたやつか? 剣も持てなさそうなひょろひょろじゃねえかよ。ハハッ!」
振り返ると、そこには昨日の酒場でリエを煽っていた二人がいた。
ギルドで新人が絡まれるこの展開、ありきたりだなあ。