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【第一部】マグノリアの花の咲く頃に 第一部(第一章ー第三章)& 幕間

乳兄弟の絆

作者: 海堂 岬

夜、ロバートはアレキサンダーの盃にワインを注いだ。


戻ってくるなり、通常と変わらぬ一日が始まり、終わろうとしていた。懐かしさと違和感の両方を胸の奥に感じながら、ロバートはあくびをかみ殺した。普段なら眠気を感じるような時間ではない。


 帰路、不用品を始末し、途中馬車を変えたりなどしたところ、思ったよりも時間がかかった。王都が近くなってからの数日、かなり無理な日程で、馬車を走らせてもらった。ようやく到着したのが今日だった。


 アレキサンダーが私室で過ごすこの時間、警護の者は部屋の外にいるだけだ。アレキサンダーの身を守るのが自分一人という緊張感に、今まで眠気を感じたことはなかった。流石に今日は常通りとはいかないらしい。二度目のあくびをなんとかやり過ごそうとした時だった。


「服を脱げ」

突然、アレキサンダーが口にした言葉に、ロバートの眠気は吹き飛んだ。

「今、なんとおっしゃいましたか」

「服を脱げ。ロバート」

ロバートは、アレキサンダーの手にある盃を確かめた。別に普段より多く飲んでいる様子はない。


「本日はお疲れのようですね。お早くお休みください」

おそらくアレキサンダーも疲れて、何か妙なことを口走っただけだとロバートは判断した。


「聞こえなかったか。服を脱げ」

アレキサンダーは淡々と繰り返すのみだった。

「アレキサンダー様、いかがされましたか」

「お前のせいだ」


ロバートは飲みすぎだと判断し、アレキサンダーの手から盃を取り上げた。

「アレキサンダー様もお疲れのようですので、本日はお休みくださいませ」

ロバートがイサカにいた間、アレキサンダー達王太子宮の面々も忙しかったはずだ。


エドガーは、ローズの夜更かしは全力で阻止したと胸を張っていた。大袈裟な言い方だが、王太子宮も、そう言いたくなるくらい忙しかったのだろう。


「脱げといったはずだ。傷を見せろ」

ロバートにも、ようやくアレキサンダーの言葉の意図が見えた。

「傷ですか」

「お前は何も連絡してこないからな。最初の頃、何度か襲撃されたと聞いている」


アーライル子爵から遣わされている騎士達が、王都からの物資を警護してきた騎士達と言葉を交わしているのを何度も見た。おそらくその時に報告がなされたのだろう。訓練をされていない破落戸など、アーライル家の騎士達の相手ではなかった。


「襲撃があったことをご存じであれば、怪我人が出なかったこともご存じのはずでしょうに」


ロバートは何気なく言っただけだが、アレキサンダーの機嫌を損ねたことは明白だった。

「お前からの報告は一切なかった。す、べ、て、アーライル家経由だ」

アレキサンダーが、わざわざ区切るように言った。


「全て大事には至りませんでした。ことがすんでからの報告で、お気遣いいただいては申し訳ないと思い、報告を控えさせていただきました」


ロバートも、報告を怠るつもりはなかった。それよりも、優先的な事項の報告に重きをおいただけだ。

「何かあれば報告しろと言わなかったか」

「ですから、大事にはいたっておりません」

アレキサンダーがこれ見よがしにため息をついた。


「小さなローズのほうが、察しがいいな」

思ってもみなかったアレキサンダーの言葉に、ロバートは眉をひそめた。

「子供ですが」


 今日一日、泣いたり笑ったり忙しそうにしていた小さな子供だ。察する必要すらない子供と比べられたロバートは、面白くなかった。


アレキサンダーは、してやったりと言わんばかりの様子だった。


「さっさと脱げ」

「かしこまりました」

実際、今回は怪我も何もしていないのだから、隠す必要もない。あらわになったロバートの上半身を見た、アレキサンダーの視線がロバートの左脇の傷で止まった。


 ロバートの左脇を切り裂いた刺客の刃の痕は、今もはっきり残っている。もう少し深ければ、助からなかったと医者に言われた。二人にとって、苛烈だった当時のことは思い出したい記憶ではない。


 ロバートも、切られたときの焼けつくような痛みと、その直後に襲ってきた異様な感覚は忘れようにも忘れられない。その感覚の原因となった刃に塗られていた毒により、ロバートは何日も生死の境を彷徨った。

 

「ご満足いただけましたか」

アレキサンダーの視線を遮るかのように、シャツの袖に腕を通したロバートを、アレキサンダーが止めた。


「待て。背を見せろ」

「かしこまりました」

ロバートは、無防備な背を人に見せるのは好まない。

「怪我はないようだな」

アレキサンダーも一瞥しただけだった。


「申し上げたとおりです」

ようやくシャツの両方の袖に腕を通し、ボタンを留めながらロバートは答えた。


「肩の痣は変わらないのだな」

「赤子の時からあったと、母からは聞いております」

ロバートの左肩、背に近い側には淡く赤い痣がある。鏡を使わないと自分では見えない位置だ。


「私も覚えている限り、それはお前の肩にあるからな。薄いから消えてなくなるかとおもっていたが、そうでもないのだな」

アレキサンダーも、あくびをかみ殺した。


「さて、ご満足されましたか。もう、お休みなさいませ」

ロバートの言葉に、アレキサンダーは抵抗もせず立ち上がった。

「お前も休め。報告など、明日から用意すれば十分だ。これは命令だ。寝ろ」

「かしこまりました」

 ロバートは、寝室へ戻るアレキサンダーを一礼して見送った。 


幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。

この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです


誤解を招く発言です

誤解を招く行動です


 二人は主従関係ではありますが、物心つく前から一緒にいますから、互いへの遠慮があまりありません。

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