1-12 トラブル
イチ達の要請を受けて、俺とルミールの2人は元来た道を戻っていく。
先行で進む3人のコボルト達は周囲を警戒しながらも、時折俺たちの様子を伺いつつゆっくりと進んでいる。
「フェンリル・・・うう、まさか上級魔族と会うことになるなんて」
「ルミール、悪い、同行して貰って。やっぱり俺だけ行っておこうか?」
「だめだよ、それでゴブさんに何かあったら私ひとりじゃどうしようもないもん。ここは1人より2人で行動した方が安全だよ。・・・まあ、フェンリル相手だと一緒かもだけど」
俺たちは先ほど聞いた、フェンリルの幼体であるお嬢の住処に向かっている。
お嬢は最近体調が悪く、住処の洞窟の中で引きこもるようになってしまったという。長年付き合いのあるコボルト達でも、今回のように長期間体調を崩すところを見たことは無いらしい。
本来上級魔族という存在は、高い魔力と強靭な体を備えているので、外的要因から体調を崩すことは無い。
まだ大人になっていない幼体であっても、風邪などの病気も本来かからないはずなので、考えられる要因としては大人になる上で必要な順応が進んでいるのではないかというのが、ルミールの意見だ。
これは人間における成長痛のようなものらしい。体の急成長による弊害として、骨の節々に痛みが生じひどいときには歩けなくなることもある。
また、上級魔族やエルフなどの魔力を多く持つ種族では、極稀に魔力量の過剰成長が原因で発熱を起こし体調を悪くすることもあるという。
しかし、これらの症状は週に1度~月に1度程度が一般的であり、いくら個人差のある症状とはいえ何日も連続し寝込むようなことは無い。
とすると、他の症状か?そうなってくるとイチ達経由の話では判断できず、ルミールと一緒に住処に向かうとことになった。
「でも、本当に病気なのかな?フェンリルがかかる病気なんて聞いたことないんだけど」
「ルミールというか、エルフは魔獣や魔族の知識は豊富なのか?知らないだけで、風邪も引くかもしれないだろう」
「まあ、すべてを知っているわけではないけど、人族の種族ごとの傾向を見れば予測がつくし、フェンリルや上級魔族も一緒なんじゃないかな?」
「種族ごとの傾向って、どんな傾向だ?」
ルミールによると種族によって病気のかかりやすさにバラツキがあり、それらはその種族の体の構造によってある程度傾向がみられる。
ドワーフや獣人といった身体能力が高い種族は、体の抵抗力が高く侵入してきた病原菌は大駆逐することができる。しかし、年老いて抵抗力が下がっていくとその限りではない。
エルフやフェアリーなどの魔法を得意とする種族は、無意識で高密度の魔力を身にまとうため、通常の病原菌では体に入る前に魔力に耐え切れず消滅するらしい。
しかし、まだ未熟である子供の時には当然魔力が足りない為、病気にかかりやすく、身体能力も高くない為重症化になりやすい。
どちらも高い竜人という種族は、病気というものにはかからないそうだ。体調を崩すのは戦闘などによってできる怪我によるものか、先ほどの成長痛くらいだという。
「だから、身体能力も魔力量も高いフェンリルが、風邪になるなんてことは考えられないんだよね」
「なるほどな、だが魔族特有の病気ってことは考えられないか?」
「う~ん、その場合は一番強いフェンリルだけが掛かって、あのコボルト達に何の影響もないっていうのはあり得ないんじゃない?」
ルミールの意見に確かにそうだと俺は肯定する。
イチ達によると、お嬢はここ1か月間ずっと体調が悪いらしいが、イチ達には何の影響もなく元気だという。
お嬢とイチ達は同じ住処である洞窟内で共にすることが多く、食べるものも同じで過ごしてきたが、特に変化はない。
しかし、今回体調を崩したのはお嬢だけで、看病の為に付き添ったこともあるそうだがイチ達にうつるという事もない。
先ほどの話からすると、幼体とは言え上級魔族のフェンリルがかかり、下級魔族のコボルトは無事である状況は、病原菌が原因であるとするならばおかしな話だ。
もし、原因が病原菌で運よくイチ達が掛かっていないだけなら、事態は一刻の猶予もないかもしれないと、ルミールは言葉をつづけた。
「抵抗力の高いフェンリルを弱らせる病原菌が蔓延したら、私たちだけじゃなくこの森、いや世界が滅びることになるかも。これは『魔災』なんて目じゃない大災害に発展する危険性があるよ」
ふとルミールを見上げると、真剣な目で行き先を見つめていた。
思い過ごしであればそれだ良い。しかし、上級魔族が倒れるほどの病気でならば・・・。
俺が思っている以上に、知識を持っているルミールの中の不安は大きなものなのかもしれない。
「ゴブさん、ここ、お嬢の住処」
白毛のニイが足を止め俺に話しかけた。指を差すほうを見てみると大きな穴が開いている。
2mほどの高さがある洞窟は、かなり深くまで続いており入り口からでは奥を見通すことができないが、奥からひやっとした冷気が漂ってきている。
「洞窟の中は気温が低いのか?」
「ワウ?まあ、外よりは涼しいくらいワウ。お嬢は暑いのが苦手だから洞窟の奥は涼しいからそこで暮らしてるワウ」
黒毛のイチが周囲の異常がないかを確認し戻ってきた。
今日の朝に出てきてから、誰かが出入りした形跡はないとのことだ。
「今ならお嬢もいるワウ。ゴブ、エルフ、ついてくるワウ」
イチが洞窟の中に進み、俺もそれに続こうとしたが肩をつかまれた。
振り向くとルミールが真っ青な顔をして首を横に振った。