1-10 接触4
俺の後ろでは、イチがニイの回復に喜び声を上げており感動的な場面なのだが、俺の心は穏やかではない。
「さて、ゴブさん、どういうつもりか、説明してもらいますよ」
静かに笑っているルミールだが、声は笑っていない。
どう考えてもご立腹だ。彼女からすれば俺の取った行動は、忠告を無視され危険を野放しにするようなものなので、とても許容できるものではないだろう。
しかし、ここで納得してもらわなければ、イチ達の身が再び危険にさらされる。それだけは避けなくてはならない。
「ルミール、さん、これはですね。違うんですよ」
「へぇ、何が違うのか分からないですね。私の忠告が間違っていると非難してるんですか?」
「い、いやそういうわけではない。むしろルミールの意見が世間の一般的な見解だと俺も思う。だが、」
「そうですね、ゴブさんはゴブリンで魔族側、私はハーフエルフで人族側ですからね。やっぱり意見が合わないんですね」
「ち、違うそういうことを言いたいんじゃなくてだな・・・」
マズイ、このままだとどんどん話がこじれていく。
段々ルミールの表情も険しくなってるし、このまま別れるような事態もマズイ。
どうすれば分かってくれる?言い訳じみたことはやめて、ストレートに言ってみるか?
「俺は魔族とか人族とか関係なく、意思疎通できる相手が困っているなら助けたいだけだ」
なぜ、あんな行動をしたかと言われれば相手がイチ達だったから。
なぜ、イチ達だったらよかったかと聞かれれば意思疎通でき分かり合えると思ったから。
なぜ、意思疎通ができると思ったかと聞かれれば、森の中の一件だろう。
同じものを食べ、うまいものをうまいと共有でき、会話を通して戦闘を回避できたのだ。付き合いは短いが理由はそれで十分だろう。
「ゴブさん・・・」
「悪い、ルミール俺からはそれだけで、他の思惑なんて・・・」
「もしかして、コボルトと、話せるの?」
「はぁ・・・?」
ルミールが引っかかったのは俺の予想していないところだった。
もしかして、コボルトとは本来意思疎通ができない存在なのか?
そういえばはじめてあった時も、ゴブリンが話したことに驚いていたな。
この世界の魔族と人族は、意思疎通ができないというのが常識なのだろうか?だとしたら、互いに何を考えているか分からない相手という事になり、手を取り合うことなく争いを続けてきたことも理解できる。
「ああ、そうだが、そういうことはルミールはイチ達の言葉が分からないのか?」
「イチってあのコボルトのこと?ええ、私にはさっきからワウワウとかウウ~って言ってるようにしか聞こえないけど・・・」
ルミールはイチを見て、首をひねっている。どうやら本当に分からないようだ。
「なあ、ルミール。作ったポーションをもう一つくれないか?向こうで倒れたサンにも使ってやりたい。俺が本当にコボルト達と意思疎通できているのか、疑問に思うだろうが頼む」
「はぁ、別にいいよ。言われてみればゴブリンとコボルトは同じ群れで行動することもあるって聞いたことがあるから、確かにゴブさんなら意思疎通できるかもしれないしね。ほら、持っていきなよ」
ルミールから品質☆2の下級ポーションを受け取る。あれ?2本?サンのダメージってそこまでなのか?
「ゴブさん、君もダメージを受けてるでしょ。もう1本は君の分なんだけど・・・」
「え、ああ、そういうことか。ありがとなルミール」
そういえばそうだった、説得に意識がいってたから忘れていた。
自分のHP管理をしっかりしないとダメだよな。ゲームの中で痛みがないから大丈夫だと思ってしまった。
確認してみるとHPが半分以上減っており、確かに危ないところだった。
ルミールがあきれた様子で俺を見ているが、今はこれをイチに渡してサンを回復させることが重要だ。
「イチ、悪いがこれをサンに渡してきてくれるか?あっちの岩の方で倒れているはずだ」
「ワウ、ゴブ・・・。分かった、すまねぇ、恩に着るぜ」
「ゴブさん、ありがとう、助けてくれて」
ポーションを受け取りイチとニイが駆け出す。
とりあえず一息付けそうだと手元のポーションを見つめるが・・・。正直飲みたくないんだよな・・・でも、飲まないとダメだよな?
ちらっとルミールを見てみると、しっかりこっちを見ている。俺が飲むのを監視しているのか?くそ、ここは飲み切るしかないか!
「がぁ、やっぱりマズイ!」
「よし、ちゃんと飲んだね。でもこれからどうするの?あのコボルト達もそうだけど、私たちも野宿する場所を探さないと」
そういえば、すでに太陽が傾き始めている。あと、数時間もすれば沈んでしまうだろうが、泊まる場所が必要か。
でも俺はログアウトすればいいか・・・ってそうか、ルミールはできないから野宿の必要なのか。
そういえば、プレイヤーがログアウト中でもNPCは独自の判断で行動すると説明されたな。まずは生活の拠点が必要か。