1-9 接触3
「エルフが居ないうちに取って逃げるワウ!」
「うん、僕が、エルフの様子をみる、イチ兄とサンお願い」
「ワワウ!」
コボルト3人組が茂みを飛び越え、一気に走っていった。
その速度は俺が思っていたより断然早く、すでにポーションが置いてある場所まで残り半分まで来ていた。
ルミールには悪いが、3人がこのままポーションを奪い取って争いなく立ち去ってくれれば、友好関係を保持したまま別れることができるかもしれない。後でルミールに説明しないといけないが・・・。
しかし、物事は自分の思うようにはいかなかった。いや、この言い方だとルミールが悪いような言い方になってしまうな。
ニイがルミールの様子を伺うべく、岩の向こう側に姿を消した後にイチとサンは薬瓶を手に取っていた。そのまま逃げるだけかと思ったのだが、俺が見たのは岩の向こうから空中に投げ出され、イチたちの頭上を越えて飛んできたニイの姿だった。
そう、ルミールの迎撃だ。彼女は俺の予想よりもはるかに賢かったらしい。
おそらく彼女は気づいていたのだ、3人のコボルトの存在に。そのうえで様子を見てわざと泳がし、迎撃が可能だと判断して実行に移したのだ。
イチがニイのもとに駆け寄る。落下時の打ちどころが悪かったのか、ルミールの迎撃をもろに受けた成果は分からないが、多くのダメージを受けているようだ。
「やめろ、ルミール!そいつらに手を出すな!」
俺は思わず茂みから飛び出し、走り出すがコボルトとは違いゴブリンの敏捷は高くはない。
このままでは余計な被害が出るだけだ。思わず声を上げるがさらに状況は悪くなっていく。
「ウウウー!ワウウゥゥゥ!!」
3人の中で最も体格の大きなサンがイチとニイを守るように、ルミールの前に立ちふさがり雄たけびを上げた。
ルミールの注意がイチとニイからそれたので、これ以上の追撃はないだろうが、その声により俺の声もかき消されてしまった。
俺の姿も今の位置ではサンの影に入ってしまい、岩の向こうにいると思われるルミールには見えていない。
ルミールのスキルは風魔法で攻撃アーツは以前受けた『エア・ショット』だ。クーリングタイムの影響で連射はできないはずなので、しばらくはサンは攻撃されないだろう。その前に俺がたどり着ければ・・・。
しかし、俺の予想はまたしても裏切られる。いや、確かにサンは攻撃を受けてはいないのだが、今度はルミールがピンチに陥っていた。
サンの咆哮は注意を引くためのものではなかったらしく、その体にうっすらと赤いのオーラのようなものを身に宿していく。
そして次の瞬間に俺が見たのは、高く飛び上がり拳を振るうサンの姿と驚愕の表情を浮かべ何とか回避するルミールの姿だった。
サンのはなった衝撃は振動となって離れた俺のまで届いている。あれを食らったらひとたまりもないだろう。それを理解しているのか、ルミールも地面に転がり立ち上がるとすぐさま距離を取り魔力を集中させた。
まずい、サンを攻撃するつもりだ。
それに対して、サンはゆっくりとルミールに向き直ると再度追撃の構えを取った。
このままでは最悪両方共に被害が出る。それだけは避けなければならない。なら、どちらを止める?
どちらも俺と双方のつながりを知らない。どちらかに声をかけても、お互いに矛を収めなければ事態は収束しないだろう。
再びサンが飛び上がったのと、俺が駆け出し飛び上がったのは同時だった。俺が盾になるべきはルミール、押さえるべきはサンだ。
サンの瞳にルミールの前に飛び出した俺の姿が映るが、その瞳は怒りに支配されており俺を認識していない。後ろからは俺の名を呼ぶ声と魔力が霧散するのを感じた。
「うおぉぉ!『強打』!」
容赦なく振り下ろされたサンのオーラをまとった一撃に対し、俺はその拳に狙いを定め今出来る最強の一撃『強打』で迎え撃った。
俺の細く頼りないゴブリンの腕と頼りないただのこん棒だが、攻撃アーツの補正によるものなのか分からないが、互いの力は拮抗しお互いの体を後方へはじいた。
しかし、俺の小さな体は衝撃を受け止めきれず、勢いよく弾き飛ばされ後方にいたルミールを巻き込んで、数メートル地面を転がった。
「ぐ、無事か、ルミール?」
「私のことより、ゴブさんだよ!もう、無茶して!あと、遅いよ!」
俺は痛みのある体を起こしながら、ルミールを気遣うが無事なようだ。どうやらかなり心配をかけていたらしく、その表情には安堵が浮かんでいた。
サンの方を見てみると飛ばされた衝撃か、オーラは消えゆっくりとその体を起こしているところだった。怒りの気配が消えた今なら説得は可能だろう。
「サン!このエルフ、ルミールは俺の仲間だ!ルミールも杖を下ろしてくれ」
俺はサンの方に歩き出す。ルミールの静止する声が聞こえるが、俺は片手をあげ大丈夫だと伝える。
サンはすでに疲労困憊の様子であったが、その眼には理性の光が灯っていた。そして俺を見つめゆっくりと倒れこんだ。
「おい、サン!大丈夫か?!」
「・・・ワウ、ワワウ」
サンはゆっくりとイチ達の方に指をさし声を上げる。俺はいいから向こうを頼むという事だろう。確かにニイは結構なダメージを受けていたようだ。
俺はうなずきイチとニイのところへ向かい走り出した。
「ワウウ、ニイ、しっかりしろ、おい!」
ニイはイチの腕の中でぐったりとしていた。瀕死か気絶しているだけかは分からないが、危険な状態だろう。
足元に転がっていた薬瓶を手に取るが、蓋を開けてみると液体が入っていなかった。
どうやら初めからダミーとして、空の薬瓶をここに置いていたのだろう。イチ達はそれに騙され罠にかかったのだ。
俺はニイを助けるために近づいたのだが。背後から冷たい視線と声がかけられる。
「ゴブさん、そのコボルトを助けるつもり?」
「ああ、こいつらにも意思がある。分かり合えるはずだ」
「分かり合えるね・・・それはどうかな」
「ワウ、エルフてめぇ!ニイをこんな目に合わせて許さねぇぞ!」
ルミールの視線の先には、ニイを抱えたまま怒りの声を放つイチがいた。その眼には強い怒りの感情と恐怖の色が感じられる。
「ゴブさん分かる?たとえそのコボルトを助けたとしても、傷つけられた恨みは忘れない。その殺気は本物だよ。今後ここで活動するなら、そのコボルトは危険材料になる。だからここで倒さないといけないんだ」
冷たく言い放つルミールの言葉はよくわかる。おそらくこの世界で下級魔族といわれる、ゴブリンやコボルト達と戦ってきた故の判断なのだろう。
自らの身を守るために切り捨てる間違いだとは言えない。
だが俺は分かってしまった。
魔族といわれる敵にさえ意思があり分かり合えると、実際に分かり合えたからこそここでイチ達を殺すことはできない。
「ワウ!ゴブ、てめえもエルフの仲間だったか!俺たちをはめやがったな!」
「違う、今回は互いのすれ違いが不幸を呼んだ。俺が早く切り出さなかったから起きた事故だ。だからこれをニイに飲ませてくれ」
俺はそっと自分が受け取っていた下級ポーションを取り出し、イチに差し出した。
ルミールの焦った気配が伝わるが、ここは俺のわがままを聞いてもらおう。
「ワウ、これって・・・」
「ポーションだ、下級のだが使わないよりマシだろう」
「お前のことを信じろってか!信じられるかワウ!」
「悪いが残り一つだ、俺が使って問題ないことを証明してもいいが、それだとニイが助からない。俺を信じてくれ」
本当はルミールが他に持っているのだが、それをコボルト達に使うことを彼女は許してくれないだろう。
戸惑いと疑惑で一瞬躊躇したが、逼迫した現状からイチは俺の手のポーションを奪い取り、ニイの口へ運んだ。
ポーションを使ったニイの体はやさしい光りに包まれ、その眼をゆっくり開けた。
「あれ、イチ兄?あれ、僕・・・」
「ワウゥ!ニイ、無事か!」
イチの喜びの声が周囲に響き渡る。
よかった、よかったが、これからどうするか・・・。
背後から静かな怒りと冷たい視線を放つルミールからの物言わぬ攻撃に、今後のことについて頭を悩ませた。
誤字報告いただきました。
一応気を付けて確認・投稿しておりますが結構あったようです。
ご指摘いただきありがとうございます。
本作に付き合っていただける方々も、今後もよろしくお願いします。