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夏祭り(前編)

忙しいです!

 


「お兄様、いかがですか可愛いですかそうですかありがとうございます水曜日はうれしいです」


 いやまだ何も言ってないんだけど……


 今日は夏祭り当日。月野さん達クラスメイトと水曜日とで約束していた日だ。

 夕方、駅前に集合とのことだったのだが、僕と水曜日はどうやら早く着いてしまったようだった。

 それなので、こうして僕と水曜日は駅前広場のベンチでしばらく他の3人を待っていた。


 目をやると駅前には浴衣を着た祭り目的の人もちらほら見えた。


 みんな楽しそうだなぁ。

 やはり夏休みはすこし浮ついた気持ちになってしまうものだ。


 ちなみに今日は水曜日も張り切って浴衣を着ている。


 水をモチーフにした蒼と白の混じる浴衣は、彼女のまとう不思議さを上手に表している。

 帯の辺りには赤い金魚が2匹泳いでいる。



「〜〜♪」

 改めて似合っていると伝えると、水曜日は袖を揺らしながら立ち上がり、その場でくるりと回った。


 が、履き慣れない下駄で動いたせいか、その瞬間水曜日の体がぐらりと傾いた。


「————ぁっ」


 あぶない!!


 咄嗟に水曜日を抱き抱える。倒れることはなかったが、僕と水曜日は社交ダンスの決めポーズのような格好になっていた。


「助かりましたお兄様。……でもちょっと顔が近い、です」


 あ、ごめん。


 少し頬を紅く染めた水曜日がいそいそと僕から離れる。

 ……?

 いつもは自分からくっついてくるのに……。


 もしかしたらくっつかれるのには弱いのかもしれない。

 仕切り直すように水曜日が咳払いをして、こちらをチラリと見た。

「それにしてもお兄様。そのクラスメイトの月野さん、という方はいついらっしゃるのですか?」


 うーん、遅いね……何かあったのかな?


 月野さん達はすでに15分ほど集合時間から遅れていた。

 スマホに通知はないし、送ったメッセージにも既読はつかない。

 この夏祭りは大規模なお祭りで、フィナーレの大花火を見るために県外からも多く人が来る。そのせいで電車が遅れていたり、電波が届きにくいのかもしれない。


 人も多くなってきたし、僕たちは先に移動しようか。


 その言葉に水曜日もこくりとうなずく。


「はいお兄様。時間がもったいないので二人でお祭りを回りましょう。ええ二人で」


 うーん、まぁ連絡もつかないし仕方ないね。


 水曜日がやけに『二人で』を強調するのは気になったが、彼女の提案に反対する理由も特になかった。


 ✳︎


「お兄様お兄様。水曜日はアレをやりたいです」

 ぴょんぴょんと小走りではしゃぐ水曜日。

 あまりこういった祭りには来たことがないのだろうか。指差した先には夏祭りど定番屋台、射的があった。


 いいよやろうか。


 と言ったものの、僕も射的の経験はあまりない。

 まずは銃口にコルクを詰めて、銃身の側方にある丸いレバーをひっぱる。

 そうしたら狙いを定めて引き金を引く。


 これで合ってたよな……?


 不安になりつつも、自分と水曜日の計二人分お金を払い、銃とコルクを受け取る。

 弾は1人5つか……


 銃を受け取った水曜日は物珍しそうにそれを眺めていた。

「お兄様、これどうやって使うのでしょう」


 先程思い出した手順をそのまま説明すると、水曜日は小さく頷いた。

「分かりました。お兄様、欲しい景品があれば水曜日に言ってください。……撃ち落とします」

 水曜日の眼光がキラリと光る。なんだか鬼気迫るものがあるような……


 というか水曜日が欲しいものを取ればいいじゃないか。

 そう言うと水曜日はいつも通り無表情のまま淡々とそれに答えた。

「水曜日はお兄様の笑顔が欲しいのですそれ以外は無価値なので。……?!もしやお兄様の欲しいものは私ですか水曜日ですかそれならそうと早く言ってください私はもうとっくに撃ち落とされてます」


 あーうんソダネー。

 ……なんだか最近水曜日の早口に磨きがかかっているような。

 気のせいだろうか?


 弾を詰め終わると水曜日は台に身を乗り出し、さながらスナイパーのような体勢になった。

 まぁ射的ではよく見る体勢なんだけど……


「さぁ!お兄様が欲しいものはなんですか!!」


 う、うーん……正直いってそこまで欲しいものはない。

 大体こういったお祭りの景品にあるゲーム機など高価な代物は取れないように出来ているし、かといって細々したアクセサリーがあっても困るだけだ。


 しかし今か今かと僕の答えを待つ水曜日を無下にも出来なかった。


 答えに窮した僕は渋々棚の2段目に陳列されたラムネの箱を指差した。


 アレが欲しいかな……


 それを見て水曜日はがっくりと肩を落とした。

「水曜日では……ないのですね……」


 いや、そもそも水曜日は景品じゃないと思うんだけど……


「でも分かりました。お兄様の妹であるこの水曜日が命に換えてもあのラムネ、撃ち落とします」

 改めて水曜日が台に身を乗り出し、ラムネの箱に狙いを定めた。

 僕、射的のおじいさん、隣の子供、さらにその隣の若干あやしいリーゼントのおじさんが固唾を呑んでその様子を見守る。


「風向き、角度、距離、お兄様からの愛……オールクリア」


 水曜日はその細い人差し指を引き金にかけると、一気に引いた。


 ポンッ!


 勢いよくコルクが銃口から射出される。

 狙いは上々、打ち出された茶色い弾丸はまっすぐ飛び、大きな弧を描いて………台の下の暗闇へと吸い込まれていった。


 ぜ、絶望的に飛距離が足らなすぎる……!


「な、な、な……」


 いつも無表情でクールな水曜日も、今回ばかりは動揺を隠しきれていなかった。


「やりぃー!」

 隣では小学生くらいの子供が大きなぬいぐるみを打ち落としていた。

「〜〜〜おかしいですッ!お兄様この銃壊れてますっ!!」

 地団駄を踏んで悔しがる水曜日。

 ここまで熱くなっているのは珍しいと思いつつ、なだめに入ろうとすると、先の怪しいリーゼントおじさんが近づいてきた。


「なってねえ、なってねえなお嬢ちゃん。射的っつうのは銃と己の対話。弾が届かなかったのは銃のせいじゃあねえ。お嬢ちゃんのせいさ」

「お兄様、通報してください」

 あい。


 スマホで数字を打つ。1、1、0っと……


「おいおいおい!いくらなんでもスムーズすぎるだろ!ちょっと待っ、待ってください通報やめてくださいお願いします!!」


 通報一歩手前のところでクソ不審者のリーゼントおじさんが土下座を始めたので、スマホをしまう。


 で、あなたは誰なんですか?そして何の用ですか?

「そうです。私とお兄様の逢瀬を妨げた罪は重いですよ」


 おじさんは立ち上がってリーゼントを整えると、こちらに向き直った。

「そりゃあすまなかった。俺の名前はコー……いや、ただの田中だ。いやなに、お嬢ちゃんがあんまりにも悔しそうにしてたんでな。射的の手ほどきを少々してやろうと思っただけだ。本当だ、他意はない」


 で、あんなにキザなセリフを口走りながら不審に近づいて来たと……

「『射的っつうのはァ銃とォ己のォ対話ァ』……どういう意味でしょうか何かの隠語でしょうか」

 水曜日と顔を見合わせる。


「おい悪かったって!だからその不審者扱いやめてくれ!いややめてください!」


 必死に頭を下げる田中さんを見ていると、だんだんかわいそうに思えてきた……


 怪しさ満点だけど……いい機会だし、教えてもらったら?


 そう提案すると水曜日は渋々、といった様子で頷いた。

「むぅ……まぁ確かに弾すら届かなかったのは事実です。残りの弾数は4発、それまでにあのラムネを落とせるようにしてくれたら赦しましょう」

「お、おうすまねえな……?」

 若干納得いかない表情をしながらも、田中さんは射的のコツを説明し始めた。

「まずコルクを入れてからレバーを引くのが間違いなんだ。射的の銃は空気を圧縮して———」

 僕も何となくその説明を聞いていると、隣の子供が声をかけてきた。


「この射的屋さん、もうすぐ無くなっちゃうんだ。全然お客さんが来ないしじいちゃんも年だからって。あ、俺はじいちゃんの孫ね」


 じいちゃん、というのはこの射的屋の店主のことだろう。確かに見た感じ随分と高齢なようだ。それにお客さんも僕らの他にはいない。

 というか僕と水曜日以外、全員身内じゃないかこの射的屋……クソッ騙された!


 しばらくすると説明が田中さんの説明が終わった。水曜日は何やら考えながらまた銃を手にした。




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