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行き遅れ魔王様と幼なじみ執事 6

作者: 遠和

「ねぇ、し‐ちゃん。 ハロウィンって知ってる…?」


黒塗りで威圧感さえ感じる執務用の机に肘を置き、顔の前で手を組んだまおちゃんがいつものように口を開く。

組んだ手が邪魔でその表情は伺えない。

でも、わかることがある。


(‐‐凄く嫌な予感がするッ! というかもはや確信してるッ!)


答えるべきか、答えないべきか。

どちらに転んでも不味い気がする。

すでに積んでいる。


「ねぇ、し‐ちゃん。 ハロウィンって知ってる…?」


(まさかの二回目ッ! これはまさか、答えるまで…?)


そんなまさか。


「ねぇ、し‐ちゃん。 ハロウィンって知ってる…?」


「……」


まさかぁ……。


「ねぇ、し‐ちゃん。 ハロウィンって知ってる…?」


まったく同じト‐ンのまま、徐々にスパンが短くなってきている。

間違いない。


(昔、こんなの見たことある気がするなぁ…。 確か、勇者の遺物の一種、ゲ‐ムってやつで村人ってキャラクタ‐がこんなふうに、話しかけても延々同じ事言い続けて、幼心に怖かったなぁ…)


「ねぇ、し‐ちゃん。 ハロウィンって知ってる…? ねぇ、し‐ちゃん。 ハロウィンって知ってる…?

ねぇ、し‐ちゃん、ねぇし‐ちゃんねぇし‐ちゃんねぇねぇねぇ」


(っていうか、最早間隔なくなってる‐!?

怖い怖いよまおちゃんっ! よく息が持つね!?)


「まおちゃん怖いよ…。 ハロウィンの仮装よりよっぽど怖いよ…」


耐え切れなかった。


「大丈夫よ、し‐ちゃん。 ハロウィンの仮装に恐怖は求められていないもの」


「……じゃあなんで仮装するんだろうね?」


「それぇッ! ずばり私が言いたいのはそれよッ!」


机を叩き、勢いよく立ち上がるまおちゃん。

これは随分ストレスたまってるなぁ…。


「ハロウィン!最早その本質は失われつつあるわ!

ハロウィンは最早形骸と化した!

ハロウィンは最早パリピが騒ぎたいがための祭りと化した!

許せない!許されない!許されるわけがない!」


グッと拳を握り、声高に叫ぶ。

私は知っている。こういうときのまおちゃんは勢いで本音を誤魔化している時だ。


「それで、まおちゃん。 本音は?」


「可愛い仮装してイチャイチャしてるアベックが許せない」


あっさりと本音を吐いた。私怨でしかない。


「素直だね…」


「素直なのが私の美徳だから」


それで時折とんでもない暴走してるから、美徳だと褒めにくいなぁ…。


「……はぁ。 それでハロウィンがどうしたの?」


「私もイチャイチャしたい」


「う、うん? なんて?」


「とりあえずむかつくアベックには屈辱的な格好させて、可愛い娘を侍らせたい」


ふふふと邪悪な笑みを浮かべながら、どす黒いオ‐ラを放つまおちゃん。

今まで一番魔王らしい。

なんでだろ。

でも、それだけじゃなさそう。


「本音は?」


「可愛い娘を侍らせてイチャイチャしたい」


「それだけじゃないよね」


「私になびかない男がむかつくから屈辱的な目に合わせてやりたい」


わぁお。思ってた以上にひどい。


「素直だね……」


「言ったでしょう? 素直なのが私の美徳なの」


なんだろう。複雑な気持ち。


欲望が駄々洩れなだけな気がするなぁ……。


「そんなわけでパ‐ティをします」


「……はい?」


すごく話が飛躍したね、私にはよくわかんないよ。


「ハロウィンと言えば仮装。 仮装と言えばパ‐ティ」


うん、わかんない。


「そんなわけで衣装も用意してあるし、客人も招いてるわ」


「どんなわけ!? 何その段取りの良さ!?」


「私、やると決めたらやる女だから」


「そのやる気を仕事にも示して欲しいなぁ!」


「聞こえないわ。 そんなわけだからし‐ちゃん、楽しいお着換えの時間よぉ。 ぐ腐腐腐腐(ふふふふ)……」


人に見せてはいけないような笑みを浮かべながらジリジリと歩み寄ってくるまおちゃん。

恐怖でしかないッ!


「なんで私が!?ね、ねぇまおちゃん。 

私ってほら、普段から男装して燕尾服着てるよね? 仮装みたいなもんだよね?」


「そうね。 それで誤魔化されてる世の節穴男性にもそろそろ気づかせてやるべきじゃないかしら」


節穴男性って何!?


「何を!?」


「し‐ちゃんが女性であることを。 とてもとても魅力的な女性であることを」


「褒めてもらえるのは嬉しいけど、それはいいかな、なんて!」


まおちゃんのお側付きが男性であること。 

それだけで一つの牽制にもなる。

世間にはまだしばらくは私が、執事が男性だと思わせておきたい。


「大丈夫よ、私も仮装するから。 なんなら私が男装するからまおちゃんは安心して女装しなさい」


「私のは女装じゃないよ!?」


女性が女性の衣服を纏うことを女装とは言わないんじゃないかな!


「私はやりたくないなぁ、なんて…」


「あら、ひどい。 し‐ちゃんは私だけにやらせるのね、よよよ」


「そもそもやらないって選択肢もあるんじゃないかな!」


「聞こえなぁ‐い」


ばっちり聞こえてるね! 都合の悪いことを聞こえないで切り捨てるのにも限界があるよ!

なんで近づいてくるのかな!? その手の動き何なのかな!?私にどんな格好させるのかな!?

まさか嫌な予感がこんな的中するとは思わなかったよ!?


「さぁ、楽しい楽しいお着換えの時間よぉ」


私の拒絶も受け入れてもらえず、まおちゃんは不気味な笑みと動きでじりじりと歩み寄ってくる。

ろくな目に合う気がしない!


「い、いやあああああああああああああっ」


私の叫びだけが虚しく響いた。






「う、うぅ…足がス‐ス‐するぅ…肌寒いぃ…」


お着換えと称したお人形遊びのようなひたすら着せ替えのあと、ようやっと落ち着いて着れた服は季節外れな水着同然の服だった。

なんなら水着だった。がっつりビキニ。


「うへへへ、最ッ高!」


そんな私を眺めて親指を立てるまおちゃん。おっさんみたい。


「これはセクハラで訴えたらいいのかなぁ…」


「なにおう! よろこんどったやないかい!」


まおちゃん、その独特な口調は一体なんなのかな…。

その発言も込みで訴えたら勝てそう…。



「た、確かに楽しかったよ? 滅多に着ない服もいっぱい着れたし…。

でも、最終的にこんな服‐‐こんな際どいメイド服着せられるうえに、人に見られるなんて!」


「大丈夫、大事な場所はちゃんと隠れてるから。

それに客人といっても少数の知己だけだから安心しなさいな」


「むしろ本当に大事なところしか隠れてないよね!?

七割八割の肌が露出してるよね!?もう肌色しか見えないぐらいだよね!?これメイド服じゃないよね!?これじゃあ私痴女みたいじゃない!?

知り合いとはいえこんな格好見られたら次会うとき気まずくならない!?」


「大丈夫大丈夫! きっと大丈夫!」


「根拠がまったくない!」


「それにね、し‐ちゃん……」


まおちゃんが私の肩を抑え、神妙な顔でじっと目を見つめて告げる。


「な、何かな……」


恥ずかしさと照れくささで思わず、たじろぐ。


「ヘッドドレスがあれば、それはもうメイド服だと思うの」


「謝って!いろんな人に謝って!とにかく謝って!私にも謝って!」


真面目な表情に覚悟を決めた私にとにかく謝ってほしい!


「ごめんなさい」


「すごく平謝り!」


絶対何が悪いかわかってないやつだ! 実際何も悪くはないのだけれど!

謝ってもらわないと私の気が済まないから!


「素直さが私の美徳だから」


「それはもうとっくに知ってるからいいよ!」


「安心して、し‐ちゃん」


「何がかな!」


安心できる要素がまったくなかったのだけど!


「貴女は綺麗よ、美しい。私が保証する‐‐」


不意打ちはずるいっ!


‐‐なんなら貴女の裸婦像を作ろうと思ったけど、メイドちゃん達に全力で引き留められたから作ってないだけで」


‐‐はい?今、なんと?

私の、裸婦像……!?


「初耳だよ!本当に止まってよかったよ!そんなの作られた日には外を歩けなくなるところだったよ!」


「何を仰るやら。 貴女普段から男装ばかりで、女性だと知ってる人の方が少ないじゃないの。

何ならどこぞの女神像とでも語って作ってやろうかと思ったわ。

でも、さすがに死人が出るとまで言われちゃ作れないわね」


「本当だよ!恥ずか死ぬところだったよ!」


「私がし‐ちゃんに殺されるのかと思ったわ」


「覚悟が重い!」


悪戯なのだろうけど、質が悪すぎる!


「性別を知らないし‐ちゃんのファンが多数犠牲になる、とあの娘達が…」


「私にファンなんていたの!?」


「いるわよいっぱい。 何を隠そう私もファンだもの」


「そ、そうなんだ…、え、えっと、ありがとう?

ところでまおちゃん、それは一体…」


どうにも居心地の悪さを感じ、話題を変えるためにもずっと気になっていた()()を指摘する。


「よくぞ聞いてくれました!

これぞドラキュラ伯爵!どう、似合う? 似合う?」


そう言って彼女は黒いマントをなびかせてクルリと回って見せる。

黒だと思っていたマントの内側は真っ赤でとても目を引くが、とても似合っており、何よりも一番本人が目立ち、いいアクセントだとさえ思う。


「うん…すごく似合ってる、かっこいいよ」


「やった!えへへ‐」


無邪気に笑い、鋭い歯が覗き見える。

オシャレなマントに鋭い付け歯といい細かな部分に手が凝っており、それがとても似合っていてすごくかっこいいと思う。

そしてなにより、似合っていると褒められて無邪気に喜び、笑う彼女が何よりも可愛らしく、ずるい。


「……って、そうじゃなくて! まおちゃんが抱えてるそれが気になるの!」


「え、これ?」


そう言って掲げる、腕の中のそれ。


「そう、それ!」


「パンプキンさん三世、可愛いでしょ?」


あまりにも巨大なかぼちゃ。

釣り目がちな鋭い目に大きく口角の上がった口。 見かける顔を掘られた大きすぎるカボチャ。

よくよく見れば可愛…くはないかなぁ、ちょっと怖いなぁ…。


「パンプキン三世さん…? か、可愛い…のかな?」


「ノンノンノン、パンプキンさん三世」


「さんを付ける場所おかしくない?」


「パンプキンさん、パンプキンさん二世を経て生まれたパンプキン三世さんよ」


微妙にかみ合ってない会話。そしてまおちゃんも間違ったよね、今。


「科学部門の子達が頑張りました」


出たっ! いつも努力の方向を間違える人たちだっ!


「やっぱり科学部門なんだ!」


「今回は単にかぼちゃを肥大化させるだけだったのとても簡単でした。ご褒美は執事様のパンツでお願いします、とのことだったわ」


「なんで私なの!? パンツなの!? もうあの人たち自分たちの変態性を隠そうともしてないよね!」


「とりあえずそこらにあったパンプキンさんを頭蓋にダンクシュ‐トかましたらおとなしくなりました、部屋がカボチャ臭くなったし、破裂したけど」


「パンプキンさ‐んっ! 破裂したのはパンプキンさんだよね‐!?」


「パンプキンさんだったかもしれないし、パンプキンさん二世だったかもしれないし、科学部門の子たちの頭だったかもしれないわね」


「ハロウィ‐ンの仮装を遥かに上回るホラ‐だよ!」


「はっ! もしかして科学部門の子たちにパンプキンさんを被せたらとても素敵な仮装になったのかしら…」


「だからそれが一番ホラ‐だってば!」


「なんて騒いでるうちにそろそろお客人が来る時間よ」


「え、うそ、本当に来るの!? 誰か来るの!? 誰が来るの!?」


「今回は勇者君ご一行ね。 狩人さん、魔法使いさん、戦士さんの四人。

あとはメイドちゃんとビッチアンアン感じちゃうことビアンカちゃんも招いてあるわ」


「結構な大所帯! ごめんまおちゃん! 私にはまだ痴女のレッテルを貼られる覚悟できてない!

今から着替えてきてもいいかな!?」


それにしても勇者君ご一行って…。

脳裏によみがえる鮮烈な写真(トラウマ)

蛮族として名を馳せるオ‐クと仲良く全裸でポ‐ジング(アヘ顔ダブルピ‐ス)をしていた例のアレである。

そんな彼らに服を着る文化が残っているか甚だ疑問である。


「ところがどっこい。 そんな時間は用意しておりません。 ではまずは勇者君からどうぞ‐!」


まおちゃんが大広間の外にも聞こえる大声で喋ると、しずしずと大広間の扉が開かれ、ひょっこりと人の姿が現れる。


白と黒のヘッドドレスを付けて膝上数センチまでしかない超ミニなスカ‐トの、メイド服。

ミニなスカ‐トの、メイド服の、勇者君。


「……なんでメイド‐!?」


ビクリと肩を震わせ、おどおどした様子で周りを見渡しすぐ様叫びの正体である私を見つけて、叫んだ。


「え、え!? う、うわっ、痴女だ‐!」


おかしいでしょ。 女装してる痴漢に言われたくない。

そう言いたいけれど、不思議と似合ってるからなぁ……。


そんな私の気持ちを代弁するかのように、まおちゃんが叫ぶ。


「グ‐ッド!」


大広間に三者三様の叫びが木霊した。





「いやぁ、まさか女装ショタメイドとは恐れ入ったわ…」


はぁはぁと息を荒げながら、じゅるりと口端の涎をすするまおちゃん。


変態でしかない。

今は私の見た目も変態だった…。


「僕だって着たくはなかったんですけど、用意された服でまともなのがこれぐらいしかなくて…」


女装前提でまともなのがメイド服だけって一体どんな服を用意したの、まおちゃん…。

それにしてもメイド服多くない…?


「よかった。 貴方たちにも服を着る文化が残ってたんだ…」


「凄い言われようなんですけど、貴女に言われたくない気もします…」


頬を赤く染めながら、ちらちらと此方を垣間見る勇者君。


そりゃあ、あんな写真見せられたらこうも言いたくなると思う。


「えっと、ところですみません。 ところで貴女は…」


「やっぱり気づいてなかったのね。 こちらし‐ちゃんこと、執事ちゃんよ」


「……どうも、ご無沙汰しております」


「執事ちゃん…執事ちゃん…執事ちゃん!?」


何度も反芻してようやく気付く勇者君。

やっぱりちょっと失礼な気がする。お互い様かな。


「え、えぇと、すみません、女性だったんですか…?」


「今の姿見て男性だと思えるなら私が変態なのか、貴方の目がおかしいかのどちらかだと思うよ」


「今の姿見ても変態にしか見えないですよ」


お互いに毒を吐きながら見つめ合う。

片や露出過多なメイド服と呼べるかも不明な改造メイド服を纏った女性。

片や男性にも関わらず超ミニスカ‐トを履いている少年。


どちらも傍から見たら変態だと思う。


「「……ふふっ」」


ほぼ同時に、どちらともなく笑みが零れる。


「お互い、苦労してるね」

「本当ですね」


「え、何、何二人で和解してるの!? 私も混ぜて!混‐ぜ‐て‐!」


苦労の素は無自覚だった。


「えっと、ところで魔王様、それって……」


私の姿を直視するのを照れた勇者君は視線を泳がせ、すぐ様まおちゃんを捉え、疑問をぶつける。


うん、やっぱり気になるよね。


「うん? ドラキュラ伯爵よ! どう、どう? 似合うかしら」


まおちゃんは誇らしげに胸を張ると、男装とはいえ隠しきれていない胸の膨らみがつんと上を向く。

それを見て勇者君はまた頬を赤く染め、視線を逸らす。


本当に初心だなぁと思うものの、まおちゃんもわざとやっているんじゃないかと疑う。

なんせ勇者君の疑問はまおちゃんの姿ではない。

まおちゃんの抱える大きなそれなのだから。


「え、いえ……じゃない、えっと、すごく似合ってますけど、僕が気になったのはそっちじゃなくてですね……」


「なんでもパンプキンさん三世とかっていう品種改良したカボチャらしいよ」


「へ、へぇ! すごくおっきなカボチャですね! てっきり作り物かと」


「ぶぅ‐! またパンプキンさん三世なの!? なんで皆私の格好より先にパンプキンさんが目に付くのかしら!」


「そう思うならどこかに置いてこればいいのに」


「嫌よ! この子だって私の傑作よ! 見せびらかしたいじゃない!」


「そんだけ大きなカボチャならどこかに飾っても目に付くと思うんですけど…」


「嫌! 私が持ってこそパンプキンさん三世の魅力は発揮させるの!」


「そのカボチャに魅力も何もないと思うんだけど…」


「え、うそ! 可愛いくない!?」


「「可愛くはない」です」


「ひどっ!」


ううと悲嘆に暮れるまおちゃん。 それでも一般的に見てやはりパンプキンさん三世は可愛くはないと思う。


「それで勇者君は最近はどう?」


「えぇっと…そうですね、最近は狩人さん達と色々見て回ってます。 主にこの国の色んな種族の暮らしとか。 やっぱり多種族が暮らす国なだけあって色んな文化があっておもしろいですよ」


それなのにどうして服を着るという常識的な文化知識をかなぐり捨ててあんな写真を送ってきたのか疑問でならない。

などとは口をが避けても言えない。


「そ、そうなんだ……。 ところで他の人たちは?」


「狩人さん達ですか? でしたら各々服を選んで、順番に出ていこうって話になって……」


「‐‐はい! ということで、お次は魔法使いさんになります!」


「あ、まおちゃん立ち直ったんだ」


パンプキンさん三世のことで凹んでいたまおちゃんが途端に立ち直り、司会の真似事で立ち直る。

その姿はさながらゾンビだった。

ドラキュラの格好なのに所作はゾンビっておもしろいなぁ。


「魔法使いさん、ご来場‐!」


私の言葉は無視。

そしてまたしてもおずおずと大広間の巨大な扉が開き、魔法使いさんがゆっくり姿を現す。


「……なんでまたメイド?」


その姿は紛うことなきメイドだった。


黒のワンピースにフリルの付いたエプロン。ヘッドドレス。

唯一、勇者君との差異があるとすれば魔法使いさんはロングドレスだった。

それだけの違いしかない。


「……僕が聞きたいですよ……」


大広間に、ドラキュラ一人にメイド三人。

圧倒的メイド密度。


この部屋だけメイド人口密度高くない?

露出過多メイドにミニスカメイドにロングスカ‐トメイドって豊富過ぎない?


「魔法使いさんもメイド服選んだんですね……」


「……仕方なかったんですよ。 だってそれ以外はバニ‐ガ‐ルやチャイナ、際どすぎるサキュバスの格好とかそんなんですよ!? これしかないじゃないですか!?」


そう言いながら激昂する魔法使いさん。 いいチョイスだと思います。

凄く似合ってる……!

これもまた口が裂けても言えないのだけれど。


「女装ショタメイド二人目‐!グッ‐ド! すごく似合ってるわ!」


さすがまおちゃん。空気を読まない。

そこに痺れもしないし憧れもしないからちょっと黙って欲しい。


「え、そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」


スカ‐トの丈を抑えてモジモジする魔法使いさん、満更でもない様子。

なんでやねん。


「あ、あはは……。 これでメイド三人目かぁ。 さすがにもうメイドが来るってことは……」


「……ありますよ。 もう一着だけメイドありましたから。 これと同じヴィクトリアンメイドが」


……ヴィクトリアンメイドって言うんだ、そのメイド服。

なんで魔法使いさん、詳しいんだろう。


藪から蛇が出てきそうなのであえてツッコまいでおこう。


「残るは狩人さんと戦士さんですが……」


残る二人の姿を思い出す。

一人は線が細いイケメンの狩人さんと禿頭が特徴的な偉丈夫、戦士さん。

そのどちらかがメイド服を纏ったら、あとは際どい衣装ばかりが残る。


「……待って。 すごく嫌な予感しかしないんだけど!」


「ところで、まおさん……いえ、魔王様が抱えてるそれは……」


魔法使いさんが辛抱たまらずといった様子でまおちゃんの抱えるパンプキンさん三世を指摘する。

それが気になるのはわかるけど、今はそれどころじゃないと思うの!


この人、マイペ‐スだ!


「パンプキンさん三世のことはいいの!」


「パンプキンさん三世っていうんですか、可愛らしいカボチャですね」


あ、この人マイペ‐スな上に、まおちゃんと同じく独特のセンス持ってる人だ!


「ッ! でっしょ‐!? わかる!? わかっちゃう!? 魔法使い君、話がわかるわね‐!? 私のことはまおさんのままでいいわよ!」


待って! 今はパンプキンさん三世の話で盛り上がってる場合じゃないと思うの!


残る二人が!どんな衣装を着てくるか!

どちらが!メイド服を着て!どちらが際どい衣装を着てくるか!

それだけが!心配なの!


「ちょっと待ってまおちゃん! 次は!? 次はどちらがくるの!?」


「え、わかんない。 私が見たかった女装ショタメイドは達成されたからあとはもうどうでもいいわ」


「も‐お! わかってた! わかってたもん! どうせまおちゃんのことだからそんなことだと思ったけど!

次の人次第でもしかしたら地獄絵図になるかもしれないんだよ!?」


「さすがね、し‐ちゃん。 私もその可能性にたった今至ったわ。 なら先にある地獄よりも今ある天国を目に、記憶に刻むことにしない?

うははは、メイド天国よ‐ッ!」


「だめだこの人! 全部諦めた! やばいやばいやばいどうしよう!」


正直、地獄絵図になる気しかしない。


「あ‐、なんだ、その、入っていいか……?」


大広間の外から遠慮がちに聞こえる声。狩人さんの声だ。


「ひえっ」


「あ、狩人さんだ。 ど‐ぞ‐」


私一人がどうにかしようと戦々恐々と怯える中、呑気に招き入れる勇者君。

ゆっくりと開く扉。 


どっち!? メイド服なのか、それ以外の際どい衣装か、どっちだ、どっちだ……!?


暗闇からゆっくりと姿を現す狩人さん。 その服は紅く……金糸の刺繍があしらわれたチャイナドレスだった。


「セ‐フッ!」


「うぉっ、びっくりしたっ。 セ‐フってなんのことだ?」


びっくりした。 本当にびっくりした。

心臓が飛び出すかと思うぐらいびっくりした。


よかった。

何とか地獄絵図は免れた。


「わ‐、狩人さん。 その服にしたんですね、すごく似合ってます」


「しかもちゃっかり自分だけ化粧してません? めっちゃ本気じゃないですか」


「イケメン女装チャイナ……悪くないわね、むしろ良い……!」


「いや、俺も最初は女装なんてどうかと思ったんだが、存外イケるんじゃね? と自分で気づいてな。

やると決めたら徹底的にやると決めたんだ」


皆の言うとおりだと思う。

線が細いおかげか、素性を知らなければ綺麗な女性にしか見えず、スリットから覗く美脚には驚くばかりか羨ましくも思える。

男性なのにあの足はずるいと思う。


「そ、それでその、し、執事殿はどう思うだろうか……?」


狩人さんがおずおずと尋ねてくる。

なんで私だけなんだろうと思ったけど、思えば私はまだ感想を口に出してなかった。


「凄くお似合いで、綺麗ですよ」


嫌味のないように、微笑みを添えて忌憚ない感想を述べると、


「ほ、本当ですかっ! よっしゃ、やった!

い、いや、でも女装を褒められるってどうなんだ……?」


と喜んだり落ち込んだりして、忙しい人だな‐と思った。


それにしても、安心した。


狩人さんがチャイナドレスという際どい衣装を身を切ってくれたおかげで、露出少なめなメイド服を筋骨隆々戦士さんが着る、という余地が生まれた。


よかった、本当によかっ‐‐よくない!


想像しちゃったよ!最悪だよ!何も良くないよ!

どこの世界に筋肉ムキムキメイドいるの!


「セクシ‐メイドに女装ミニスカショタメイドに女装ショタメイドにセクシー女装チャイナイケメンとかここは天国かしら」


ほうと恍惚とした表情で息をつくまおちゃん。

よっぽど疲れていたのか、頭がおかしくなっているのか、言っていることがよくわからない。


「混沌でしかないよ……」


私には呆れることしかできない。


「ところで、僧侶……いや、魔王、だったのだったな。

その、魔王……様が抱えているそれは」


「「「「パンプキンさん三世はもういい」」」」


「うおっ、なんなんだ全員そろって」


「狩人さん、パンプキンさん三世はもういいの。 あと、私は確かに魔王だけど、僧侶なりなんなり、好きに呼んでもらって構わないから」


そういえば、勇者君以外の三人には合コンで自己紹介で偽名を語ったっきりだった。

素性はさすがに国内を周って知ったのだろうけど、困惑している様子が見て取れる。


「まぁ、さすがに一国の主がこんな仮装パ‐ティやるなんて思わないよね……」


「なによう。 あくまで親しい者のみのちょっとした遊びじゃないの」


そういって子供のように頬を膨らませるまおちゃん。

オフの時はとても子供じみている。


「まぁ、勇者君が男だったと知った時も驚いたもんだし、慣れたもんだが……」


「そ、それはもういいじゃなですかぁっ」


今度は勇者君が顔を真っ赤にし、怒鳴るように叫ぶ。


「そういえば、皆さんはあの合コンから親しくなったんですよね?

あのあとどうされたんです?」


「そ、それはその……」


「い、いろいろ……」


「そ、そうだな、いろいろあったんだよ、いろいろ、うん……」


三者三様に、しかし一様に顔を赤くして目を逸らす。


「あら‐? あらあら‐?」


その様子をまおちゃんが楽しそうだと目を合わせようとするも、全員が顔を逸らす。


「本当に何があったのか気になるけど、聞かない方が良さそう……」


「え‐、なんでよう、おもしろそうなのに‐」


まおちゃんが口を尖らせるも、この話はあまり掘り下げない方が良さそう。

掘ってもろくなことがない気がする。


「で、あとは戦士さんと、うちのメイドちゃんと‐‐彼女がまだね」


敢えてビアンカちゃんを彼女と名を伏せるまおちゃん。

どうやら、勇者君との再会をサプライズ的に行いたいらしい。


「そっかぁ……。 戦士さんの仮装がまだなんだよねぇ……。

うん、大丈夫。 筋肉ムキムキメイドさんが来る覚悟できた……」


「やめて、し‐ちゃん。 そのパワ‐ワ‐ド、メイド好きの私には殺傷力高すぎるわ。

想像しちゃったじゃない、おえ……」


「自業自得だよ、まおちゃん。

なんで仮装パ‐ティなんて企画したの、来賓全員女装とか地獄じゃない……」


「ほら、おもしろみがあったほうがいいじゃない?

確かに女装ショタメイドは期待したけど、まさかお笑い枠で用意した二人のうち一人がガチで美人になるとは思わなかったもの」


「薄々察してはいたが、俺の扱い、ひでぇな……」


まおちゃんの何気ない一言に、女装狩人さん、ガチ凹み。


「まぁ、確かにかなり予想の斜め上だったけど、逆にほら、結果いい方に作用したじゃない。

バニ‐おえっ、戦士さんとか、セクシ‐サキュバうぷっ、戦士さんとかいう魔物を生み出さなくて」


「言いながらえずくとかよっぽどじゃないの、というか頼むから口に出して言わないで。

私まで想像して吐きそうになってきたわ……。

魔王すら恐れさせるとか魔物とかじゃなく、もはや魔人の域じゃないかしら」


あんまりな言い分だと思うけれど、戦士さんに微塵も同情できないのも不思議。


「俺も散々だと思ったが、戦士よりかはましか……。

まぁ、あいつはいつも俺たちの予想の斜め上からくるからなぁ。

仮装とか言いながら何なら全裸で‐‐「「それ以上言わないで」」‐‐はい」


想像して吐きそうになった。


「さぁて、覚悟はできたわ。 さよなら天国、こんにちは地獄。

では、ある意味本日のメイン、戦士さん、ご入場‐ッ!」


あんまりな口上を述べながら、まおちゃんが司会さながら戦士さんを招く。

重苦しい木製の扉がギギギと音を立て、ゆっくりと開く。

気分は地獄の窯の蓋が開くのを待っている気分だ。


そして、窯の蓋が開き、正体を現す。


眩い禿頭には左右にチ‐プな日本角。

背中から生えた小さな黒い翼。

お尻か伸びた独特な尻尾。

迸る汗、逞しい上腕二頭筋、豊かな大胸筋‐‐もうこれ以上は勘弁してほしい。私の正気を保つために。


「「「「「う、うわああああああっ」」」」」


気づけば全員で悲鳴を上げ、まおちゃんは戦士さんの頭に叩き込んでいた。

ずっと胸に抱えていた、大切なパンプキンさん三世を。


「「「「パ、パンプキンさ‐‐‐‐‐‐んっ」」」」


見事に弾けたパンプキンさん。

音を立てて後ろに倒れ行く魔神。


「そ、そんな、パンプキンさんが……!」


「落ち着きなさい! 彼は犠牲になったのよ! 私たちを守るために!」


瞬間で保身に走るまおちゃん。

さすがである。


「パ、パンプキン、さん……」


「ぐっ、俺たちのために…!」


「彼は勇敢だったわ。 私たちのために真っ先に我が身を犠牲にしたその勇敢さ。

彼を忘れないために後世に語り継ぎましょう、パンプキンさん三世の名を……」


「うん!」


「はいっ!」


「はい!」


「おうっ!」


「パンプキンさん三世に!」


「「「「「敬礼ッ!」」」」


場を変な空気が支配しているけど、あえてツッコまない。

つっこめばあの魔神に触れることになる。それだけは絶対にダメだ。


「失礼しますニャ‐‐ってうわ、カボチャ臭っ」


「うわっ、急に立ち止まらないでくださいよ、せんぱ‐‐って、くさっ。 なにこの匂いっ」


すっかり忘れていたメイドちゃんと、ビアンカちゃんが魔人を足蹴にして部屋に入ってくる。

メイドちゃんが強かなのは知っていたけど、ビアンカちゃんもかなり強かだ。


二人はいつもと変わらず‐‐メイド服だ。


「え、メイドちゃん、ビアンカちゃん、その恰好、なんで……」


「ニャ? ニャハハッ、なんニャ執事様っ、その恰好っ、エッロッ、変態ニャ、痴女ニャ!ニャハハハハハッ!」


独特な笑い声をあげて、私を指さし床を転げまわる程爆笑するメイドちゃん。


私は茫然としていた。


なぜこの二人はメイド服なのか。

メイド服はあと一着しかなかったはず。

なのに、なぜこの二人は‐‐いつもの、メイド服を‐‐そうッ! ()()()()メイド服なんだッ!


「メ、メイドちゃん。 その恰好って、まさか……」


「あ‐、なんか服がいっぱいあったけど、どれもおかしなやつばっかだったニャ。

どうせ魔王様のいつものあほな遊びなんだろうな‐って思って無視していつもの格好できたニャ!

そしたらなんニャ、皆してあほな格好して! ニャハハハハハッ、最高ニャッ!」


「せ、先輩、さすがに笑いすぎですって! さすがにそういうお祭りなのに、あんまり笑ったら……ふふっ」


馬鹿笑いをするメイドちゃんをなだめようとするビアンカちゃんだが、もう遅い。


なにせ全員が怒りで肩を振るわえているのだ。 そう、私を含めた全員が。


確かに、彼女の言う通り。 そもそも着替えずともよかったはずなんだけど、気づけば場の空気に呑まれていた。

馬鹿な行いをしたのは私たちだったが、それを他人から馬鹿だ馬鹿だと指を指され笑われるのはおもしろくない。


「さて、メイドちゃん?」


「お、なんニャ、男前‐‐と思ったら魔王様ニャッ! まお、魔王様ッ!?」


慌てて気づくメイドちゃん。

時すでに遅し。


「いつものごとく、オ・シ・オ・キ、ね?」


メイドちゃんの頭を鷲掴みし、にこりとほほ笑むまおちゃん。

その姿は可憐で、思わず見惚れることもあるだろう。

向けられた本人が、恐慌状態でさえなければ。


「ニャ、ニャハハハッ、魔王様、今日はえらくイケメンで良く似合って、ニャハハ、痛っ、痛っ、痛っ。

言い過ぎたニャ! 笑いすぎたニャ! 悪かったと思って、痛、痛いニャアアアアッ!」


この日のことは忘れようと皆で決意した。


魔神、メイドちゃんの頭。


それでも、私たちは忘れない。


パンプキンさん三世の雄姿だけは‐‐。


仮装はもう、こりごりです。





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