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幕間の茶会 ②

「普通なら、ユーグ様は他国の姫君を娶るべきだ。そうすれば人脈の幅が広がる」

 マクシムは溜息をついた。

「だがそう言ったら、政治的なだけで何の愛もない結婚は嫌だと仰った。嘘のような本音だった」

「夢のある殿方は素敵ですね。ちょっと手がお早いようですが」

 ジャネットはオレンジのケーキを頬張った。一晩経つとしっとりしていて味わい深い。

 一方マクシムは気難しそうに紅茶に口をつける。

「最初は『つまらない展開になった』と書いていらっしゃったのに」

 その言葉に眉を寄せる。

「どういうことです、最初って?」

「陛下に謁見された日、王宮に一晩泊まることになったと知らせをお寄越しになられた時に書いてあった。王女と結婚してほしいと頼まれたことや、ユーグ様の心情が。『救国の英雄に姫君があてがわれる。どこかで聞いた話だ』とな」

「まぁっ。ならユーグ様は例の肖像画をご覧になった時点ではそんなことをお思いだったのですね? なんて称え甲斐のない方でしょう」

 呆れ顔をされたことにジャネットは気づかない。

「でもその後、運命のように一目惚れをされたのですよね? しかもここで一緒に暮らせるように交渉までなさったのでしょう?」

「交渉?」

「ええ。二年後に結婚するまでの間、関係を秘匿しておく代わりにセレネ様はここで暮らすようにって」

 マクシムは思いっきり顔をしかめた。

「……ユーグ様は『陛下の命だ』と仰っていたが」

「え?」

 二人はしばし互いを探った。だがどう見ても嘘ではなく、嘘をつく理由もない。

「陛下がセレネ様をここに住まわせるように仰ったと……?」

「そう聞いている」

「な、何でですか? それでは王宮を追い出しなさるのと同じではありませんか!」

 思わず腰を上げかけるが、マクシムは冷静だ。

「『こもりがちな王女を救ってほしい』と言われた、と。ユーグ様がセレネ様を楽しませようとなさるのはそのためのようだ」

「…………」

 ジャネットは呆然と腰を下ろした。

「確かに、傍から見ていて気が気でない場面もあった。この間のように」

「あれは……ユーグ様が強引過ぎました。セレネ様は王女ですよ、あのような強い物言いをされたことがないのです。おかわいそうに、一人きりでぼんやりするか台本を覚えるかだけの生活でした」

「だが結果は良好だった。本音をぶつけ合ったら収束した」

「女性は過程を見るものです。衝突は良い思い出にはなりません」

 睨み合うが、同時に顔を逸らす。

「マクシムさんはまだ婚約否定派ですか?」

「私がどう思おうとも、もし何かあればユーグ様は一人で夢からお覚めになるだろう。結婚とは結局、政治と経済の活動だ」

「……以前のセレネ様だったら、貴方と気が合っていたかもしれませんね」

 考えてはならないことを考えた気がして、大げさに腕をさする。

「何かあれば、と言いますが、両陛下はセレネ様のお幸せを願っておられるんですよ。障害が現れれば、こっそりどかしてしまうくらいのことはなさるでしょう」

 マクシムは頷いた。

「もちろん、私もここまできて二人の仲を否定しはしない。昨日の様子は明らかに関係が良好になっている証拠だ」

「そうですよね? キッチンで並んでいたお二人はとっても素敵でした。それにセレネ様からあんなに和やかで前向きな提案があるなんて!」

「あとは姿があれば、な」

 両手を組んで思い出に耽っていたジャネットだったが、聞き逃すことはなかった。

「まるで欠点のように言うのですね」

「現実的に考えただけだ。このままではユーグ様は妻にご苦労をなされるだろう、と」

「何の苦労です? 愛があればそれでいい素敵な旦那様じゃないんですか?」

「男は心だけでは満足しないものだ」

 その言葉の裏はあまり知りたくない。

「で、でも、セレネ様は元のお姿に戻りたいとは一度も仰ったことがありません」

「仰らないだけで願っているかもしれないし、これからお心変わりしてもおかしくはない。一生あの格好をし続けられるとは思えない」

 マクシムの返答は憎らしいほど冷静だ。その感じは、まさに以前のセレネに似ているとジャネットは思う。

 だからこそ、セレネには言えないことが言える。

「もし元のお姿に戻る方法があったら、私は何でもします」

「私は御免だ。だが、ユーグ様のなさることなら支持する」

 ジャネットが釈然としない様子でミルクを入れた紅茶をかき混ぜる。

 その手元を眺めるマクシムの頭にはユーグの言葉が思い出されていた。

『あの透明な手を差し出して俺に触れて、互いに同じ肌を持っていると理解してくれればいいのに』

 何を言っているんだ我が主は、とその時は閉口したが。

 マクシムはようやくケーキを一口味わった。

「よくできている」

 お茶係の執事の評価を聞いたジャネットは、自分のことのようにほくそ笑んだ。

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