皇帝陛下の巡幸-7
ザクセン地方、死の大地。
帝国軍が反乱部隊を掃討するなか、男は主戦場から離脱する。
ただし、東に向かうのは本意ではない。
「灰色の槍! お前、言葉が分かるのか?」
男は灰色の馬に声をかける。
が、【念話】の返答はない。
灰色の槍は枯れ川沿いの岩場を東進する。
道々、帝国兵の真新しい亡骸が散見される。
いずれも鎧ごと切り刻まれているが、致命傷は剣によるものではない。
風魔法によるもの、それも、おそらくCレベル以上だ。
百シュリッドほど先。小屋ほどに大きい岩の傍に帝国兵の集団を見つける。半数に数を減らした小隊は、ふたりの女奴隷を囲んでいる。灰色の槍が駆ける間にも、三十人程の小集団は包囲を狭めていく。
「一気に押しこむぞ! 母親は殺しても構わんが、娘は殺すな!」
指揮官らしき黒鎧の兵士が命令する。
間髪入れず、男はEレベルの火魔法【火弾】を放つ。
【火弾】は単発で放たれる拳大の大きさの火球。一撃で確実に敵を仕留める威力はないが、魔法の発動時間は短く、操作性も良い。男が低レベルの火魔法を選択したのは、母娘を巻き添えにしないための方策だ。
男が放った【火弾】が、指揮官らしき黒鎧の兵士を背後から直撃する。
二撃、三撃と放ち、まわりの帝国兵も地面に打ち倒す。
だが……
「くっ、反乱軍の生き残りか!? 女は後まわしだ! 先にコイツを殺す!」
指揮官らしき兵士が立ち上がりながら叫ぶ。
地べたに這いつくばっていた兵たちも起き上がり、悪態をつきながら剣を抜く。
帝国兵の頑強さに、男は舌打ちする。
男は馬から降り、黒鎧の集団に向かう。
灰色の槍が付き従おうとするので、「来るな」と命令する。
灰色の馬は人語を解すると、高い知能を有していると、男は判断した。
そう考えるのが妥当ーーそう考えないと辻褄があわない。
黒鎧の兵たちが盾を前面に押し出すようにしながら突進してくる。
男が放つ【火弾】は頑丈な盾に弾かれてしまう。
十分な備えをした帝国兵にはダメージを与えられない。それは想定通りの展開。
砂埃をあげながら黒鎧の群れが迫ってくる。
三十……二十……十シュリッド、男は冷静に目測する。
「死ねぇえええーーッ!」
先陣を切って、指揮官らしき兵士が襲いかかってくる。
実に勇猛な男。
戦死したザムエル・ビド将軍のように、部下から崇拝されているのだろう。
(残念だ……己の忠誠心をアウグスト皇帝以外に向ければ良かったものを)
剣を構えた大男が更に近づく。
十分、精神魔法の発動範囲に侵入してきた。
男は精神を集中し、Bレベルの精神魔法【狂心】をかける。
黒鎧の指揮官の身体がビクンと痙攣する。
その足が止まり、ゆっくりと剣を下ろす。
指揮官の動作を怪訝に思ったのか、配下の兵たちが近づく。
瞬時に、大柄な狂人が、兵たちに斬りかかる。
「ジャニス隊長! なにを!?」
「グォ、グァウオオオオオオーーッ!!!」
もはや、ひとの言葉を理解しない獣が剣を振るう。
ひとり、またひとりと狂剣の餌食となる。
さすがは皇帝直属の部隊で隊長を任せられるだけはある。
凄まじいまでの剣の腕前だ。
兵たちは、隊長だった狂人の説得を諦める。
彼らは剣を振るって反撃するが、狂人には敵わない。
ものの数分で戦闘は終結する。
生き延びた黒鎧の兵は、ジャニスという名の指揮官。
否、かつてジャニス隊長と呼ばれていた狂人だけだった。
黒鎧の狂人は新たな獲物を求めて彷徨いはじめる。
全身傷だらけだが、痛みは感じていないはずだ。
戦いを終え、灰色の槍に近づくと、馬は非難するような視線を投げてきた。
(まったく……ひとを戦いに巻き込んでおきながら、勝手なものだ)
男はため息を漏らし、小さく苦笑した。