皇帝陛下の巡幸-4
ザクセン地方、灼熱の大地。
ザムエル将軍麾下の兵三千が進撃を開始する。
黒い軍勢は身体を休めていた猛禽類が翼を広げるように、左右に展開する。
ただし両翼に比べ、中央部分が異様に分厚い。
大空に羽ばたくのではなく、喉元に一気に飛びかかろうとする体勢だ。
巨馬にまたがるザムエル将軍が振り向き、徒歩で従う男に声をかけてくる。
「魔導士殿は馬を持たないのか? であれば一頭進呈しよう。『灰色の槍』だ。我が愛馬『黒い鎧』ほど力強くはないが、脚は速い」
予期せぬ提案に男は驚く。
けれども、願ってもない話だ。
「将軍!? 雇われ魔導士風情に灰色の槍を与えるのですか?」
副官ジグムンドが、苦々しい顔をする。
灰色の槍はジグムンドが下賜を願っていた名馬。当然、面白くないだろう。
だが……
「ザムエル将軍、感謝します。灰色の槍に乗り、戦場を縦横無尽に駆けてご覧にいれましょう!」
男はジグムンドに顔も向けずに言い放った。
(ジグムンドには悪いが、灰色の槍を譲るつもりはない。戦場から離脱するのに利用させてもらうとしよう)
男は灰色の槍に騎乗し、ザムエル将軍のあとに従う。
小高い丘を駆け下りた三千の兵が敵勢に迫る。
皇帝陛下の軍勢は混乱状態のまま。陣形はまだ整わない。
「黒魔導士は前面の敵に【火槍】を放てぇ! 第一重騎兵隊、第二重騎兵隊は間髪入れずに突撃せよっ!!!」
ザクセン駐留軍の副官ジグムンドが号令する。
直後、百人単位の魔導士が放つ【火槍】ーー紅蓮の火球が敵陣に着弾する。
魔法防御の整わない帝国軍前衛が、小隊単位で吹き飛ぶ。
混乱の度合いが増した敵陣に千人規模の重騎兵隊が殺到する。
戦術は明快かつ単純。
一気に敵に肉薄する電光石火の襲撃ーー火魔法での一斉攻撃後、重騎兵の突進で皇帝陛下を弑し奉るのだ。
ザクセン駐留軍は一流の騎兵、二流の歩兵、三流の魔導士の編成。
涸れ川で分断されたとはいえ、彼我の兵力は倍の差がある。
博打的な戦術は、自軍の長所を最大限活かした唯一の勝利への方策だ。
「怯むな! 進めえっ! なにをしておる! 行け、行くのだぁ!!」
ザムエル・ビド将軍が吠える。
ただ、ただ、大声をあげ、がなりたてる。
そこに有能な将軍の面影はない。
精神魔法の多重作用により、冷静な判断力は影をひそめたようだ。
「将軍、お下がりください! 前に出すぎると危険です!」
「黙れ! 皇帝陛下の直属部隊が相手なのだぞ! ええい、お前らに任せてはおけぬ! 行くぞぉ! 我に続けぇええーーーッ!!!」
副官ジグムンドの警鐘を無視し、ザムエル・ビド将軍自ら先陣に立つ。
将軍が騎乗する黒い鎧は巨馬。並の馬よりふた回りほど大きい。
主従一体となった黒い塊の突進に、直属の親衛隊二百も一斉に従う。
男は、ザムエル将軍のあとを追わない。
蛮勇に付き合うつもりはさらさらない。
「くっ、歩兵隊、進めぇ! 騎兵との距離をあけるな! 黒魔導士ども、ありったけの攻撃魔法を放てぇええーーーッ!!」
猪突猛進するザムエル将軍を援護すべく、ジグムンドが指示を出す。
男が見たところ、ザクセン駐留軍はザムエル・ビド将軍の勇猛さ以上に、副将ジグムンドの将器でもっている。そのジグムンドは忠誠心に厚い男。
そうとも。
ザムエル将軍を傀儡とし、ジグムンドの頭脳を利用する戦略は間違っていない。




