表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

皇帝陛下の巡幸-2

 ザクセン地方(フライシュタート)、小高い丘の上。

 男の傀儡(かいらい)となったザムエル・ビド将軍が演説をはじめる。


(ツワモノ)たちよ。我が魔導士殿に失礼をするな。大事を前に気が高ぶるのはわかるが、我らが戦うべき相手は魔導士殿ではない……あやつらだ」

  

 歴戦の老将軍は遥か彼方の荒野に視線を向ける。

 鋭い眼差しの先にあるのは、帝国軍精鋭部隊の隊列ーー皇帝陛下を守護する四万の軍勢だ。


 ザムエル将軍は、大地を(ヘビ)のように這い進む軍勢から視線を外し、配下の兵らに向きなおる。十倍を超える兵力差を意にかえさず、落ち着いた声で言葉を続ける。

 

「既に勅命(ちょくめい)は下った。アウグスト皇帝を詐称(さしょう)する精神術士を討伐するのだ。皇帝陛下の偽者(ニセモノ)さえ討ち取れば、兵らは正気に戻る。さあ、(いくさ)の準備をはじめよ」


「将軍。お言葉を返すようですが、ひとりの精神術士が四万もの兵を自儘(じまま)(あやつ)るなど、本当に可能でしょうか? 私はいまでも信じられないのですが」


 年嵩(としかさ)の諸将が口を閉ざすなか、若き副官ジグムンドが将軍に意見を述べる。

 気鋭の青年将校は老将軍を恐れず、()びもしない。


 ザムエル将軍はジグムンドをギロリと(にら)みつけ、(ふところ)から封書を取り出す。


「もう一度言う。既に勅命(ちょくめい)は下ったのだ。疑うのであれば、好きなだけ勅書(ちょくしょ)を調べるがよい」


 ジグムンドは(うやうや)しく勅書(ちょくしょ)を受け取り、すぐさま配下の文官や魔道士を呼び、真贋しんがんを鑑定させる。


「……皇帝陛下の刻印、側近たる軍務卿(ぐんむきょう)の署名、いずれも本物。申し訳ございません。私が間違っておりました」


 勅書(ちょくしょ)の鑑定はすぐに判明し、ジグムンドは(おのれ)の誤りを(いさぎよ)く認めた。


「気にするな。慎重なお前が認めたからこそ、兵たちも信頼するというものだ。気が済んだのならば(いくさ)の準備をはじめてくれ」 


 ザムエル将軍が答える。

 親子ほども年の離れた配下の非礼を(とが)めるそぶりはない。


 副官のジグムンドは、ザムエル将軍に勅書(ちょくしょ)を返す。同時に、灰色のローブ姿の男の方にちらりと視線を投げたが、その目にはもはや熱はこもっていなかった。


 ジグムンドも眼下に迫る皇帝が偽者(ニセモノ)だと信じたようだーー正しい判断だ。


◇◇◇


 将軍の右腕ジグムンドが配下の者らに命令を下す。


 伝令の騎馬が次々と駆けていき、丘を覆う兵の群れが慌ただしく動きはじめる。


 次第に黒鎧の兵たちの間に緊張感が高まってくるのが、男にもわかった。


「失礼ながら、我が魔導士殿のお名前は何でしたかな? どうにも記憶が定かではないのだ」


 男の傀儡(かいらい)、ザムエル・ビド将軍が唐突に尋ねてくる。

 それは幾度繰り返したか分からない問答。


「ザムエル将軍。名前など符丁(ふちょう)にすぎません。わたしは将軍にお仕えする魔道士のひとり。それでよいではありませんか」


 男は穏やかに答える。


「そうでしたな。我が魔道士のひとりだ。覚えておこう」


 男の言葉を満足気に復唱しながら、ザムエル将軍が立ち去ろうとする。


 今度は男が将軍を呼び止める。


「ザムエル将軍。皇帝陛下の勅書(ちょくしょ)をお預かりいたしましょう」


「いや、いくら我が魔導士殿であっても勅書(ちょくしょ)だけは……」

 

 傀儡(かいらい)のザムエル将軍が、男の命令を拒絶しようとする。


 男は感情を顔にあらわすことなく、Aレベルの精神魔法【誘導(ディキュート)】をかけた。


 わずかに逡巡(しゅんじゆん)する様子を見せたあと、<改心>したザムエル将軍が男に勅書(ちょくしょ)を差し出してくる。


「大切な勅書(ちょくしょ)を血で汚すわけにはいかない。我が魔導士殿に預かっていただくのが一番だ」


 男は(ニセ)勅書(ちょくしょ)の回収に成功した。

 皇帝側近に内通者がいる証拠を残すわけにはいかない。当然の処置だ。


(さすがは帝国の将軍だ。意に従わせるのに【隷属(スクラーヴェ)】だけでなく、【誘導(ディキュート)】まで必要になるとは想定外だった。いや、俺の精神魔法がまだまだということか……)


 相変わらず感情の色を見せることなく、男はそう考えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ