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短編

証の形

作者: 奈良ひさぎ

「なあ、バンドやらねえ?」


 それは社会人になって、二年目の秋だった。中学の時からずっと友達のあいつ――リュウが、電話でそんなことを言ってきた。


 思えばあいつは――リュウはいつも突然だった。高校に入学した時は部活なんてめんどくさいものやるか、って鼻くそほじってたくせに、二年生のそれも五月になって突然、やっぱ部活やってたってステータス欲しいよな、なんて言い出したんだ。


「遅えよ。もう引退の方が早いだろ」

「何事も遅えってことはないんだよ。遅かろうが早かろうが、やるってことに意義がある」


 それを言うなら何事も早すぎるってことはない、だろ。そう言ってもリュウは、一向に聞こうとしなかった。

 大学の時だってそうだった。せっかく大学生になったんだから遊ぼうぜ、とか言って散々おれたちを巻き込んで旅行しまくって、金だって使いまくってたくせに、二年生になったら別人みたいに心を入れ替えて、相変わらず影響されて遊んでたおれたちをバカにするようになった。


「ふざけんなよ。俺らをオモチャ扱いしやがって」


 リュウにとってはきっと、気分が変わったくらいの認識なんだろう。けどおれ以外の友達にとってはそうじゃなかった。どんどんリュウを囲む友達はいなくなっていって、大学卒業の頃にはおれくらいしか味方がいなくなっていた。


「なあ。お前は何で俺と一緒にいてくれるんだよ」


 もう単位は全部取れていよいよ卒業だって時に、リュウがおれにぽつりと言った。なぜかやたら夕日がきれいで、リュウがさすがに寂しそうな声だったのを覚えている。


「何で一緒に……とか言われてもな。別に理由はないけど。わざわざ離れたくなるような理由もないだけかな」

「へえ……」


 離れたくなる理由がない、ってのは本当だった。よくよく考えればリュウの行動は急すぎるものばかりだったけど、それで周りがめちゃくちゃ迷惑するってものではなかった。高校の時の部活だって、リュウがやらねえって言った一方で、中学からやってきたスポーツを続けたやつもいた。おれはリュウと同じくめんどくさいと思ったから、やらなかっただけのことだ。それに大学で遊びまくってた時も、本当に落としたらまずい単位の時はリュウの誘いを断っていた。リュウだって正直にそう言えば、無理に誘ってくることもなかった。


「なあ、今週末空いてる? 一緒にメシ食いに行こうぜ」


 そんな感じで何となくリュウとの関係を続けていたからか、社会人になっても時たまそうやって誘ってくれた。おれは喜んで会ってはお互いの話をした。そうやって年に何度かずつ会うのが続くんだろう、と思っていた矢先の頃だったんだ。


「バンドってお前……いくらなんでも急すぎるだろ」

「大学の時、俺がロックばっか聞いてたの知ってるだろ。なんかフツーの会社員やってるうちにさ、俺もやったらそういう才能、開花するんじゃないかって思って」

「リュウお前、知ってるだろ? ああいうのは一握りの天才がたまたま脚光を浴びてデビューしてんだよ。しかもレベルの高え曲ばっかコンスタントに出してかないと、あっという間に次の新人に抜かされて消えていくんだ」

「でもさ、やるのに遅すぎることはねえって……」

「それも分かってる。でも会社やめてまでやることじゃねえって」


 あはははは、と快活にリュウが笑ってみせた。静かな雰囲気の喫茶店にリュウの笑い声が響いて気まずい思いをした。


「まさか会社やめてまでやるって思ってたのかよ。それはリスキーすぎるって。俺だってさすがに学んださ。ちょっとやってみたくてな、作詞とか作曲とか」


 リュウは昔から何かやらせれば、たとえ見ず知らずのことでもそれなりにうまくやってみせるようなやつだった。だからリュウが才能のなさに直面して挫折するかもとか、そんなことは思ってない。


「でもお前、どうせまた適当なタイミングで飽きるじゃんか。おれたちがノってきたくらいにさ」

「大丈夫だって、お前も参加するとして、バンド活動に全身全霊注いじゃうとかしないだろ? なら問題ないぜ。それに正直俺、アルバム一枚こしらえるってのが目標だったりするしさ」


 結局流されるようにして、おれはリュウと一緒にバンド活動をやることになってしまった。リュウが作詞作曲とギター、おれがベース。リュウは他の連中も誘ったらしいけど、リュウにとっくに愛想を尽かしてるか、バンド活動なんてのを胡散臭がるやつらばかりで、結局リュウとおれとの二人でやることになった。


「二人でバンドとか、聞いたことねえよ」

「最近はパソコンで作曲して流すとかできるのよ。まぁ二人は想定外だったけど、人手足りない分はこいつで補えばいいとは最初から思ってた」


 三人目はおれが大学のレポートを書くのに使ってたパソコン。変なステッカーをベタベタ貼ってるのをそのまま活用した。

 かと思えば半年くらい連絡が途切れて、また忘れた頃にリュウがメッセージを寄越してきた。


『とりあえず十曲分書いた。見てくんねえ?』


 おれが歌詞なんか見たところで添削も何もできねえだろ、と思いつつ、とりあえずもう一度落ち合ってその歌詞を見てみた。


「リュウお前……初めてのくせにそれなりにやってのけるってのは、やっぱさすがだよなあ」


 どれも実際売られてても手にしてしまいそうな出来だった。といっても別にプロのスカウトマンだかなんだかの目を通してるわけじゃないし、プロの作品と並んで見劣りしないかどうかなんて、おれに分かるはずもなかった。だが、何とかしてこの作品たちを完成させてやりたい、というリュウの思いは伝わってきた。


「おっけ。じゃあ予定空いてる日、言ってくれよ。二、三ヶ月の間に十日言ってくれると助かる」

「もうやんのかよ」

「こういうのはできたてのうちにやっといた方がいいだろ? それに俺だって、いつ飽きるか分かったもんじゃねえし」


 リュウはすでにだいたいどんな感じの曲調にするのか、頭の中で決めていたらしかった。おれはそれに従って演奏して、時々調べたり、リュウにこうした方がいいんじゃねえか、と助言したりした。そして実際は二ヶ月くらいで全部完成して、三ヶ月目にはおれの手元にCDが届いた。


「これ……」

「俺たちが初めて作ったアルバムさ。記念に取っとけよ」


 なくしたら俺んちにまだ十枚くらいあるから、とリュウは冗談めかして言った。なくしはしないけど、他には配らねえのかよ、とおれが言うと、いやいいんだ、とリュウは首を横に振った。


「こういうのって、俺たちの生きた証として一生残るだろ。こんなガチガチの形にまでして、ばらまきまくるなんて恥ずかしいことできるかよ」


 おれはそれから一ヶ月ほどしてようやく、リュウのその言葉の意味を理解した。


 リュウは死んだ。一年前に見つかった時にはすでに手の施しようのないくらい進んだ、末期のすい臓がんだった。




「リュウ……」


 なぜかリュウが死んで悲しい、という感情がおれに押し寄せてきたのは、思ったよりも後のことだった。それはリュウが直前の直前までぴんぴんしていたからだ、と気づいた。

 リュウのお母さんに話を聞いた。おれにこそ病気の話をしなかったものの、さすがに親には打ち明けていたらしい。しかもがんが見つかって診断を受けてから、比較的すぐに。


「でも、あいつがバンドやろうって言ってきたのって、もっと後だったよな……」


 しかも診断された時点で、あいつは一年ももたないと言われていたらしい。痛みを必死にこらえて歌詞も曲も作って、レコーディングまでして。おれは気がつけば、リュウの形見とも言える十曲詰まったアルバムを手に取っていた。


「竜弥が死んだらあなたに、って」


 リュウのお母さんから、手紙をもらった。帰ってから中身を見ると、弱々しい、けど確かにリュウのものだと分かる字で、A4用紙二枚分にみっちり書き込まれていた。


『ガンが見つかったって聞かされた時、正直ビビった。しかももう治しようがないって。何だよ、対症療法しかないって。その時はそう思ってた。けどあと一年もない間に何がしたいかって、考えることはできた。それで、バンド活動を思いついたんだ』


『俺さ、今まで散々周り巻き込んで、困らせてばっかだった。病院のベッドでボーっとするようになって初めて、そんなこと考えた。今まで迷惑かけてるって考えたこともなかったし、お前以外の友達が離れてったのも、そんなもんかってくらいにしか考えなかった。けど、ようやく俺が間違ってたんだって分かった』


『でも、こんな俺で悪いけど、俺って人間が確かにいたんだっていう証拠っていうか。こんな俺だから、いざ死んじまったらみんな忘れちまうんじゃないかって。今まで散々気分で行動して、散々友達も時間も失ってきたってのに、今頃になって俺の足跡がみんな消えちまうのが耐えられなくて。お前には申し訳ないと思ってたけど、巻き込ませてもらった』


 おれは初めてリュウに会った中学の頃から順番に、しょうもない出来事の数々を思い浮かべた。あの時は一緒になってバカ騒ぎすることしか考えてなかったから、だんだんみんながリュウをうっとうしがっていたことなんて気づきもしなかった。だけど今なら分かる。あの時のあいつの態度は、次何かしたら縁切るからな、という警告だったとか。


『俺、たぶん気づいてたんだよ。今やってることあんまりウケよくないな、って。ウケよくないどころか、迷惑に思ってるやつもいたんだろうけどさ。一ミリもそんなこと思ってなかったら、最後に曲作ろうとか考えないだろうしな。だからずっと置いとけとは言わねえよ。でも、すぐに捨てるとかはやめてくれ』


 おれは無造作に棚にしまってあったアルバムを手に取った。リュウの生きた証。世の中にはそんな証なんて残さずに旅立ってしまう人だって多いはずだ。でもリュウは未練がましく証を残して、おれたちに別れを告げた。


『じゃあな。さっさとおれのことなんか忘れて、肩の力抜いて生きてけよ』


 手紙の最後の一文まで読み終えて、おれは手紙を畳んだ。それから手紙とアルバムを一緒に、棚の一番上、一番目立つ場所に立てかけた。


「見習うよ。リュウのそういうところ」

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