第95話 お嬢様初めての交遊② 乙女の伝道師前半 ☆東野咲良視点
小春の親友にして筋肉大好きな東野咲良視点になります。
私は東野咲良。
筋肉が好きな、ごく普通の女子高生。
今日も朝から教室で、筋肉と筋肉が絡み合い愛し合う乙女本の布教に勤しんでいます。
「小春ちゃん、このシーンいいよね! 特に『お前がオレの筆を卸してくれよ……ッ!!』て懇願するシーン!」
「え、えぇ……わかったから咲良ちゃん、ちょっと声を抑えて?」
目の前にいるのは私の親友の小春ちゃん。
スラっと背が高くて胸も大きく反則的なスタイルも持ち主。
それでいて髪もさらさらで、とんでもない美少女!
しかも物怖じせず堂々としているところは女の子としても憧れちゃう。
私も親友で、隣にいることが誇らしいと思う。
それにもし、小春ちゃんが男だったらと妄想すると色々捗っちゃう。
やっぱり強気の誘い受――
「咲良ちゃん、涎!」
「おっと!」
これはいけない。乙女として涎はさすがにダメね。
それに今日は小春ちゃんだけじゃなくて、もう1人クラスの女子がいるのだ。
変な人だと思われないと良いけど。
「ところで咲良ちゃん、ねこちゃんの事だけど」
「根古川さんの事?」
「は、はひっ!」
緊張した感じで答えたのは、ショートカットで全体的に小柄な女の子。顔は可愛いや綺麗というより愛嬌がある感じね。
陸上部所属の根古川さんだ。男体化したらショタ枠かな?
そういえば最近、根古川さんの周囲は活気付いていた。
女子高生が1人の子を中心に騒ぐとなれば大体2つに絞られる。
すなわちBLか百合か。
ちなみに小春ちゃんは百合科:ピュアカップル推進目:男の娘容認派だ。
「その、男の人が好きなものとか喜ぶことって、何かなぁっと……」
「わたしも男の人――お兄ちゃんの事だけど咲良ちゃんによく相談してたし、何か良いアイデアない?」
「なるほど……」
つまり根古川さんはこちら側の人ってことなのね。
うんうん、だけど受けか攻めかで色々変わってくるし、デリケートな問題が一杯ある。即売会の島が相容れないものたちで隣同志になると戦争になったという記録も。
まずは根古川さんの推しの好みを把握しないと。
「推しはどういう人なの? ぐいぐい来るオレ様系なのか、それとも眼鏡が似合いそう知的系なのか?」
「え、推し? えぇっとその、無口でストイックで腕っ節もあって、こないだは壁際にドンと強引に迫られ……あうぅぅ」
「どうしたらその人ともっと仲良くなれるのかなぁって……咲良ちゃんわかる?」
ふむ……野性味溢れるワイルドな見た目だけど、性格はクールな感じなのね。
なかなかマニアックな。だけどこういうタイプは――
「結構押しに弱そうなタイプね。案外、ぐいぐい我が儘言って振り回されて意識されちゃう……なんてパターンか」
「え、今まであまりよくない態度取って来てるし、もしそんな事したら嫌われ……」
「咲良ちゃん、あまり良く知らない相手にそれは逆効果なんじゃ?」
「いいえ、違うわ。我が儘を、自分の好きなものをどんどんアピールして、自分を知ってもらうのよ!」
「……ッ!?」
「なるほど……そしてこちらのペースに引き込むってわけね。さすが咲良ちゃんだわ……ッ!」
ふふん、ああいうタイプはペースを誰かに乱されることによって、逆に意識していっちゃうってのが黄金パターンなんだから。
悔しい……でもっ! て奴ね。
昨日読んだ『エリート開発局の拓也様は、中卒トイレ掃除バイトの健司君に開発される』でもそうなってたし!
どうやら根古川さんはそんな黄金パターンをあまり熟知していない様子。
ならばここは乙女道を往く先達として導かねばならない。
「2人とも、男の人の事があまりわかってないみたいね」
「うぅ、私これほど人を好きになった事って初めてだから、どうしていいかわからなくて……」
「咲良ちゃん、このままじゃねこちゃん今度のデートで色々失敗しちゃうかも……どうしよう?」
デート? ああ、即売会の事かな? 近いうちにあったっけ? ともかく――
「分からなかったら学べばいいのよ」
「でもどうやって?」
「打って付けの場所があるわ……乙女の聖地よ!」
「「乙女の聖地?」」
………………………………
…………
……
こうしてその日の放課後、私達は意気揚々と駅前のとあるビルにやってきた。
4階建てのこじんまりとしたビルだが、各種様々なキャラクターグッズ、そして漫画やゲームやアニメBD、薄い本などが所狭しと並べられている理想郷なのだ。
乙女だけでなく紳士たちも、ふらふらとまるで何かに操られたかのようにビルへと吸い込まれている。
「駅前にこんなのあったんだ……」
「話には聞いた事あったけど……」
「大通りからはちょっと外れてるからね~。さ、行こうよ」
ビルからは、ある種の独特な熱気が漂ってきている。
小春ちゃんも根古川さんも、どこかたじろぎ圧倒されているみたい。
大丈夫、確かに最初は敷居が高いかもだけど、中に入ってしまえば楽しい世界が広がっているから!
私はやや強引に2人の手をとり、沼の様に絡みつく空気を放つビルへと足を踏み込んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇
小春や咲良、根古川が入る少し前の事。
操られたようにビルに吸い込まれていく人々を横目に圧倒されている男女がいた。
傍から見ればカップルのように見え、しかし初々しさや甘さなどもなにもなく、困惑している様子だった。
「えぇっと、ここが美冬の言ってたグッズショップかな?」
「あ、あぁ……なんていうか凄い、ね……」
周囲の人々は皆、何か1つの目的に向かってビルへと臨んでおり、覚悟を決めた戦士の様な形相をしていた。
その全ての人が熱狂にも似た熱を瞳に帯びており、ここにいることが場違いなのじゃ……という戸惑いがあった。正直、2人とも気圧されていた。
「だけど、根古川さんが嵌っているよしネコグッズはここでしか売ってないみたいだし……」
「あぁ、私たちがここに来ているのは調査だ。こ、ここまで来て行かないという選択肢はあるまい」
「……そうだね。実は俺、ずっとやってるゲームもあるし、アニメや漫画も結構好きだからちょっとテンション上がって来たり……はは、変かな?」
「っ! そ、そんなことないよ! わ、私も結構ゲームしたりするし、その、最近嵌ってる漫画もあるし、その……」
「へぇ、結季先輩もなんだ。意外かな」
「う、変だろうか?」
「そんなことないよ」
「……ッ! そ、そうか!」
少年の方はどこか親友に話しかけるような気安さがあった。
一方、少女の方は色々意識をし過ぎてから回っている様子だ。
2人の関係は、傍から見ると微笑ましくも思えるものだろう。
だけど周囲の人々は彼らに目もくれずビルの店舗へと足を運ぶのに夢中だ。
もし見る人が見れば、色々とちぐはぐな様子にもどかしささえ覚えるかもしれない。
「とりあえず行きますか、結季先輩。色々手分けして回ってみよう」
「……え」
一瞬、少女の方は悲しそうな顔をしてしまう。
しかし少年は、既に店で何があるのか想像をめぐらしている様で気付く様子はなかった。
深いため息も一瞬、少女は頭を振り、努めて明るい声で少年に言葉を返す。
「そうだな、今日は中西君と根古川君のデートの調査だったな……なら、手分けする方が効率的だ」
「後程入口で落ち合おっか。何かあったらスマホに連絡して」
「……あぁ」
わくわくする様子でビルに入っていく少年を少しばかり眺め、少女は顔をパンパンと二回軽くはたく。
気持ちを切り替えたのだろうか?
残念そうな表情をこの場所に置いて行き、少年を追いかける。
幸いなことに、その瞳には期待に満ちたものに彩られていた。
アニメート(操る)ネタだせてよかった……のかな?
最後というか後半、迷いましたが3人称みたいな感じにしました。
一人称視点ではあくまで咲良ちゃんですからね。











