第94話 お嬢様初めての交遊① わくわく待ち合わせ編 ☆龍元結季視点
今回は名家のお嬢様、龍元結季視点になります。
夕方まではまだまだ時間がある昼下がり。
私はそわそわしながら駅前で待っていた。
流行の化粧品がデカデカと掲げられている広告がある柱の下だ。
目印にもなるし、待ち合わせ場所としてはわかりやすいだろう。
駅に吸い込まれていく人々が、しきりに何度も私を見返している。
目立つ場所だというのもあるが……そんなに挙動不審なのだろうか?
確かに、自分でも気が逸っている自覚はある。
さっきから何度もスマホを取り出してはメッセージが届いてないか確認してしまっているし、何度も周囲をキョロキョロしている。
不安と焦りにも似た感情から、胸とお腹がきゅうっと締め付けられる。だけど不思議と嫌な感じはしない。
そんな自分に吃驚した。
吃驚といえば、生まれて初めてHRをサボってしまった。
待ち合わせに遅れてはいけないと、逸る気持ちがそうさせた。
試合の近い運動部の生徒は出ない事も多いので、咎められることはないだろう。
私は龍元という古い名家に生まれた。
その名に恥じぬよう文武両道、品行方正、そうあるべきと自分を律することを心掛けてきた。
咎められることは無いとは言え、サボってしまうなんて……
どうやら私は相当浮かれているらしい。
浮かれて変な顔になっていないだろうか?
突然、そんな事が気になりはじめてしまった。
それだけじゃない。
急ぐ気持ちのあまり、ここに来るまで小走りで来たのだ。
梅雨明けの陽気と相まって、汗ばんでいるのがわかる。
大丈夫だとは思うけど……汗臭いと思われないだろうか?
一度気になり始めると、一気に他の事も気になり始めてくる。
制服は乱れてないだろうか?
髪は整っているだろうか?
唇はかさついていないだろうか?
不安と緊張が一気に膨らんでいく。
気分はまるで判決を待つ囚人だ。
自分を落ち着かせるために、コンパクトミラーを開いて自分の顔を覗く。
……うん。
思ったよりもだらしない顔をしていたので引き締めた。
ちゃんと笑えるかどうか色んな角度で百面相。
「おい、あの子……」
「やめとけって、どう見ても待ち合わせだろ、あれ」
っ!
どうやらまた注目を集めてしまったらしい。
今のは明らかに挙動不審だったし、仕方が無い。
誤魔化すように咳払いをし、背筋を正す。
ただ、ちょっと恥ずかしいので俯き加減だ。
俯いた時、胸元に流れてきた髪が制服の胸元にかかった。
悲しいかな私の胸は平均より遥かに下だ。皆無と言っていい。胸部下着の存在意義を考えたこともある。
……
自分の薄い胸を見ていると、枝毛を発見してしまった。
1本だけならそこまで気にしないところなのだが、6本もあった。
もしこんなにもたくさん枝毛を作っているだらしない女と思われたらどうしよう?
しかも残念な事にハサミの類は持っていない。
「すぅ……せっ」
小さく息を吐くと共に小さく手刀を振るう。
ヒュッ、と風切り音が鳴り、枝毛が舞う。
上手く切れたけど力加減に失敗し、ゆらゆらと枝毛が空に流されてしまう。
「おい、あの子……」
「今何をしたか見えなかった……」
外でやるには少々はしたなかったかもしれない。
再び注目を浴びてしまった。
誤魔化すようにあたりを見回してみるも――ダメだ、目が合うと逸らされてしまう。
うぅ、待ち合わせ1つ満足に出来ないなんて……
そこまで私は世間ずれしているのだろうか?
「へい、あんたずっとここにいるね? 1人か?」
「……あなたは?」
少々自己嫌悪に陥っていると、見知らぬ男に声を掛けられた。
ずっとと言っても精々15分程だと思うのだが……
見た感じ20代前半~中ごろといったところだ。
髪は明るく染めており、いかにも軽薄そうな今時の若者って感じだ。それが3人。
「誰だっていいじゃん。今日は暑いしさ、とりあえずどこか店に入らね?」
「オレ達、隣の県から来てんだ。キミここの人? 色々教えてよ♪」
「友達と待ち合わせ? その子とも一緒に是非さぁ」
「その通りだ、キミ達に囲まれて隠れてしまっている。出来れば見えやすくして欲しいのだが」
あからさまに迷惑そうに眉をしかめているにも関わらず、強引に誘ってくる。
遠まわしにどこか行ってくれと言っても聞く耳を持ちやしない。
むしろ興奮するような様子さえ見せる。
だめだ、話が通じない。
「とりあえず一緒に行こう、ね? あんまりオレ達を怒らせないほうがいいよ~?」
「そうそう、こわ~い人たちとも知り合いだからさ、オレ達」
「しかもこう見えて全員空手の黒帯だし、なんなら筋肉見せようか? ベッドの上でな、ぎゃははっ!」
「……」
しかもどんどん話す内容も下卑てきた。
頭が痛くなってくる。
そういえば銀塩や"獣"の件が解決したことによって、この宍戸の裏世界とも言える所が空白になっているらしい。
空いた席を手に入れようと、外からそういった連中が宍戸に手を伸ばそうとして治安が悪化していると聞いていたが……
なるほど、彼らはそういった者達の関係者か。
龍元家が治める歴史ある宍戸の地を汚そうとするだけでなく、私と秋斗君が遊びに行くことを邪魔するとはまさに不埒者。
秋斗君はかつて何者かよくわからない子供時代のユーキと違って、私が龍元結季と知った上で遊びに誘ってくれた。
きっと彼の事だ、そこに下種な打算や裏もなく誘ってくれたに違いない。
だというのに、コイツラは何だ?
……
なんだか無性に腹が立って来た。
武者震い、とは違うが、全身が怒りで震えるのを隠すことが出来ない。
「あれ? 彼女怯えてる?」
「ぎゃはは、大丈夫だって! 気持ちイ~世界見せてやるしさ!」
「大体、キミみたいな子を待たす奴の方が悪いんだ。さ、行こうぜ!」
だが勘違いしているのか、彼らはどんどん調子に乗る。
そしてあまつさえ、その汚らしい手で私の腕を取ろうとした時、我慢の限界が訪れた。
「失せろ」
払いのけるだけでは気が済まなかった。
そもそも1ミリたりとも触れるのさえ嫌だった。
思い出すのは先日秋斗君が嵯峨先生に放った一撃。
手刀の風圧のみで植毛だけを的確に吹き飛ばしただけでなく、急所も確実に打ち抜き行動不能にしたものだ。
秋斗君が手刀の秘奥を極めた技の1つだろう。
それを、この者達が私の腕を掴もうとした時に放った。
「えっ?」
「なっ?!」
「はぁ?!」
シュッという風切り音と共に、男の一人のシャツが縦に割け胸元が露になる。
ついでとばかりに男の染められた髪も幾本か宙に舞う。
そしてツぅと額から一筋の血が流れた。
ううむ、秋斗君なら薄皮1枚切ってしまうなんて不手際はしないだろうに。
「おい、あの子……」
「え、なにあれ手刀? マジで?」
うぅ、外野で見られていた人にも、情けない手刀だと嗤われているみたいだ。
まだまだ修行が足りない。
せめて秋斗君の強さに並べる程の技を身につけないと……
「一体今何を使った?! 新手の防犯グッズか?!」
「ちっ、ちょっとばかし可愛い顔してるからって調子乗ってんのか?」
「くそっ、舐めやがって! ぜってー犯してやる!」
「……ッ?!」
女から反撃されることを想定していなかったのだろうか?
逆上した男たちはあろうことかナイフを取り出し威嚇してくる。
「おい、あの子……」
「い、いやぁああぁあぁぁっ!!!」
「ちょ、光り物は流石にやばいんじゃ?!」
「誰か警察をっ!」
この人通りの多い往来の中で刃を煌めかすなんて想定外だ。
彼らの頭の中に銃刀法というものは無いらしい。
周囲も予想外の出来事に騒めき始める。
流石の私も素手で彼らを無力化するのは難し――
「あー、いたいた結季先輩。すいません、待たしてしまって」
「秋斗君!」
「あぁん、なんだお前?」
「はっ、彼氏ってか?!」
「丁度いい、オレぁ人の女を目の前で犯すってのがたまんなく好きなんだよな!」
そんな喧騒も気にもせず、私たちの間にやって来る人物がいた。
秋斗君だ。
「すみませんこの娘俺の連れなんで、ごめんなさいね。じゃ、そいういうことで!」
「ちょ、秋斗君!」
「はぁああぁっ?! お前この状況わかってんのか?!」
「おいおい、ガキがオレ達を舐め過ぎじゃね?!」
「ビビッて頭がおかしくなっちまったかよ!」
「え? あ~、もしかしてナンパですか? 結季先輩綺麗ですもんね。でも、そんなおもちゃを振りかざすのはダメだと思いますよ?」
「ちょっ、秋斗君!」
彼らの言葉もなんのその、ナイフを見てもきょとんとしている。
その姿は威風堂々、まるで相手にしていないばかりか、逆に挑発する始末。
だけどダメだ! こんなところで3人も武器を持った人を相手になんて!
「ふざけやがって!」
「後悔させてやる!」
「うらぁああぁあぁっ!!」
「あーもう、おもちゃだからって危ないですよっ、と!」
「秋斗君?!」
「へぶっ!」
「あがっ!」
「んなっ!」
一瞬の出来事だった。
三方から襲ってくる男達に対し、流れるような体捌きで強制的に床を舐めさせた。
凄い……傍から見てる私が辛うじて目で終えた位だ。
技を掛けられた本人達は何をされたか分かっていないだろう。
「あ~、ナンパより身体のあちこちが歪んでるみたいだから、健康に気を付けたほうがいいですよ?」
「あれ……今何を……?」
「てめっ、ふざけやがって!」
「身体が……軽い?!」
「今何があったんだ?」
「あいつら勝手に倒れて……?」
あまりの早業に周囲の人たちも困惑している。
そして周囲から向けられる視線の感情が、どこか腫れ物に触る様なものから賞賛や期待に満ちたものに変わった。
秋斗君にとっては何のことはないことだったのだろう。
だけど周囲の感情をここまで変えてしまうなんて……ッ!
「こっちです、夏実様!」
「あそこで刃物を振り回す奴らが!」
「きっと鬼束組の先兵に違いありません!」
「こら~、一体何の騒ぎっすか……って、先輩?!」
「うげ、夏実ちゃん?!」
そんな周囲が困惑している空気をよそに、小学生と思しき制服姿の女の子と共に、複数の男達がやってきた。
あれは……秋斗君を主と仰ぐ、かの拳帝の孫娘!
たしか自警団まがいの様なことをしていると報告に受けているが――
「厄介なことになる前に行こう、結季先輩」
「へ、ふぇっ?!」
秋斗君はにわかに騒めき始めた周囲を去ろうと、強引に私の手を取った。
握られた左手から彼の熱が伝わり、じんわりと汗ばんでくるのがわかる。
いや、むしろ私が勝手に緊張したりして熱を持っているだけじゃないのか?!
ていうか、今私ってば手を握られてるの!?
肌と肌が接触しているの?!
えぇええぇぇっ?!
ちょ、ちょ、ちょっと友達なのにそういうことって良いのかい?!
こここ子供の時とちがって、わわ私たちは大きくなって男と女のその……ッ!!
「あぁっ、ご主人様どこに行くんすか?! 面白そうな事する――」
「そぉい!」
「――あぁっ、フリスビー!!」
「夏実ちゃん、そこに倒れてる人達が遊んでくれるって!」
ダメだ! 目がぐるぐるまわってる、上手く考えられにゃい……
何か背後から「むぅ、先輩の代わりに遊んでもらうっすよ!」「お前たちなんだ?!」「な、こいつ星加流?!」「剛心空手会の若林まで?!」「おいおい、喧嘩か?!」「うそ?! 何が始まるの?!」と言った声が聞こえる。
なんだかやたら騒がしいけど……秋斗君は気にしていないみたいだし、大したことは無いのかな?
そして気が付けば駅前の商店街にまでやって来ていた。
「ここまで来れば大丈夫かな?」
「あ……」
「結季先輩?」
「な、なんでもない!」
着いたと同時に、繋がれていた手が離れた。
それが凄く……寂しいなんて思ってしまった。
なんだかそっけない態度を取ってしまったかも……うぅ、私なんかちょっとおかしくなってる。心臓があり得ないくらい早鐘を打っている。
これって私だけ?
だとしたら秋斗君だけ慣れてるようでズルい。
私の方が年上なのに……
「ええっと、グッズショップはこっちだっけ……結季先輩?」
「な、なんでもない! さ、行こうか!」
そんな心のうちを悟られないように、顔を見られないよう先に歩き出した。
……そんな素直じゃない自分にちょっと凹みつつグッズショップを目指した。
某国産MMORPGの大型アプデがあるので更新遅れますた……











