第91話 時には強引に
人気の少ない教室になんとも言えない空気が流れていた。
「デートって、あの……?」
「あぁ、そのデートだ」
俺と中西君は、困惑した顔を付き合わせる。
意味がわからなかった。お互いの理解が追いついていない。
確かに昨日、根古川さんに覆いかぶさるように迫る中西君を見た。
壁に追いやられ、両手を付かれ、嫌いな男子に間近で感じるのだ。
さぞかし恐怖を感じ、嫌悪感を抱いたに違いない。
だというのに、何故デートをすることに?
「あれだけの事をしたんだ、確実に根古川に嫌われたと思ったのだが……」
「中西君……」
女の子とは不思議な生き物だ。
そして強かだ。
俺の身近にいる女子を考えると、よくわかる。
もし小春や美冬、夏実ちゃんが嫌いな男子に強引に迫られるような真似をされたと想像してみよう。
数秒後には物理的にも社会的に抹殺されているに違いない。
ていうか、根古川さんは小春と懇意にしている。
何らかの制裁や報復があってもおかしくない。
だが、その兆候はない。
これは一体どういう事だ……?
何故デートだなんていう事態になっている?
考えろ、この話には裏があるはずだ。
嫌いな男をデートに誘う、つまり――
「これは根古川さんの罠だ」
「な、なんだと?!」
デート――それは男子高校生にとって神聖で、そして甘く尊いもの。
女の子と2人っきりで同じ時間を過ごす……普通に生活していればありえないイベントだ。
大人の階段を登るといってもいい。
ぶっちゃけ、ちょっと中西君が羨ましくもある。
だが俺の苦い経験が、浮かれるなと忠告してくる。
そして、俺は1つ確信していることがあった。
女の子というのは――すべからく策士なのだ。
「中西君……もし根古川さんとデートするとして、どうする?」
「どうする……とは?」
「具体的にどこへ行く? 何をする? 根古川さんの好きな場所やものは? デートに着ていくものは?」
「なっ! なっ! なっ! なっ!」
「他にもあるぞ――デートで気合を入れてオシャレをしてきた根古川さんと、どう接する?」
「そ、それは……ッ」
中西君は柔道バカと言ってもいい。
最近ちょっと夏実ちゃんに対しておかしなことになっているが、基本的に部活に熱心な男臭い汗まみれの青春だ。基本的に女子との接点は無い。
つまり、俺に負けず劣らず女子に対する経験値が皆無だ。
部活以外でも柔道着で過ごす姿を見かけるくらい、色々と無頓着なところがある。
翻って、根古川さんは陸上部に属しているとはいえ女の子だ。
小春を強引に振り回したりするところから、コミュニケーション能力の高さも伺える。
「根古川さんって友達も多そうだな」
「あぁ同級生だけじゃなく、部の先輩達にも可愛がられているのを見かけるな」
「つまり背後には、それだけのサポーターがいる。女子軍団とも言えるものが、全力で根古川さんを支援している」
「なっ……!」
ここに至りようやく事の重大さを理解したのか、中西君の表情がみるみる青褪めていく。
ああ、そうだ。
デートするのは根古川さん1人じゃない。
その背後には、おそらくかなりの数の女子軍団がいる。
「もしデートで無様を見せれば……」
「あっあっあっあっ……ッ!」
きっと影で彼女たちの笑いものになる。
そしてそれは、残りの1年半以上の高校生活が灰色になるというのを意味する。
どれほど苦難かというのは、俺は現在身をもって知っている。
それに気付いてしまった中西君は、まるで怯えた子犬の様に身を震わせた。
これは最早、唯のデートじゃないということは明白だった。
「……戦争」
ぽつりと、中西君の口からそんな単語が漏れる。
戦争――言い得て妙だ。
相手は根古川さんを筆頭とした女子軍団。
こちらは中西君ただ1人。
このままデートに立ち向かえば、待ち受ける結果は凄惨な蹂躙。
「大橋さん、オレはどうすれば……」
「それは――」
残念ながら、俺に中西君に的確なアドバイスが出来るほど詳しくは無い。
明らかに相談相手を間違えている。
他に誰か居なかったのかな?
しかし、せっかく俺を頼って来てくれたんだ。
応えるのが人情だろう。
考えよう……根古川さんが何を考えてデートをしようとしたのか――
「――これはきっと、昨日中西君がした事に対する反撃……いや、復讐だろう」
「やはり……」
「だけど、焦ることはない」
「え?!」
そうだ。
これは根古川さんの復讐だ。
それだけ昨日の事がショックだったんだろう。
ならば一度、その鬱憤を真正面から受け止めればいい。
つまり――
「完璧にデートをこなせば問題ない」
「しかし!」
中西君は無茶を言わないでくれとばかりに、眉をひそめる。
うん、俺も言ってみたものの無茶振りかなぁなんて思ってる。
「おはよー! 大橋さんに中西君、聞いたよー!」
「宇佐美さん」
「う、宇佐美!」
悩める俺たちの間に割って入ってきたのは、テンションがいつもより高い宇佐美さんだった。
席に鞄を置くのも惜しいとばかりに俺たちのところにやってくる。
「結局ねこちゃんとどうなったの?! もー、ここのところずっと焦れったくてさー!」
「根古川とは別に何も……あーその今度休みの日に一緒に出かける事になっ――」
「え、うそ、デート?! あの子ね、よしネコグッズとか好きだよ! ほら、あの変な帽子被ってるネコの! それでね、前から行きたいって行ってたお店があって――」
「あのその宇佐美、落ち着いてくれ……ッ!」
普段、どちらかといえば物静かなイメージがある宇佐美さんだが、今日は興奮した様子で矢継ぎ早に色んな事を捲くし立てて話す。
その勢いに、俺と中西君は圧倒されっぱなしだ。
おそらく粗方の話は聞いているのだろう。
もしかしたら宇佐美さんは根古川女子軍団の先兵かもしれない。
うんうん、だから中西君? そんな救いを求めるような目で見ないで?
かもしれないってだけで、根古川さんの事とかいっぱい話してくれてるよ?
……
へ、へぇ。根古川さんレザークラフトが趣味で自分でちょっとしたアクセサリーも作れるんだ?。
唄が好き? カラオケが好きってこと? 違う? あぁ……どちらかというとヅカ的な……
最近はネイルアートに興味津々? ほら中西君、逃げようとしないで。
そう、情報。情報収集だよ。
戦う相手について知っておかなきゃならないでしょ?
ほら、俺の方でも色々どういうデートがいいか情報集めとくからさ。
……後学の為に……活かせる時が来ればいいな……
◇ ◇ ◇ ◇
というわけで、俺も中西君のデートをどうすればいいか考えることになった。
しかし残念ながら、俺の身近にこんなことを相談できる相手はいない。
一応休み時間に小春や美冬、夏実ちゃん達にそれとなく聞いては見た。
『タイ……美容整形……ううん、なんでも!』
『あたしね、歓楽街とかってありかな~って思うの。大丈夫、ちゃんと信頼できるお店の情報は集めてるから!』
『自分は闘技場とかドッグランなんかが血が騒ぎますね!』
小春、美容に興味があるのはいいけど、何故タイなのか? え、手術? とにかく、高校生がデートで行くような場所じゃないよね?
美冬? 歌舞伎町や吉原って東京だよな? あとそこは未成年はお呼びじゃないような場所だよね? って、何で色々お店の情報を纏めたレポートとか持ってんだ?!
夏実ちゃんに至っては、エントリーがどうこうとか変な方向に話が進んで行きそうになった。何だよその裏天下布武闘技会って……おっかない。出ないから。俺が出ても勝負にならないだろう? はは、その顔はわかってくれたか。
と、全く役に立たなかった。
やっぱりあの子達は、普通の女の子というカテゴリーから若干外れてる気がする。
タイの美容がどうこう言っている小春が一番まともに見えてしまうのが、その証左だ。
身近にこそこういった相談が出来る人がいなかったが、俺には他に相談する当てがあった。
「高校生がデートするとしたら、どういう所がいいだろう?」
『で、デート?! オータム君、デートするのかい?』
『う~ん、高校生のデートかぁ、難しいなぁ(。-`ω´-)ンー 』
ネトゲの頼れる兄貴分、季節龍さんと綿毛らいおんさんだ。
とくに季節龍さんは歳も1つしか変わらないし、貴重な意見を聞けそう。
でもなんだかちょっと焦ってるような……ははぁん、大人びたように見えて、もしかしたら季節龍さんってばそういうのに慣れていないのかな?
「つっても友達が、なんだけどね。後学の為に俺も一緒に考えることになったんだけど」
『そ、そうなのか。オータム君に春が来たのかと思っちゃったよ』
「ははは」
小さな春にはいつも襲撃されてるんだけどね。
『姉が行きたがってるようなところならわかるんだけど、歳がねぇ~σ( ̄、 ̄=)』
「それでも女性の意見っていうのは重要だよ。教えてくれ、綿毛らいおんさん」
『ハイクラウンホテル宍戸のランチビュッフェがお洒落だって言ってたかな? 近くにあるクランフロント宍戸でショッピング……だけど、あそこはいわゆるハイブランドばかりだから高校生には向かないかなぁ┐( ̄ヘ ̄)┌』
「う、それは……」
どれもテレビや雑誌、ネットで話題に上がる高級ホテルやデパートの名前だ。
そこでバシってキメられたらカッコイイだろうけど……ダメだ、あまりに違う世界の事過ぎて、そこにいる自分がイメージ出来ない。
『だよね~、もう少し大人になったら参考にしてよヾ(´ー`)ノ』
「悪いね、綿毛らいおんさん」
けど、困ったな。
同世代の女の子が喜ぶ様な場所か……皆目見当もつかんな……
『オータム君は宍戸に住んでるんだよね?』
「生まれも育ちもそこだね」
『駅前のモールでウィンドウショッピングもいいんじゃないかな? ファストファッションブランドも多いし、お小遣い的にも手が届くと思う。近くに映画館もあるし、ちょっと値が張るけどお洒落なカフェもある。少し足を伸ばせば緑地公園もあってゆっくりするのにいいんじゃないかなっ!』
「季節龍さん……」
やたらと具体的だな……
それほどデートのシミュレーションをしてたってことか?
……
ははぁん。なんだなんだ、そういうことか。
季節龍さんってば、俺と同じく女の子に対する耐性が皆無だな!
だからそういう具体的な妄想をしてたに違いない。
なんだか親近感が湧いてきちゃったな。
それと、少しだけ悪戯心が湧いてきてしまう。
「こういうのって、やっぱり男の方からガンガン行くべき?」
『そ、そうだね。女の子はきっと男の子の方から手を差し伸べられるのを待っているはずだよ』
「でも、知り合って日が浅いからなぁ……そんな相手に強引に来られたら、きっと幻滅されるんじゃないかな?」
『そ、そんなことはないよ! 相手の子はずっと前から男の子の方を見ていたかも知れないじゃないか!』
「そう?」
『そうだよ!』
うん、わかった。
季節龍さんってば、色々妄想逞しいところがあったんだな。
実はずっと前から自分の事を見てくれてる女の子がいたとか……そんな事があるわけないだろう?
ふふっ。
女の子の方が男子からぐいぐい行って欲しいだなんて……そんな事をすれば待っているのは破滅だぞ?
それが許されるのは……悲しいかなイケメンだけと、決まっている。
そしてそれはアニメや漫画など創作だけの世界の話だ。
だけど、そういった妄想を話すのは嫌いじゃない。
俺もそういった願望を言わせてもらおう。
「俺は逆に、女の子の方からぐいぐい来て欲しいかな」
『えっ?!』
「絶対付き合えるはずがないと思ってた高嶺の花の様な子に、積極的に迫られると萌えるんだよね」
『あ、いや、その……』
「自分は気付いてないけど、女の子の方が些細な事を気にして、その心を育てて……まぁ、あり得ない事だけど憧れるな」
『あき……オータム君……』
おっと、語り過ぎちゃったかな?
『いやぁ青春だね、オータム君!p(*゜▽゜*)q』
綿毛らいおんさんの茶化しに顔が熱くなってしまう。
だけど、そういったものに憧れるのは事実だ。
なるべく、相手はお姉さんみたいな女の子だといい。
……俺に年上の女の子の知り合いなんていないけど。
はぁ、それにしても中西君のデートの件、困ったなぁ。
誰か相談に乗ってくれる女子がいればいいんだけど。
『女の子の方から積極的に、か……』
……………………………
…………
……
「もう! わたしを放っといてマサくんと遊んでばかり!」
「いや、男同士で騒ぐこともあるだろう?」
「でもさ! うぅ~、わ、わたしは彼女だし!」
「愛してるのはお前だけだよ」
「……ッ! も、もう!」
翌日の昼休み、俺は中庭で黄昏ていた。
ちなみに小春は根古川さんに連れられ、美冬は御庭番衆の人達とどこかにいった。夏実ちゃんはフリスビーを投げて追い払った。
目の前には痴話げんかをしつつもラブラブさを隠そうともしないカップル。
うんうん、あれ、男の相手が同性だから許されてるけど、もしこれが異性だったら喉笛かっ切れられてるな。
小春や夏実ちゃんならその場で食いちぎるだろう。美冬なら真綿で首を絞めるように、社会的に抹殺するに違いない。
女の子って怖い!
そんな女の子と一対一で相対する中西君は、まさしく死地に赴く覚悟が必要だ。
はぁ、それにしてもデートかぁ。
俺には縁が無さ過ぎて想像もつかな――
「こ、ここここんなところで奇遇だね、秋斗君! ど、どどど、どうしたんだい?」
「結季先輩?」
「あ、あぁあぁ、なんだか悩みがあるような顔をしているね?! そ、その、わ、わたしは秋斗くんよりお姉さんだし?! な、何か力になれると思うよ、うん!」
「ええっと、なにを……?」
黄昏れていた俺に話しかけてきたのは、結季先輩だった。
声は棒読みで身体はカチコチの緊張状態。
何を言っているかその意図は分からない。
「さ、さぁ! 力になるから言ってごらん!!」
「え、いやその……」
強引に何かを聞き出そうとするその姿はどこまでも挙動不審だった。
結季先輩は何を考えてるんだ?
ほら、そのポーズ目立つよ?
落ち着いて……ほら、落ち着いて……ね?











