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ある朝ツン過ぎる妹が急にデレ始めたので、幼馴染と後輩に相談したら(※物理的に)修羅場になったんだけど!?  作者: 雲雀湯@てんびん2026年アニメ化決定
第4章

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第90話 中西君の悩み


 ギィ、と扉が鈍重な音を立てる。


 やって来たのは非常階段から外に出た踊り場。

 北側に位置するそこは、薄暗くて人気も無い。

 内緒の話をするにはもってこいの場所だ。


 教室は今、美冬のモデルの件で大騒ぎになっている。

 だから教室を抜け出して、ここまでやってきたのだ。


「ここでいいか?」

「ああ、すまない」


 中西君の身体は緊張で強張っており、その顔はどこか思いつめた表情だ。

 こんな姿を見るのは初めてだな……よほどの悩みを抱えているのだろうか?


「高等部1年の根古川(ねこがわ)を知っているだろうか? 宇佐美の部活の後輩の女子だ」

「ショートカットで騒がしそうな感じの?」

「ああ、その女子だ」


 最近よく小春と一緒の子だな。今日も小春を連れ出していってたっけ。

 その子が一体どうしたんだろうか?


「その、よくわからないのだが……最近よく絡まれることが多くて戸惑っているんだ」

「絡まれる?」

「練習の後どこからともなく現れては『汗臭いんだよ!』といってハンドタオルを投げつけられたり、自宅の近くでロードワークをしていたら『オーバーワークで倒れたら皆に迷惑かかるってわからないの?!』といってスポーツドリンクを投げつけられたりするんだ」

「ふむ……」


 彼女の意図が全くわからん。


 自慢じゃないが、俺の女子に対する経験値は低い。皆無といってもいい。

 だからこれは、どう考えても人選ミスである。何故俺に相談しようとしたのだろうか? 節穴かな?


 しかし、せっかく相談を持ちかけられたんだ。

 最近、皆との距離を感じることも多かったので、これを機に改善すればと思う。


 よし、力になれるかわからないが、俺も一緒に考えてみよう。


「言動から察するに、どうやらオレは嫌われているらしい。それならそれで放っておいてくれればいいのだが……」

「そうはしてくれない、と」


 これが中学の頃の俺なら、ははぁん、気があるからそんな事をしているんだな、なんて思っただろう。


 だが、俺は小鳥遊さんで苦い経験を経ている。

 女子と言うのは、些細な事で男子に気があるんじゃないか? と思わせぶりな行動を取る生き物だ。

 中西君にはその事で失敗して欲しくない。

 だから根古川さんが中西君に気があるという可能性をまずは除外しなければならない。


 そして俺には、これに似たような覚えがあった。


 小春だ。


 ほんの3か月前までは、会うたびに悪態はつかれ、舌打ちされ、睨まれていた。

 きっと家族じゃなかったら顔も合わさなかっただろう。


 だが、小春は実妹だ。


 どうしても顔を合わせてしまい……そういった行動を取られたのだ。


「多分、顔は合わせたくないけれど、どうしても中西君の近くに行く、もしくは関わらざるを得ない理由があるんじゃないか?」

「どういうことだ……?」

「何らかの義務だとか部活絡みの何かで、どうしても中西君と接してしまうという状況にあるんじゃないか?」

「あっ!」

「覚えがあるんだな?」

「あぁ、根古川は部活連合の連絡係だと言っていたな。『別にアンタに会いたくて来てるんじゃないんだからね! 連絡係だから仕方なくなのよ、仕方がなく!』と何度も強調していた」

「やっぱりか」

「凄いな、さすが大橋さんだ」


 そう言って中西君は目を見開き、俺に畏敬の意を表す。

 う、これは照れる。


「しかし困ったな……これだと顔を会わすたびに根古川に不快な思いをさせてしまう」

「係を他の人に変わって貰うこととかって出来ないのか?」

「何か理由があれば……だが、個人的感情的に嫌だと言うだけでは理由としてちょっとな」

「言うだけ言ってみれば? 言うだけならタダだろう」

「そうしてみる……が、望みは薄いと思う」

「そうか……そもそも何で嫌われたんだ?」

「うっ、言わなきゃダメか?」

「心あたりがあるんだな?」


 そう言って、中西君は気まずそうな顔をした。

 どうやら、余程の事をしたらしい。


 もしかしたら、それが嫌われる原因になっているかもしれない。

 是非とも原因を教えて欲しい。

 どれだけ力になれるかわからないが、俺も一緒に考えるからさ。


「実は――不意打ち気味に髪を撫でたことがあるんだ」

「なんだって?!」

「その、落ち込んでいた時に元気づけようと――」

「いや、詳細はいい……その時、根古川さんとの仲はどうだった?」

「……たまに顔を見かける程度だった」

「……最悪だ」


 髪は女の命、という。


 小春も毎朝、長くて少々癖のある髪を整えるのに時間をかけているのを見て来ている。

 美冬だって、以前の黒かった時でさえ頻繁に気にしていた。況や現在をや。

 夏実ちゃんでさえ、髪の毛を切ったのに気付くと嬉しそうにする。


 そんな女の子の髪を、よく知らない男が無遠慮に撫でる――想像しただけでも恐ろしい。

 根古川さんにとって中西君は、自分の繊細な部分を無遠慮にかき乱した最悪の男といったところだろう。

 おそらく犯罪者かそういった類の印象に違いない。

 もはやその仲を修復するのも不可能と思われる。


「大橋さん、俺はどうすれば……彼女に不快な思いをさせるのはオレの本意じゃない」

「中西君、君に覚悟はあるか?」

「覚悟? 何の……」

「彼女をもう一度傷付ける覚悟、だ」

「なんだって?!」


 肉を斬らせて骨を断つ。


 つまり、根古川さんに顔も見たくもない位、嫌われるという作戦だ。

 意図が伝わったのか、中西君の表情が強張る。


 それもそうだろう。誰だって、嫌われたくはない。

 だが、敢えて嫌われろと言うのだ。


 ……さすがに酷な話か。


「忘れてくれ、中西君。今のは聞かなかったことに――」

「根古川と初めて出会ったのは、小春様が指揮を執っている時の事だった」

「――中西君?」

「アイツも"獣"絡みで嵯峨に脅されていて、そこを小春様に救ってもらったらしい。心底慕っているっていうのは一目瞭然だった。その気持ちも分かる。小春様の為に何かしたい――だから、連絡員を買ってでたのだろう」


 とつとつと、根古川さんについて話し出した。

 きっと自分の中で彼女がどんな存在か問いかけて、整理しているのだろうか。


「続けてくれ」

「おかしな話だ。普段なら根古川のような女子がここまで気になったりはしなかったはずだ。あぁ――オレはきっと、彼女に自分自身を重ねてたんだろう。その胸を焦がす憧憬、ままならない己の状況。足掻けども中々見えない進むべき先……そうか、そうだったのか」


 そこで言葉を区切り、そして目を瞑って天を仰いだ。

 その顔は悩みに満ち溢れ、しかし、どこか得心したものを含んでいた。


 ――再び目を開いた時、穏やかな表情をしていた。それでいて、何か決意を秘めた男の……いや、(おとこ)の顔をしていた。


「きっと根古川は、オレの中の不甲斐なさを嫌っていたんだな」

「中西君……」


 なんか変な方向に話が進んでない?


 何その同志を(おもんばか)る様な顔は?


 え、もしかして中西君も根古川さんの事が気になってたの?


 まてまてまて!

 嫌われてる女子にそのまま行くと、結果は悲惨だ。


「大橋さん……オレ、彼女にぶつかってみるよ」

「お、おい、そもそも中西君は彼女をどうしたいんだ?!」

「え?! そうだな……オレは真に強い男になりたい。"獣"絡みの事件でも痛感したが――オレは弱い。そんなオレの所に連絡に来る根古川が、もし事件に巻き込まれたら……助ける自信が無い。だから彼女を遠ざけるため、守るために傷付けるよ。ははっ、変な話だよな」

「え、いや、そんなことはないさ」

「大橋さんにそう言ってくれると気が楽になるよ」


 よくわからないが、中西君は根古川さんの事を悪くは思っていなかったようだ。むしろ好意に近い感情を抱いているらしい。

 だが残念ながら、彼女には嫌われている。


 ……切ない話だな。


「ありがとう、相談に乗ってくれて」


 そう言って中西君は身体を翻す。

 背中はどこか悲哀な影を帯びていた。

 あれは勝てぬ戦いに赴く覚悟を決めた戦士の背中だ。


「中西君!」

「うん?」

「頑張れよ!」

「……あぁ!!」


 振り向いて俺に見せた笑顔は、晴れ晴れとしていた。




  ◇  ◇  ◇  ◇




「「「「ありがとうございました!!」」」」



 号令と共に、部活が終了する。


「中西、お前今日調子が悪かったのか? この後カラオケ班の練習があるんだけど大丈夫か?」

「すまない、今日はちょっと……練習には……いや、今日は欠席すると伝えといてくれ」

「珍しいな? ダンスにも欠かさず参加していたお前が……」

「すまない」


 中西君は、今日の部活で見るからに動きに精彩を欠いていた。

 おそらく、部活後に来る根古川さんに話を付けるため、緊張していたのだろう。


 ちなみに俺はカラオケやらダンスに誘われたことが無い。

 別にカラオケ屋にいったりするわけじゃないみたいなんだが……誘われない事にちょっと寂しさを覚える。


 ぼ、ぼっちなんかじゃないんだからね!!



「運動部連からの連絡で~す、カラオケ班の1~2は体育館、ダンス班はペンライトをもって剣道場に――」



 見計らったかのようなタイミングで、ばたばたと大きな足音をさせて元気な声が柔道場に響いた。


 根古川さんだ。

 中西君の表情も強張り――あ、獅子先輩とかに何か話をしているようだ。


 きっと、根古川さんを連絡係から外してくれという相談だろう。


 ……あれ? 皆が凄く生暖かい目で中西君と根古川さんを見ているような気が?

 なんだ? 何か皆、奥歯にモノが挟まっているというか、じれったそうな顔をしているな?

 え? どういうことだ?


 中西君は皆に背中を叩かれて、発破をかけられているようだ。ううん?


 あ!


 そんな中西君と目が合った。


『大橋さん、どうしよう?』

『どうしようも何もない、ええっと、その……無理矢理彼女に迫るとか、男として嫌われるような感じで話をしろ!』

『っ! それは……いや、そうだな、覚悟を決める』

『頑張れ! いいから行け!』


 そんな内容の話を目と身振りで行う。


 ……うん? なんか他の部員が俺を凄い目で見ているような?


「根古川」

「っ! な、なんですか中西先輩! きょ、今日も練習その、お疲れ様っていうか……汗だくじゃないですか! ほら、そんな匂い撒き散らさないでこれ――」

「いいから、オレの話を聞け」

「そ、そんな顔してどういうつもりですか?! ちょ、やめ、見つめないでくだ――ひぅっ!」


 ぐいぐいと根古川さんに歩み寄る中西君。

 その迫力に負けたのか、どんどん後ずさり、壁際にまで追いやられてしまう。


 そしてドンッ、と壁に手を付き顔を近づける。

 小柄な根古川さんは、まるで中西君にすっぽり覆われるかのような形だ。

 嫌いな男子にあんなことをされると、恐怖以外の何ものでもないだろう。


「根古川」

「――はい」


 武士の情けだ。


 俺は最後まで見届けることなく、柔道場を去った。


 ……明日、教室で会ったら優しい言葉をかけてやろう。




  ◇  ◇  ◇  ◇




「きゃーーーっ!!!」

「小春?!」


 夕食もお風呂も終え、部屋でごろんとしていた時だった。

 突如隣の部屋から小春の悲鳴にも近い叫び声が響き渡った。


 その後もよく聞き取れないが、興奮した声で何か言っているのが聞こえる。


 一体何が?! 慌てて小春の部屋へ駆け込む。


「大丈夫か?!」

「え、お兄ちゃん?!」

「――って、あれ?」

「え、あ、うん。ごめんね。今お兄ちゃんが来て……うん、うん」


 勢いよく小春の部屋の扉を開けるも、そこにはただ電話をする妹の姿しかなかった。

 どうやら通話相手との話で盛り上がっての叫び声だったようだ。


 小春は突然の俺の侵入にビックリしているが、すぐさま電話に意識を移す。

 よほど話が盛り上がっているようだ。


 これを邪魔するのはよくないな。


「すまん、小春。邪魔した。戻るわ」

「あ、うん。あ、お兄ちゃん、ごめんね。で、うそ?! 壁ドン?! やばくない?!」


 なおも会話を続ける小春に、悪かったなと謝りつつ部屋を後にする。

 相手は咲良ちゃんかな? でも咲良ちゃんと話すような会話じゃなさそうだ。


 しかし、これほど盛り上がる話題って何だろう?


 それよりも明日、中西君にかける言葉を考えておかないと……



 ……………………………


 …………


 ……






「おはよー」

「おはよう」

「はよー」

「はよーん」


 教室に入ると様々な朝の挨拶が飛び交っていた。


 着いて早々、小春は興奮気味に教室に走っていき、美冬はモデルに興味津々なグループに連れられて行った。夏実ちゃんは朝練でいない。


 つまり、今朝は俺一人だ。

 これから中西君と顔を合わせると思うと気が重い。


「……大橋さん」

「……中西君?」


 どういう言葉をかけるべきか悩んでいたら、中西君の方から話しかけられた。

 その表情は……困惑?


 どういうことだ?


 想定外の事が起こったというのか?


「昨日の事なんだが妙な事になってしまって……その相談、いいだろうか?」

「乗りかかった船だ、なんでも聞いてくれ」


 女の子と言うのは不思議な生き物だ。

 そして(したた)かだ。

 もしかしたら、昨日あの後返り討ちにあってしまったのかもしれない。


 俺は気を引き締め直して、中西君に向かい合った。


「きっと、大橋さんは慣れているだろうことなんだろうが、その――」

「何だ?」


「根古川とデートとやらをすることになってしまった……」

「は?」


 どうしてそうなった?!


現実世界【恋愛】ですからね?

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