第89話 そんな貴方だから相談したい
タイトルをちょっと弄ってみました。
仕様が変わって、タイトル表示の文字数的なあれやこれな感じで。
「へぇ、ちょっとは良い目をするようになったじゃない」
「これも小春君、キミのおかげだよ」
「……あはっ」
「……ふふっ」
どこか挑発するように口角を上げる小春に、不適な笑みを返す結季先輩。
2人が醸す空気はまさに不倶戴天の好敵手。
うんうん、その光景だけを見れば美少女2人が微笑み合ってるんだけどね?
でも背筋が寒くなっちゃうのは何故かな?
その間にいる俺は、なんだか場違いな感じがして居たたまれなかった。
ていうか、逃げ出したかった。
「で、何をやってるのかしら?」
「見てわからないかい? 昼食を摂っているんだ、2人で」
「ちょっ、先輩!?」
「んなっ?!」
言うや否や、僅かに空いていた俺との距離を、一気に詰められた。
夏服でむき出しの腕が互いに触れ合う。
少しひんやりとした感触が、どこまでも俺の顔を熱くさせる。
あの、結季先輩?!
「お、お、おぉおぉお兄ちゃん!!」
「小春!」
「むっ!」
それを見て対抗意識を燃やした小春が、結季先輩の反対側に座ってきた。
俺の左腕を取って、強引に腕を組む。
ぐにぐにと形を変える小春の胸が腕に当たり、実妹とはいえ気恥ずかしい。
左に虎、右に龍。
2人とも学内でも有名な美少女だ。
そんな2人が俺を挟んでむぅっと唸りあっている。
羨ましいと思うだろう?
まるで猛獣が餌を取り合ってるかのようなんだぜぇ?
「あ、秋斗君! これ、実は私が作ったんだ!」
「えっ?!」
「んなっ?!」
そういって結季先輩は、お弁当箱のたまご焼きを箸で摘んで差し出してきた。
へ、へぇ。そのお弁当、自作だったんだ。
ふんわりとした彩りも鮮やかな黄色が食欲をそそる。
それだけじゃない、所々に緑も見える。ネギか何かかな? てことは塩味なのだろうか?
俺は部活等で汗をかくことが多いから、甘いものよりもしょっぱいほうが好きだ。
っていうか、お嬢様なのに料理も得意だとか、なにそれズルくない?
「んっ……」
頬を赤らめ顔を逸らしながら、ぐいぐいと卵焼きを近づけてくる。
食べろってことなのかな?
小春への対抗措置とはいえ、随分と大胆だ。
それほど小春に対して思うところがあるのだろうか?
そもそも結季先輩ほどの美少女にこんなことをされて、嬉しく無いハズがない。
だが待ってほしい。
これは完全に『はい、あ~ん』の構図である。
その意味を考えてもみろ。
学内で誰しもが知る美少女でお嬢様の結季先輩が、良くない噂が絶えない俺に、お弁当を恥ずかしそうにして食べさせようとしているのだ。
「まじかよ、アイツ龍元先輩まで……」
「うそやだ! 先輩の趣味ってそうなの?!」
「くぅ、俺もあれほどの美少女に挟まれてぇ!」
「馬鹿野郎! あれほど闘気に挟まれて平然と過ごす――あれは大橋さんの修行だというのがわからないのか?!」
「中西……? 何を言って……?」
ほら、周囲の良くない感情を乗せた視線が突き刺さる。
もし一たびこれを口にすれば、明日以降の我が身を考えると恐ろしくなる。
目の前にある卵焼きが小刻みに震える。
微妙に顔を逸らしている先輩は耳まで真っ赤だ。肩も震えている。
どうやら小春に対抗して勢いでやったはいいけれど、我に返って恥ずかしくなってるのかな?
……
なにこれ可愛い。
今まで外から見ていた感じでは、凛として隙のない完璧なお嬢様というイメージだった。高嶺の花という言葉が良く似合う。住んでいる世界が違う、俺たちとは違う人種だと思っていた。
だが、最近話すようになってからは、そのイメージが覆ってきている。
どこか子供っぽい部分があって、気を抜いたり慌てたりすると、それが出てきてしまうことがある。
先日の病院の屋上でもそうだ。
普段は楚々としたお嬢様だというのに、こんなギャップを見せられてドキドキしない男はいないだろう?
目の前にはそんな結季先輩が、一度口につけたお箸でたまご焼きを差し出してくれているのである。
考えても見て欲しい。
そのお箸が一度結季先輩の口の中に入れられているという事は、唾液が付いていないわけがない。
このたまご焼きを口に入れるという事は、そのお箸も俺の口腔内に侵入するということだ。
つまり結季先輩の一部が俺の口の中で一つになり、そして結季先輩がその箸を使って食事を続ければ、今度は俺の一部が結季先輩の中で交じり合い1つになる。
それは実質Unitedである。Fusionと言ってもいい。結季先輩と混じり合って1つになり、大人の階段を確実に登ってしまう。
だからきっと、このたまご焼きは文字通り――据え膳だった。
……
俺は今、男として試されているのか?
周囲からは相変わらず嫉妬と羨望と怨嗟の眼差しが向けられている。
それらを全て、このたまご焼きと共に飲み込む覚悟はあるのか、と。
ゴクリ、と喉が鳴る。
迷いはある。
だが、こんなチャンスが二度と訪れるだろうか?
そう、男にはやらねばならない時というのがあるのだ……ッ!
「いただきま――」
「あーんっ!」
「「ッ?!」」
意を決して口に運ぼうとした時、小春が横から掻っ攫っていった。
ええっと、小春さん……?
「くぅっ、ふんわりとした卵とネギの相性がいいんですけど?! くやしい! その里芋も気になっちゃう!」
「ふ、ふふん! 美味しいと素直に認められるのはいいことだ、これも結構な自信作なんだぞ!」
「……一緒にかかった鳥そぼろと甘酢あんが絶妙なんだけど! 何よ、料理が上手だからって! 俵おにぎりも一工夫あるんでしょう?!」
「よくわかったな! 梅肉を刻んだものと昆布をあわせた具が入っている……暑い日でも食欲が沸く様にな!」
「きぃ、くやしい! でも美味しい!」
目の前では、何故か小春に食べさせる結季先輩という図。
互いの言葉は荒々しいところもあるが、なんだその、あれだ。喧嘩するほど仲が良いを地で行っている。いつの間に。
俺は完全に蚊帳の外であった。
「その鮭はどうなって――」
「こら、小春」
「ひゃあんっ!」
さすがにメインディッシュにまで手を伸ばそうとしたのを、強引に頭を撫でて止めた。
それはダメだ。節度と言うものがある。
「さすがに食べすぎだ。結季先輩の分が無くなるだろう?」
「やぁん! ひゃぁっ、こ、こ、こんなとこで……ご、ごめんなさいお兄ちゃん……ッ」
「謝るのは俺じゃないだろう?」
「ご、ごめんなひゃい、うぅ……しぇんぱぃ……ひゃうっ!」
「なっなっなっ……!」
わさわさと手を動かすたびにびくんびくんとする小春。
その顔はだらしなく蕩けている。実妹ながら人様にお見せできないような顔だ。
全身の力を抜いて俺にもたれかかってくる。暑いしやめて欲しい。重いし。
あーもう、ほら、小春しっかり! 結季先輩も驚いてるだろう?
「あ、小春お姉様いた!」
「っ?!」
こんな声を掛けづらい状況に、割って入ってくる人物がいた。
ええっと、あの子は確か小春を連れて行った宇佐美さんの後輩だ。
他にも何人か女子生徒がいる。
「お姉様、他にも待っている子が……」
「えぇ、今行くわ」
先ほどまでの姿はどこへやら。
今までのだらしない姿はみせられないとばかりに、キリっと背筋を伸ばして立ち上がり、きゃーきゃー黄色い声を上げる女子の群れを統率する。
その姿はまさにお姉様。
って、小春は一体何をしてるんだ? も、モテモテで羨ましいとか思っていないんだからね!
「それじゃあね、お兄ちゃん、そして先輩?」
「くっ、これで勝ったと……ッ!」
勝ち誇ったかのように去っていく小春に、悔しそうに唇を結ぶ結季先輩。
「くぅ~~っ!!」
やけ食いするかのようにお弁当を掻きこむと、ぱんぱんとスカートを払って立ち上がる。
「秋斗君、これで失礼するよ。負けてばかりはいられないから……ッ」
よくわからないが、何かの勝負だったらしい。
いつの間にか随分小春と仲が良くなったように感じる。
……ああ、そうか。俺が小春の兄だから、結季先輩は話しかけてくるのか?
そうだよな。
じゃないと、話しかけてくる理由が――
「先輩! ここから楽し気な戦いの気を感じたんですけど!」
「夏実ちゃん」
ちょっとネガティブな事を考えていたら、目をキラキラさせた夏実ちゃんが現れた。
拳を構えて臨戦態勢だ。興奮しているのか、ほっぺが紅潮している。
待ちきれないといったその姿は、【待て!】をさせられている犬の様だ。
「そぉいっ!」
「ああっ、フリスビー!」
きっと八つ当たりだったと思う。
常備している夏実ちゃんあしらいグッズを、放り投げる。
高い木の上に引っかかったのはワザとだ。
……ううん、さすがに悪い事したかな?
だけど……うぅん、なんだろうね? 釈然としない。
仕方なしに食べかけのカツサンドをもさもさと頬張る。
……味気ない味がした。
「大橋さん、パネェ……ッ」
そして中西君が羨望の眼差しで見ていた。
なんだよ、もう……
◇ ◇ ◇ ◇
「あきくん! これ見て!」
「美冬」
昼食を食べ終え、教室に戻った俺を出迎えたのは美冬だった。
その手には雑誌。愛読している宍戸ライブウオークだ。それがどうしたというのだろう?
「この子だよ、宍戸千南津の隣の子!」
「これは!」
見せられたページには、さわやかな夏服をきた3人組の女の子。
中央にはご存知地元で人気沸騰中の宍戸千南津。
どんな服を着てもよく似合い、存在感があるモデルさんだ。
だがその隣にいる2人も、系統が違うが負けていない。
右隣の清楚なワンピースの子は、長い黒髪が似合う綺麗なおねーさんって感じだ。
そして左となりの、明るい髪のゆるふわした感じの美少女は――
「右隣の黒髪ロングの子ね、3股がバレて今彼氏がいな――」
「美冬じゃないか!!」
「ふぇっ?!」
そう、そこに写っていたのは美冬だったのだ。
数か月前までもっさりしていた幼馴染の女の子は、目の前の雑誌で弾けんばかりの魅力を振りまいている。
なんだこれ? 美冬ってこんな可愛いかったのか?!
くぅ、なんていって良いかよくわからん! だけど!
「すごいぞ、美冬! やったな!!」
「え? え? あきくん??」
「これ、今月号なのか? 俺も買うよ!」
「あの、それ、来月号の見本で……」
「そうなのか?! 発売は……来週か! 絶対買うよ!」
「あ、あきくん、その、手が……」
「ん?」
いつの間にか、両手で美冬の手を取っていた。
幼馴染の雑誌モデルデビューという事実に興奮して、思わず取ってしまったらしい。
手が……とはどういう意味だろう?
俺は女の子の心の機微に疎い。
何か、この心の共感を表現するのに足りない事があるのだろうか?
ううむ、若干そのあたりは目を瞑ってくれると嬉しいのだが……こうか?
とにかく、今まで地味でモサ(※今は猛者かもしれません)かった幼馴染の門出を祝うかのように大きく手を上下させた。
「おめでとう、美冬! これからもがんばれよ!!」
「はわ、はわわ……! あきくんのごつごつした手があたしを激しく振り回して……あわわ……そんな、あきくんはまだ童貞だから喜んじゃだめなのに……きゅうぅぅぅ」
「美冬?」
どうした事か、美冬は目を回して倒れてしまった。
咄嗟に身を抱えるも……女の子とはいえ腕に来る。
俺はひ弱だからな。
「誰か……」
クラスの誰かに手を貸してもらおうと見渡すも、先ほどの会話で沸き立っていた。
「うそ、押熊さんがモデルデビュー?!」
「確かに、ここのところ美冬さんって可愛くなってたけど……」
「あの宍戸千南津と一緒に写ってるって?! うそ、宍ラブのtwitterの来月号の告知で、美冬ちゃんと千南津ちゃんのショットあるよ?!」
「きゃー! かわいー! 普段ちょっと怖いとこあるけどかわいー! これどこのブランド? スカート欲しいんだけど!」
……
とてもじゃないけど、どうこう言える空気じゃなかった。
さすがに幼馴染を床に置くには気が引けるので、俺の席へと座らせる。
重いとは言わないけれど、力が抜けた人間を運ぶのには苦労する。やれやれだ。
「大橋さん、やはり大橋さんしかいないと確信しました」
「ん?」
一仕事終えて一息ついた俺に話しかけてきたのは中西君だ。
どこか緊張したような面持ちで、この流れから何を言おうとしているのか、全く予想が付かない。
「女子の扱いに長けた大橋さんに、是非とも相談したいことがあるんです」
「へ?」
女子?
猛獣の扱いの勘違いじゃないかな?
4章の最初にここまで持って来たかったのですが……書きたいネタを詰め込んだらこの文字数に。
うぅ、書くって難しいですね。











