第86話 6.17騒動⑨~追いかける背中~後編 ☆中西君視点
前回に引き続き中西君視点です。
「なっ?!」
「お兄ちゃん!」
「秋斗君!」
「大橋さん?!」
威風堂々。
その一撃は流れを、この場の空気を変えた。
まさにこの場を支配する王者の風格だった。
皆の顔にも安堵の表情がうかがえる。
予想外だったのだろう、嵯峨の顔には驚愕の表情だ。
大橋さんが来たら、これでもう――
……
これでもう、何なんだ?
安心したのか?
後は任せようと思ったのか?
いいのか、それで?
ぴちぴちの体操着がオレの胸を締めつける。
「待ってくれ、大橋さん」
「中西?!」
「危ないぞ、中西さん!」
「そうよ、下がったほうが!」
気付けば、オレは飛び出していた。
危ないのは百も承知だ。
むしろ真打の邪魔をしている自覚さえある。
だが、どうしてもオレは飛び出さずにはいられなかった。
「まずはオレに行かせてくれ。大橋さんにばかり尻拭いをさせられない」
「ッ?!」
「な、中西……」
「無茶だ!」
驚く声を背景に、俺は構えを取る。
ああ、そうだ。
これはとても個人的な事だ。
我儘と言ってもいい。
大橋さんは義侠心ともいえる気持ちから戦っているのかもしれない。
だが、オレにとっては違う。
成績不振から嵯峨につけ込まれ、巻き込まれた事件だ。
身に着けたブルマーもそうじゃないだろう? と熱く訴える。
そうだ――ここで何もせず大橋さんに全てを任せてしまったら、オレはオレを許せなくなる……ッ!
「ぜぁああぁぁあぁあぁっ!」
作戦も何もあったもんじゃない。
きっと、小春様と龍元のお嬢にあてられたのかもしれない。
ただ、自分の想いを乗せて吶喊した。
腰を深く落とし、大地を勢いよく蹴る。
加速された勢いは初速にして既に最速までギアが引き上げられ、まるでロケットの発射だ。
今までの訓練の成果だ――確かな手ごたえと共に腕を伸ばす。
しかし――
「ほぅ?」
「くっ、まだだ!」
当てる、ではなく掴もうと拳を振るうが、その全てが空振る。
躍起になって手数を増やすが……くっ、だめだ! 見切られている!
「高等部2年の中西か……想定以上に速い。いい実験素体になれただろう――が、キミじゃ役不足だ」
「なっ?!」
パァン! と破裂音のようなものと共に衝撃を受けた。
とっさに腕を交差させ、顔を守って後ろに飛ぶ。
「中西?!」
「中西さんっ?!」
「一体何が?!」
「大丈夫か?!」
顔を守った腕が燃えるように熱い。
一体何が……これは――火薬の匂い?!
「ほぅ、これで決まったと思ったのだが……反応速度は以前より格段に上がっている。青銅より上方修正してもいいな」
そう言う嵯峨の目は、オレを実験動物を観察するかのよう。
事実、嵯峨にとってそういう対象だったのだろう。
くそっ!
「ぜぁああぁぁあぁあぁっ!」
「ははっ、活きが良いのはいいぞ! だがな!」
今度は近づく前に何かを投げつけられた。
まずいっ――
パァン! と再び乾いた音と共に腕に衝撃が走る。
くっ、破裂玉かなにかか――
「ほら、これで終わりだ」
「――ッ?!」
いつの間にか嵯峨の接近を許していた。
早い……ッ!
大きく振り上げられた手は、確実に俺の頭を捉えている。
とてもじゃないが防御が間に合わ――
――パシィッ!
「何?!」
「大丈夫か、中西!」
「――え?!」
目の前には嵯峨の腕を受け止めた柔道部員がいた。
彼一人ではない、他にも嵯峨を囲むように数人こちらに来ている。
一体何故……?
「嵯峨先生には借りがあってな」
「オレも大会のレギュラーの席を脅された」
「俺は内申点だ」
「なにより、お前一人に良い恰好をさせられねぇ……ッ!」
「お、お前たち……ッ!」
「「「「うぉおおぉおぉおおぉっ!!!」」」」
言うや否や、皆は一斉に嵯峨へと立ち向かう。
拳打、蹴り、手刀、周囲を弧を描くように動きながら様々な攻撃が繰り出される。
その様子はまるで一つの大きな生物だ。
あご、みぞおち、すね、的確に急所を狙われ嵯峨はそれらを防ぐのに精一杯に見える。
呼吸もピッタリ、普段の訓練の賜物か。
しかし――
「なるほど、想定より反応がいい……だが所詮この程度か」
「あぶなっ――」
ドォオォオオォンッ!!
「ぐあっ!」
「うぅっ!」
「がはっ!」
「お前たち!」
だが突如、爆発が彼らを吹き飛ばす。
予兆も無く巻き起こされたそれは、超新星の爆発の様な思いもよらない衝撃だった。
違った。
嵯峨は彼らを弄び、観察していただけだった。
例え獣兵団の10倍差の人数であっても引けをとらない彼らは、全くもって勝負になっていなかった。
強い……ッ!
先程の爆発がよほどの威力だったのか、彼らは呻き伏せったままだ。
このままじゃ――ッ?!
「青銅に満たない生ン徒は実験動物以下の価値だ」
そんな捨て台詞と共に、嵯峨は何かを放り投げる。
あのパイナップルにも似た形のモノは……ッ!
こんなとき夏実様や大橋さんがどうするか――想像するまでもない!
「間に合えっ!」
「ッ!?」
放り投げられたものを抱え込み、亀の様に地面に伏せる。
と同時に、腕の中で熱と衝撃が暴れ、胸を焦がす。
「ぐっ、あぁあぁあああぁぁああっ!!」
主に感じるのは炎の熱。おそらく焼夷弾か何かだったのだろう。
こんなものが、無力化された彼らに投げつけられたら……幸いにして耐えられないほどではなかった。
体操着の内側に、余ったブルマを複数入れていたのが功を制したといえる。
もっとも焼け焦げ、使い物にならなくなってしまったが。
「随分と仲間想いなんだな」
そしてオレ自身も使い物にならなくなってしまった。
力なく顔を上げれば目の前に嵯峨の足。
これからどうされるかなんて、考えるまでもない。
気障ったらしく髪をかきあげる嵯峨を見上げる。
その瞳はどこまで暗く、その奥底にあるものが何かわからない。
「どうして……どうしてこんなことをする? これほどの力、組織力……真っ当な事につかえば何でも――」
「……君たちには絶対わかりはしない」
「――え?」
「君たちには持たざる者の気持ちなど、決して分かりはしない……ッ!!」
ふとした疑問だった。
それのどこが嵯峨の逆鱗に触れたかわからない。
だが、どこまでも絶望にも似た黒い感情がその瞳から読み取れた。
激高した彼は、大きく足をあげる。
くっ、ここまでか……ッ!
「――歪みだ」
「ぬぅっ?!」
間一髪、攻撃を受け止めてくれたのは大橋さんだった。
その目はどこまでも嵯峨を捉えている。
「2年の大橋秋斗か……思えば、貴様に関わってからロクな事が無い」
嵯峨が大橋さんを見る目は、オレ達とハッキリ違っていた。
何処までも憎悪にまみれた瞳。
計画とやらが潰されたのが、よほど癇に障ったのだろう。
ゆらりと腕を上げたと思えば――これは火薬の匂い?! あぶないっ!!
「貴様だけは許さん!!」
「大橋さん!!?」
「お兄ちゃん!」
「秋斗君?!」
ドォオオオォオォオンッ!!
振り上げられた腕の先から爆発が起こった。
大橋さんを爆風を包み込む。
まるで魔法だ。
「まだまだ!」
「なっ?!」
スパパパパパァンッ!!
嵯峨が腕を振り下ろす度に、乾いた音が連続して鳴り響く。
その衝撃の余波からか、俺の髪やわずかに残った柔道着を揺らす。
あれは、俺も投げつけられた破裂玉か!
音の出所は未だ爆煙に包まれている大橋さんだ。
あれほどの数を連続で……ッ!
如何に大橋さんと言えどこれは――え?
「やはり歪んでいるな」
「なっ?!」
大橋さんは煙を押し退け、風の如く嵯峨に取りついた。
逃さぬとばかりに、手を伸ばす。
「このっ、舐めるなっ!!」
嵯峨はそれは許さぬとばかりに手を跳ね除ける。
大橋さんが手を伸ばす。嵯峨が払いのける。
手を伸ばす。払いのける。
奇しくも先ほどオレと嵯峨が繰り広げた攻防と同じ図だ。
だがそれは、攻防と言うにはあまりに一方的だった。
嵯峨の顔には、次第に焦りが生まれていく。
「この、調子にのりやがって……っ!」
仄かに漂う火薬の匂い。
あれは皆を吹き飛ばした爆発の……ッ!?
「吹き飛べッ!」
ドドドドォオォオオォォンッ!!
距離を取った嵯峨の手が振り下ろされるとともに爆発は生まれていく。
周囲に撒き散らした火薬の指向性を自由自在に操る嵯峨の技だ。
業を煮やしたのか、先ほどまでとは比べ物にならないほどの威力だ。
一体どうやってあんな芸当を――それより大橋さんは大丈……夫?!
「「「「なっ?!」」」」
思わず、嵯峨や皆と声が重なってしまった。
煙の中から現れたのは、またもや涼し気な表情の大橋さん。
振り上げられた手が、何とも無いと語っているかのよう。
まさか、腕の一振りで爆風を……?!
「生ン徒に同じ技は効かない。もはやこれは常識」
先ほどの一撃で、もはや見切ったというのか?!
「馬鹿な……ッ、ならばもう一度――」
「次は無い――俺は9月生まれだが、心は山羊座だ」
嵯峨が言い終わる間もなく、まるでシュラの如く上げられていた腕が振り下ろされた。
え?
どういうことだ……光が集まって――あの光は!
「あ、あれは!!」
「知っているのか、来出さん!」
来出さんは柔道部によく出入りしている剣道部員で、一つ上の先輩だ。
「輝けるかの拳こそは、早出・定時・残業を通じ、仕事に散っていく全ての社畜の紳士淑女たちが、帰宅の際に抱く哀しくも尊き夢、休日と言う名の儚い光」
「来出さん? 何を言って?」
「休めない事を誇りと諦め、祝日だろうと行かねばと律し、悲鳴をあげる心のストレスを虚無へと導く力強い一撃。そう、かのモノの名は――」
「約束された福祉の拳!!!!」
「なぁっ、あっ……あぁあああぁぁああぁあぁあぁっ??!!」
それは光の洪水だった。
振り下ろされた手刀が光と風を運び、嵯峨を飲み込んでいく。
歪みを正す破邪の光だ。
その光を浴びた偽りの毛髪が1本、また1本と吹き飛ばされ風に消えていく。まるで熱湯をかけられた氷が溶けていくかのように、偽りの姿が暴かれていく。
えっ?! ちょっと待て?!
嵯峨ってカツラ……いや、植毛だったのか?!
後に残されたのは見るも無残な禿げ散らかした頭皮だけだった。
そして大橋さんは容赦が無かった。
「まだ歪んでいる」
「へっ?!」
それは綺麗な小外刈だった。
スパン! と軽快な音を立てこけた嵯峨の上に馬乗りになる。
「ま、まさか……や、やめろぉおおおぉおぉっ!!!」
「その頭髪、左右非対称ですっきりしない」
「オレはぁっ! 獣の如きふさふさの育毛剤をっ! 毛根が死滅すればそれもッ……あぁああぁぁああっぁあぁあぁぁっ!!!!」
言うなれば、それはただの草むしりだった。
わずかに残った荒野の緑を、不毛に均す作業だった。
その輝ける拳が振るわれるたび、嵯峨の頭部も輝いていく。
後に残ったのは左右対称な綺麗な形をした頭だった。
大橋さんは、長年のつっかえが取れたかのように、気持ちのいい笑顔でそれを眺める。
そして高らかに勝利を宣言した。
「福祉執行」
「「「「うぉおおおぉおおぉおぉんっ!!!」」」」
オレ達は沸いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「おい、大丈夫だったか?!」
「凄い音と、光が見えたぞ!」
「今から追加で人を送ろうとしていたところだったんだ」
「あぁ、こちらは問題ない」
「大橋さんが来てくれたからな」
「何だって?!」
「やっぱり、ここ一番という時に現れてくれたのか!」
その後、オレ達は速やかに地上に戻ってきた。
地下シェルターの隠された入り口がある駅前広場は、いつの間にか部員達や御庭番衆の人々で埋め尽くされていた。
どうやらオレ達を心配し、追加の部隊を送ろうとしていたらしい。
今回の立役者である大橋さんは、小春様と龍元のお嬢に肩を担がれ移動中だ。
よほど無理を押してきたのか、あの後大橋さんは大の字で地面に倒れた。
2人に肩を担がれた大橋さんの姿が見えると、それだけで全てを悟ったのか、一斉に歓声があがる。
……凄いな、大橋さんは。
誰一人その敗北を疑っていない。
だから歓声があがっている。
あれ?
龍元のお嬢だけが、どこか陰鬱な表情をしているのが見えた。
周りの喝采と比べると良く目立つが、皆は浮かれていて気付いていない。
でもきっと、大橋さんなら何とかするに違いない。
真に強い男っていうのはそういうもんだ。
そんな確信めいた思いがある。
オレもいつか――
「わたしが走って、皆に連絡付けたんですからね!」
「え?」
宇佐美の後輩だった。
顔を真っ赤にして、どこか呼吸が荒い。
「だから! 電波が繋がらないようなところで作戦をしていた人たちには、わたしが走って知らせたんですからね!」
「そ、そうか」
たしかに旧地下鉄線路や地下シェルターのある場所だと電波が入らないだろう。
彼女はそんな伝令部隊を買って出たのか。
しかし――
「危なくないか?」
「はぁ?! 足には自信があるし! 襲われても逃げればいいし!」
「そ、そうか。よく頑張っ――」
どこかぷりぷりし出した彼女を、諌めたり労おうとして頭に手を伸ばしかけ……引っ込めた。
危ない。
大橋さんの真似とはいえ、先ほど彼女に怒られたばかりだった。
それに今の俺の手は煤で汚れている。
女の子の髪を汚したらいけないしな。
「~~~~バカッ!!」
「てっ!」
手を引っ込めたというのに、彼女に足を蹴られた。
さっきより顔を真っ赤にして下から上目遣いで睨まれる。
むぅ、撫でなくても怒られるのか。
大橋さんの背中は遠いな……
ストロングカリバーとどっちにするか迷って更新おくれました、すいません。
もうちょっとだけ3章続くんじゃよ











