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第85話 6.17騒動⑧~追いかける背中~前編 ☆中西君視点

今回は柔道部員の中西君視点になります。


 オレは中西。


 ああ、ただの中西だ。

 下の名前を名乗る程の者でもない。


 だが最近所属している柔道部が肥大化し、拳姫四天王という分不相応な肩書きを名乗らせていただいている。


 本当、分不相応だ。


 オレが柔道を始めたのは小学生の頃だった。

 当時やっていた格闘技の漫画やテレビの影響で強い男に憧れた……そんなつまらない理由だ。


 今でもそういった番組は好きだ。

 有料チャンネルでも視聴している。


 いつかは彼らの様に陽の当たる舞台で……なんて、ははっ! それくらいの妄想は良いだろう?


 実際、それなりに腕に覚えがあった。

 公式戦でもそこそこ戦えたし、喧嘩も負け知らずだった。

 自分は強いと過信していたと言っていい。

 例え試合で負けても、何でもありの喧嘩なら負けはしねぇ……そんな驕りもあった。


 そんなオレの鼻っ柱を折ったのが――夏実様と大橋さんだ。


 本当の強者というのを初めて目の当たりにした。

 生物としての格の違いを感じたとも言える。


 見た目は小学生みたいな可愛らしい女子だというのに……


 本能に訴える恐怖というのは、ああいうのを言うのだろう。

 圧倒的な気迫に飲み込まれ、膝は震え涙を流した。

 その時、確かに心が一度は折れてしまった。


 だけど今は……


 ふっ。


 その尊さに感化され、身体は感動で打ち震え頭を垂れるようになった。

 日に三度の学生寮への礼拝は欠かせない。


 目標が出来た。

 憧れと言ってもいい。

 目指すものがはっきりすると、練習にも身が入るというもの。


 そう、本当の強さというのは――


「おい、5分経ったぞ。今度は俺と替わってくれ」

「っと、すまない」

「……それにしてもほぼ無呼吸状態で5分間連続ラッシュとはな」

「ああ、この3倍の時間は出来るようにならないとな」

「あ、あぁ……そ、そうだな」

「よし、準備できたぞ。来い」


 今スパーリング相手をしているのは、新入りの剛心空手会の若だ。

 剛心空手会の若と言えば、格闘技ファンでは有名な無冠の帝王。公式戦に出ることはほとんどないが、素手で複数の猛獣を相手取ったり、なんでもありのルールなら最強の一角に名が挙がる人物だ。オレも密かにファンだったりする。


 他にも同じ拳姫四天王であり、これまた格闘技のファンでもある狂犬、いや凶拳の星加流もいる。

 星加流といえば同世代最強の男だ。直近の試合全てをKO勝ちだなんてたまらない。


 他にも猛者がたくさんいる。


 それら全て夏実様と大橋さんを慕ってのこと。

 本当の強者というのは人を惹き付けてしまうのだ。


 だから本当に、拳姫四天王なんて分不相応だと思う。


「おい、見ろよ中西さんのスパーリング」

「いくらフェイント混ぜても次打とうとしていた所にミットが……」

「完全に見切られてるってことだよな」

「余程腕に自信がないと心が折れるぞ、あれ」

「若が半泣きになってるぞ、誰か止めてやれよ」

「じゃあ代わりに誰か中西さんの相手するか? オレは嫌だぞ」

「これが拳姫四天王……」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 その日は創立記念日で休みの日だった。


 ……


 え?! 嘘だろう?! 大橋さんが?!


「な、中西君……小春ちゃん……どうしよう、大橋(お父)さんが……っ」


 地に伏す大橋さんに、縋りつく宇佐美。そして、立ち上がろうとする3人の屈強な男達。

 目の前で起きている光景が、にわかに信じられなかった。


 驚いているのは俺だけじゃない。


 一緒に居る他の部員や御庭番衆の方も驚いている。

 それは小春様も同じだ。


「私が、私が悪いんです……ッ、小春お姉さまに褒めて欲しくて……!」


 宇佐美の後輩だけが、取り乱し泣き叫んでいた。



 大橋さんが負けた?


 馬鹿な!





「原因は極度の寝不足と疲労です」



 医師はその原因をスッパリと否定してくれた。

 それと同時にオレは羞恥に身を焦がしていた。



 寝不足で倒れるまで頑張っていただなんて……ッ!



 大橋さんは、普段の訓練(部活)の時間にも必要最低限の時間しか顔を出さない。

 組織(部活)の運営に何か意見を言った事がない。

 そして俺たち(部員達)に何かを強制した事もない。


 ――君臨すれど統治せず。


 それが大橋さんのスタンスだ。

 傍目には飄々と自由気ままにしているようにも見える。

 一部の新参者の中には、それに対して良い感情を持っていない奴がいるのも事実だ。


 事実誰よりも強いのだから、わざわざオレ達に混じって訓練する必要が無い――そう思っていた。


 それは違った。

 まだまだオレは浅慮だった。




 "獣"の件を誰よりも心を痛めていたからこそ、倒れるまでの無茶をした。




 くそっ!

 オレは自分が恥ずかしい……ッ!


 宇佐美や宇佐美の後輩についての事は知っている。

 オレだってそうだった。

 他にも嵯峨のやつから理不尽な理由で退学や留年、奨学金をチラつかされていた人たちが居た。


 大橋さんは、そんなオレ達を救ってくれた。


 ああ、そうだ!

 未だ困っている人たちを救おうとして大橋さんは……ッ!


 くっ……!


 昨夜オレは何をしていた?!


 交代の時間になったからと、さっさと家に帰っていた!

 暢気にも有料チャンネルの格闘技番組を見ては楽しんでいた!

 夜も更ければクーラーを付けっぱなしで寝ていた!


 その間に大橋さんは……くそぅっ!


 皆も同じ思いなのだろう。

 胸に熱いものを滾らせ、1人、また1人と部屋を出て行く。


 大橋さんのあんな姿を見せられたら、何かをせずにいられない。


 常にオレ達の一歩前を往く、その背中を追いかけたくなる。


 まさにそれは真の強者――王の姿だった。



「私が……私が変な欲を出さなければ……」



 皆が動き出す中で、1人だけ自分を責め続ける娘がいた。

 宇佐美の後輩だ。

 "獣"の調査中、何度か顔を見たことがある。


 自分を責めたくなる気持ちはわかる。


 オレも同じだ。

 だが、それだけでは前に進めない。

 彼女にも何か出来ることがあるはずだ。

 それを彼女に伝えたい。


 だけど、どうやって?


 こんな時、確か大橋さんなら――


「泣くな、笑って前を向いたほうがいい」

「ふぇっ?!」


 いつも大橋さんが夏実様にやっているのと同じように頭を撫でた。

 男の自分とは違って、サラサラの髪が指の間をくすぐっていく。


 それが妙に心地良いと感じ――ああ、もう!

 女の子の頭を撫でるなんて恥ずかしいな!

 それに、上手く言いたいことを伝えられたかどうか……


 チラリと宇佐美の後輩をみると、顔を真っ赤にしてプルプルと――あれ?


「き、きききき気安く女の子の髪に触らないでよね!」

「それは済まない」


 慌てて頭から手をどかそうとすると、「あ……」と妙な声を出された。

 彼女にとっても予想外の台詞だったのか、慌てて立ち上がり去って行く。


 ううむ、女子の扱い方はわからん。


 だけど涙は引っ込んだようだ。

 これで彼女は大丈夫だろう。



 あとはオレだ。



 今一度自分を見つめなおす良い機会かもしれない。

 そして今の自分の殻を破らなければならない。

 真に強いものに、オレはなりたい。


 取り出したのはいつぞやのブルマー。


 夏実様の地元まで片道自転車5時間かけて購入した本物だ。


 オレはトイレに駆け込みそっと下着を脱ぎ、ブルマーを穿いた。

 そして一緒に購入した女児用体操着に袖を通す。

 小さいサイズのそれは鼠径部をギュッと締め付け、ぴちぴちの上着は裾が短すぎてヘソが見える。


 その締め付けはまるで気持ちが引き締まり、気合が入っていく。

 同時に、あまりにも変態然とした自分の格好に羞恥心が沸いてくる。


 そしてそれを覆い隠すかのように柔道着を着込む。


 これは覚悟だ。覚悟の証だ。


 もし少しでも不覚を取り無様を晒せば、すぐさまこの姿を見られてしまう。

 世間一般に見ても変態のそしりは免れないだろう。


 それだけじゃない。

 体操着の名前を書くところには『乾夏実』と書いている。

 もし部員達に見られたら『様』が抜けていることによって物議を醸す。



 だからオレは――絶対に負けない……ッ!




  ◇  ◇  ◇  ◇




 気合も新たに戦場に向かった。


 そう、戦場だ。

 宍戸の地下深くにあるそこは、正しく戦場だった。

 こんな場所が街の地下にあったなんて。


 暗闇の中から絶え間なく襲ってくる獣兵団。

 一歩間違えば命を落としかねないトラップ。

 敵の全てが薬物で理性を吹っ飛ばした化け物(ひとでなし)だ。

 今まで相手してきた獣兵団よりも戦闘力も吹っ飛んでいる。



「ぐっ!」

「がはっ!」

「こ、こいつ!」


 だがオレは最前列でその全てを必要最低限の動きで制圧していく。

 イメージすべきものは今まで散々見てきている。


 今無様を見せるとオレの痴態が暴かれてしまう――その緊張感が神経を極限まで高めてくれていた。

 たとえ相手が誰であろうと負けられない、負けは許されない!


 俺は己の殻を破った――そんな実感すらあった。

 確かな手ごたえを感じていた。



「今日の中西さん凄いな、気合が違うというか……」

「やはり大橋さんの事を聞いたからじゃ」

「皆の平穏のために不眠不休で駆けずり回っていたという」

「ああ、俺たちも負けてられねぇ!」


 ここはかつて東西冷戦時代、秘密裏に立てられた大規模シェルターであり、そして現在は"獣"の生産拠点にされているという。

 複雑なセキュリティがあったが、美冬様と夏実様の部隊がそれを解除した。

 夏実様の部隊には、あの星加流や若もいる。

 俺も負けてはいられない。


 龍元のお嬢と共に足を進め、ついにその場所を突き止めた。


 だが……



 あれは何だ?!


 どうしてこうなっている?!



 まず目の前で巻き起こったのはつむじ風だった。


 そして入れ代わり立ち代わり目まぐるしく動く小春様と龍元のお嬢。

 目にも留まらぬ拳戟の応酬、そして想いを乗せた2人の滾る熱。

 そのエネルギーを与えられたつむじ風は更なる突風を巻き起こし、竜巻にまで成長させる。


 それは人智を超えた戦いだった。

 己の矮小さがこれでもかというほど思い知らされる。

 ここが核シェルターじゃなければ、とっくに崩壊していたかもしれない。


 無人の野を行くが如く龍元のお嬢に排除された連中は、哀れ竜巻に巻き込まれ身体を壁や機械に打ち付けられる。



 くっ!

 しっかり構えないとオレ達も……ッ!


 一体何故、小春様と龍元のお嬢が?!



 だけど、どうしても惹きつけられる戦いだった。


 オレの胸はどうしようもなく熱くなっていた。 

 どうしようもない思いが全身を駆け抜け、ピチピチの上着ごと胸を締め付る。こっそりと穿いているブルマーも熱くなる。



「――しての覚悟がない」

「――え」



 聞こえた言葉は断片的で、しかし決着は一瞬だった。

 より覚悟の、想いの強いほうが勝った――ただそれだけの決着だ。


 オレは生まれて初めて、絆が生まれる瞬間を見てしまった。


 ああ、わかる。わかるとも!

 本気でぶつかり合った者同士でしか芽生えない絆だ!


 なんて……なんて美しいんだ……

 オレも――










 ドォオオオオオォォオォンッ!!!








 もっとこの戦いの余韻に浸っていたい――その願いは突如響き渡った爆発音でぶち壊された。


 くっ、爆発だって?!


 元からここを破棄するつもりだったから、遠慮は無しか!

 それに火の回りが想定以上に早い。

 入り口も完全に火の海で、強引に出るのも難しそうだ。


 オレだけじゃなく、他の部員や御庭番衆の顔にも緊張が走る。



「最悪だ。10年かけた施設がこうまで破壊されるとは」



 そんな中、悠然と現れたのは今回の黒幕、嵯峨だ。

 こんなに火を放って、あいつ自身も――な?!




 ゴォオォオオオォオォォッ!!!




 妙な薬を大量に摂取したかと思えば、まるで銀河を爆発するかのような気を解き放った。


 こ、これは――もしかしたらさっきの小春様や龍元のお嬢以上の……ッ!?


 だが2人でかかれば――いや、そもそも2人共先ほどの戦いで……



 窮地だった。

 周囲は炎に囲まれ、徐々に感じる熱が高くなっている。

 逃げるにしても、嵯峨がそれを許してくれそうにない。


 くっ!


 考えろ、考えるんだ。

 どうすればこの状況を打破できる?


 オレの憧れたあの人ならこんな時どうする?


 きっと大橋さんならなんとかしてしまうだろう。

 だけど、どうしても具体的に打破する光景を思い描けない。


 その道筋が見えれば、オレにだって出来ることが……ッ!


「これはやばいか……?」

「火の粉がこっちまで!」

「ど、どどどどどうしよう?!」


 周囲の皆も苦悶の表情だ。

 中にはちょっとしたパニック状態になっている奴もいる。


 くそっ!


 何も思いつかない!

 これが……これがオレの限界だというのか?!

 殻を破ったと思ったが、思い上がりだったのか?!



 さしもの小春様や龍元のお嬢も――え?!


 笑ってる?


 その瞳にあるのは、信頼と確信だ。


 一体何に対して――







「嵯峨、お前は歪んでる――」







 ゴォッ!!



 直後、光と風が駆け抜けた。


「えっ?!」

「な!」

「嘘だろ?!」

「馬鹿な!」


 その突風は炎を追い払い、あるいは瓦礫を巻き上げ炎に被せ沈静化させていく。


 何事かと入り口を振り返れば、拳を振りぬいた大橋さんがそこにいた。


 え?! どうしてここに?!


 その姿は頼もしくもあり、威風堂々、王者の風格があった。


 オレの穿いてるブルマーを通じて皆の想いが伝わってくる。



 ――窮地にいる皆を見捨てられない……それが、大橋さんだろう?


長くなったので次に続きます……



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