第84話 6.17騒動⑦ 黄金の夢
気が付けば、一面黄金の海だった。
「なんだだ、ここ? これは稲……いや、麦か?」
そこはどこまで見渡しても、黄金色の穂をつけた麦畑だった。
ASAHIの日差しを受け煌めいているかのよう。
あれ、俺はどうしてこんな所に?
確か小春と一緒にパフェを食べたあと宇佐美さんを追いかけて……
ザザァ――
その時、風が吹いて麦の波をさざめかせた。
まるで豊かに実った自分達を、誇らしげに頭を揺らしている。
それは初めて見る光景だというのに、どこか郷愁めいたものを感じてしまった。
こういうの、ゲームの農村部エリアとかで見たことあるな。
ていうか、ぶっ倒れるまでやってたゲームの新エリアとかこんな感じだったような?
それに変な動物が……
……
なんだあれ?
鹿に似ているけど顔は龍みたいで、牛の尻尾に馬の蹄……それに鱗?!
あれもゲームで見たな……麒麟っていう霊獣だっけ。
機嫌が良いのか目を細めてエビス顔になっている。
あんな生き物が現実にいるわけがない。
だから、これは夢なんだとすぐにわかった。
夢だと自覚して見る夢、明晰夢という奴だ。
うわ、夢にまでゲームの事って。
我ながら自分に呆れてしまう。
ゲームだとこの辺でレアアイテムの黄金麦の採取クエストをしながら、レアモブの畑荒らしを狩るのが効率良いんだっけ。
そうそう、確かこのあたりに……
「はぁい♪」
「……」
レアモブがポップする場所には正三角形状にくっつく様に建てられた鳥居――三鳥居が立てられていた。
その中には洋風の白いガーデンテーブルが置かれており、一人の女性が手を振っている。
って、誰?!
「ちょっとぉ、無視しないでよ~」
「いやいやいや、誰だよあんた!」
「きゃははっ♪」
周囲の小麦に似た黄金色の長い髪。
晴天の空の様な澄んだ青い瞳。
透き通るような白い肌。
そして彼女は白を基調とした、浮世離れしたドレスの様な衣装を身にまとっている。
日本人とは思えない容姿の女性はしかし、この風景にとても似合う容姿をしていた。
まるでこの麦畑を支配しているかのような――
「で、あんたは誰だ?」
「わたし?」
返事の代わりと言わんばかりにガーデンテーブルの上にあった琥珀色の液体を飲み干し、ぷはぁと一息をつく。
こころなしか顔も赤い。
その仕草はまるでおっさんだ。
見た目はハリウッド女優みたいな美人なのに……なんて残念な人なんだ。
「んん~、それより君、凄く悩みとか持ってる顔をしてるね? そんなタマしてる」
「どんなタマだよ」
ぐいっと顔を近づけてそんな事を言ってくる。
悲しいかな顔に当たる吐息は福祉臭く、美人だというのに全然嬉しくない。
それに思春期の男子高校生となれば、悩みの一つや二つはあるもんだろう?
「まぁまぁこっちおいでよ。そしてお姉さんに悩みを話してごらん?」
「え、ちょっ、俺は――」
「ほらほらほら色々あるでしょ、少年♪」
「――ったく」
そう言って、女性は強引に俺を席に就ける。
イラって来るようなドヤ顔で俺を見つめ、ニッカと笑う。
「私はリタ、福祉の女神よ」
「は?」
なんだよ、福祉の女神って。
……俺、大丈夫か?
◇ ◇ ◇ ◇
「だからね、俺は全然身に覚えがないんすよ! だというのに妹が急に甘えてくるわ、幼馴染の行動が予測不能になるわ、後輩は変な集団を組織するようになるわ!」
「うんうん、わかるわかる。きゃはは♪」
「わかってくれますか、女神様!」
「そういう時はどんどん飲んじゃいなよ~」
「だから飲まないって! 飲むと記憶が吹っ飛ぶから困ってるわけで!」
「ん~、かたい、かたいよ少年~、硬いだけのタマはだめだよ~」
目の前のテーブルの上にはグラス注がれた福祉オンザロック。氷は見事な真ん丸だ。それとおつまみにチョコレート。
夢とはいえ、今まで飲んだらロクな事になっていないので、手を付けていない。
だけど俺は、女神様の空気に飲まれてすっかり出来上がっていた。
明晰夢だと自覚があったのもある。
どうせ夢だからと、鬱屈していた想いを吐き出していた。
思えば、この2か月で周囲の状況が物凄く変化した。
それらの事で今まで溜め込んでいたものを、バーのマスターに愚痴るような感覚だ。
なるほど、だから世の中にはそういったお店があるのだろう。
もしかしたらこれは、女神様の為せる業なのかもしれない。
「それでさぁ、一体誰が本命なわけ?」
「は?」
「だって、どの子も可愛い子なんでしょ?」
「いや、それは……」
予想外の質問に口ごもってしまう。
どうやら俺の愚痴をそういう方面に解釈されたようだ。
まぁ傍から見ればそう受け取られても仕方がないという自覚はある。
だが小春は実妹だし、美冬は長く一緒に居過ぎて家族に近いし、夏実ちゃんは見た目が幼過ぎて親戚の子みたいな感じだ。
だから本命がどうこう言われても、彼女達とそういう事を想像しづらい。
そんな俺の怪訝な表情を読み取ったのか、女神様は質問を変える。
「じゃあ、先輩はどうなのさ?」
「龍元先輩?」
龍元結季先輩。
かつてはこの地を治めたお殿様の家系という、本物のお嬢様。
最近ちょっと話すことがあったけれど、高嶺の花過ぎて想像も付かない。
だけど最近話したやり取りに、どこか既視感というか懐かしい感じが……
「うんうん、少年の春はまだまだ遠そうだ。優柔不断なのがタマに傷だねぇ」
「……随分お節介な女神様だ」
「そりゃあ、恋と福祉は付き物だからね~♪」
そう言って女神様は、俺が手を付けていない福祉を手に取りぐびりとを煽る。氷がカラりと音を立てる。
女神と言うより完全におっさんである。
そして聞きたいことは聞けた、そんな顔をしていた。
「ん~少年とのお話も楽しいけど、時間切れかな?」
「時間切れ?」
「これは少年の夢だよ。それにキミを呼ぶ声が聞こえない?」
ああ、そういえば道端で倒れて寝ちゃったんだっけ。
耳を澄ませばそんな俺を心配してか、話しかけてくれる声が――
『ほらぁ、しっかり調べるのよ~。じゃないとあきくんの童貞狩り部隊送りにしちゃうよぉ? あ、その時は彼氏と別れてからね~』
『すいませんごめんなさい御庭番の名に懸けてキッチリ調べます、彼とは結納まで言ってるんです別れるなんていやぁあぁあぁっ』
『走れ愚図ども! もしご主人様が目を覚ました時失望されたら、もう朝練で投げ飛ばさないし踏みつけないっすよ!』
『うぉおぉおおぉお!! お前ら、ご褒美存亡の一戦がこれにかかっているぞぉおおおぉおっ!!』
『警察や役所への届け出、それにあまり無いとは思うが器物損害による補償は龍元家が持つ! だから徹底的にやれ!』
『あのお嬢様? さすがに行政の介入は問だ――はっ、旦那さまには内密で進めます!』
――うん、なんていうか、厄介事が待っているようで起きたくない。
「ほら、福祉を通じて少年に話しかけてくるみんなの声が聞こえ――」
「もう少し寝てていいかな?」
「うぉい、少年?!」
大体福祉を通じて俺に語り掛けてくるってなんだよ?!
ていうか、よくわからないけど何か厄介な事態になってない?!
「でもキミはね、ここで寝ていられるようなタマじゃない」
「いや、べつに……」
「ていうか、キミはタマというか玉が嫌いのはずだよ」
「玉が嫌い? そんなわけ――」
「ほら、玉って字の右下の方の『、』気にならない? あれさえ無ければ左右対称でキッチリしてて歪みがないとか思わない」
「――そんなわけ……そんな……」
いやいやいや、そんな馬鹿な話があるわけ。
段々、玉と言う文字の『、』が気になって――
くっ!
ていうか何でいきなりそんな話に……
「えいっ♪」
「んぐっ?!」
悩む俺に、女神様が何かを口に放り込んだ。
何だこれ? 甘い……おつまみのチョコレートか?
『おにいちゃん……』
何だろう、チョコレートから小春の声が伝わってくる。
それにチョコの中身から液体……なんかシュワシュワしててって、これ福祉じゃ?!
おのれ謀ったな、このおっさん女神!
「もう一度言うよ? キミにはね、ずっと気になっている事があったはずだよ。それを放っておけるようなタマじゃない」
だが女神様は、慈愛に満ちた瞳で俺をみつめていた。
……飲み過ぎなのか目はちょっと座っていた。
気になる事……そうだ、俺にはここ最近ずっと気になっていた歪みがあったんだ。
脳裏に思い浮かぶのは、呼び出しを受けた生徒指導室で気障っぽく金髪を掻きあげる嵯峨先生。
そうだ、思えばずっとその時感じた歪みが気になっていたんだ。
一度心に引っかかっていた歪みを認識すると、途端に気になって仕方が無くなる。
だけど、福祉のせいで……意識が……眠……
そして夢だというのに意識が暗転していく中、女神様の声が最後に聞こえた。
「さぁ往きなさい、キミは玉じゃない。王なのよ」
R1.5.27 麒麟とエビス顔とアサヒの描写を追加
なろうだからね、女神様を出さないとね。
ちなみにイギリス出身で日本人男性と結婚している設定です。天神様とか豊国大明神とかと似たような経緯の神様です。
次回更新、ボリュームが多そうになりそうなので更新遅くなるかも。もし想定以上に長くなったら分割して投稿します。