第80話 6.17騒動③~虎の爪牙VS餓狼の群れ~前半 ☆星加流視点
今回は鎌瀬高の狂犬こと星加流視点です。
俺は星加流。
去年のデビュー以来、公式戦負け無しの新人格闘家だ。
特に先月のGW以降の試合は悉くKO勝ち。
自分でも驚いている。
技のキレや肉体の力強さが以前の比ではない。
巷では、俺に勝てるやつなんて居ないだとか言われているな。
既に雑誌などでは常勝の凶拳なんて持ち上げられている。
事実、そこいらの対戦相手に負ける気がしない。
……あくまで公式戦では、だが。
オレは、世の中にどう足掻いても勝てないような相手が居るという事を知ってしまった。
――真っ赤な返り血で化粧した、幼い死神の童女。
彼女は生物としての格が違った。
恐怖していたと言っていい。
あれと比べたら常勝なんて恥ずかしくて名乗れない。
夕暮れ時の駅前、そんな死神の童女が人を集めて熱弁を奮っていた。
「ご主人様は倒れるまで行動した! 何故か?! 私たちが不甲斐なかったからです! その意志を継ぐときは今!!」
「「「「「うぉおおおぉおおぉおぉんっ!!!」」」」」
駅前の広場に、野太い声がこだまする。
200人を超える集団は壮観だ。
しかも全員が道着、野球やバスケなどの何らかのユニフォーム姿。
一体何の集団なんだこれは……
帰宅ラッシュも相まって、非常に人目を集めていた。
周囲への迷惑とか大丈夫か?
警察とか来ちゃわないか、これ?!
「おい、お前達!! これは一体何のイベントだ?!」
言わんこっちゃない。
スーツ姿のおっさんが駆け寄って来ている。
何か手帳のようなものを見せて……警察関係者、刑事か?
やばいぞ、こういう集会って――え? アレは龍元のお嬢? 来ていたのか。
刑事のおっさんと何かを話して……
「集会の許可は17時半までだ! 速やかに班に分かれて行動するように!」
「「「「「うぉおおおぉおおぉおぉんっ!!!」」」」」
今、龍元家の権力使ったよね?! 無理やり何か納得させたよね?!
ていうかお嬢、それ日本刀?!
銃刀法とか大丈夫か?!
ほら、さっきの刑事っぽい人も流石に見逃せ――え?
ペンライト?!
周囲にも配って……あのおっさんいくつ持ってんだ?!
ていうか、何かアイドルコンサートみたいな感じになってきてるんだけど?!
「そうだ、あの小さな女の子や龍元のお嬢の演説のタイミングにあわせて振るんだ! いいぞ……一糸乱れぬペンライト捌き、秩序だった動き……君たちは良いファンになれる!」
何をレクチャーしてるんだ?!
この国の警察機構は大丈夫か?!
だめだ、こいつらと一緒にされたくない。
それに死神童女と龍元のお嬢と関わると碌なことが無い。
さっさとここを離れよう。
そもそも、何でこんなところに居るんだ、オレ?!
「星加、気合入れて頑張ろうな!」
「くくっ、活躍すれば夏実様に覚えてもらえるチャンスだぜぇ!」
「お、おい」
だが、逃げ出そうとするオレを阻止する奴らがいた。
鎌瀬高柔道部の主将と、レスリング部の当宇麻だ。
左右から肩を組まれれば振り払うのも難しい。
そういやトレーニング中、無理やりこいつらに連れ出されたんだっけか。
他にも、かつて宍学の対抗試合に行った面々が揃っている。
あの一件以来、足しげく宍学に通っているようだが……
「このゴクツブシ」
「クソの役にも立ちやしない」
「踏み潰してもらいたい」
「おい、それは素足か靴か?」
「ブーツなら完全ご褒美だな」
「そ、そうか……なら下駄で!」
「下駄……浴衣……幼女……おまえ天才か!?」
彼らは祝詞の様に死神童女に言われたい言葉を捧げ、彼女への決意表明を表していた。
どう見ても変態集団である。
どうしてこうなった?!
「オレ達の班は北口から地下に入るルートだ」
「本命とも言われてる場所だな」
「訓練の成果を試す時だ」
「これだから外様は、なんて言わせねぇ!」
「待て、オレはトレーニングが――」
「なに、今から最高のトレーニングが始まるだろう?」
「おいおい、宍学対外試合のときみたいに抜け駆けは無しだぜ?」
「オレの話を聞けよ?!」
◇ ◇ ◇ ◇
死神童女や龍元のお嬢に関わると碌なことがない。
さっさと逃げられなかった時点でオレの失敗だった。
「オレ達の目的はあくまで夏実様の露払いだ! 雑魚を一人でも多く狩り取れ!!」
「「「「おおぉおおぉおぉおおっ!!!」」」」
あれからオレは宍戸駅の旧地下鉄の廃線内に連れて来られた。
宍学の生徒や鎌瀬高の柔道部員、それに明らかに学生じゃない年代の道着姿の男達およそ40人。
これは一体何の混成部隊なんだと言いたい。
ていうか狩り取れって何だよおっかない。
何故こんなことに……
薄暗く細長い道は、どこか不気味だった。
まるでこのまま地獄まで続いているかのよう。
住んでいる街にこんなものがあるなんて知らなかった。
バブルの頃の地下都市計画だかの名残で、放棄された場所らしい。
初夏だというのに、やたらとひんやりとしている。
雰囲気も相まって、何かよろしくないモノが出てきそうな感じだ。
「貴様らが"狼"か」
「おいおい、ただの学生の集団かよ」
「ちょっとはしゃぎ過ぎじゃねぇの?」
「おしおきしないとなぁ!」
勘弁してくれ!
目前の闇から現れたのは、やっぱりよろしくないモノだった。
何かの薬物をキメた、おかしな目をした集団。
なるほど、こいつらが"獣"で作られた獣兵団――
って、やばくない? 相手の数こっちの倍くらい居るんだけど?!
しかも全員刃物や武器で武装とかしてねぇか?!
普通に警察案件だろう、これ!
「なんだ、狩られる為にそっちから出てきてくれたか。探す手間が省けた」
「はっ?! なんだとっ?!」
おいぃいぃ、何挑発してんだよ主将おぉおおぉっ!!??
相手は刃物とか武器持ってんだぞおぉおぉっ??!!
その言葉を皮切りに、薄暗い闇に乗じて奴らが襲い掛かってきた。
それはまさに闇夜に乗じる獣の狩りさながら。
なるほど、獣兵団とはよく言ったものだ。
「夏実様に比べれば、てめぇらなんぞ!」
「こっちは剣道部との訓練で刃物には慣れてんだよ!」
「皆、心のブルマーを履いて気をもたせろ!」
「な、このガキ共も何かクスリでもやってんのか?!」
「こいつら、一歩も引かないだと?!」
「それに、こういうことに慣れていやがる!」
それはまさしく狼の群れだった。
個々で動く獣兵団に対し、まるで1つの生物の様に連携し打ち倒していく。
……
って、おかしいだろ!!
柔道もレスリングも個人対個人の競技だよな?!
何でそんな集団戦闘じみた動きが出来るの?!
お前ら一体宍学で何の練習してんだ?!
「おい、あそこで1人だけのやつがいるぞ!」
「そいつを複数で取り囲め!」
「数はこっちの方が多いし、武器もあるんだ!」
げっ、オレがターゲットにされてる!
そりゃ、あいつらみたいに集団行動の練習していないからな。
オレがあいつらでも、はみ出し者から狙う。
奴らの動きは1つ1つは洗練されていて、只者でないという事がわかる。
その技量、見た感じオレの対戦相手達に匹敵するな。
獣兵団もきっと、何かしらの訓練を受けているのだろう。
しかし――
「遅いし、弱い、それに凄みが足りねぇ!」
「ぐわぁっ!」
「こ、こいつ群れの奴らと違う?!」
「くそ、とんでもなく強い!」
オレはあっさりと獣兵団を返り討ちにした。
してしまった。
そのあっさり具合に自分でもちょっと驚いている。
ええっと、確か"獣"とかいう身体能力向上させるクスリを使ってるんだよな?
確かに、普段の試合相手よりかは早いし腕力もあったと思う。
その割にはあの黄金マッサージ男や死神童女、それに宍学のやつらの方がよほど強いような……
ははぁ、なるほど。
きっとクスリのせいだな。
今まで過剰に摂取してきたが故に、身体がボロボロになってるとかそんなんだろう。
「ひゅう! やるな、星加!」
「単独で獣兵団の奴らを圧倒するなんて」
「さすが拳姫四天王の1人、孤高の凶拳!」
「えっ?! ちょっと待て!」
拳姫四天王ってなんだ?!
そんなものになった覚えはないぞ!?
「さすがだな、孤高の凶拳。ああ、試合もすべて見させてもらったよ」
「あ、あなたは!!」
話しかけてきたのは剛心空手会の会長の跡取り、若だった。
剛心空手会といえば国内最強空手集団と有名だ。
その若と言えば最近、閉じ込められた檻の中で虎、熊、狼を倒すという動画を上げていた。
正直、クレイジーだと思った。
それと同時に、人間その気になればこれくらいの事が出来るんだ! と勇気をもらった。
オレの憧れの人の1人だ。
そんな人に試合を見て貰えてたなんて!
「あの、オレ――」
「さすが、外様の中で唯一"獣"の誘惑に屈しず、ただひたすら己の道を突き進んだ"孤高"……フッ、四天王入りが出来なかった心が弱かったオレと違い、君の方が相応しいよ」
「――え?」
何を言って?
「見ていてくれ、孤高の凶拳! 心の弱さと向き合い、そして夏実様のご主人様に傷を癒してもらったオレの力を!」
「ちょ、何を――」
「うおぉおおぉおぉおおおおぉおおぉおおっ!!!!!!」
それは熟練の狩人が巻き起こした、戦陣を吹き抜ける風だった。
若が駆け抜けていくとともに、巻き起こされた突風に獣たちが巻き上げられ倒れていく。
拳を一つ振り抜くたびに、数人の倒れた山が築かれる。
……
いやあれ、オレより強くない?!
てか人間技?!
「どうだ、孤高の凶拳! オレだって結構やるだろう?」
「いや、その……」
コメントし辛ぇよ!!!
「てめぇら、何遊んでやがる!!」
「「「ッ!?」」」
ずばぁあああぁあぁあぁあん!!!
まるで若の引き起こした風とは比べ物にならない突風を巻き起こし、一人の巨漢が現れた。
「そ、爪牙の虎太郎!」
「ほぅ、無能な若じゃないですか? くく、こんなところに居るなんてな」
「無能……そう、継承儀式に3回も失敗したオレは確かに無能なんだろう」
「分かっているでしょう? 若じゃオレに勝てない」
「果たして、そうかな?」
「ほぅ、吠える才能はあったようだ」
って、誰?!
若と何か因縁のある相手なのか?!
「あれは爪牙の虎太郎……素手で暗殺を行う闇の世界の住人だ」
「主将!」
何でそんな事知ってんだ?!
素手格闘の殺人者ってこと?!
「拳姫のご主人様に慈悲を頂いたんだ! かつての俺とは違う!」
「くっ! この拳速……オレが壊した肩が治ったとでもいうのか?!」
「あの時の様にいくと思うな! オレの肩には拳姫様と凶獣の主の期待が乗っている!」
「舐めるなぁあぁあぁぁ!!!」
すぱぱぱぱぱぱぱぱぱぁぁんっ!!!
それは小さな台風だった。
爪牙の虎太郎と若、その二人の拳戟が引き起こす嵐だった。
刹那の間に繰り出される拳打は音速を超え独特の風切り音を奏でてる。
その一撃ごとが必殺のそれは、まるで死の輪舞を奏でてるようだった。
彼らはオレの事などおいてけぼりで、盛り上がっていた。
ていうかなにあれ怖い。
総合格闘技の正式試合にでたら余裕で世界王者になれるんじゃないの?
一刻も早く若に拳姫四天王の座を譲りたい。
しかし――
「虎太郎様が有利だ! 我らも続け!」
「「「「うぉおおおぉおおぉぉおお!!!」」」」
「若を援護しろ! せめて周囲の雑魚は近寄らせるな!」
「「「「ぉおおおおぉおおぉぉおおっ!!!」」」」
見ていて分かるくらい、若の方が劣勢だった。
拮抗していたと思われる乱撃の嵐は徐々に押されていっている。
この後の結果は見なくても分かる。
押し切られて若が負ける。
爪牙の虎太郎にはオレ達全員がかかっても勝てない。
それくらい力量に差があるのが分かった。
え、何、爪牙の何たらって人、強くない?
ますます常勝のなんて二つ名返上したいんだけど?!
「ぐっ!」
「トドメだ!!!!」
今までの拳戟は敗北の時間が引き延ばされただけだった。
ついに若の体力が付き、地に伏しようとしていた。
「若ぁ!」
「そんな!」
「4度目の儀式は過去に類を見ない成績で奥義伝承できたのに!」
「くそぉぉおおおぉおぉおっ!!!」
「所詮若の限界はその程度なんだよぉおぉおおぉお!!!」
「たとえ俺が敗れても拳姫四天王の一人、孤高の凶拳がお前を倒す!」
「はっ! そいつもすぐに若の後を追わせてやるよ!」
「ちょっと待てぇええぇえぇ?!」
オレを巻き込まないでくれる?!
てかあんた、俺より強いよね?!
そんなあんたが負けた相手に勝てるわけないだろう?!
絶体絶命。
それは若に、そしてオレに……オレ達に相応しい言葉だった。
真実、オレはこの場からこいつらをどう盾にして逃げるかを考えていた。
ドカァアアァァアアアァァン!!!!
突如廃線内に爆発音が響き渡った。
一体何事?!
「おい、誰だ手りゅう弾隠し持っていたのは?!」
「爆破の時間までまだある筈だろう?!」
「工場を爆破しても"獣"の供給に問題無いって話だろう?!」
「落ち着け、お前ら――ぐぉおおぉおぉぉおおおぉっ?!」
「「「「虎太郎さん?!」」」」
「WoOOOoUUUuUUUuuUu!!!!」
「「「「誰だ?!」」」」
そいつは黒い巨獣だった。
壁を突き破って現れたと思えば、不意打ちとはいえ爪牙の虎太郎ともども蹂躙した。
あれだけ若を苦しめていた奴は、壁に激突してもんどりうっている。
現れた巨獣はオレより4~5周りも大きい。
身長2メートルは優に超えている。
そして何より浅黒いという表現じゃ表せない肌の黒さ。
明らかに日本人ではない。
そいつは主将の前に歩み寄り、まるで臣下の礼を取るかのように跪く。
「夏実様の奴隷ブルマー仮面、召喚ニヨリ参上シタ。コレヨリ我ガ拳はアナタとアリ、アナタの拳はワタシとアル」
こいつ何言ってんだ?
なにより、ブルマーを頭からかぶって顔を隠していた。
どこからどう見ても変態だった。
誰がこんな変態呼んだんだ?!
ていうかどこかで見たような……
そいつが主将に向かって言う。
「問おう、アナタが我が主上の主将カ?」
「あ、あんたは……まさか!」
鎌瀬高柔道部主将、勘解由小路は戸惑いを隠せないでいた。
なにそれ知り合い?
出来ることならオレを巻き込まないで……
……
って、思い出した。
あれ、ボブじゃん!
ボブはかつて銀塩に所属した身長2メートルを優に超える、レスラーのような恵まれた体格のアフリカ系アメリカ人だ。
米海兵隊に所属していたが、傷害事件や問題を起こしまくって不品行除隊されてたっけ。
銀塩でも1、2を争うキレやすさと腕っ節を誇るクレイジーモンスターなのだが……
ていうかナツミ様のマスターって何?!
もう色々詳しい事を考えたくない!
帰して! 早くオレを地上に帰して!
そんな心の叫びだけが地下鉄廃道に響き渡った。
この3章山場は連載開始当初から思い描いてきたところです。
今までの章より長丁場になるかもしれませんが、暖かく見守って頂ければ幸いです











