第79話 6.17騒動②~痩せ狼VS暴れ熊~後半 ☆百地忍視点
今回も引き続き、百地忍視点になります。
「う~ん、あきくんが気を失うほど遊んだって話ですけど、案外普通のおじさんですね~」
「ほぉ、言ってくれる」
なっ?!
押隈美冬は何を言ってるんだ?!
あの気配遮断技術だけでもどれほどのものか!
相手はかなりの腕だぞ?!
「その余裕、気に食わん! おい!」
「……ふっ、言われなくとも!」
「なっ?!」
それは予備動作も何も無く、突然の出来事だった。
「シッ!!」
「避けろ!」
キラリと、いくつもの鈍い光が煌く。
微かな夕日を反射させ、解き放たれたのは幾多のナイフ。
20本以上もの刃が刹那にして私達を襲う。
思わず狼の群れを幻視した。
虎視眈々と獲物を狙い、刃物を群れに見立てて自在に操る男。
その気迫はまさしく獲物に餓えた痩せ狼。
「あら~?」
「ぐっ!」
「PCが?!」
「このっ!」
あまりの速度と命中精度……その全てを避けきれるわけで無く、いくつかはその身に受ける。
防刃仕様の特殊スーツとはいえ、その衝撃までは殺せない。
他の3人はいくつかをその身に受け、そしてPCを扱っていた者の壁になっていた。
……あとで労災申請しないと。それにこいつ――
「――わざと急所を外したな?」
「くくっ」
呟く私の言葉に、痩せ狼は暗い愉悦の声をもらす。
随分と余裕か……それに聞いていた噂以上に――
「おいおい、考え事とは俺を舐めてるのか?」
「なっ?!」
そして一気に距離を詰めてきたかと思えば、ナイフを煌めかせる。
まるで闇を渡ってきたかのように、音も無く、一瞬の出来事だった。
「忍さん!」
「百地!」
「リーダー!?」
私は初手の投げナイフに気を取られ、あっさりと接近を許してしまった。
迫る刃を敢えてスーツ上で受け、勢いを殺す。
だが繰り出される煌めきは数知れず。
受け流すたびに防刃スーツは軋みをあげ、痩せ狼は歓喜の笑みを浮かべる。
私はただ防戦に徹し――否、一方的に嬲られているのみだった。
こうも密着されたら、援護を期待するも難しい。
事実、他の仲間は手を出しあぐね――なっ?!
「えっ?!」
「いつの間に?!」
「PCは死守!」
目の前にいたはずの痩せ狼は、PC側にいた同僚達のところに移動していた。
またもや闇から闇へと渡ったかのような、一瞬の出来事だった。
一体どうやって?!
くっ、今そっちへ――
「おっと、お嬢ちゃんのことも忘れてねぇよ」
「なっ?!」
かと思えば、再び私の前に現れ刃を煌めかせる。
縦横無尽に部屋を駆け巡り私達を翻弄する様は、まるで獲物を甚振る痩せ狼。
「くくっ! くははははははっ! 何だこれは?! 身体が……身体が軽い! この技のキレ! "獣"を過剰摂取したとき以上の効果……意味がわからねぇ、だがコイツはすげぇ!」
くっ!
PCと押隈美冬を庇いながらというのもある。
だけれども、あまりに一方的だった。
明らかに遊ばれているというのがわかる。
それにコイツ、何か新型のクスリでもやったんじゃ――
「ん~、わんこちゃんほどじゃないかな?」
「ほぅ?」
ちょっ?!
何を言い出すんだ、押隈美冬は?!
そんな挑発するようなことを言って、どうなるかわかってるのか?!
「お嬢ちゃん、よほど痛い目に合いたいと見える」
「くすくす、まぁ怖い」
凄みを見せる痩せ狼に、含み笑いをするゆるふわ美少女。
あぁそうだ、彼女は一般人だった!
きっとあまりの状況に気が動転してしまったに違いない。
とっさに彼女を守ろうとするが――相手は格が違った。
為す術もなく私達の防御陣を突破し、その痩せ狼の如く鋭い爪を煌めか――
「あの人、突撃する時左側がお留守になるんだよね。ほら、そこを週二であの人に振るっている鞭の様に――」
「このぉおおおぉおぉっ!!」
「むっ?!」
突如、同僚がベルトを鞭の様にしならせた。
それは痩せ狼の左手に絡みつき動きを阻害させる。
「ほら、今こそ黒革ノート24ページ目に書かれたボクの考えた最強の斬魂剣必殺技――」
「それはあぁあぁああぁっ!!」
「ぐぅっ!!」
もう1人の同僚が、持っていた警棒の様なもので逆袈裟に打ち付ける。
それは初めて痩せ狼を捕らえた一撃だった。
どうしたことか、2人とも急に動きが――
「忍さん、昨日35回繰り返し視聴したお嬢様素振り動画突き編の――」
「うわぁあぁあぁっ!!」
「がはっ!」
私もそれ以上の言葉を聴きたくないと、耳を塞ぐ代わりに気勢をあげ突きを放った。
何故その動画の事を知って?! 回数まで?!
気が付けば痩せ狼は大きく後退し、膝を付いていた。
いけない、あれは誰にも知られ――え? 痩せ狼が……私達がやったのか……?
困惑のうちに同僚達と目が合う。
あ、はい。
お互い詮索は無用ですね。
「あらぁ、皆やれば出来る子なんだね~」
にこにこと、この場に不釣合いな笑顔を浮かべるゆるふわ美少女。
言外に込められた意味は――
くすくすと笑う様は何よりも恐ろしい。
それに比べれば痩せ狼なんて!
これ以上彼女に言わせてはならないとばかりに突撃する。
「なっ?! 3人がかりとはいえこの俺が?! 馬鹿な! 今は"獣"のオーバードーズ時以上の力があるというのにっ!」
「ひ、人に言えない性癖ってあるの!」
「20代のポエムなんて人に言えないっ」
「お嬢様隠し撮りごめんなさいっ!」
押隈美冬が何か口を開こうとするたびに、身体が勝手に動いて言葉を紡がせるのを阻害する。
そう、誰にだって人に言えない秘密の1つや2つはあるのだ。
それを知られる位なら……ッ!
攻撃を加える手はまさに一心不乱。
普段以上の力を出せているのがわかる。
これは火事場のクソ力とかそういった類のモノだ。
先ほどまでとは打って変わって痩せ狼を追い詰めていく。
「くっ、ここは一旦引い――」
「どこにいくのかな~?」
「んなっ?!」
逃亡を図ろうとするも、彼の背後には押隈美冬がいた。
その両肩には手を置いて拘束している。
「馬鹿な?! 肩に手を置かれてるだけなのに動けなっ――」
「くすくすくす」
あー、あれね。
押隈ハッグ亜種。
何でか動けなくなるんだよね。
じりじりと痩せ狼を包囲していく。
――ここに趨勢は決したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
目の前にはピクピクと痙攣する痩せ狼。
彼は完全に無力化されていた。
翻って私達はほぼ無傷。
遥か格上の相手をこうまで……
――情報は武器になる。
そう、情報は私達の力を引き出す武器にもなった。
この力を引き出したのは、紛れも無く彼女のせいだった。
「お、おい! 倒れてるんじゃあない! お前には高い金払ってるんだぞ?!」
この状況を飲み込めないのか、若社長は痩せ狼を罵倒する。
だが罵倒したところで何かが変わるわけじゃない。
「くすくすくす」
普段以上の力を発揮し戸惑う私達をよそに、押隈美冬は愉悦の笑みで場を制していた。
この場の主は自分だとばかりに、若社長へと歩みを寄せる。
「お、おい、こっちくるな!」
「あの痩せ狼って人ね。あきくんをおねんねさせちゃったの」
「な、何を言って」
「だからね、あたしの目の前で退場するところを見たかったの」
……なるほど。
これら全て彼女の掌のうちだったと。
彼女は倒れる痩せ狼を一瞥し、打って変わって満面の笑みで若社長に何か囁く。
「――――」
「なっ?! どうしてそれを?!」
「あたしたちね、良いお友達なれると思うの」
「何が望みだ?!」
「とりあえず、隠しコードを教えてくれるかな~?」
「そんなこと出来るわけ――ひっ!!」
っ?!
突如、部屋の空気が下がった。
ミシミシとガラスの窓が悲鳴を上げる。
押隈美冬のにこにこ度合いも比例して上がっていく。
若社長はまるで冬眠明けの熊に遭遇したかのように、腰を抜かし床にへたり込む。
にっこり微笑む美少女に背後に、痩せ狼とは比べものにならぬほどの圧を感じた。
もしあれを正面から受ければ私も膝を……くっ!
「コード、教えてくれる?」
「あ、あぁぁ……」
ポキリと。
ツララが割れるかのように、心が折れる音が聞こえた。
それと同時に若社長が膝をつく。
ほんの少しだけ、彼に同情しなくもない。
もはや彼女の操り人形のように、言うがままだった。
「す、すごい! "獣"だけじゃなく、財界のスキャンダルまで?! なるほど、そのコネを使ってこの会社を……」
データを抜き出す同僚が興奮を隠そうともしていない。
どうやらとんでもないデータも抜き出しているようだ。
そういえば若社長の親は地銀の頭取だっけ。
「あとね、もう一つお願いがあるの」
「こ、今度はなんだ?!」
「不倫とか浮気とかが好きそうな若い女の子、知らない?」
「え、どういう……?」
「その子たちにちょっとお願いしたいことがあって~」
そういえば御庭番衆の皆にも、そういう事を聞いてまわってたっけ。
うちはそういう事に身持ちが硬い者ばかりだったが……
一体浮気や不倫をするような女に、どういう頼みがあるというのだろう?
わからない……
彼女の顔を見るも、ただにっこりと笑みを返されるだけだった。
恐ろしい娘だ。
先日一度だけ、大橋秋斗に質問したことがあった。
『え、美冬? 幼馴染だしな、そりゃあ俺の事は何でも知ってるだろ。怖い? え? まぁ慣れた、かな……ははっ』
……お嬢様に相応しいかはともかく、彼の器の大きさだけは認めていいかもしれない。
3章も大詰めです。
最後まで楽しんで読んでいただければ幸いです。











