第78話 6.17騒動①~痩せ狼VS暴れ熊~前半 ☆百地忍視点
今回は龍元家御庭番衆、百地忍視点になります。
大橋秋斗倒れる――
この情報は宍学柔道部員たちによって一気に広まり、そして気炎を上げさせる結果になった。
この土日を不眠不休で各地を駆けずり回ったあげく、最後は“獣“絡みで女生徒を救って疲労で倒れたらしい。
“獣“についての進捗は停滞していたが、この件によって士気は最高潮に高まっていた。
ここにも気炎をあげる少女が一人いた。
その報を聞いてはや数時間。
太陽はその顔を西の山に隠し、どんどんと空を橙色に染めていっている。
あと数十分もすれば完全に夜になるだろう。
一足早く闇に染められた街の裏で、暗がりを歓迎している集団がいた。
「扉にはやはり、暗証コードが必要そうです」
「いけるか?」
「彼女が拾い上げたコードを使えば」
「一体どうやってわずか数時間でこれを……」
「うふふ」
彼らは全身黒めの服に身を包み、10階建てのビルに忍び込もうとしていた。
それはまるで現代の忍者――龍元家が誇る御庭番衆の一団だった。
おっと、失礼。私は百地忍。
古くからこの地に多大な影響力を持つ、龍元家に仕える御庭番衆の1人。
今はお嬢様の命を受け、宍学の学生たちとある薬物について調査しているのだが……彼らは本当に学生なのだろうか?
最近ちょっと自信喪失気味……っと、弱音はダメだ。切り替えないと。
おほん。
闇に潜み、陰から街の安寧を守るのが私達の使命だ。
幾多の同志がスパイさながらに各地に潜み――そして時には表立って言えない行為にも手を染めてきた。
時に荒事になることもある。
だからそれらを完璧にこなし、この地の平穏を保つ為に、日々苦しい修行は欠かせない。
きっと誰にも感謝されることはない。
理解もされないだろう。
だが、私たち御庭番衆はそんな自分達に誇りをもっていた。
私たちが忍び込もうとしているのは、とあるベンチャー企業所有のビル。
近年SNSと流通で革新的成功を収めた――あろうことかお嬢様にお見合いを申し込んだ若社長の会社のビルだ。
もし我々の潜入がバレれば、お嬢様のお見合いの状況に不利な要望を突き付けられるかもしれない。
そんな危険を冒してまで潜入する目的は情報だ。
龍元家でも追っていた“獣“に関する情報の手がかりを得るためである。
どうやらその流通経路について、一枚噛んでいる疑いがあったからだ。
しかし彼女はどうやってこの場所の特定を……
情報は武器になる。
それらを制して来たからこそ、龍元家は今まで繁栄してきたと言っていい。
「あ、開きました!」
「本当に?!」
「これほど正確なものを一体どうやって」
「あきくんが頑張ってたんだもの、あたしもちゃんとしないとね~」
そんな御庭番衆を率いているのは、一人の少女だった。
ゆるふわでぽやんとした女の子。
零れ落ちそうなほどの大きなタレ目が特徴的で、特筆すべきはその大きな胸。
うちのお嬢様に比肩するほどの美少女と言っていいだろう。
いやまぁ、うちのお嬢様の方が可愛いんですけどね。
そんな彼女は、心身ともに鍛えられ、特別な訓練を受けた集団に居て異質だった。
特に身体が鍛えられている様子もなく、その振る舞いも隙だらけ――有体に言って、一般人にしか見えなかった。
事実、彼女は宍学に通う女生徒の協力者――一般人だ。
「1班は先行して手はずどおりに経路を押さえて~、それから2班はあたしたちと一緒。3班は後詰をお願いね」
「「「「はっ!!」」」」
だが、彼女は慣れた感じで御庭番衆に指示をだし、手足の様に使う。
それが一層異質さを際立たせていた。
そんな彼女を見ていて、思う事がある。
情報は――やはり武器だ。
あれは数日前の事だった。
私の家に抱きマクラのようなものが届いた。
どこか人形に近い感じもして――そしてピンときた。
これ、私の抱きマクラカバーにぴったりやん……
真剣での素振りでやらかして後ろ髪を切ってしまい半べそになってる、髪を伸ばし始めの頃のお嬢様の抱きマクラカバーにぴったりやん……
一体どこで抱きマクラのことを?!
『忍さん、よく眠れたかなぁ? あたし達ね、いいお友達になれると思うの』
翌日彼女――押隈美冬のニコニコとした笑顔に戦慄が走ったものだった。
……同じようなことでショックを受けたのは、私だけではなかったようだ。
情報を武器にするはずの私たち御庭番衆は、逆に情報を武器にされて彼女に従っ――友好的で共生する関係を築いていた。
そんな数日前の出来事に思いを寄せているうちに、彼女が考案した作戦に従って事態はどんどん進行していく。
その立案は完璧だった。
どうやって調べたのか、侵入経路に監視カメラの位置、ガードマンの行動は寸分の狂いもなかった。
私たちは非常階段やダクトなどを駆使し、ビルの最上階を目指していく。
「情報はあってるはずだから、もっと堂々としててもいいと思うよ~?」
押隈美冬は自分の調べた情報に絶対の自信があるのか、足音を隠すこともなく私たちに着いてきている。
この精度、御庭番衆以上の……
くすくすと機嫌良さそうに笑う彼女に戦慄しているのは、私だけじゃない。
目的地であるビルの最上階は、毛色が違って度肝を抜かれた。
これは……予想外だ。
フロア全てを使って居住エリアへとリフォームされていた。
このビルは決して小さくはない。
まるで高級ホテルの様な廊下から覗くいくつもの扉。部屋数にして20は下らなさそうだ。
「えっと、こっちかな~」
やはりというか、彼女は迷うことなく書斎へと直行した。
彼女の大胆な行動で随分と時間の短縮になっているが……随分と度胸がある少女だ。
書斎は20畳ほどの大きさがあった。
一般的な家庭のリビングの倍以上の広さがあり、書斎と言うより書庫と言ってもいい位。
あちこちに据えられた調度品も高価なものだというのがわかる。
……相当羽振りがよさそうだ。
「ビンゴ~」
御庭番衆の一人が壁際の机にあるPCを素早く起動させ、必要な情報を得ようとアクセスを開始する。
彼女は非常に腕がいい。
ものの数分で必要なものを抜きさるだろう。
私たちはその作業が済むまでの護衛と警戒が任務だ。
「あ、ついでにここのパスを拾ったら、宍戸駅の地下のセキュリティを遠隔解除できるからやっといて~」
「駅の地下の……?」
「きっと、わんこちゃん達の手助けになると思うの」
「あ、貴女は一体どこまで見通して……ッ!」
一体どこまで手を打っているのだろうか?
……
くっ、彼女は一般人だぞ?!
それなのに頼り、あまつさえ心強いと思ってしまうなんて……情けないッ!
神妙な顔をした私を、同僚が複雑な表情で眺めていた。
「すごい……“獣“の流通経路の情報や、地下に武器を運んだ目録も――なにこれ手りゅう弾?! 一体何に?!」
どうやら順調に情報をさらっている様子。
なるほど、睨んだ通り裏が取れた感じか。
順調過ぎて怖いくら――
「随分と大所帯での訪問だね? 広いから応接間を間違えたのかい?」
「お邪魔しています~」
「「「「ッ?!」」」」
予想外の展開だった。
部屋の主、若社長が書斎に訪れたのだ。
くっ、油断した……いや、これは心の甘えだ!
「たった4人とか、俺も舐められたものだな」
「おまえはっ?!」
若社長の影に隠れるように、一人のスーツ姿の男もいた。
厳しい訓練を受けている御庭番衆の誰もが気が付いていなかった。
最悪だ!
影に潜み、まるでこちらを獲物のように見据えるその男は痩せ狼。
死の商人であり、自身も一流の暗器やナイフの使い手。
先ほどの気配遮断だけでも私たちとの実力差がわかってしまった。
彼もそれを分かってか、姿を現したのだろう。
こいつ、遊んでいるな……ッ!
押隈美冬が情報収集に長けているとはいえ、ただの一介の女子高生。
こうしたミスの想定もすべきだった――
「もうちょっと早く顔を出すかと思ってました~」
「なに?」
――え?
この場に居る者で、一番身の危険を案じなければならないのは彼女のハズだ。
だというのに、待ちわびたと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。
いよいよ3章大詰めです。最後まで楽しんでくださいね。











