第75話 動き出す歯車④
駅前にスイーツで有名な喫茶店がある。
学校でもクラスの女子の間で話題になっている店だ。
味もさることながら雰囲気も良いとかで、デートでお勧めなのだとか。
当然ながらそんな糖度の高い場所に行くなんて自殺行為に等しい。
だが妹とはいえ見た目美少女の女の子と一緒だし、何より眠いし甘味が欲しかったから、ついつい足を運んでしまった。
「わぁ、ここ一度来てみたかったんだ!」
「俺も初めてだけどな」
「お兄ちゃんも初めてなんだ」
「悪いか?」
「うぅん」
女子の間で人気がある店だけに、小春もテンションが上がってご機嫌の様だ。
店内は木目調のあたたかな雰囲気で、古風と言うかアンティークなアイテムが飾られている。
なんだか田舎に帰ってきたような、どこか懐かしい感じのするお店だ。
寡黙なマスターっぽい人に促されて席に着く。
俺が頼むのは、待ち合わせ前から心を占めているパイナップルパフェだ。
「意外と男の人のお客さんも多いね」
「そうだな」
周囲を見渡してみれば、スーツ姿の年かさの男性が上着を脱いで涼んでいたりする。
眼光鋭い目つきはやり手の商社マンって感じだ。
なるほど、そんな人でも落ち着いて一服するにも良い雰囲気だもんな。
他にも平日の午前中という事もあり、主婦っぽい人たちがおしゃべりに興じていたり、女子大生と思しきグループが沈痛な面持ちで頭を垂れていたりする。
……え?
頭を垂れて?
修羅場か何かか?
当然ながらそんな空気を醸し出していると周囲の目を引く。
「お兄ちゃん、あれ」
「ああ」
そのグループのお誕生日席に君臨するのは、ゆるふわな感じの美少女だった。
周囲より一回り年下に見える穏やかそうな彼女はしかし、まるで死刑執行人の様に刃を突きつけ、場の空気を重く支配していた。
タレ目がちの大きな瞳を細める様は、ぽわぽわと眠たそうにも見える。
お通夜のような空気の中心で、1人そんな表情をしているとそれは良く目立つ。
人目を惹く可愛いらしい容姿をしていたというのもある。
それが一層、彼女達の修羅場を凄惨に演出していた。
「ふゅーちゃん、だよね?」
「そう、だな……」
ていうか美冬だった。
一体なにやってんの?!
俺達に気付いた美冬は、ぱぁっと花咲くようないい笑顔を浮かべ手を振ってくる。
それと同時に、そのグループの女子から物凄い目で見られた。
ははっ。
やめてくれ、思いっきり注目されてんだけど!
だからこっち来ないで?!
「あきく~ん! やっぱりここに来てたんだ?」
「やっぱり?」
「もぅ、またまたぁ~」
「おい、やめろ!」
「ふゅーちゃん!」
するりと、グループを抜け出してきた美冬が俺の隣にやってきて腕を取る。
相変わらずの回避不能の美冬ハッグである。
俺と小春の抗議の視線もどこへやら。
普段の通学路や学校ならいつもの事と流すけど、ここは喫茶店である。
考えてみて欲しい。
妹とはいえ女の子と一緒に喫茶店にやってきて、他の子に抱き付かれる様子がどう映るのかを。
「……チッ」
「……んんっ!」
「あの男、美冬様にあそこまで接近を許して恐怖も何も感じないの?!」
「目の前にあの子は……彼が凶獣の主!」
あれ、後半ちょっとおかしくない?
てか美冬は何をやらかしてんの?!
それと凶獣の主って何?!
「あきくん、このお店で気になったモノって何?」
「気になったというか、今日はパイナップル一択だったからな」
「へぇ……だよね」
「美冬?」
俺の隣に腰掛け、耳元で囁くようにそんな事を聞いてくる。
どういう意図かは知らないが、傍から見れば非常によくない構図だ。
ほら、面白くないのか小春が不機嫌を隠そうとしていない。
「は・な・れ・ろ!」
「やぁん!」
そして強引に美冬を引っぺがした。
傍から見れば、完全に修羅場がこっちに移行した感じだ。
場所が場所だし止めて欲しいかなぁ――って?
美冬? 小春?
「はるちゃん、あきくんとデート?」
「た、ただ単にお兄ちゃんスイーツ食べに来ただけだし!」
「あたしね、妹相手ってありだと思うの!」
「ふゅーちゃん!」
デートとは大げさな。相手は妹だぞ?
まぁ兄妹でこういうとこ来るのはありだろうけどさ。
ほら、小春も真っ赤にして否定してるだろ?
「人に言えない禁断の罪に濡れた2人……あたしは応援するわ!」
「え?」
「頑張って、はるちゃん! あたしの2番目ライフのために!」
「~~~~ッ!!」
真っ赤な顔をして唸る小春と、悪戯っぽい笑みを浮かべる美冬。
何かを手渡しているのは見えたが、何かはわからない。
あと、何を言っているのかも。
嫌な予感はするが、仲良く穏便に済ませてくれるなら大歓迎だ。
ただ妹と甘いものを食べに来ただけなのに変な気苦労はしたくない。眠いし。
さっきから周囲の目も痛いし、見ていられないのか立ち去っていくお客もいる。後でお店の人に何か言われないかどうか心配だ。
ほら、新しくやって来た人も何事か驚いて――って何か驚きの質が違うな? あの人、どこかで見たような……
「あの人、龍元先輩とお見合いの件でごねてた若社長だよ、あきくん」
「へぇ」
そりゃ、こんなところで顔を合わせたら気まずいな。
しかも先輩以外の女の子2人と一緒だし。
「やっぱり痩せ狼と接触を……あ、今店を出る振りをして若社長に接触した商社マンぽい人ね。あらゆる武器に精通し密輸もする裏世界の住人だよ」
「へぇ」
痩せ狼? 武器の密輸?
何それおっかない。
てか何でそんな事知ってんの?!
「あたしも確信が持てなかったけど……あきくんが手りゅう弾って言うことはそうなのかな? あたしもう行くね。皆、パターンPで動いて!」
「美冬?」
言うや否や、先ほどの女子大生っぽいグループの人達に何か指示をだす。
彼女たちはまるで忍者のごとくあちこちに散っていった。
一体何をやってるんだろう?
眠い頭じゃ上手く考えがまとまらない。
とにかく甘いものだ。
ほら運ばれてきたし、小春もいつまでも紅く硬直してないで食べよう?
◇ ◇ ◇ ◇
「凄く美味しかったな、小春」
「う、うん」
パイナップルパフェは美味しかった。
最近暑さのおかげで食も細くなりがちだが、爽やかな酸味とクセのない甘さで、自分の顔程の高さがあったがぺろりと食べてしまった。
通いたいくらいなのだが、高校生のお小遣いに厳しい値段設定が難点か。
ちなみに、いつの間にか俺たちの分の支払いは済まされていた。
あの場所にもいた忍さんの仕業らしい。
さすがにそれは悪いと思ったのだが、請求先は龍元家だそうで気にするなという伝言付きだ。
なにそれイケメンすぎる。
俺、龍元家とあまり関係ないけどいいのか?
そんな事を考えながら、腹ごなしの為に駅前を歩く。
「小春?」
「……うん」
先ほどから小春がちょっとぎこちない。
チラチラと俺の顔を伺いながら距離を微妙に離している。
一体美冬に何を言われたんだろう?
大人しくさせる魔法の呪文があるなら是非教えてもらいたい。
……
む?
「あれは?」
「宇佐美先輩? それに……」
「知っているのか、小春」
「うん、訳ありで"獣"を勧められてたうちのクラスの子」
それは人目を引きながらも、どこか周囲から敬遠された光景だった。
平日の昼間という時間もあるかもしれない。
宇佐美さんとショートカットの女の子が1人、熊の様な体格の大男と連れ立って歩いていた。
その顔は緊張で強張っており、まるで何かイケナイ事をしようとしている様にもみえる。
どこに向かっているかはわからないが、裏路地に入っていった。
一体何を……?
"獣"絡みの何かか?
「小春、俺ちょっと行ってくる」
「お兄ちゃん!」
一介の高校生である俺に出来る事なんてたかが知れている。
だけどクラスメイトの窮地を黙って見過ごすような歪んだ人間にはなれそうにない。
見失ってはいけないと驚く小春を置いて、急いで後を追いかけた。
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