第74話 動き出す歯車③
誰だって、ついやらかしてしまうことってあるだろう。
それは6月半ば、連休前のある土曜日だった。
うちは創立記念日の関係で6月にも連休があるのだ。ビバ学生!
"獣"絡みの事件が収束に向かっていってた安心感もあった。
暗殺者とか闇の世界の殺し屋とか物騒な単語も飛び出ていたが……そういうのは警察の範疇だ。
あと最近みんな忙しそうにして、構ってくれなかった寂しさもあった。
「レベルキャップ解放?! それに新ダンジョンに新装備?! こんな時期に何考えてんだ運営?!」
その時、俺のやってるネトゲで大型アップデートが実装された。
「季節龍さんも綿毛らいおんさんもインしてないか……」
最近2人とも忙しそうにしていたからな。
季節龍さんは今年受験だし、綿毛らいおんさんは社会人だもの。
だがやるしかないッ!
貴重な青春をゲームに全振りする男子高校生の本気、見せてくれるッ!
備蓄のカップめんやエナジードリンクを使うときは今ッ!
そして俺はゲーム世界の平和を守るため、ログインを開始した。
…………
……
◇ ◇ ◇ ◇
「っしゃあーっ、新ダンジョンクリアー!」
達成感からか、思わず声を上げてしまう。
黄色い朝日が俺を祝福してくれている。
トレハンもレベリングも、まずはクリアしてから狩場を探したほうが効率的だ。
そんな効率プレイを追求した結果、俺の部屋もゲームプレイの効率重視に変化してしまった。
散乱するペットボトル、汁が少し残ったカップめん、夏場の風呂に入っていない汗臭い身体。それとブスーと不機嫌な顔をして部屋に居座る小春。
有り体に言って汚くなって――
……え?
「小春? いつの間に?」
「むぅ~」
全く気付かなかったが、部屋には小春が居た。
何故か俺のシャツを着ている。
ぺたんと女の子座りでこちらを向き、ぷくぅと頬を膨らませていた。
まるで射抜くかのように睨む眼光は、殺気すら感じて背筋が震える。
うん、これぞまさに人喰い虎……じゃなくて!
「一昨日から居たのに、全然気付いてくれなかった……」
「え、一昨日から?!」
「そうだよ!」
「そ、それはすまん」
どうやら36時間もぶっ続けでゲームをしていたようだ。
その事実に自分の事ながらちょっと引く。
よく見たら使って無いはずのベッドは随分乱れており、食べた覚えの無いスナック菓子の袋も転がっている。
さらには漫画や雑誌も床のそこかしこに広がって――ちょっとまて、秘蔵の紳士漫画もあるんだけど?!
「年上のおねーさんの太ももやお尻モノばっかなんだけど!」
「そ、それは本当にごめんなさい!」
だから真顔で俺の性癖を暴かないで下さい!
思わず土下座をしてしまう。
いやその、年下モノが少ないって?
あの、小春さん何を言って……?
「と、ところで、俺に何か用だったのか?」
「べっつにー?」
強引に話題を変えようとするも、ツーンとそっぽ向かれる。
そのくせチラチラこちらに視線を送ってくる。
どうやらかなり拗ねているらしい。
うーん、だがそれがどういうことかはよくわからん。
「そういや友達の咲良ちゃんだっけ? 何か約束とかないのか?」
「イベントがあるとかで予定入ってるんだって」
「美冬や夏実ちゃんは?」
「ふゅーちゃんは忍者みたいな人と一緒で、わんこは道着のおっさんたちをしごいてた」
「そ、そうか」
「部活の人達は皆、龍元のお嬢様と一緒に動いてるし」
「…………」
「…………」
う~ん。
ますます小春の機嫌が悪くなったような?
半分涙目になりながら睨んでくる。
ていうか、俺に何かあるなら直接言って欲しい。
今まで会話もしない期間が長かっただけに、今の小春の考えとか色々わからないのだ。
俺の意見は眠くてしょうがないから今すぐ寝させてくれ……と言いたいが、さすがにそれを許してくれそうな空気じゃないのでグッと堪える。
そもそも、2徹でカップ麺をちょっと食べただけだし、上手く頭が回っていない。
糖分……そう、こんな時は甘いものを補給しなきゃ。
きっと甘いものを食べれば小春の機嫌も良くなるんじゃない? 女の子ってそういうものだって聞くし(童貞感)。
だからついついこんなことを言ってしまった。
「なぁ、駅前にでも行って甘いモノでも食べないか?」
「い、行くっ!!」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら。
前のめりでものすごく食いついてきた。
その勢いに思わず仰け反ってしまうくらい。
「え、いや、そのちょっと甘いものを食べて帰ってくるだけだぞ?」
「お兄ちゃんと2人で、だよね?!」
「そりゃあ、目の前に小春しかいないし」
「わ、わたししかいない……」
ん? なんか小春がふるふると身体を震わせている。
クーラーの温度が低すぎたか?
◇ ◇ ◇ ◇
『駅前の広場で10時半集合ね!』
その後、興奮気味に小春が言った。
色々準備があるのですぐには出られないとか。
俺はと言えば一足早く来たので、現地で絶賛待ちぼうけ中である。
眠気まなこに鞭打って、目つきを悪くしながらボケーとしている。
正直、ああは言ったものの早く帰って寝たい。
妹と甘味を食べに行くだけと言うのに、なぜわざわざこんなところで待ち合わせなきゃいけないのか?
まったくもってわけが判らなかった。
一緒に行ったほうが無駄が無くていいと思うんだけどなー?
そういや家を出る前にシャワー浴びて汗を流したいと言ったら、物凄い顔をされたな。
何か色々葛藤していたというか……シャワー中も何か脱衣所でごそごそしてたし。消臭してたのかな?
ううん、年頃の女の子ってわからない。
それよりも甘いものだ。
「失礼、大橋様……ですよね? こんなところで何をなされて?」
あの時は勢いで甘いものが欲しいなって思っただけで、特に好みの甘味があるってわけじゃない。
「もしかして何らかの動きを感づいたとか……ッ?」
果物で言えばオレンジやレモンといった酸味のあるものが好きだ。
「我々も今総力を結して本拠地を調べております。何か気になる点とかあればどんなことでも……」
甘すぎるだけじゃなく、酸味がアクセントになっている方がこういう暑い日には打って付けだ。そうなると――
「パイナップルか……」
「ぱ、手りゅう弾ですか……ッ!」
「ん?」
「分かりました、御庭番を通じて全員と情報を共有します!」
食べたいものを想像していたら、パイナップルと深刻な顔をして去っていくOLっぽい女性が居た。
あれ? 俺なんか変な事言ったかな? 言ってないよね?
暑い日だし、パイナップルがいいなって思わず口にしただけだし。
そんな深刻な顔をさせるような内容は無かったはずだけど……あれ、あの人どこかで見たような……?
まぁいいか。
「お、おまたせ、お兄ちゃん」
「小春……?」
目の前に現れた小春のイメージはいつもとちょっと違った。
ノースリーブに花柄がプリントされたハイウェストの丈の短い白いワンピース。
胸の下できゅっと絞ったリボンがアクセントになり、その大きな胸を強調している。
いつものちょっと背伸びしたお姉さん系の恰好と違い、甘めの女子らしい可愛らしい恰好だった。
なんだか妹というか年下の女の子っぽい感じ。
むき出しの二の腕や太ももが眩しくも夏らしいコーディネートだ。
「ど、どうかな? 咲良ちゃんとかこういうのもいいかもって……」
「あぁ、とてもきらきらしていて眩しい位だ」
「ほ、ほんと?!」
「ああ、嘘じゃない」
実際小春はきらきらしていた。
2徹したので色や光に敏感になってるから、眩しかったのだ。
俺にそんなお世辞とかは求めないで欲しい。
でも、何か小春の機嫌がいいような?
んー、年頃の女の子ってわからん!
「で、お兄ちゃんどこ行くの?」
「そうだな――」
「「「「お疲れ様です、大橋さん!」」」」
「――ええっと?」
「むぅ」
「「「「ひぃっ!」」」」
今度は道着や各部活のユニフォーム姿の集団に声を掛けられた。
ていうか先頭に居るは中西君だ。
自分から声を掛けて悲鳴とはどういう事だよ。
「あの、大橋さん。やはりこの場のどこかで歪みを感じたんですか?」
「歪み?」
「このあたりにどこかある筈なんです! 大橋さん、わかりませんか?!」
「そ、そうか」
街の歪みってなんだよ、おっかない。
いやいやいや、皆してそんな顔で見られても。
ええっ?
俺ならわかるってなんだよ……
「……」
10数人の圧力に負けて瞑想っぽい事をしてみる。
適当に何か言えば、俺に失望して諦めてくれるかな?
そしたら今後何か俺に言ってくることもないだろう。
ほら、小春とか不機嫌になってるし、早く終わらせんと。
……
目を瞑り、意識を集中してみる。
クォオオオォオォオオ――
なんだか駅前の地下の方で妙な空気の流れを感じる。
きっと建設中の地下鉄の何かじゃないかな?
「ここの地下に何かあるんじゃない?」
「地下、ですか……」
中西君達は良くわからないなっていういぶかし気な顔をする。
うん、俺もしたい。
ちょっと考えれば当たり前な事を言っただけだし。
ほら、駅前のあたりに来年地下鉄開通っていうポスターもあるしさ。
だからその、各種企業に問い合わせろとか物騒な事言わないで?
え、獅子先輩が?
ううむ、よくわからんが……
「お兄ちゃん、いこ!」
「お、おぅ」
とりあえず、俺は小春の機嫌取りが重要なんだ。
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