第70話 うちのお嬢様が一番可愛い!後半 ☆百地忍視点
前回から引き続き、龍元家御庭番衆・百地忍視点です。
ヒュンッ!
月明かりに煌めく刃が、綺麗な弧を描く。
ヒュヒュヒュッ!
残心の余韻から一転、一閃、二閃、三閃、流れるように刃が振るわれる。
まるで人を斬ることを想定していないその軌跡は、無駄のように見え、しかし芸術めいて綺麗だった。
その刃を振るう者が、可憐だが芯のある乙女というのも目を奪う一因になるだろう。
月夜の道場で振るわれるは屠龍の剣。
龍元家に代々伝えられる流派の剣だ。
初代から受け継がれているというそれは、朝廷からの命でこの地を荒らす龍を討伐したという逸話を持つ。
大振りで俊敏な弧を描き、豪快奔放の刀筋にして、精緻流麗。
なるほど、まさに人外の怪物と戦うことを想定されているのだろう。
果たして彼女は何を想定して刃を振るっているのだろうか?
その瞳には確かに、目に見えぬ何かを写していた。
あまりに真剣なその姿は絵画じみた明媚さで、私の心を奪う。
儀式めいたその秀麗な剣舞に、声を掛けるのを躊躇われたというのもある。
事実、お嬢様は何か悩みがあるとき剣を振るう癖があった。
邪魔してはいけない。
されど胸はざわめき立ち、何かをせずに居られない衝動に駆られた。
だから私はそれをカメラに収めることにした。
幼い頃から私を魅了してきたお嬢様をカメラに収めることは、もはや私の使命だと確信している。天命と言ってもいい。
相棒は24回払いで買った小型高性能カメラ。
実家暮らしにも関わらず月々の支払いがきついほどの高額だ。
ぶっちゃけ父に少し怒られた。
しかし後悔はない。
色々カスタムしたし、お嬢様コレクションも捗る。
悔やむとすれば、先ほどの三連閃をカメラに収められなかった事だろうか。
撮影を忘れてしまうほど見惚れてしまったのだ。
それもこれもうちのお嬢様が可愛すぎるのがいけない。
シャッターチャンスを逃すまいと、息を殺しカメラを構える。
気配を消すのは得意だ。
日々の辛い修行は、この時の為にあったと言っていい。
――シュッ!
今度は突きが放たれた。
初動が全く見えない鋭い突きだ。
踏み込みと共に長い髪が揺れる。
月明かりに艶を彩り舞う髪が、遅れて背中に戻っていく。
凄い……
あれ程の技、最近また腕を上げたんじゃないだろうか?
先ほどの三連閃とは元は同じだというのに、どこか違った剣だった。
それは、最近のお嬢様にも言える事だ。
まるで研ぎ澄まされた米が香り高い酒になるように(※発酵です)、ミルクが熟成されチーズになるように(※発酵です)その身に纏う空気が変わったのだ。
もしかしたら、少女から大人の女へと変わろうとしているのかもしれない(※腐っていってるわけではありません)。
しかし、カメラの連続撮影機能があって本当によかった。
最高の1枚を選び抜いて、今週の会報(そっとお嬢様を見守り隊会報:御庭番有志一同制作)の表紙を飾らねばなるまい。
仙じぃには負けていられないからな。
そもそもだ。
可憐な乙女があんな黒光りして反り返った凶器を握り締めているとか、反則じゃないか?
イケナイ想像が膨らみ、思わず鼻の穴が大きくなってしまう。
――ぽた。
「だれだっ?!」
「っ!!」
いけない!
興奮したせいで鼻血が落ちてしまった。
こんな僅かな音に反応するなんて、やっぱりお嬢様凄い。
驚き振り向く様も絵になっていた。
もちろんカメラにちゃんと収めている。
「失礼、忍です」
見つかっては仕方が無い。
さっと鼻血を拭って姿を現す。
「なにやら集中していたので話しかけるタイミングを逃してしまって……」
「忍か。頼んだ調べも――忍?! 大丈夫かい?!」
「お、お嬢様?!」
「腕を怪我しているじゃないか! 無茶をしたんじゃ……」
嵯峨のマンションで怪我した私を労わってか、心配そうに近付いてくる。
大丈夫です、大丈夫ですってお嬢様。
数日もすれば治る様な傷です。
あっ! そんな!
手を、手を握る何て!
ダメ、また鼻血が!
「失礼、お嬢様。報告させていただいてよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ。それは構わないが……」
粗相をしてしまう前に、名残惜しいが素早く体を引き離す。
くっ!
困ったような顔もカメラに収めたい!
その衝動を押さえながら、鉄の心で調べ上げたことをお嬢様に伝えた。
嵯峨佳央。
41歳独身。
学生時代は様々な競技で成績を残し、大学ではスポーツ工学を専門に学んだ。
卒業後は10年ほど姿を消し、数年前から宍戸学園で教鞭を取り、評判は上々。
ここまでが表の顔。
「その嵯峨ですが、数年前よりこの地で銀塩と言う組織に所属しながら独自に動いていたそうです」
「銀塩と言えば、先日突如崩壊したあの……?」
「えぇ、我々も長く追っていたものの、中々尻尾を掴めなかったあの銀塩です」
銀塩と言えば長らく犯罪の温床になっており、精強な私兵を擁し、荒事にも長けていた。
我々を悩ませてきたそれが、わずか一夜で壊滅したのだ。
「嵯峨はそこでクスリを扱っていたそうです」
「"獣"はそこで?」
「おそらく」
"獣"
それは銀塩と時を同じくしてこの地に蔓延りだした薬物だ。
少量ならそうでもないが、長く大量に服用すると強い依存性を獲得してしまうという。
まるでお酒みたい。
そうなったら最後、"獣"を求めて嵯峨に尽くすしかないという。
製法や、どこで作っているかという謎はまだ残るが……
「嵯峨の電話の相手や、獣闘士という言葉も気になるところだな……」
「しかしお嬢様、彼らは一体何者なんですか?」
「何者って……うちの高校の生徒達だ。身元はハッキリしているだろう?」
「そうですが!」
思い出すのは先程の光景。
獣兵団と言う嵯峨の私兵を圧倒した道着姿の学生たち。
"獣"を服用すれば反応速度や筋力が劇的に上がるという。
それは武道を始めたばかりの初心者が、有段者と拮抗するくらいだとか。
10人にも満たない学生たちが、60人もの獣兵を圧倒する。
あれほどの強さ、練度をどうやって身に着けたというのか?
同じことを御庭番衆でやれと言われても、正直厳しい。
そして、彼らの口から一様に上がる名前がある。
「大橋、秋斗……」
「っ! あ、秋斗君がどうかしたのかい?」
その名前を出しただけで、お嬢様がそわそわしだす。
普段の凛とした雰囲気なんてどこへやら。
思えば昔からそうだった。
彼はお嬢様を救い、変えてしまった。
お嬢様に自覚は無いだろう。
もしかしたら、その感情に気付いていないかもしれない。
ただ、特別な存在であるのは確かだった。
「も、もしかして秋斗君が怪我でもしたのかい?」
「……いいえ、なんでも。狼の方々が一様に彼の名を出すもので」
「ふふん、そうだろう! 秋斗君は人を変えてしまう何かをもっているからな! わ、私も……」
「お嬢様……」
頬を染め大切なモノの名前を呟く姿は、まさに恋する乙女。
お嬢様可愛い。尊い。写真に収めたい。
彼の話をする時が、いつも一番いい笑顔を見せてくれる。
部屋のPCにあるお嬢様笑顔ファイルだけでも5000枚を超えるが、そのほとんどが彼絡みだ。
最近サナギから羽化するがごとく、秘めやかに綺麗になっていってるのは、またしても彼のおかげなのだろう。
おかげでフォルダの数もまた増えた。
そのうち彼の手によってお嬢様が少女から大人の女へと花開か――
――――
――
……待て。
それってお嬢様の大切なものが彼に、男に、汚され奪われてしまうということじゃないか?
お嬢様が? 男に? 本当に?
「忍、傷が痛むのかい? 凄い顔をしているよ?!」
想像してみよう。
彼の傍で花開く艶やかな笑顔を見せるお嬢様を。
うん。良い。非常に良い。
どんぶり飯でごはん3杯はいける。
妄想なので写真に撮れないことが悔やまれる。
だがその隣に居る男は?
お嬢様が自分でも触れられぬ場所まで穢して?
待つんだ、百地忍。今凄い事を想像しようとしている。やめるんだ、後悔するぞ!
理性がそう私に忠告してくる。
だが想像してしまった。
大きくなったお腹を愛おし気に撫でているお嬢様を――
「し、忍?! 何を耐えているんだい?! 実はかなりの大怪我なのかい?!」
ああぁああぁあぁあぁぁあああっ!!
お嬢様が! 私のお嬢様が!?
おのれ大橋秋斗! お嬢様に何ていう事を(※妄想です)!
くっ。
冷静になれ。
訓練を思い出せ!
そうだ、お嬢様も女性……いずれ結婚して子を成――
「くはっ!」
「吐血?! 大丈夫かい、忍!!」
お嬢様が結婚?!
子供?!
バカな、そんな事が!
「失礼、お嬢様。調べることができましたので、私はこれにて」
「忍?! 無理をしたらダメだか――全力ダッシュ?! 怪我は大丈夫なのかい?!」
お嬢様を笑顔にしてくれる。
我々には出来ない事を成し遂げてくれて、そこは感謝しよう。
そして、百歩譲ろう。
だが!
お嬢様が欲しくば、我々そっとお嬢様を見守り隊(※総勢200名超え)を倒してからにしてもらおうか!!
待っていろ、大橋秋斗!
我々がその器、見定めてくれる!
いつも応援ありがとうございます。
面白い!
続きが気になる!
更新頑張れ!
ストロングるからゼロった!!
って感じていただけたら、励みになりますのでブクマや評価、感想で応援お願いします。
今夜のお供はビターレモンでっ!!











