第68話 動き出す者ども
ザァアアアアァァ――
その日は雨音と共に目を覚ました。
そういえばもう6月だっけ。
梅雨の季節だ。
「んぅ……」
隣で寝ている小春の手は首(※人体急所)や腿(※人体急所)に軽く置かれ、足は脛(※人体急所)添えられているだけ。
くっつき過ぎるのは暑くなってきたのかな?
着ている寝間着も薄手のシャツと短パンだけだ。
ていうか、添えられているだけなのに引き剥がせないのは何故だ?
そんな疑問を振り払うかのように、自由が利く手で小春の頭を弄る。
「ふゃっ! ふにゅぅうぅっ」
びくんびくんと身体を震わせ力が抜ける隙をつき、ベッドから起き出す。
寝たままの小春はどこか恨めし気な表情だ。
それはさておき、夏の制服はどこだっけ?
『――犯人は何らかの薬物を摂取していたと思われ、その後路地裏で痙攣した状態で発見されました。専門家によると、何らかの強力な副作用ではという線で――』
パンをもそもそと齧りながら朝のニュースを眺める。
これも、例の"獣"って薬のやつなんだろうか?
うちの部活も他人事じゃない状況に置かれそうになっているらしい。
警察も動いているみたいだし、皆も気をつけてくれればいいのだけど。
身近にいる人には、やはりそういう目にはあって欲しくない。
「うぅ~、湿気で髪が纏まらないよぅ」
チラリと横を見れば、跳ねる髪と格闘する小春。
今日から夏服なので、見える肌面積が大きく目にも眩しい。
我が妹ながら可愛いと思う。
もしそんな薬を飲んだ奴らに襲われたら……襲われ……?
…………
そんなことありえ――んんっ!
そんな状況にならないよう気をつけないとな。
「行くぞ、小春」
「ああ、待ってぇ~!」
◇ ◇ ◇ ◇
「おはよ~、あきくん」
「おはよーございます、先輩!」
「はよー」
「ふゅーちゃん、わんこもおはよー」
家を出てすぐ、いつもの様に美冬と合流する。
夏実ちゃんがいるのは久しぶりだな。
2人とも今日から夏服だ。
薄着になって、二の腕や太ももがより眩しく感じる。
で?
「うっす!」
「ざーっす!」
「お疲れ様です!」
「はよーっす!」
この人たちは誰?
2人の後ろには雨の中傘もささず、道着姿の男達が立っていた。
お揃いの鉢巻には尻尾のようなものが描かれている。
いや、誰かはわかる。半分はうちの部員だし、もう半分は剣道部員だ。
「彼らは尾の部隊っすね」
「尾? 部隊?」
「全体のフォローに回る遊撃部隊すよ」
「へ、へぇ」
皆、気を張り詰めた引き締まった顔をしており、命令一つで何でもするような目をしている。
高度に訓練され、夏実ちゃんに命を捧げる覚悟のある精鋭中の精鋭――それが彼ら【餓狼の尾】だった。
「"獣"に関して気になることがあったら、何でも言ってください!」
「我々尾の部隊はどんな些細な命令でも遂行します!」
「下される命令が俺たちの喜び!」
「例え火の中水の中、手を血に染める覚悟も出来ています!」
って、あんたら何やってんの?!
同級生や先輩にそんな事言いづらいよ?!
「先輩、何でも言いつけて構いませんからね?」
「け、怪我とか風邪とかひかないように、かなぁ?」
「聞いたか、てめぇら! 怪我したり風邪ひいたりしたら腹切って詫びろよ!」
「「「「うぉおおぉおぉおおおおぉおっ!!!」」」」
……本当にわかっているのだろうか?
「夏実さん、例の件について調べて参りました」
「いい手際ですね、忍さん」
「のわっ!?」
突如、音も影も無く一人の女性が現れた。
黒のパンツスーツにショートカットの髪型は、切れ長の涼しげな顔に良く似合う。
いかにも出来る女、って感じの人だ。
「夏実ちゃん、知り合い?」
「龍元先輩の家のお庭番衆の方っすよ」
「百地忍と申します。以後良しなに」
「先輩の? お庭番? よろしく?」
お庭番ってあれかな?
花壇植えたり、剪定やったりする人の事かな?
「集めた情報は耳の部隊の方々から各地へ。鎌瀬方面は今からです」
「そっすか……なら尾の方々に行ってもらいましょう」
「「「はっ!」」」
諜報活動を行ったり特殊任務を行ったりはしないよね?
そうだと言って?
あと、尾の面々が本格的に部隊じみてるんだけど?!
って、それより――
「鎌瀬高って逆方向だよ、遅刻するんじゃ?」
「ご主人様が遅刻するなとの仰せです!」
「「「命に代えても!」」」
言うや否や雨の町を全力で駆けていく。
胴着姿の男達が雨の早朝を走る様はとてもシュールだった。
あと命をかけるとか本気すぎる目で言わないで欲しい。
……俺の言ってる事伝わっているだろうか?
「雨だと、結構匂いが取れちゃうんだよね。カビっぽい匂いばかりになるし」
「あの人たち、泥で汚れて洗濯大変になるんじゃないかなぁ~?」
「衣服が水気を吸って、良い訓練になるんですよね、あれ」
三獣士の見解はちょっとズレていた。
◇ ◇ ◇ ◇
雨のせいで、いつもより登校に時間がかかってしまった。
校門付近がなにやらにわかに活気付いている。
「ん、あれは何だ?」
明らかに学生でない黒いスーツの方々と、道着姿の男たちが集まっていた。
道着姿の男たちと言う時点で、俺の警戒心が最大限にまで振り切れていた。
どうみてもうちの部員達です本当にありがとうございます。
「草の根分けて探し出せ……言うは容易い、だが実際は困難な事だ。だが! あのような薬を放置していて良いものなのか?! 私は信じる! 諸君らが、その胸に抱く正義感と信じるモノ(※部員達にとっては夏実様)の為、この困難を打破できることを!」
「「「「うぉおおおぉおぉおんっ!!!」」」」
そして彼らを鼓舞するかのように演説していたのは龍元結季先輩だった。
なにやってんの、先輩?!
いやまぁ、堂々としていてかっこいいけどさ!
その先輩はというと、俺に気付いたのか手を振り近寄ってくる。
うん、非常に近寄りがたいなぁ、なんて。
「あき……大橋君、見ていたのかい!」
「え、えぇまぁ。堂に入ってましたね」
「そ、そうか! 今回はうちの学内だけの問題じゃなさそうなので、龍元家にも協力してもらうことになってね」
「それは……」
大事になり過ぎてませんかね?
ほら、大げさ過ぎるのか小春とか睨むというか変な顔になってるし。
あの先輩? そこ変に対抗しないで?
ドヤ顔も結構可愛いっすね――って、小春、腕が痛いって!
「大変だ! 駅前の方で"獣"中毒者が暴れてるという情報が!」
「何?! うちの生徒の被害は?!」
「わかりません!」
「くっ、もし絡まれていたら見過ごすわけにはいかない」
その時スーツ姿の女性の報告により、駅前で"獣"絡みの暴力事件が伝えられた。
始業まであと30分、駅前まで歩いて15分、確認するだけでも遅刻ギリギリだ。
こういうのは警察に任せ――
「爪部隊は全員原付かバイクで登校だったな? 御庭番のバイク持ちと一緒に現場へ! 遅刻はするなよ!」
「「「「はっ!!!」」」」
先輩?
随分馴染んでませんかね?
ていうか爪の部隊って何?!
「むぅぅぅぅ~~」
「……フッ」
小春?
そんな顔で先輩睨まないで?
ていうか何か対抗するようなところあった?!
「今度は体育館の方でバスケ部とバレーボール部のいざこざが!」
「なんだって?!」
「もしかして"獣"案件か?!」
「どちらにせよ早く何とかしないと!!」
今度は道着姿の中等部っぽい男子が、昇降口の奥から慌ててやってきた。
なるほど、"獣"とやらが蔓延しているのはうちの学校でもだし、なにか問題起こってもおかしく――
「牙部隊いるわね? 私に着いてきて! 他に手の空いてる人も来れるなら来て!」
「「「「はっ!!!」」」」
小春?
ごく自然にうちの部員とか率いてるんだけど、どうして?
牙部隊ってなに?!
どうして当たり前のように指揮してんの?!
「ぐぐぐぐっ……」
「…………ふっ」
あと何で先輩と張り合ってんの?!
「先輩、折角みんな集まってるので何か一言を!」
「え、えーと」
先輩や小春の行動に呆気に取られていたら、夏実ちゃんが話しかけてきた。
みんなって……100人以上いるよね、これ。
いやぁ、ちょっとこの空気で何か言うのって気後れするなぁ、なんて……
どうしても俺が一言を言わないとダメ?
そもそも何て言っていいかわからないよ?
あ、はい。
言うから。
言うから切腹の用意をさせようとしないで?
……
まぁ、あれです。無難な事を言って誤魔化すか。
無難な事、無難――
「あー、怪我とかないように」
「……怪我をするな、か」
「無茶言ってくれる」
「ブルってんのか?」
「まさか!」
「挑戦し甲斐があるぜ……ッ!」
あれ?
何かおかしい空気だな?
「皆、聞いたっすか?!」
「完全勝利!!」
うぉおおぉおおおおおおぉおおぉおおおっ!!!!
大地を揺るがす歓声が沸き起こった。
皆ちゃんとわかってるかなぁ?
まぁ警察も動いてるみたいだし、大丈夫だよな。
……だよね?
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